伊豆の旅

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おわかれ。

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高校時代の恩師のお葬式のために伊豆へと帰ってきました。
先週の出来事です。

癌のために入院していると聞きお見舞いに行った数日後の事でした。
お見舞いに行く数日前に親族が集まるほどの状態だったそうですが、
私が行った時はお話もできましたし、
なにより嬉しかったのが私の名前をちゃんと呼んでくれたことです。

卒業して数年。
毎年、年賀状のやりとりはしていましたがそれだけでした。
高校時代は、クラブの顧問と生徒としてお正月以外は毎日ともに練習に励んでいました。
遠征、大会、合宿はもちろんですが、
一緒にコート整備をして、花壇も教えられながら作って・・・。
一緒に笑って、時には怒られて、暑い日も、寒い日も、雨の日も・・・。
思い出はたくさんです。

先生のお通夜にはたくさんの先生の教え子さんたちが来ていました。
中には制服姿の現役の高校生の姿もありました。
現役時代に教えに来てくださった方の姿もあり、
先生とともにテニスをしてた3年間が思い出されました。
そして厳しくても慕われていたということが今更ながらわかりました。

高校でテニスをしていた3年間があるから今の私があると思います。
先生とともに過ごした3年間は宝物です。

先生。
ありがとうございました。
安らかにお眠り下さい。

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一泊二日で実家に帰ってきました♪
お正月に帰って以来です。

新緑のなかツバメも飛び天気もよく自然を感じてきました♡
海へもちょっと寄り道してきました♪
青い海とよく晴れた空で本当に気持ちが良かったです♡
久しぶりにいとこにも会って楽しかったです。

やはり普段とは違う環境に行くのもいいですね。

狩野川です♪

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伊豆半島を流れる狩野川です。
地元にいた時によく遊びに行きました。
習い事に行く前、休日のひと時、
夏の暑いときなど・・・。

懐かしい風景です。

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今回の帰省の目的の一つは運慶の仏像を見に行くことでした。
東大寺南大門の阿吽の像で有名な運慶です。
その仏像が残っているということで、
伊豆の韮山にある「願成就院」へといってきました。

ここは以前一度訪れたことがあったのですが、
当時は運慶の作品が残っていることや、
願成就院の歴史的価値などはまったく興味のない世界でした。

願成就院は北条氏(鎌倉幕府の執権の一族)の氏寺として栄えたそうです。
北条氏といえば、北条政子、北条時政(政子の父・初代鎌倉幕府執権)の北条氏です。
北条早雲とはまた違う家になります。
最盛期は、巨大な池とその中の小島を橋でつなぎ、
多くの堂宇や塔がそびえ立つ、
藤原時代様式の壮大な伽藍を誇る伊豆屈指の大寺院として栄華を誇ったそうです。
北条時政が娘婿である源頼朝の奥州征伐成功を祈願して建立した寺院というだけあって、
当時は本当に立派なものだったんでしょうね。
当時の建物等が残っていないのが残念です。

仏像は、運慶の真作であると学術的に認められた数少ないものです。
制咤迦童子(せいたかどうじ)、矜羯羅童子(こんがらどうじ)、
毘沙門天の3体の仏像が運慶作と認められています。
立派な仏像で力強く表現されていて、迫力がありました。
もう1体阿弥陀如来も安置されていて、
こちらも運慶作とされています。
こちらの仏像も力強い、大きな仏像でした。
また珍しい印相(いんそう・おもに仏像が両手で示す象徴的なジェスチャー)を結んでいました。
また「水かき」のようなものが指の間についていました。
これは、「手足指縵網相」(しゅそくし まんもうそう)といい、
仏の手から衆生を残らずすくい取ることができるようにという意味合いがあるようです。
如来にはついているものだそうです。

なかなか知らなかったことも多く、
改めて地元の歴史を勉強した1日でした。
お目当ての仏像も見れましたしね♪

写真は願成就院の様子です。

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