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一昨日の毎日新聞のネット版に掲載されていた話題なのですが、京都府でヌートリアという動物の駆除を本格化させようと京都府と京都市が本腰を入れて動き出したそうです。
ヌートリアというのは南米原産のネズミの仲間で、100年前に動物園で紹介されたのが一番最初の日本上陸、その後軍服用の毛皮採取のために導入養殖され、終戦と同時に需要が低迷、養殖場では野に放されて野良と化して自然の中に紛れ込んでしまったのだそうです。
ヌートリアという名称は元々かわうそに対して付けられた英名だそうで、日本に導入されたのもかわうその代替品というのが目的だったのでしょう。かわうそは保温性の高い毛皮を持っており、高級品として珍重されていました。生息域のよく似たヌートリアもやはり同じような特性の毛皮を持っているため、安い代用品として大量に持ち込まれたみたいですね。
問題はただ野生化したというだけでなく、その数が増加し続け、また人の生息域に平気で入り込み、また大きな自然破壊の原因となっていることです。
京都府と京都市が今回計画しているのは観光地として有名な鴨川ですが、ここでは観光客がヌートリアに餌を与えていることがしばしばあるのだそうです。
野生の動物に不用意に餌を与えると後々観光地に問題が生じることは日光の例を挙げると分かりやすいでしょう。
ニホンザルに観光客が餌を頻繁に与えていたために、餌の味を覚えたサルが増長して人を襲ったり店を襲撃したりして盗難破壊などの被害が発生しています。
効果的な対策は未だなく、対症療法的な手段しかありません。
ヌートリアは温厚な動物らしいのでそういう分かりやすい被害は可能性が低いかもしれませんが、ゴミ漁りを始めたり道路に飛び出したり等、間接的に人々が害を受ける可能性は十分考えられます。
また重要なのは、行政が危機感を抱いているのは人社会の問題ではない点です。
先に挙げたようにヌートリアはかわうそに近い生態を持つ動物で、水辺に棲み、泳いでの移動を主としながら水生植物や貝など様々な動植物を餌とするそうです。
これによって稲が根を喰われるなど田畑での農業被害がすでに出ている他、自然の動植物が食い荒らされて環境が歪み始め、特に注目されているのはタナゴという絶滅が危惧されている魚が産卵するために利用する二枚貝がヌートリアによって激減しており、タナゴが産卵を行えなくなってきている点です。
そのほか様々な環境破壊が直接的、間接的にヌートリアによって引き起こされているため、環境省としても特定外来生物に指定し、飼育を禁止する事態になっています。
このように日本の古来からの環境を破壊する危険生物であるため、行政としても駆除に乗り出さざるを得なかったわけです。
ただ、これを公表すると「人間の勝手で持ち込んだのに、人間の勝手で今度は殺すのか」という意見が出てきたのだそうです。
北海道で増えすぎて甚大な農業被害が現れた鹿の駆除を公表した時も、千葉県でキョンという小型の鹿を駆除しようという意見が出た時も、どこかが日本で野生化したアライグマを全滅させるといきまいた時も、必ずと言っていいほどこの意見が出てきます。
「人間の勝手が起こした問題なんだから、人間が手を出すのは筋違いだ」
全く意味が分かりません。
人間が引き起こした問題なら、人間がけりをつけるのが筋というものでしょう。
責任というのは起きた結果に真摯に向き合い、粛々と対応するということでしょう。
直接的にはヌートリアによる環境破壊でも、その原因は人間です。ならばヌートリアによる環境破壊を止めるのは人間の役目。
根絶しか環境破壊を止める手立てが無い以上、市と府には気合を入れて、草の根を掻き分ける勢いで頑張ってもらいたいものです。
市の担当部署も黙殺しているようですので、他所の者が改めてこんな事をいうのも馬鹿げているのですが。
さて、写真はブロッコリーの腋芽。
花の時期はもうとっくに終わったのですが、まだ両方とも萎れません。
それどころか、途中につけた腋芽を伸ばして生長を始めました。
それも、どうやら花軸としてではなく、普通の茎として。
一応ブロッコリーの原種は多年草の性質が強く、条件が厳しくなければ二年程度生きる植物なのだそうです。
越年草なだけで、それを二年草だといわれただけかもしれませんが。
どちらであれ、花が終わればブロッコリーは親としての役目を終えて株全体が枯れるはずです。
花のつかない腋芽、沙耶の茎と同じタイプの、おそらく未分化細胞の塊から生えた茎の方は花の季節が終わろうとも他と歩調を合わせて枯れることはないはずです。
しかし腋芽二つは違います。
花をつけ、結実し、熟しきって収穫もできたにもかかわらず、枯れることなく生きて生長までしています。
確実にあるべき状態から離れつつあります。
どうなっているのでしょう。
今まで育ててきたのとはまた違う何かが起こっているようです。
これがどうなっていくのか、しっかり見守っていきたいと思います。
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その他園芸
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とりあえず写真をご覧ください。
佳奈のうちの一株です。
他の株でも根を縦に伸ばせないために浮き上がっていったものがありましたが、これも同じように根が支柱としての役割を果たせなかったために茎に異常が発生したのです。
元々はこんな真横に伸びていたわけではなく、倒れ掛かって斜めに傾いていただけでした。
そのままでは自重で倒れた挙句に根が活性汚泥の中から飛び出てしまうのではないかと考え、近くに置いてあった石にもたれ掛けさせて姿勢を安定させることにしました。
しかしそれが問題の始まりでした。
小石で周囲を固めて補強していたのですが、生長と共に重心が崩れていき、補強の小石は傾いた茎に弾かれて横に転がってしまい、補強を失った茎はさらに傾いてしまいました。
さらにひどくなった傾きを修正すべく小石を追加して補強したものの、今度は初夏から伸び始めていた匍匐茎が最近になって生長を加速させてしまいました。
これが支えに使っていた石にぶつかりながら伸びていき、それによって石の方に傾いていた茎が押し返される形になり、再び不安定な姿勢になってしまいました。
さらなる追い討ちが加わります。
姿勢を崩したものとは逆方向に向かって匍匐茎が生じ、これが伸びるに従って支えに使っていたのと別の石にぶつかって別方向から茎を押し上げてしまいました。
複数のベクトルで茎が押し上げられ、補強の小石も効力を発揮できなくなってしまいました。
小石の配置換えをして何とか茎の根元付近の部分は垂直に立たせることは成功したのですが、最初に手を加えた時から今までの生長の間に伸びた茎はもはや修正不可能な状態になっており、ご覧の有様になってしまいました。
それでも数日前はまだ斜め上を向いていたのですが、その数日の間に自重で傾きが増し、今ではほとんど横倒しになってしまいました。
根元付近は垂直方向を保っていますので、今は根元とそれより上とでほぼ直角になっています。
そのうち生長と共に茎の重みが増していくと鋭角になっていき、いずれ折れてしまうかもしれません。
一応茎の硬い種類の植物なのでしばらくは持ちこたえると思いますが、夏本番、生長真っ盛りの時期なので、いつまで維持できるかは怪しいところです。
茎の一番新しい節は横倒し状態から垂直方向へ方向修正する形で伸びていますし、もはやいまから茎全体の修正を行うのは不可能です。
となると折れないように何とか手を考えるか、折れることを前提にその後の処置をどうするかを考えるかの二択から選ぶ必要があります。
後者でいこうとは考えているのですが、予期せぬ事態が起きそうで不安です。
このまま生長していったら茎が折れる前に根っこが他の株みたいに飛び出してしまうのではないか、それによって匍匐茎を含めこの株全体が駄目になってしまうのではないか。そんな風に考えてしまいます。
今後どうなるのでしょうか。
案外折れずに生長を続け、安穏のまま匍匐茎に次代を託して生を全うするかもしれません。あるいは懸念したとおり、折れてしまったり根が持ち上がったりしてしまうかもしれません。しかも明日にも。
不安です。
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佳奈の器には、大小二つのりせだったころに生じた活性汚泥から発達したフロックマットが分厚く堆積しています。
対する沙耶の器には、小さな器に入っていた二年前に生じさせたバイオフィルムが定着し、佳奈の器ほどではありませんが素晴らしい厚みをもっています。
一応沙耶のバイオフィルムを爪の先ほど、移したばかりの頃の佳奈の器に放り込んでみたのですが、環境に影響を与えはしなかったようです。
起源がバイオフィルムか活性汚泥か、性質が似ているものの別種の構成体である両者から発達した二つの器の中の環境は、今はっきりと差を現しました。
写真をご覧ください。
色が全然違いますね。
どちらも緑系統の色ですが、左側、沙耶の器の方は明るめの色合いをしていて、光合成をしていそうだな、という感じに見えます。
生物種はよく分かりませんが、クロロフィルを積んだ生物が多数生息しているのは間違いないでしょう。緑藻や珪藻、藍藻など考えられる生物はたくさんあります。
もっともこの緑色は表層から中層辺りまでと思われ、低層には黒っぽい、右の器のような色をした層が広がっていると考えられます。
あくまで層が積み重なった状態なのが沙耶の器。正しくは内部で層が形成されている、というべきですが。
佳奈の器の方はフロック、活性汚泥を構成する綿くずのようなものが増殖と分裂を繰り返しながら堆積していき、流動性のない環境で増殖するうちに隣り合うもの同士が半ば融合していった代物。
フロック一つ一つが光合成以外の全ての機能を有しているためか、緑色よりも黒っぽさが目立つような色合いをしています。
あるいは光合成を行う生物が沙耶の器に比べて少ないとか、そもそも種類が全然違う可能性も十分に考えられます。少なくともクロロフィルを光合成を行う際の主要な色素としているのは間違いなさそうですが。
こちらはおそらく上から下まで全部同じ色だと思います。堆積した結果底の方のフロックに光が届かなくなって構成生物に変化があれば違いかもしれませんが。
発生起源が異なるとはいえ、同じ日の当たりで同じ水を与えて、水面と水かさの比率なんかも大差ない環境で育てたつもりです。
しかし両者の違いは埋まらず、かといって広がるわけでもなく、延々と平行線を辿り続けて今に到ります。
ですが5月くらいからでしょうか、二つの差が埋まりつつあるような事態が両方で起こっています。
沙耶の方では、冬の終わりから続いていたバイオフィルム表面の崩壊が止むことなく続いています。本来のバイオフィルムの機能として、崩壊して生じた「バイオフィルムの種」は水の流れに乗って次の基質を探すのですが、流れもなく付着するための基質もない閉じられた環境のため、崩壊したバイオフィルムにそのまま乗っかる事になります。崩壊して本体から剥離した、綿くずのような表面部分ごと。
そうすると綿くずにその「種」が住む事になり、その中で成長、増殖を行うようになります。
それはフロックとなって水中を漂うことになり、フロックは増殖と分裂を繰り返しながら堆積、本体のバイオフィルムは崩壊が止まらないためフロック側の増殖とバイオフィルムから生じるフロックのもとがどんどん増えて行く事になります。
結果、現在バイオフィルムの上にフロックマットが形成されつつあります。
おそらく夏が終わる頃にはフロックマットの方が優勢になっているんじゃないでしょうかね。
差が埋まりつつあるというか、こちらは佳奈の方の環境に移行しつつある、といった方が正しい状態です。
佳奈の方は大した変化ではありません。
5月ごろにフロックマットがないところでバイオフィルムが発生、現在勢力を拡大中です。
元々バイオフィルム自体はありました。おそらくフロックの一部が器や石に固着することに成功し、中にいるパイオニア細菌によって寒天質が生産されて活性汚泥からバイオフィルムに形態変化をおこしたものでしょう。
しかし今までのは小規模だった上、気がつくとなくなっていました。おそらく水遣りの際に水の勢いで剥離し、フロックマットに還っていったのだと思います。あるいは生息している糸くずみたいな動物が食べてしまったのか。どちらにしろバイオフィルムは定着することはなかったのです。
ところが5月からのバイオフィルムは違いました。
固着性が強く、水の勢いにも動物の食害にも負けず成長を続けています。
色から見るに今までのものと同様、マットから剥離したフロックがその起源となっているようですが、寒天質にしっかり守られたその姿は、フロックマットとは少し違うものであると感じられます。
今はまだフロックマットと同じ色ですが、そのうち層ごとに住み分けが進み、はっきりと色に違いが出るかもしれません。
これが成長を続けて、もしもマットの上に載るように広がっていったら、フロックマットを基質とするバイオフィルムが形成されることになる、のでしょうか。
そうしたらバイオフィルムにフロックマットが載る沙耶の方とはちょうど逆転した構成になるのですね。
とはいってもただの推測に過ぎないので、実際どうなるかは今後の成長を待たないとなんともいえません。
沙耶の方はおそらく推測したとおりにフロックマット優勢の新しい環境が出来上がると思いますが、佳奈の方はどうともいえません。
はてさてどうなることか。
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根が出ていた後輩組は、最近苞をいくつも出しています。
普通の生長に完全に移行したのかと思ったのですが、ところどころに花の蕾があるのが確認できたため、まだ花の季節は終わっていないようです。
しかし大部分は花とは無関係な生長をしているようで、未分化細胞の分裂と生長を行っているようです。
すさまじい生命力です。育て始めた時から比べ、およそ8割の花蕾が死滅、残りの部分が頑張って生き残っている状態です。
植物体の8割が死んだ状態で生きながらえるというのは、樹木であれば珍しくはないかもしれません。樹木は大部分が死細胞で構成されていますから。
対して草本は、ほぼ全てが生きた細胞で構成されているので、大部分が死んだ状態になると衰弱は避けられないのではないか、と思っていました。
ところがどっこい、カビにやられ、花に養分を吸い取られ、わずかな部位を残してほとんどの花蕾が死んでしまっても、後輩組は生き延びました。
それどころか、白い根がたくさん生えてきて、苞がたくさん生えてきて、花蕾が生長してきて。
おそらくもうしばらくしたら花を作ることもしなくなると思います。
そして沙耶と同じように成長を行っていくことになるでしょう。
問題は、今植えている器が、容積に比べて外気に触れる面積が広いため、今の時期すごい勢いで水分が蒸発していること。
夜には干上がるため、毎日の水遣りが欠かせません。
しかし夏はこれからさらに厳しさを増します。夜には完全に水分が蒸発し、乾いてしまうことすらあるでしょう。
そうなれば深刻な障害が発生することは避けられません。
果たして、この夏を過ぎた後、後輩組が生きていられるか否か。ちょっと不安です。
こちらはブロッコリー。
腋芽が伸びて二度にわたって花をつけ、第一陣の花はとうの昔に種が完熟し、回収してしまいました。第二陣も種が成熟中で、ひと月もしないうちに回収できそうです。
その「花を付ける腋芽」は二本。同時に生え、二度とも同じ時期に花を付けた、双子のような枝です。
第二陣の実が完熟した時、この二本は役割を終え、枯れ果てるものと思われます。
そしてブロッコリーは全ての課程を終了し、静かに退場する。
と思っていました。
実際にはそうではありませんでした。
写真は一ヶ月ほど前から生え始めた新しい芽です。
始めのうちは小さな葉が生えただけだったので、偶然生えてきた、そしてすぐに終わってしまう弱い腋芽にすぎないと思っていました。
しかし10日ほど前から急に生長し始め、今では立派に一本の茎となっています。
どうやらこのままブロッコリーの一株として生長していくようです。
運がよければ秋ごろに収穫できたりするかもしれません。
という冗談はおいておいて、見たところ沙耶の茎と同じようなもののようです。
私が長く見ていないうちに、元株の切断面に未分化細胞の大きな塊ができたのか、腋芽ではなくシュート、種から発芽した場合に生じるものと同じ茎が生えてきました。
と思うのですが、もしかしたら他二本と同じ腋芽かもしれませんが。
腋芽ではないと判断した理由が葉の形なのですが、始めのうちは二本の方もこういう形だったような気がします。ある程度生長してから花柄用の葉に変わっていったような、うろ覚えですがそんな気がします。
そのため、まだどうなるかは分かりませんが、もし本当に沙耶のと同じく茎であったのなら、7月末までには全て終わっていると思っていたブロッコリーが長期にわたって育て続けることになります。
これは名前を考えてやらないといけないかもしれません。
そういえば後輩組も、ミズナラもまだでした。
考えておこう。
こちらは今日の昼間に出先で撮った写真。
分かりづらいですが、彩雲現象?が起きています。
太陽を隠した雲の端、薄い部分に当たった日光が虹のように七色に分かれています。
綺麗です。
もっとはっきりと、大きなものをいつか見たいものです。
こちらはその雲の数分後。
先ほどのはできる限りアップしたのですが、こちらは拡大せずに空を撮った写真。
なんでもない空なのですが、海を望んだかのごとく深い青と、晴れやかな抜けるような青と、その二つに心を揺さぶられて、撮り終わったと仕舞い込んだ直後に再びカメラを取り出しました。
日光が照らす白みを持つ青と、雲の陰で黒みを持つ青と。そしてそれを生み出した夏の積乱雲。
なんでもない空なのに、すごく心打たれる景色でした。
この15分後、雷を伴う豪雨が訪れ、30分も暴れまわったあと蒸し暑さだけを残して過ぎ去ってしまったのも、なんだかすごく胸がすくような、そんな出来事でした。 |
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富士山が世界文化遺産に登録されたことは誰もがご存知のことと思います。
そして明日山開きされ、多くの観光客が向かうことが容易に想像できます。
登山を行う観光客と、登山を目的とする登山客と。
二つの差はほとんどないのでしょうが、前者は山を甘く見る遊びの客、後者は山を登るに際して事前の準備を怠らない客と区別できると思います。
明日以降、例年に比べて前者の量が圧倒的に増加することが予想されます。
これまでより問題が多く発生することは日の目を見るより明らか。山の管理組織、レスキュー隊などの迅速な対応も当然ですが、登山者が、知らない人同士でも互いに気を配ってもらいたいものです。
ゴミのポイ捨て、軽装登山による諸問題、登山路以外への侵入、動植物の無断採取など、考えられる問題は数多あります。
そういう問題を起こす人がいないよう周囲の人に目を遣り、体調不良を起こした人がいればためらわず手を差し伸べ、問題を起こした人がいれば躊躇せず注意を。
見知らぬ人に声を掛けることは難しいですが、ちょっと勇気を出して、誰もが楽しく登山できるよう、一人ひとりが気を付けてほしいですね。
と、登山する気の無い私が注意するのもおかしな話ですが。
写真はヒメムカシヨモギの、本来あってはならない根。
不定根です。
ミズナラの器に生えていたこれは、根ごと引き抜くことは不可能だったので地面すれすれの所で切って、60cmの長さをいくつかに切り分けていつも遣っている水に沈めました。
葉っぱや古い茎でそうするように、水に養分を溶け出させて草木の栄養にしようと考えていたためです。
しかし事は私の予想から外れてしまいました。
水に完全に埋没させ、空気と触れることがないようにしていたのですが、それでもヒメムカシヨモギは根を生やし生き延びました。
一部弱っているものもあるものの、ほとんどは以前と変わらず、むしろ切り分けたことで頂点を失って腋芽が生長、全体的に活性化してしまいました。
養分搾取を狙ったはずが、逆に水の中のわずかな養分を吸い上げられてしまっているようです。
これはこれで面白いのでいいのですが。
こちらはヒメムカシヨモギの花。
さすがに腋芽は花を付けるほどの元気を手に入れていませんが、元々蕾があった部位は水没させられてからも水を吸い上げながら花に養分を送り、こうして水中花を咲かせました。
残念ながら咲くと同時に花の中に水が浸入、花粉を雄しべに固着させているようで、受粉することはないようです。結実されて今以上に養分を吸い上げられないので残念どころか助かっている、のかな。
植物の生命力に時に驚き、感動し、敬意を忘れることはないのですが、水没状態で生き永らえ、生長し、あまつさえ花開くというところまでいくとなると、あまりの生命力に苦笑いが浮かびます。
腋芽も今はまだ花を付けていないだけで、遠からず花を咲かせるまでに生長することでしょう。
そのうち中に花の咲き乱れる水が現れる事になります。
どんな光景になるのか、楽しみです。
惜しむらくは、それが地味な小さい花だという点でしょう。
それでもいい画になるだろうという期待を抱きつつ、見守ることにします。
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