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4月17日の、午前3時くらい?に、 我が家の長老ペイが、天国へ旅立ちました。 17歳と1ヶ月。 長男(高2、16歳)より年上で、いわば、 主人と私の最初の「こども」でした。 昨年夏前から、おしっこの管理が自分でできなくなり、オムツをしていましたが、 一日20時間ぐらいは睡眠をとって、 あとはよたよた歩きながらも散歩を楽しみ、食欲も最後まで旺盛でした。 いろいろ想いはあるのですが、 何だか書けません。 トマスを亡くした時ほどの、喪失感はないにしても、 覚悟していたこととはいえ、淋しいです。 こんなに長く一緒だったのに、欲張りですね・・・。 さて、 ペイの座っていた椅子が、空きました。 もう少し、元気になったら、 その椅子に、誰か、座るのでしょうか・・・? まあ、 今は元気でも、 スーが11歳、梵ちゃんもうすぐ11歳(推定)、改ちゃんもうすぐ10歳(推定)・・・ ということで、 我が家は、老犬ホームです。 でも、みんな可愛い・・・
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想い
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昨日、 11月4日で、我が家で13年暮らした愛犬シャウが亡くなって 1年になりました。 このあと、15日には、 あとを追うようにして、シャウの兄トマスが、私たちから離れて、 遠くへ逝ってしまいました。 2匹とも、ペイの息子たちです。 親より先に逝くなんて、なんて親不孝なんでしょうね。 2匹と過ごした時間は、 ほとんど我が家の歴史と同じでした。 失くすことの痛みに、耐えられない時もありました。 今、 彼らの空けてくれた席に、 CATNAPさんから里子として迎えた梵ちゃんと、 保護犬としてお預かりする改くんが、すわっています。 命の、 バトンを繋いでいると思うことで、 彼らの死にも、大きな役割があったと、思うことができます。 いえ、 生きている間に充分、彼らは、私たちを助けてくれたのですが。 いつも思うことですが、 梵ちゃんは、 こうして迎えてみると、彼らの代わりでもなんでもなくて、 ただ、私たちと巡り会う運命だった「梵ちゃん」そのものだと、 感じるのです。 もしもみなさんが、同じような想いで里子を迎えてくださる意志をお持ちなら、 可愛かった「あのこ」の代わりでなく、 その子ひとりひとりが、ちゃんと、その子であることを、 理解してあげて欲しい、と考えています。 初めからは無理でも、 必ず、 可愛い「この子」になる時が、きっと来ます。 なぜなら皆さんは、犬と共に暮らす楽しさを、よくご存知の方々だと、思うからです。 今も、 亡き子たちの名を、誰もいない家の中で、呼んでみる事があります。 名前を呼ばれて、走ってきた彼らを、思い出したいのです。 私の心にある傷は、癒えたと思います。 ですが、彼らを想い、時々涙しても、誰もとがめることは無いでしょう。 それが、今の私の幸せなのですから。 |
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今朝、ペイの散歩の時、偶然、ご近所の奥様とお話しする機会がありました。 その方は、長年、犬を飼われていて、我が家がこの市に越してきた時にも白いプードルのサブちゃんを、飼われていました。以来13年、ペイと同じで15歳になるはずだったサブちゃんは、足の病気が思わしくなく、安楽死、という方法をとられたのだそうです。 うわさには聞いていましたが、トマスとシャウの死と前後する頃で、こちらもなかなか、じかにお話をしてみる気持ちになれずにいました。 「安楽死」といっても、賛否両論ではありましょうが、犬それぞれの病状や、飼い主さんの考えの下、決断を下すことはさぞ、お辛かったことと思います。 梵ちゃんを保護してくれたCATNAPさんの活動を拝見すると、飼い主の中には、瀕死の老犬を、持ち込み処分依頼してくるひともいるのだそうです。 瀕死でなくても、多くが高齢になり、何らかの病気をかかえている子の持込です。 病気になったとき、お医者にかかれないのなら(費用や、時間のことで?)なぜ犬を飼うのでしょう? 長い年月、ともに暮してきた最愛の子達の最後を、看取ってやることがどうしてできないのでしょう? そう考えると、やりきれない想いでいっぱいです。 とりあえず、我が家で救えたのは、今は梵ちゃんひとりきりです。 でも、いずれは私たちも、一匹でも多くの犬猫が救われるように、お手伝いしたいと考えています。 おうちの前を通ると、よくわんわん吠えていた元気だったサブちゃん(本当の名前はサブロウくんなのだそうです)。 時々門からノーリードで飛び出すと、なかなか捕まらずに、私も捕り物に参加させてもらった、すばしこいサブちゃん。 残された老ご夫婦は、その最後の日に、わんと鳴いたサブちゃんの声を、確かにきいたのだそうです。 サブちゃん、虹の橋で、待っててね。
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今朝目が覚めてみると、トマスの夢を見ていたことに気付きました。 彼が死んでから、初めてのことでした。 でも、残念なことに彼は、夢の中でも、お腹をこわして、生死をさまよっている病気の彼でした。 BGMは「千の風になって」でした。 きっと、昨晩、新しく手に入れた合唱用の楽譜で、この曲をこどもたちと熱唱(???)していたせいでしょう。 でも、少し嬉しかったことは、夢の中でも私は、よれよれになったトマスのことを、心を込めて介護していたということでしょうか・・・。 そしてまた、目覚めて、すでに彼は安らかに、虹の橋のたもとで暮しているのだと思い返すと、ほっとしたのでありました。 時々、トマス、元気かな?と、スーやペイに話しかけている自分がいます。 ええと、死んじゃったのだから、元気も何もないんですけど、私の手から離れたどこかで、淋しがっていないかとか、おなかをすかせていないか、とか、私が迎えに行くのを待っているんじゃないかって、思ったりするのです。 迎えには行くからね。 いつか、きっとね。 神様から(そしてもちろん我が両親から)もらった命を、きちんと生きてからね。 待っててね。
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あさ めがさめると とますは まっさきに おかあさんをおこして さんぽへ でかけます おひさまの においがだいすき おともだちの においもだいすき おかあさんは とますのことを いぬづきあいのいいいぬねって いいます ぐんぐんあるいて もりもり うんちをしたあとは もりもり ごはんをたべます あさごはんの しょくたくのしたで だれかが たまごやきをおとすのを まっています とますは あめのひでも そとで おしっこをします あついひは ちょっと にがてです とちゅうで ふんばって うごきたくないと こちらをみます すずしいひは どんどん あるいていきます いきたいところまで どんどん どんどん あるいていきます どんどん どんどん・・・ いつのまにか かぞくのみんなが とますを だっこできるようになりました そうしていつのまにか とますは ゆっくりゆっくり あるくようになりました たおれないように ふんばって それでも まえへ あるきます どこへいこうとしているのかな おかあさんは みまもります ゆっくりあるく たいせつなとますを ずっとずっと みまもります どうか あしたもまた とますと さんぽができますように 2006年11月7日 ※これは、シャウが亡くなった後、急に弱ってしまったトマスを想って書きました。 ほんとうにこんなにあっという間に、2匹を失うとは、おもってもみませんでした…。 |
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