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2001年3月16日、当時まだ24歳の数人の仲間が集まった。話題は「YOSAKOI」やるぞ!5月3日に開催される江刺甚句祭りのイベントYOSAKOIイン江刺に参加する枠をもらったって話。前年に年祝いを経験した我々はその時の年代連で使えなかった「華舞斗」って名前でチームを作って参加することに・・・。立ち上げに必要な人はいた。曲作成できる野坂晃平、振り付けのできる梅原貴弘、絶対的なリーダーシップを発揮する石川晃、熱い意識を持ちながらみんなをまとめる升谷貴典、雑用をこなす俺(笑)
ところで、江刺華舞斗の「華」は華やかな女性をあらわし、「斗」は戦う男たちをあらわす。その両者が「舞」うと言う意味で作られた。考えたのは阿部則之。この人はチームにはいないが華舞斗生みの親の一人である。この後、郷土の江刺を冠した。
やると決まってからは早かった。曲は現副代表が二日で作っちゃうし、その後は毎日が練習日。振りも約一週間でできた。次に衣装。これは悩んだ末に黒い獅子の長半纏をチョイス。その中に赤いTシャツという今にして思えばこっぱずかしいスタイル・・・。その時はたった1回のステージで終わると思われていた。
このころは毎日が練習日だった。週7・・・。でも、誰にやらされるわけでもなく、自然に人が集まった。練習場所もないから、夜の児童公園で練習してて警察に何回か職務質問も受けた(笑)職質してきた警察官にがんばれよって言われたこともあった。想いは5月3日の夜のステージへ。
5月3日。デビュー戦。今にして思えば、この時のゲストチームには、今年の札幌本祭で大賞をとった新琴似天舞龍神さんと準大賞をとった乱舞童さんがいた・・・。いち早くトップチームの踊りを見れる、そうした環境にも恵まれていた。そして・・・曲に吹き込まれた「出陣」の合図と共にイベントの中盤で登場、ライトで目がくらみながら、頭真っ白になりながら踊りきった。当時は今のような状況を予想もしていない、24歳の15人での船出だった。
(写真は2005YOSAKOIさんさでの演舞)
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