江刺華舞斗 〜黄金楽土〜

岩手県奥州市江刺区で活動するYOSAKOI(よさこい)チーム「江刺華舞斗」に関するブログです!

演舞考察

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演舞考察(2)

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 演舞考察(1)では「人に感動を与える演舞」の第1段階としての「人の印象に残る演舞」をテーマに、その中の重要な要素である「人の視線を集める部分・構成」についてふれた。ここではもうひとつの重要な要素である「耳で聞き取る楽曲や踊り子の掛け声」、つまり聴覚的な部分について触れたい。

「唄」と「踊り子の掛け声」の力

 聴覚的に印象的に残る部分。これは好むと好まざるとにかかわらずその場にいれば耳に入ってくるという要素だといえる。それだけにその場で演舞を見ていない観客にも与える印象もある。その中で私が特に思うのは「唄」と「踊り子の掛け声」の力だ。唄というのは歌詞をのせて非常に印象に残りやすいものである。正直、唄に力のあるチームの演舞は全体的に締まりがあると思う。同じように踊り子の掛け声があるチームからは迫力や気迫を感じる。この「唄」だけではなく「掛け声」をはじめから楽曲にレコーディングしているチームもあるが、屋内、屋外、また人数を問わず「掛け声」の力が利くという点では効果的といえる。
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学生チームに多く見られる勢いの原因

 少し深くなるが「踊り子の掛け声」についてもう少し触れたい。観客席から見ていると、元気のある学生チームは声が出ている。学生ならではというか、らしいというか。しかし声が出るということは、踊り子の目線も上がることを意味すると私は思う。目線が下向きじゃ声は出せないから、目線は上であることが多い。このため非常に印象がいいのである。また揃った掛け声は見ている者に踊りの一体感を感じさせると共に、踊り子の中での一体感を大きくさせるものだと思う。これらの相乗効果から、「声が出る」=「いい表情が出る」+「踊りに対する気迫が表現できる」のではないか。とあるブログでみたのだが、札幌でも学生チームが上位にくる要因はここにもあるようだ。審査会場であるパレード会場で声が出ることは、演舞考察(1)で述べた踊り子に近い位置で見ている観客の要素とあわせて考えるとうなずけるところではないだろうか。

「唄」が心に刻み込む印象

 また、「唄」についてもひとつ。テレビなどでよく耳にするCMなどではその中の曲・キャッチのワンフレーズが印象に残ることで商品の売れ行きに大きな影響を及ぼすと思うし、イメージもできると思う。同じことがこの「唄」にも言える。「唄」そのもののワンフレーズは、CMのワンフレーズと同じように耳に残るものである。ただそれがPOPSか民謡かの違いだけである。「唄」には「家に帰っても印象に残ることができる」力がある。
このように、唄を含む楽曲だけでも観客の印象に残ることはできるのであるが、それに「踊り子の掛け声」加わることによって、大きく印象に残ると思う。

現地と録画映像の大きな違い

 聴覚的に印象に残る部分として触れたが、この要素における忘れてはならないポイントがある。それは当然なことなのだが忘れがちなことで、生で見ているときの「唄」や「踊り子の掛け声」と、録画などの映像で聴くそれとは、大きな違いがあることである。映像におけるそれらの要素は、正直、現地で生で見ているときに与える印象の半分くらいしか伝わらないと思うのである。こんな経験はないだろうか。生で見ていた演舞を、まったく同じ時間場所の演舞を録画で見たときに感じる「物足りなさ」。既に一度見ていることからの「慣れ」(表現が適当でないかもしれないが)だけではなく、現場の音との違いがあるのである。この違いがあれば、先ほど触れた「声」の力における「気迫」の部分は大きく薄れるのである。録画映像でしか見ていなかったチームが実際に見たときにすごくよく見えたなんてこともこういったところからではないかと思う。
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 次回はこの2回で触れた視覚的部分と聴覚的部分を総合して、印象に残る演舞を探っていくことにする。(またまた、次回はいつになることか・・・)

演舞考察(1)

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大前提:我々は演舞を通して「観客に感動を与える演舞」を創るのがその目標の一つである。


 例えば一人の観客が、丸一日YOSAKOIまつりを見たとする。チームはそれぞれがオリジナルの曲でオリジナルの構成で演舞するが、この一人の観客が家に帰って「あのチーム、よかったな」とか「あのチームってかっこいいよな」って思う基準って何だろう。感動を与えるにはまずその演舞が印象に残ることが必須であると考える。印象に残ることの延長線上に『感動を与えること』があると思う。ここでは「人に感動を与える演舞」の第1段階としての「人の印象に残る演舞」をテーマに、このブログの管理者である私の考えをつづっていきたい。(私見なのでその点はご理解いただきたいです。)


 人は目で見て耳で聞いてその映像(ビジョン)を認識する。つまり目で見た演舞と耳で聞いた楽曲がその人に与える印象の元となる。目で見るものはその人の視線の先で大きく違う。しかし、耳で聞いた楽曲はたとえよそ見をしていても耳に入ってくるものである。さらに、耳に入ってくるものは楽曲だけでなく、踊り子の掛け声そのものもある。つまり、「人の視線を集める部分・構成」と「耳で聞き取る楽曲や踊り子の掛け声」が最も重要な要素といえる。何を当たり前なことを書いているんだと思うかもしれないが、間違いではないと思う。

「人の視線を集める部分・構成」

 視覚的に印象に残る部分・構成とは、その人が見ているシチュエーションによっても違ってくる。ここでは視覚的な面を考えていく。
 ステージの本当に最前列、もしくはパレード会場で踊り子に近い場所であれば、視線はある程度その近くにいる最も特徴のある踊り子だろう。「特徴のある」というのはいい意味でもあり悪い意味でもある。つまり、ものすごく動きのキレた表情のいい踊り子かもしれないし、どこかおぼつかない、ほかの踊り子よりも自信がなさそうに踊る踊り子かもしれない。このシチュエーションであれば、もしかすると演舞全体の構成がはっきりと認識できない場合もあると思うので、こういった個々の特徴的な部分に目がいくと思う。

 またこれとは違って、ものすごい人数の観客が入っていれば観客席の後方で見たり、桟敷席なるものがあってゆったりと見ようとするならばステージの前景を見渡せるやや高い位置にいるだろう。そういった観客は、双眼鏡でも使わなければ踊り子個々の表情や動きは小さくしか見えないだろうし、視線が集中するのは全体の構成であると思う。少人数のチームが苦悩するのはここに理由があると思う。

 最後のパターンは現地ではなく中継や録画をテレビで見る場合だ。この場合は踊り子個々の表情や動きもさることながら、映像構成によってはステージ全景もわかる。

 つまり、観客の見る位置によって、まったく同じ演舞でも印象に残る部分はやや違うと思う。もし見えた部分で同じ点が印象に残るとすれば、衣装の早換えや小道具などだろう。もちろん遠巻きに見たのでは大まかな色や特徴的な形しか印象には残らないが。

 視覚的な印象の結論として私が考えるのは以下のとおりである。
○踊り子に近い位置で見ている観客・・・踊り子の表情や踊りそのもののレベル・迫力を強く感じることができる。全体の構成・隊列や踊りを揃えている技術などを見るのは難しい場合もある。

○踊り子から離れている観客・・・そのチーム全体の演舞構成を感じることができる。しかし踊り子個々の表情や気迫は感じにくい。

○中継もしくは録画映像で見ている観客・・・カメラが捕らえた映像でしか演舞を把握できない。しかし、マルチアングルでのDVDなどでは何度も見ることによってその演舞全体や踊り子個々を見ることができる。


 もちろん、ここで言う観客は一般的な観客を想定している。チーム関係者などは当然目がいくところは違うかもしれない。たとえどんなシチュエーションからでも全景や演舞構成が気になる・・・かもしれない。

 次は「耳で聞き取る楽曲や踊り子の掛け声」つまり聴覚的な部分にスポットを当ててみます!(次っていつになるか・・・)

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