こんなんdeたんか

連載長編小説 『絵画きのバラッド』(仮)スタートしました。普段、小説を読まない方にこそ読んでいただけたら幸いです。

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 赤みがかった光が、波打った刃紋にそってその方向を変えた。射抜かれたトオルは目を細める。朝とはいえ光の貫通力が真夏のものではなくなっている。季節の変化は人など待ってくれやしないのだ。

 傷一つない磨かれた鏡のような鋼の刀身に見惚れる。三百年前に手にしていた武将が誰だかトオルには知る由もなかったが、刀匠によって込められた魂が今でも息づいていることはひしひしと感じられた。日本刀の妖しさは不思議と持った者の心を静かにする。上質なコットンツイル地で仕立てられたビジネスシャツに身を包む、すらりとした長身の男と日本刀の組み合わせは、静かに燃える焔を連想させた。

 トオルは畳敷きの広間で静かにゆっくりと息を吐きながら、左手に持った鞘に刀身を収めると、床の間の刀台に太刀をそっと立て掛けた。横に鎮座する戦国武将の甲冑に恭敬を感じつつ、一歩後ずさると身を翻した。

「おい、ヒデ。神棚の酒、取り替えたか。今日は十五日だ」

 庭で掃き掃除をしていた住み込みの若い衆の一人に声を掛ける。

「あ、いえ、言われてた米と塩と水は替えたんすけど」

 ヒデと呼ばれたジャージ姿の若い衆は、戸惑いや不安という感情がこの世界では命取りだということが、まだ分からないらしい。

「米と塩と水は毎朝替えなきゃならんが、酒は一日と十五日だ」
「はぁ」
「そっち終わったら替えとけよ。忘れんな」

 地元の暴走族でも落ちこぼれだったヒデを拾ってきたのはトオルだった。規律の厳しい桐壬会でやっていけるのか疑問だが、連れてきた以上は責任がある。トオルは目をかけてやっていたが、ヤキを入れるのもまた自分の役目だと思っていた。

 トオルは客間に戻りかけて小さな電子音を聞き、脇の警備室へ向きを変えた。ランプが点滅しているモニタに目を走らせると、敷地に入ることの出来る唯一のゲートが上がっているところだった。入って来るのは若頭である真部のメルセデスEクラスだ。

「おい、若頭のご出勤だぞ」
 各自の作業に没頭している若い衆たちに聞こえるように声を張った。

 関東でも東に位置する政令指定都市に事務所を構える桐壬会は、五百五十人の構成員を抱える工藤組系の二次団体だ。暴力団排除条例の施行後、非合法ビジネスは更に地下に潜り、今では表向きは一般の会社と同じく経済活動に精を出している。組織の方向修正の先鞭を付け、桐壬会を引っ張ってきた中心人物が真部光二だった。

 トオルと三人の若い衆は玄関に飾られた金屏風の前で真部を出迎えた。屏風の中の龍が出迎えているようにも、近づく者を威嚇しているようにも見える。あまり上背はないがしっかりした逆三角形の上半身を、上品なキートンのスーツで秘した真部は、龍の威風を凌駕していた。

「お早うございます。真部さん」
「おう。今日はトオルが当番か」
「はい」

「じゃあ、後で肩でも揉んでもらうか。お前の親指は絶品だからな」
「はい。でもどうかしたんですか。朝から事務所に寄るなんて」
「今日はこっちに客があるんでな」

 二人が話しながら客間へ向かうと、若い衆たちはそれぞれの持ち場へ戻っていった。

 独立した空間である客間は段差天井になっており、唯一ある三階分の高さの明かり取り窓から柔らかな朝の光が差し込んでいる。陽光が床に敷かれたペルシャ絨毯をも照らしているのは、匠人による申し分のない採光設計ゆえだ。

 真部は広い客間の中央に据えられた豪奢なテーブルの際を通りながら上着を脱ぐと、晩餐会の主賓が座るであろう椅子の背に掛け、そのまま部屋の奥に進み、重厚な応接ソファに身を沈めた。

 真部の所作をそれとなく観察していたトオルは、一番応接に近いテーブルの席に腰を落ち着けて真部と向きあった。

「どうだ。シノギ、任せてもらって一ヶ月か」
 かつて二十四の若造を試すことに躊躇しなかった真部が訊いてくる。

「そうですね。なんとかやってます。上毛建設の親父とも上手くいってますし。やってることは単純な人集めですから。誰でもいいんです。イチエフの現場に連れていければ」
「抜けるのは三割くらいか」
「事故当初はそんなもんだったらしいですが、今は厳しくて二割いかないです。ま、人数掛けひと月でどうにかです」
「ふん」
 鼻を鳴らした真部の表情からは感情を読み取ることはできなかった。

「でも今月から上納金が大変です」
「ばか。俺なんか幾らだと思ってんだ」
「すいません。でも、上納金って税金みたいなもんですね」
「収入に合わせて上がる、か。まあ、代紋の使用料だからな。頭だけが儲かるシステムだ。カタギも俺たちもかわらん。違うのは奴隷だってことに気付いてもないか、分かってて奴隷をやってるかだけだ」

 トオルは壁に掛かる額装された書に目を向ける。『克己慎独』という筆で書かれた文字が、正確な意味は分からなくともなんとなく好きだった。眺めているといつも力が湧いてくる気がするのだ。言霊というのは文字そのものから発せられているのかもしれない。

「俺は上行きますよ」
「ガキが。いきがってんじゃねぇぞ」

 前触れなくポケットの中に振動を感じたトオルは心の中で舌打ちし、すいません、と言いながら席を立つと、客間を歩きながら取り出した携帯電話を耳に当てた。

「上毛さん。どうしたんですか。……はい……はい。わかりました。とりあえずそっち行きます」

 電話を終えたトオルが真部の方を向くと、ちょうどヒデが真部にコーヒーを持ってきたところだった。

「現場からのクレームです。俺、ちょっと行って来ていいですか。あ、当番は輿水にでも代わってもらいます。すいません。連絡入れますんで」
「おう」

 真部がカップを手に取り、美味そうに淹れたてのコーヒーをすすったちょうどその時、来客を告げるセキュリティの電子音が鳴った。

「若頭に客です。高崎と名乗ってますが」
 若い衆の一人が応接の真部のところまで来て告げる。

「通してくれ」

 電話を掛けながら慌しく廊下を玄関に向かっていたトオルは、客を出迎えに行っている若い衆を追い越しそうになる。並んでから思い直し、若い衆を先に行かせた。トオルの耳元では呼び出し音が鳴り続けたままだ。

 若い衆が玄関を開けると高崎が立っていた。名前を聞いても何とも思わなかったが、なるほど、あの高崎健だったのかと思った。白髪交じりの短く刈り込んだ頭髪に意志の強そうな切れ長の目。かつてヤクザ映画で一世を風靡した、誰もが知る老練の俳優だ。確か今は芸能プロダクションもやっていたはずだ。桐壬会との付き合いがあることは知っていたが、組織は各自のシノギに干渉しないので、直接顔を合わせるようなことはなかったのだ。

 トオルは相手の出ない電話を諦めて切り、ポケットに納めた。高崎に目礼しながら上がり框まで進む。段差のない御影石でできた三和土に立つと、長身のトオルとかわらない上背だ。

「どうぞ」
 若い衆が言い慣れない言葉で促すと、剣士が間合いを詰めるかのように動き出した高崎と、真っ直ぐに前を向いたトオルがすれ違う。

 玄関で交差するその二人を金屏風の中の龍がじっと見つめていた。



閉じる コメント(4)

こんにちは^_^

その世界の緊迫した厳しさが伝わってくる表現に、前回とは違う意味でドキドキしますね。また続きを楽しみにしています♪

2013/10/6(日) 午後 5:45 [ - ]

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コメント、サンキュー私は、茹でた栗を、丁寧にキレイにむいて食べるのが好き

2013/10/6(日) 午後 10:06 [ まみぽけ ]

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花遊女さん。こんばんは。

嬉しいお言葉、励みになります! 遅筆なので……ぼちぼちいきますね。

2013/10/7(月) 午前 0:17 愛沢いさむ

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まみぽけさん、こんばんは。

丁寧にキレイに、が作品にも通じるのでしょうね。とりあえず、栗食べましょう。

2013/10/7(月) 午前 0:19 愛沢いさむ


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