PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

病気・病院ネタ

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手術直前。既に点滴には麻酔を効きやすくするための薬剤が投入され、クラクラする。10:30、ストレッチャーに乗り手術室へ。術前BGMとしてリクエストしておいたAKBが流れるもののほとんど聴く事なく、更に強力な(?)点滴が入っただけで寝落ちてしまった。





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そして次の瞬間、誰かがボクの名を呼んでいる。まるで朝起こされてている時のようで、口には出さなかったが「うるせぇ!」と思った。ガラガラと部屋へ戻った後、喉の管を外されてむせる。その後酸素マスクをかけられる。「少々息苦しい」と効いていたが、布団を被りながら寝ているのとまったく同じだった。







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30分程して意識がはっきりして来たので、カメラを手渡してもらい、自撮り。やる事はやはりやっている。

その後、肩はまだ別段痛くはないのだが腰が猛烈に痛くなり、また空腹のままずっと仰向けになっていた為に胃も猛烈に痛むようになり、そちらの方がはるかに苦しかった。





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何とおむさんが遠路はるばる見舞いに来てくれた。その頃既に腰と胃の痛みはピークに達していたが、「22時まででいいよ」と、山瀬●みを超かわいくしたような看護士に告げられていたので、かなり楽観視していた。おむすびさん曰く、これから痛くなるとの事だが、切った所が痛くても当然だ。腰や胃の痛みが直れば我慢出来る事だろう。



20:45頃から、左肩がまるで熱を持ったかのようなな痛みへと変わったが、まあ別段大した事はない。だが、時間になり起き上がろうとした時に、まるで刀で切られた時のような(切られた事ないけど)猛烈な激痛に襲われ、流石にこりゃ駄目だと思い、起き上がってトイレに行った後、迷わず痛み止めを依頼した。座薬ではあるが、別段何という事はなかった。

だが22時になったら起きてもいいし枕もいいし水を飲んでもイイと言われていたのに、当直のうつぎちゃん似の看護士は駄目だ駄目だの一点張り。これでは大して何も変わらない。仕方なく時々起き上がっては、内緒で水を少しだけ飲み、どうにか長く辛い夜をやり過ごした。



 

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行き着けの病院で8:30に受付を済ませ、順番が回って来たのは11:10。すぐさま「レントゲンを撮ってから手術で直すかどうか決めましょう!」と呑気なやりとりの後、レントゲン室へ。その写真を見た先生は即断で手術を決める。執刀医(?)に電話をかけると、明日の午前中という最も理想的な枠が空いていた為、早速今から入院する事となった。各種検査を終え病室に案内されると、御覧のような絶景が待っていた。





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3日間巻いていた鎖骨押さえ具。怖くて外せなかった為、来ている衣類は金曜朝から着替えていないし、当然風呂にも入っていない。夏場でなくて本当に良かった。





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手術前日という事で、看護士さんの付き添いでシャワーにも入り、久しぶりにすっきりした。残念ながら(?)看護士さんは男性だった。





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本日の夕食。これから翌々日の朝まで点滴で過ごす。術前最後の晩餐。





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21時消灯といっても、なかなか寝付けるものではない。窓の外は夜景もまた素晴らしい。激しい雨音を聞きながら、しばしここ数日の事を考えながら思いに更ける。



 

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朝起きてメシを食い、服を着て、ちょっと重目の荷物を持ってみると何とかなりそうだったので外出し、もう見る事はないと思っていたドブ川を再び訪れた。昨日開花宣言が出たらしい。





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これが宝の山。下には張り紙がご丁寧に2箇所にも及ぶ。このガラクタを処分(してもらう)為に、痛い肩を引きずり、なんとかココまでやって来たのだ。何とも素晴らしい責任感と正義感ではないか!





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今までで一番心ときめいた仕事だった、何度か話題にした事もあるこのパネルもついに廃棄だ。外周のアルミフレームは私財を叩いたのだが…(確か800円位)





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かつてミュージカルのちらしやらハガキやらで埋め尽くされていた棚の側面も、ゴミやオモチャで埋め尽くされていた机の上も寂しい限り。廃棄する事になったモノは、FT-101ES、B&Wスピーカー、10D-FB×10m×2本が非情に惜しい品。APPLE2筐体とHIMOUNDのパドルと、カスタム品の3分割144/430MHz用GP等が次点。後は会社ロゴ入りの衣類と、コーヒーのオマケに付いて来たミニカーが40台位。フェラーリF1コレクションの312T2や126C2、フォードコレクションのGT40等が返す返す惜しい。皆コンプリートした事で満足してしまい、ろくすっぽ見ていなかった。


ま、(B&W以外は)どれもゴミといえばゴミだが…





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一方こちらは命からがら(?)に持ち帰ったもの。前列左より古10円硬貨(3000円分位ある)、ハブ、FT-5900、FT-104(共に貴重な1200MHz機)。後列はカーオーディオ用にするつもりの電源ケーブル2本、FTM-10S用アクセサリ2点、古いOFFICE(我が家では標準品)、VX-*用ACアダプター。これらを入れたバッグの総重量は7.2kgだった。



本日も心身共に疲労した為、15時頃帰宅した後、またもやフテ寝した。流石に重量物を運んだ為か、昨日より少し肩が痛くはなったが、荷物を処理出来た分安堵する事が出来た。


 

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駅からチャリで帰る途中、妙に蛇行の振幅が多い事に気づく。その後の下り坂の先のT字路を右折する時にインを攻め過ぎ、右ハンドルが壁に接触…正確にはハンドルを握った右手が壁に接触。瞬間、まるで電流が流れたかのような鋭い感覚が右手小指付け根付近に走った。その後急激に右に切られたハンドルにより車体は急激に左へ傾き、自転車が激しく倒れ滑走する音が聞こえた。

この段階で既に「タダでは済まないぞ!」と確信したが、その後一瞬意識を失ったのか、気がついたら地面に倒れていた。足は自転車を漕いだままの姿勢で横たわっていた為、なかなか起き上がれない。そして左肩及び左脇付近が猛烈に痛くて、右手も感覚がない程痛かった。真夜中だというのに、とりあえず「痛てぇ〜」と叫んでみたりしたが、幸いにも誰も出てこなかった。その後どうやってか立ち上がり、再び自転車に乗り、残り100m程を走った。チャリをチャリ置き場にどうにかして入れ、鍵を開けて玄関を開けたものの、荷物は玄関に投棄し、上着をかなり苦労して脱いでとりあえず布団に入った。かなり酷い事になっていると思われる右手は布団から出したままにして寝た。この時2:30位か。




朝は10時頃に目覚める。寝ている分にはあまり痛くないのだが、少し体を動かすと、左鎖骨や左脇腹からポキポキと変な音がする。完全に数箇所折れているような感じだ。放置していた手の傷は3cm程にも渡り深さ最大5mm程でざっくりと切れており、頑張れば骨も見えそうな程だったが、幸いにも血だけは止まっていた。何とか起き上がるものの、これで限界。諦めて家人に救急車を要請する。一応単独でもゆっくりとなら歩ける状態なのだが、嫌がる事なく乗せてくれた。

病院に着くとまずはレントゲン撮影。KODAK印の乾板のようなものを次々と交換しての撮影だが、どうやらデジタルX線フィルムな模様。その後人生初のCTスキャナーも体験。胸部付近を何往復かする。その後診察室へ。

「鎖骨が粉々ですね。あと胸部に何箇所か空気が溜まっていますが、管を通して抜く程じゃないでしょう。鎖骨は手術が必要ですが、木曜日まで枠が空いてません。一旦帰りますか?」

と、ホッとするような非情なような事を言う先生。いくら何でも5日間もただ寝転んでいるだけというのはあまりに退屈過ぎる。が、家にいて変に痛み出すのもイヤなものだ。究極の選択を迫られ、迷っていると、幸いにも別の病院に行くなら紹介状を書きますよと提案されたので、しめたとばかりにそれをお願いした。右手を2針縫い、鎖骨を押さえるたすき状の固定具と痛み止めの薬をもらい、タクシーで15時頃帰宅。その後即刻フテ寝した。


夢うつつに考えていたのは、会社に置いて来た「宝の山」の事ばかり。20年近くに渡り取捨選択を繰り返された結果残ったものなので、かなりの高密度蜜なものばかり。後日で車で撮りに行くつもりだった為、「3/20に取りに来ます。捨てないで下さい」と張り紙をしておいた。

だが18日から産廃業者が入り、机やロッカーやその他放置されたゴミを運び出す為、実際には明日とりに行くつもりだったのだ。このままでは20日の段階でボクのお宝だけがポツリと取り残される事は間違いない。21日からは早くも解体作業が始まる。解体業者がビル内に入った時に、何やら価値のありそうなモノがポツリと残されていたら困惑する事間違いナシ。名前入りなので会社に問い合わせをされたりしても面倒だ。

・明日私物を取りに来るT君に何とか連絡を付けられないか…
・FT-101はYさんが引き取ってくれないだろうか…
・O君は明日ヒマだろうか…
・T王州の人達が来るというので、お宝と引き換えに張り紙を剥がしてもらえないか…

等と、あれこれ考えながらのた打ち回る辛い一夜を送った。



 

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昨年(今年度)もまた健康診断でひっかかった。だが辛くて不安な再検査を延ばし延ばしにしていたらこんな季節になってしまった。先週金曜日にgezaiの受け取りと説明に当診療所を訪れた際、「もし切除した場合、1週間は旅行や出張は禁止です」と言われて(またこれは言われてはいないが、運動や飲酒も勿論NGだろう)驚愕した。というのも、今週末には今シーズン初のスキー旅行が控えているからだ。

勿論何も発見されなければ何もないのだが、この1年半というもの左下腹部の違和感を常に感じており、絶対に何かある事は本人が一番判っている。それを切除するか、組織採取のみ(で、後日入院の上改めて切除)するかが分かれ道である。前者ならば面倒な事を一度で終えられるがスキーは参加不可。後者はその逆である。



検査開始早々に「前回は何処で切りました?」と先生に問われれたので、地元の大きな病院で1泊2日で行った事を告げた。その時は過去3回の中で一番痛くて悶絶していたので何も感じなかった。一番奥まで入ってしまえばヤマは超えたといってもいいだろう。だがその後、一向に組織採取を行う気配がない。出口付近でカメラが行ったり来たりしたり、写真を撮ったりしているのが何となく判った。そしてそのまま終了してしまった。



腸内に入った空気による激痛が徐々に収まってくるに連れて冷静になってみると、冒頭の先生の質問の意図を探り、つい青ざめた。

 ・カメラを入れる最中に、明らかにヤバイものを発見したが故の発言だったのではないか…
 ・行きつけの大きな病院があるのなら、面倒なのでもうそこに丸投げしてしまおうか…
 ・写真だけ撮って、組織採取を行わなかったのも、即刻入院が必要な事が明らかなのではないか…
 ・前回は「結果は1週間後」だったのに今日が即日なのも、明らかにヤバいからではないか…
 ・すぐに死ぬ事はないだろうが、人口直腸とかで、普通の日常は送れなくなるのではないか…

「先生のお話」を待つ10分程の間、本当に生きた心地がしなかった。


だが先生の第一声は、

 「何もないですね〜」

というあっけらかんとしたものだった。

昨年度に切除した時の傷跡も発見し(見せてもらった)、その前後を含め入念に見てみたが何もなかったとの事。先程までの絶望のどん底から一転、ばら色の人生が訪れた。思わずガッツポーズを取りたい程だったが何とかこらえる。先生のお話をもっともらしい表情で拝聴したが、この時ついニヤニヤしてしまいそうになるのも必死にこらえた。







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お祝いに、何かちょっと大きな買い物でもしようかと、診療所から100m位の所にある大型量販店に立ち寄ってみる。だが別段欲しいモノは何もない。しばらくコンパクトオーディオコーナーをプラプラしただけで帰路に着いた。





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緑の山手線にスポンサーロゴが張られていた。まあこの緑のシールで車体を埋め尽くすだけだって100万位かかると思われるので仕方のない事だ。このスポンサーロゴも実に自然に溶け込んでいて、好感度は少しも損なわれていなかった。





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帰宅後、近所をフラフラとドライブし、最近近所に出来た工具店でこんなモノを購入。1450円が890円となっていたのは、2000mAh級のNiMH電池が微妙に入りにくい為なのではないかと感じた。しかしそれにしてもこれが自分へのお祝いとはちょっとさびしい。やはり淀橋でEOS7Dでも勢い良くスパンと買ってしまえば良かったか…



 

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