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うつつ世の札(ふだ)に賭したるあのよろし いざや還らぬあの世とやらへ
住職が辞した居間は何だかがらんとしていた。 湯飲みから立ち上る湯気を眺めるのは久しぶりだ。幼い頃から親しんだ知覧茶の芳香が、ささくれ立った心に沁みていく。 「七年、早いのね」 お袋が親父の遺影を見上げて言った。 「うん」と言いながら、お袋もめっきり老けたなと思う。 「仕事、どう?」 「ぼちぼち、かな」 言ってみたものの、その実、頭の中は社内のごたごたで一杯だった。昇進レースに派閥争い、消費者への裏切り行為。不甲斐ない俺自身にも嫌気がさすが、もう色々と限界だった。Uターンの文字さえ頭をよぎる。 「そうそう、この間、父さんの古いノートが出てきてね」 お袋は腰に手をあて「あいたた」と辛そうに立ち上った。 繰って見ると他愛ないメモだったが、最後に辞世の句が書かれていた。 「父さんらしいでしょ」 戦後の混乱期を博徒として生きた親父らしい句だと思った。 脇に一文添えてある。 『貴、母さんを頼む』 俺は表情を変えない親父を見上げた。 十三回目の命日に記す。
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かなりお久しぶりですね。本気で新作を待ってましたよ!!
2018/9/19(水) 午後 9:43 [ チャリ ]