特急「C型肝炎」号からの脱出に成功!

C型肝炎 新治療薬 プロテアーゼ阻害剤 MP424 治験ノートその後

うさぎとカメ

平成23年9月8日(木) はれ

 全員が、というわけではないがきわめて大ざっぱな括りでいうと都会に暮らしているとだんだん齧歯類(げっしるい)的な生き方になりやすく思う。常に外界にアンテナを張り情報は早い者勝ち、でないと生き残れない。リスやウサギ、ねずみたちはそうやって生きている。

 なぜそんな事を思ったかというと、たまたまペットショップを覗く機会がありそこにいた亀を見て思ったのだ。手のひら大の高い甲羅の丸い亀、外国産の陸亀の一種だが、まあなんと悠々としたことか、囚われの身であることすら超越している落ち着き、甲羅を閉じてしまえば数億年の進化の夢にいつまでも浸り続けられそうな安定感。

 少なくとも今の自分は「げっしるい」で亀ではない。 何を求めてどこへ急いでいるのやら???

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カリンその後

8月27日(土) くもり

 さわやかな秋とは言えぬが、涼しい。まだ八月、前倒しでやってきそうな秋の気配に涼しさのなか蝉が遅れを取り戻そうとに鳴き急いでいるようにきこえる。     夏寒や 蝉があわてて なきいそぐ TPB 

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     ちびっこが あたまかくして おててかくさず って、こら〜 もう和室は大変な事になっている。

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                      まあなんとか仲良くやっているようだ。





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夏は過ぎゆく

8月21日(日) くもり時々雨

 連日の猛暑は何だったのかというくらい涼しい、このまま秋になってしまうことは無いと思うがここで一息つけるのは快適だ。節電の基準もだんだん何を信用してよいのか怪しくなっているのでとりあえず涼しいのに越したことはない、と思う。

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だいぶ成長したカリン、先日の猛暑で玄関先にてグダグダ

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8月15日江戸川放水路にてハゼ釣りの好きな娘とボート釣り

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昨日で高校野球も終わった、劇的なゲームが多い大会だった。
今日は一日中家にいた。まったく何も予定のないオープンな一日、昼から音楽を聴きながら飲んでいた。
読もうと思っている本が何冊か溜まっているが仕事のようにしなければならないという優先順位の高いものではないので、今日はあたりが静止したような時間を贅沢に過ごした。

上の写真はウオッカにコアントローを香り付けに数滴入れフレッシュのライムを搾った。
カクテルの名前があるのかも知れないが私は知らない。庭の一角にミントが沢山繁茂している、今度はそれを入れてみよう。明日からは緩んだ夏休みモードを切り替えて仕事に戻る。

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変化するという事

平成23年7月16日(土) 快晴

 今年は平年より十日以上も早く梅雨明けした。東京は快晴の日が続いている。こんなに東京の空が青い事もあるのだなと思う。東京の空の青さは大気の澄んでいる冬のほうがより青く感じていたが今夏はどこかリゾート地みたいだ。
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 ビルの谷間の青空
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先日三ヶ月ぶりの定期診察(著効後観察)を受けた。半年おきの腹部エコーも併せてうけている。

主治医が言うのである。

主 「血液検査もエコーも全く問題ありません。もちろんウイルスも消えたままです。そうですね、もう
   大丈夫でしょう、これからはご自宅の最寄り内科に診てもらう事にしましょう」

私 「そうですか、本当に長い間ありがとうございました」

主 「よかったですね」(ほほえんでおられる)

やりとりはほんの二、三分だったがこの意味は大きい。つまり肝臓専門医の手を離れてもこの元患者はもう大丈夫だという判断を主治医がしたのだ。

 うれしいのだが、なぜか複雑な思いだ。これで真に患者ではなくなったが、一病息災というか甲斐無き星が夜を明かす、というか健康体の太鼓判を押されても長年の病院通い癖みたいなものがついていて、たとえ三ヶ月おきであっても主治医に守られている安心感があった。 

 完治しているのに主治医と顔を合わせるとどこか病人のような気持ちになった。著効後5年間の経過観察といわれていて、あと4年定期的に通わなくてはという意識があったのが「これからはご自分で管理なさってください」と言われて何か額ズレのような肩すかし感がある。もちろん逆紹介状(総合病院→医院)で近所の内科へ行くことにはなるのだが、あまり付き合いの無い(実際私は肝臓以外で医者にかかることは皆無に等しい)医院へ行って信頼関係を築くのは少し気が重いが、より良い変化と受け止めておこう。

 すべての事象は必ず変化する。同じ状態に留まることは決してない。始まったものは必ず終わる。
ひとりでも多くの方が病を早く終わらせることができますように心から祈念いたします。


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新しい命

6月12日(日)曇り

家には一匹猫がいる。二歳になる雌の黒猫だ。人嫌いで抱かれるのを嫌う。攻撃的なところはないがツンツンしている。小夏といいいミドルネームをエリカという(笑)。そのエリカ様をおびやかす事件が起こった。子猫が一員に加わった。生後二ヶ月の雄だ。好奇心だけが先行して恐怖心がまだない、いたいけな命だ。

 先住猫にとって子猫とはいえテリトリーの侵入者は脅威でありストレスである。二三日、威嚇をしていたがだいぶ落ち着いてきて今は、(まあいいか)の様子だ。

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この子猫は先の震災を知らない。名前を「カリン」という。そうドラゴンボールに登場するカリン様に由来する。
ちょうど花梨(かりん)の花の咲く時期でもあった。

この新しき命は何を見つめているのだろう。

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春のひとこま

4月6日(水) 晴れ
 
もともとブログ更新がいいかげんなので変に思われることはないと思うが、まあ何というか、言葉を失っていた。
 
 ただ呆然と地震と津波のありさまを見るにつけ、以来地震に関しては家族や親しい友人の間では大変なことになったことをそれぞれの感想で語るのだが、それを文章にして書くには表現する言葉が見つからなかった。出来事があまりにも大きすぎて人間一人一人が受け止めるには無理がある。新聞などのマスコミはそれが仕事、使命であるから書いているのだが筆の限界を超える事が現実に起こりうる事を痛感していることだろう。
 
 多くの企業が被災者向けのお見舞いメッセージを新聞やテレビで流しているが本当の現場の被災者には多分届いていまい。たとえ届いたとしても儀礼にしか映らないだろう。お見舞いが真の目的というより、横並びで自分たちの姿勢を世間にアナウンスしているにすぎない。
 
 私の住む東京でも浦安などの湾岸で一次被害があったし、さまざまな業界で経済的な二次被害が深刻化している。私自身仕事で大きな経済的打撃を受けた。私のまわりでも同じような個人事業者は業界こそ違え、キャンセルにより売り上げが無いのに先月の支払いが迫って短期的に資金ショートして大慌てという図だ。ただ被災地のあの惨状を見れば何も言えない。
 
少しでも元気をとりもどそう。東京ですよここは!春のひとこまです。↓
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芽吹き始めた柳 ↑
 
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東京のどこでしょう? ↑
 
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咲き始めた桜 柳の新芽 ↑
 
ひとの営み 大地の営み
 
上は東京の調布市と三鷹市にまたがる野川公園の一部です。吉祥寺・井の頭公園とは違い足の便が悪いため本当に静かですよ。ここでジョギングの真似事をしている。

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3月2日(水) くもり
 
昨日のつづき
 
Telaprevirテラプレビルの主たる副作用に発疹があげられる。私の場合もあった。経過は2009年6月の入院時の記事に書いてあるのでお読みになられた方もいらっしゃると思う。
 
テラプレビル+ペグ+リバビリンの3剤治療を始めて三日目あたりで痒みのない発疹が胸・背中・両腕の内側などに面積比率40〜50%くらいで一週間でほぼひいた。ペグリバ2剤のときには全く皮膚への影響はなかったのでやはりテラプレビルの副作用だ。
 
私のように早めに発疹などの皮膚への副作用がでる方が以後重大な皮膚疾患にはならないようだ。最初出なくて一ヶ月以上経過して出てくる発疹などは要注意とコーディネーターが言っていた。
 
私の発疹は早めに収まったがそれでもテラプレビル終了間際の12週目くらいに朝起床時に体があちこち痒くて我慢できないほどではなかったが不快だった。
 
当時の腕内側の発疹(片手持ちシャッターでピンぼけ)
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まあこの程度ですんだのは幸運だった。
 
この3剤治療は実感としてハードな副作用を伴うが何せ効き目のすごさは目を見張るものがあるので遺伝子解析で相性が良ければチャレンジする価値は充分にある。
 
ただ、さらなる夢のような新薬(akioさんいわく、2剤で「のみのみ」)が数年先に控えているのでこれから治療を検討している方は悩ましいところでしょう。

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3月1日(火) くもり
 
2009年の6月1日から私の治験治療が始まっている。今秋には認可されて一般治療が始まりそうなので、これから治療を考えていらっしゃる方の参考に少しでもなればと思い当時をざっとふりかえり体験者として印象に残った事を書いてみます。
 
そのため当時の自分の書いた記事を一通り読み直したところ、ずいぶんとおちゃらけた事を書いていた、と汗顔ものです。
 
【治験薬】田辺三菱製薬 Telaprevir テラプレビル (米)Vertex社から導入
コードネーム(VX-950、国内名 MP-424)と呼ばれる経口剤
慢性C型肝炎の治療を目的に開発されたNS3-4Aプロテアーゼ阻害剤
 
【治験段階】2008年末より 第Ⅲ相 フェーズ3 

【治験条件】ゲノタイプ1bのC型肝炎、高ウイルス量、過去にペグ+リバビリン48週治療で
      陰性化、治療終了後再燃者。治療終了後24週以上経過、20歳以上65歳以下など
      これらが主たる条件だが他にも好中球数やヘモグロビン数など細かい項目はある
 
【投薬方法】全24週  前半12週 ペグイントロン+レベトール+MP424の3剤
              後半12週 ペグイントロン+レベトールの2剤
 
【副作用】ペグレベの主たる副作用、発熱・倦怠・好中球・ヘモグロビン値の減少
    に加え、MP-424は特に発疹の副作用の報告が多い

◎ 治療が決まるとまず二週間の入院から始まる。通院の選択肢はありません。
これは重篤な副作用がでた場合、通院では対処困難なためでしょう。
ペグリバ2剤の治療は、皆さんご存じのとおりペグイントロン週一度の注射+リバビリン一日二回服用ですが
ペグ週一は忘れることはまず無い、リバビリン一日二回はまあ飲み忘れなければ大丈夫という感覚だったで、ある程度は習慣化する。副作用はともかく薬を飲むこと自体に意識を持ち続ける事は無かった。
 
このMP-424は一点だけ大きく違う。厳密に8時間ごとの服用、加えて服用30分前の食物摂取が必須条件という点だ。何故食事を摂る必要があるのか?以前治験コーディネーターに聞いたことがある。食後が一番薬の吸収が良いのだそうだ。8時間のサイクルは自分で決める事ができるが一度決めるとそのサイクルの変更は出来ない。どのサイクルを選んでも服用前の食物摂取はやってみるとこれが結構厳しい。
 
例えば
 
朝5時・昼1時・夜9時
 
朝6時・昼2時・夜10時
 
朝7時・昼3時・夜11時
 
朝8時・夕4時・夜12時
 
朝9時・夕5時・深夜1時
 
どのサイクルを選んでも、どこかで本来の食事時間とはずれてしまうので本来の食事以外に軽食であろうと必ず摂取という縛りを常に意識するようになる。人の生活というものは機械的正確さで常に動いているのではない。突然の用件の割り込み予想外の出来事など「ゆらぎ」に満ちている。仕事で外に出ていればなおさらだ。分かっていても動けぬ場合がある。それを12週完璧に「食事付き8時間サイクル服用」を達成することは容易ではない。
 
お判りいただけるであろうか、この心理的負担が底流にありこれに例の副作用が加わってくるのだ。
今から思えばよく普通に仕事をしていたものだ。脅すような事を書いたが、完治という大きな目的を達成するための試練であることが分かっているので頑張れたのだろう。でなきゃたちの悪い罰ゲームだ。
 
私の場合たった一度だけ飲み忘れたことがある。私は9時・5時・01時のサイクルを選んでいたのだが、食べたいわけではない軽食を食べた後、深夜1時の服用待ちで寝床で本を読んでいた・・・・。
気がつけば朝、ハッとして枕元を見ると(あ〜やってしもうた)。まあ後半だった事もあるしこの一度だけでは影響はないでしょうと言われたので安心した覚えがある。
 
繰り返しますが、この8時間毎の強制摂食とMP424服用は意外と重かった事が印象的でした。
 
それと、このMP424は吸湿性が高いため大きな板状の乾燥剤入りのパックに入っています。もちろん服用直前までパッケージから出してはいけない旨の指示があった。
 
当時写真をUPしたことがあったが再度UPしておきます。上はご存じリバビリン・下がMP424です。けっこう大きい薬ですよ。吸湿性が高いので口の中ですぐ溶け始めます。味は少し苦いといった程度ですね。
 
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このようなピルケースを使っていた。MP424は一回3錠です。
 
長くなったので今日はここまでにします。次回は発疹について。

 

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梅にメジロ

2月21日(月) くもりのち晴れ
 
午前中に税務署へ行き確定申告をすませて来た。風もなく穏やかな日だ。午後から思い立って小金井公園へ行った。子供が小さいころ当時いた犬を連れて一度来たことがあったが20年以上前だったように思う。
 
 今日はバイクでひとりだ。以前乗っていた大型バイク(HONDA=VFR800)は乗る回数が激減したため手放した。今日乗っているのは娘所有の250ccのホンダVTRというバイクだ。我が家は5人家族だがカミさんも含めて全員バイクの免許を持っている。一時多いときは4台のバイクがあった。今は全体にサイズダウンして、カミさんは125ccのスクーター、娘の250cc、みんなのゲタ代わりの110ccカブの3台だ。車はワゴン車があるが、雨や大きい買い物の時以外は乗らない。冬でも二輪の機動性の良さが寒さを上回りストレスが無い。
 
小金井公園へ何故行ったかというと、ニュースであちこちの梅だよりみたいなのを流していたのが何となく刷り込まれたのだろう。チョイ出にはちょうど良かった。
 
たまたまだろうが梅にメジロが数羽来ていた。こういった小鳥は動きが速くカメラに収めるのは難しい。飛んだ瞬間をとらえたと思ったらピントが合ってなかったりして画になっているのはシャッターを押した回数の十分の一以下だ。
 
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別の木にシジュウカラが来ていてよく囀っていた。
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梅に鶯というのが定番の組み合わせだがこのウグイスという小鳥は、実は地味な鳥でメジロの方が鮮やかで目立つ。メジロはこの時期に梅花の蜜を吸いに沢山集まるのだろう。

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ある不安

2月9日(水)明け方雨のち晴れ
 
 正月は家族で楽しんだが、実はその間も人知れず煩悶していた憂うつな事があった。
昨年12月上旬に肝臓の定期エコー検査を受けていた。その一週間後、これも定期経過観察の診察があった。その診察時に担当医からこう言われた。
 
医「実は肝臓に白い影があります。前は無かったのですが」
 
私「影と言うと、どういうことでしょうか?」
 
医「考えられるのは肝血管腫、といって血のかたまりのようなものです、あとは膿疱、または癌です。肝炎が治っても癌の可能性がゼロではありません。急ぐことはありませんが一度造影剤CT検査をしましょう」
 
 いつも通り、経過も良好ですねと言われて5分も経たずに診察室を後にするはずが、予想もしない形で不安の沼へ突き落とされた。
 
 結果はどうであれ、早く検査をしてもらいたかったが、約一ヶ月の間を空ける年越しの検査となった。こういった形の待ちは長く感じる。検査まで時間があるだけに不安を抱えたまま、これから想定しうる様々な状況を考える。最悪の事態どのように対処していくのか、その心構えや覚悟を自分の中でどのように決定してゆくのか、心穏やかではいられない。
 
 もしかしたら・・・癌かもしれない、いやいや、急ぐことはないと言っていたし実際、念のため検査しましょう、という雰囲気だった。私が神経質になっているだけかもしれない。でも待てよ、それは現実逃れの楽観的な見方であって癌の可能性がゼロではないと言ったのは事実だ。思考が振り子のように揺れる。弱いものだ。
 
 しかしどんなに考えても仕方ない事ではあるので、いつものように、なるようになる、と開き直りそのひと月を待った。開き直っても不安が消えるわけではなかったが。
 
 造影剤CTの結果を聞く日、病院の待合室で呼ばれる次の番になったとき、鼓動が早く大きくなった。動揺するな!落ち着け!ひとつ大きく息をして肩の力を抜き逆に下腹に力を入れると胸の高鳴りは収まった。結果はどうであれ、これで冷静に受け止められるであろう。
 
医「これがCTの影像です。ここが背中側ですね、これが膵臓で肝臓はこれです。」
 
順番に何枚かの影像の説明を受けた。
 
医「血管腫、膿疱も癌もありませんね、全くきれいな状態ですし、肝機能も全て正常値ですからご安心なさって下さい」
(な〜んだ大丈夫じゃん、脅かすんじゃないよ先生)と心で思ったが表向きは神妙な顔つきで「そうですか、安心しました」と大人の応えをした。
 エコーの影が何だったのかは聞かなかったが、そういうこともあるのだろう。とにかく悪い宣告をされなくて安堵した。C型肝炎が治ったと告げられたときとは喜びの質が違う。あの時は闘い疲れてやっと終わったシミジミ感があった。今回はたとえは悪いが死刑か無罪かを告げられる被疑者の気分だった。
 
 その夜家族にこれまでの事を話すと娘がこう言った。
 
娘「癌って痛みは無くても食欲がなくなったり痩せてきたりするわけでしょ、酒飲んで夜寝る前にあんなに食べるひとが癌なわけないでしょうが、満腹中枢が壊れてんでしょ」

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