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私の子育て論

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ちょっと楽しみ

私の子育ての先生は子供たちです。
最近では先生が家にいません。

みんな外に出てしまいました。
子どもたちの様子を体感できないことが
ちょっと感性を鈍らせているような気がします。

孫に会って新たな感性を磨きたいと思います。
3日に孫と会う予定です。

嫁さんの笑顔にも会えるので楽しみにしています。

私の子育て

4人の兄妹の末が22歳になる。
はたして自分は子育てをしてきたのかなと思う。

世間の人のように子供たちと一緒にいた記憶が少ない。
今思うと少し寂しい感じもしている。
孫を十分に観察して育てている息子がうらやましい。

妻は小さいときから子供の情報を聞いては楽しんでいる。
私は妻の情報によって子どもの様子が分かる。

子供の友人関係も何となく分かるのだが、その友達には会ったことがない。
近所にいる保育園から一緒の子供たちには、自分の子と同じ感覚で接してきた。

その子供たちの中心に自分の子供がいる。
知っている子がみんな自分の子のような変な感じである。

我子だと感じるのは、子供たちの将来が心配になる時だ。
自分の将来もままならないのに、子どもの将来の方が先に心配になる。

しかし、私が心配しても本人が切り開かなければどうにもならない。
情報の提供はできるが、選択は本人がすることだ。

頑張っている人に頑張れというのは酷だとある講演で
大阪教育大の教授が言っていた。

そんなことはないと私は思っている。
頑張るにも何に頑張るのか明確にしなければ遠回りになる。
しかし、その努力は決して無駄にはならない。将来意味が出てくるはずだ。

そして、もっと頑張れる力があり、
そこを頑張るともっと良い結果が見えているから
頑張れという。

親は子どもたちの応援団なのかなと思う。

教えない塾

教えない塾がテレビで紹介されていた。
自分で解決して自分で答えを出す。

答えを導く方法はなんとおりかある。
それぞれが思考して答えを出す。

今の熟は一つの答えを導き教えている。
パターンとして問題を覚える。

なぜ、という力ではなく記憶力の良い子が、頭が良いということになる。
頭の構造はそれぞれの子どもによって違っている。

記憶の良い子、理論的に物を考えることの強い子。
ものの覚え方が違ってくる。

しかし、大切なことは自分の脳に仕舞い込んだものを組み合わせて
答えを導き出す作業だと思う。

私は中学の時、解けない問題があると途中でやめて風呂に入る。
風呂の中で突然答えが分かることがある。

ただ風呂に入ってリラックスしているだけなのに脳は動いている。
そして、突然のように答えを出すのである。

人間の脳って素晴らしいと思う。まんべんなく使うことが大切だ。
それでも脳のごく一部しか使っていないという。

コンピューターのソフトの機能の一部しか使わないのと同じだろう。
人間の脳はコンピューターの何百倍も優れている。

どう活用するか。そして、脳を活用できる子はどう育てたらよいのだろうか。
好奇心と前向きなやる気かな・・・

子育ては難しいかも

子育ては難しいと思った。
子どもは自然に育つと思っていたが、
そのときどきで親の与える影響が大きい。

同じように接しようとしても子どもはそれぞれに違うので
反応が違ってくる。

長男は私の言っていることを聞くが鵜呑みにして従わない
自分の中で考えて、自分で正しいと思う方向に向かう。

長女は、私の話を拒絶する。聞こうとする前に自分の行動をしたがる。
親にさせられているようなお兄ちゃんを見て自分は嫌だと思ったのだろう。

人間の成長の原点は真似るにある。まずは誰の話も聞けなければ
次のステップがない。

今思うと長女にも、しっかり話を伝えるべきだったと思っている。
考え方は出来てきたのだが、一歩踏み込む何かが足りない。

もっと小さい時から伝えたいことは伝えるべきだったと
反省している。
もっとも、伝えたいと思うものが漠然としていて、わけの分からぬまま
子育てをしていたのだから仕方がないかもしれない。

私のイメージでは、女の子が野球の投げ方が出来たらかっこいい
という思いがあった。

長女が6歳くらいの時にキャッチボールをさせようとして
グローブも用意したのだが、すごい顔で拒絶された。

このときキャッチボールをさせることが出来たら、
長女との接し方が違ってきたかもしれないと思う。

親のその時その時の接し方は難しいと今反省している。
親は発信できるものは、しっかり発信して子どもに伝えるべきだろうと思う。

子どもは親を見て育ち親から色々聞いて成長していく。
伝えるべきことはしっかり伝えることが親の役割かもしれない。

伝えるとは行動を強制することではない。
伝えられたものをどう料理するかは子どもがやることであり、
そこに人間の成長があるのかもしれない。

家庭教育なんて

教育 (岩波書店 広辞苑)
教えて育てること。導いて善良ならしめること。人を教えて知能をつけること。

家庭教育がなってない。とんでもない話である。
家庭は家族を作り、人間が育つ場だろう。

家庭に教育を持ち込むな。
家族は一緒に育つから絆が生まれる。

親は子どもに子育てを教わり、
子は親に生き方を学び育つ。

子どもを教えて育てようとするところに無理がある。
このスタンスだと親になったとたんに教育者にならなければならない。

親になった喜びをかみしめて、子どもと一緒に育つ方が気が楽になる。
子どもは教え育てるのではないと思う。

学び育つのである。家庭はそのベースである。
まずは夫婦が仲良くするところから始まるのではないか。

不幸にして片親になった場合には、
相棒の役割をしてくれる人を探すのが賢明か。

子どもには母親の役割と父親の役割が必要になる。
時には母親が両方をこなすスーパーウーマンもいる。

しかし、子どもはみんなで育てるのが賢明かもしれない。
周りの人すべてを子育て仲間に引き込むことだろうか。

多くの人から関心を持たれている子どもの方が良く育つ。
これは大切なことかもしれない。

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