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今日、何の気なしに先日BSで放送された今年のソーランファイナルを、そして夕方にある番組を見て、「ほぉ〜」と改めて思ったので残しておこうと思う。 夕方見たテレビの中で、リポーターがシンクロの元代表監督にこう聞いた。「選手が演技の入場時にオーラがある、どうやったらああいうオーラが出せるのですか?」そうするとその方は「絶対的な練習量から」という内容の話をしていた。その番組を見ながら、昼間に見たファイナルの映像を思い出してみると・・・納得である。あの場で演舞するチームの踊り子のほとんどが相当な練習をしてあの場にたどり着いているというのは容易に察することができるから。 ただ、これにはもうひとつ練習だけではない要素があると思う。その年のその曲に限らず多くの演舞を経験するということだ。実際の演舞には、練習ではできない部分があるからではないかと思う。限られたスペースの中で、やり直しのきかない、さらに時にはハプニングもある・・・。最も典型的にそれを感じることができるのは、「曲出しのタイミングが違ってしまったとき」や「間違った曲が出たとき」の踊り子達の様子である。場慣れということもあると思うが、やはり経験が少ないと、たとえいい大人であってもチャカついてしまうことが多い。 そもそも「オーラ」という感じることしかできないものはどういったものかというと、私は「自信」であると思う。絶対的な練習量と経験からくる「自信」。それが、立ち居振るまいや表情から感じられたものが「オーラ」ではないか。テレビ中継のようにアップで見ることができる環境なら表情から感じることができるだろうし、若干離れたところからでもそれが感じられるのはやはり姿勢などに現れるのだろう。 江刺華舞斗に関しては・・・オーラといえるかどうか分からないが、若干異質の雰囲気を持っていた(ここではあえて過去形にする)と思う。決して練習量や演舞が少ないわけではないのだが、今は全体からそういった雰囲気を感じることはできなくなった。練習や演舞を重ねてそれが出てくれば・・・と思ったりしている。まずは演舞に対する強い意欲が必要かな・・・。個人ごとにだいぶ差があると思っている。
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