こんなんdeたんか

連載長編小説 『絵画きのバラッド』(仮)スタートしました。普段、小説を読まない方にこそ読んでいただけたら幸いです。

Cafe Cucciolo

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   <前編>
   カフェレーサー達が集うカフェクッチョロ。
   売れない劇団員の恭平はそこである少女と出会う……

   <後編>
   恭平は見ず知らずの少女とタンデムランすることに。
   二人を乗せたSRは何処へ向かうのか……

   (全文400字詰 33枚)
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 『 Cafe Cucciolo 』 【短編小説】 改稿しました。



連載をスタートさせました小説 『絵画きのバラッド』(仮)を執筆していましたら、
過去の短編をどんな風に書いていたかなぁと思い、つい読んでしまいました。
8年近く前に書いたものです。大したことのない今現在の技量でさえ、ダメダメな点を多数
発見することができました。読み返したのが幸か不幸か……。
気になってしかたがありません。改稿せずにはいられませんでした。
大幅に加筆・訂正してしまいましたが、多分、著者本人にしかわからないのでしょう。
字数は若干増えまして、原稿用紙換算では 33枚ほどになっています。3枚近く増です。



記事を投稿し直していませんので、書庫はそのままになっています。
読みやすくするために、少し表示を変えました。

バイク乗りによるバイク乗りのため短編小説ですが、興味のある方はご一読ください。





※こちらはお知らせです。申し訳ありませんが、書庫からお入りいただけますでしょうか。

どうぞ宜しくお願いいたします。

生まれて初めて小説なる文章を書きました。
いつか書くかも知れないと思ってはいましたが。

元々、小説を読むのは好きでしたが、自分で書くとなると
何だかすごい覚悟が必要のような気がして、一歩が踏み出せませんでした。

blogを始めて、短歌(もどき?)を詠むようになりましたが、
Yahooblogを巡っているとたくさんのアマチュア小説家の方が
いらっしゃって、それらを読んでいるうちにやっぱり自分でも
小説を書いてみたくなりました。

バイク雑誌に掲載されているような短編を書こうと思い立ち、
カフェレーサーが集うカフェでのお話しにしようと決めて、
3、4日何となく頭の片隅に置いていたら、突然、降りてきました。

登場人物やストーリーや情景、細部のディティールとか台詞など
いっぺんに色々なものが湧いて出て、あっという間に頭の中で
出来上がりました。それこそ10分くらいで。

ただ、それらを文章で表現する行為は難航しました。
何せ初めての経験です。
頭の中に映像としてあります。それをどのような文章にすれば
読んだ人が同じ映像を(似通った)思い浮かべてくれるのか…

僕的には普段文章を書くときにほとんど書き換えをしません。
頭の中で一文、あるいは一章出来上がってからタイプしています。
とは言ってもそれほど遅いタイプではないと思いますが。

ですが、今回はそのたった一文が頭の中で出来上がるまでが
非常に時間がかかってしまったのです。

400字詰原稿用紙に換算すると31枚になりますが、
書き上げるまでに二週間を要しました。

読み返すと稚拙な部分が多々ありますが、今の自分の力量だろう
ということで、ある程度納得はしています。

もし、読んでくださる方がいらっしゃったら、感想などいただけましたら
大変嬉しく思います。

また調子に乗って次の作品を(続編?)を書くかもしれません。

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 恭平の乗るヤマハSRは二十七年前に発売されて以来、新車として造り続けられているロングセラーモデルだ。健やヤスのオートバイと同じく、カフェレーサーとしてのチューニングを施されている。細身だが長いガソリンタンク、低く構えたセパレートハンドル、ノーマルより後退した位置にあるステップやセミダブルのシート、キャプトンタイプのマフラーなどあらゆるところに手が入れられている。オートバイ全体が醸す雰囲気は、恭平にとてもよく馴染んでいた。恭平と少女が乗ったSRはマフラーから薄紫の排気を吐きながら、単気筒のリズムで路面を蹴り出すように発車した。

 駅前を通過して街路を何度か右左折した後、赤信号の交差点で停止した。

「次の信号、右です」

 顔を近づけた後ろの少女が大きな声で言うと、頷いた恭平のヘルメットが大げさに上下した。信号が青に変わり、前を行く車の後に続き右折レーンへ車線変更した。いつもの独りでのライディングだったら、車を追い越して右折待ち車両の先頭へ出るところだが、今日の恭平は大人しい運転に徹していた。なにせスカートを履いた女の子を後ろに乗せているのだ。上手くたくし上げ、お尻と足できれいに押さえてはいたが、やはり少しバタついている。

 交差点を右折し終わるとすぐに左のウインカーを点け、路肩に停止した。

「どこ行かす気だよ。この道行ってたら戻っちまうだろうが」
 恭平はヘルメットのバイザーを跳ね上げ、振り向きざまそう言ったが、少女は答えない。

「どうすんだよ?」
「海、見たいんです。連れて行ってください」
「だめだめ。帰るんだろ」

 顔を覗き込む。暗い淵を覗く目に恭平の心臓が小さくトクンと跳ねた。

「ただでさえセーラー服乗っけてて目立ってんだからな」
「あら、役者さんてみんな自意識過剰なひとばかりだと思ってたわ」

 さっきの表情はもう消えていた。

「悪かったな。役者らしくなくて」
 恭平が言い終わると同時に、長距離輸送の大型トラックが轟音を上げながら脇を通り過ぎた。

「連れて行ってください」
「だめだ」
「連れて行かないと叫ぶわよ。助けてー、この人ストーカーでーすって」
 少女の目は笑ってはいない。

「わかったわかった。山越えなきゃなんないんだからな。怖いつっても知んないぞ」
「はい」
「しっかり掴まってろよ」

 そう言うと少し粗雑にバイザーを下ろした。ウインカーを点けて車体を右へ傾けると後方確認し、今来た道をユーターンする。傾き始めた秋の太陽がバックミラーに反射して、恭平は眩しそうに少し目を細めた。

                                *

 SRは南へと走っていた。市街地は様々な種類の車両が混合して走っているので、オートバイにとっては決して走り易い道ではなかったが、このまま南下すれば次第に開けていき、やがて緑山バイパスへと繋がる。オートバイにとってはバイパスのほうが市街地よりも安全度や快適度が高いのは明白だ。バイパスは隣県の市街まで通じているが、海へ出るために途中から県道へ入っていくつもりだった。そこからは曲がりくねったアップダウンを伴った道がずっと続いていく。

 バイパスは開通してからまだ日が浅いためか予想より車通りが多かったが、恭平の操るSRは流れに乗って法定速度より少し速いスピードで巡航していた。

 いくつ目かの合流地点が見えてきた。合流してくるレーンと本線の間に黄色い仮設のフェンスが立てられている。ニュースで言っていた場所だ。恭平は事故のあった場所であることを意識するあまり、減速しすぎたようだ。あっという間にミラーの中で後続の車が大きくなり、慌ててアクセルを開けた。SRはギクシャクして挙動を乱す。腰に触れている少女の手にグッと力が込められるのを感じた。タンデムであることは常に意識していなければならないのだ。

 二人が乗ったSRはバイパスを下りて、県道と交わる交差点を左折した。バイパスからすでに山がちな風景だったが、この辺りは人家も無く、街とは別世界のツーリングゾーンだ。片側一車線の県道は比較的に見通しもよく、オートバイ乗りが言うところのワインディングロードだった。海へ出るルートなら整備の行き届いた国道もあるが、こちらの県道の方がオートバイには向いている。なにせ平日の昼間でもほとんど車通りがない。

 恭平はワインディングロードを丁寧にトレースしていく。カーブが近づくとアクセルオフで減速し、車体を傾ける切っ掛けとしてソフトなブレーキを使い、カーブを抜ける立ち上がりでは、じわりとアクセルを開ることで車体を起こしながらゆるやかに加速する。身体に染み付いたオートマティックな動作だった。

 オートバイを操り次々に現れるカーブを一心にクリアしていると“無”が訪れることがある。自覚はなくとも、それは突然やってくる。“無”によって時の流れを止めてしまった恭平は、次第に心が内向きになっていく。普段の思考では表面に現れない奥のほうにある感情がぼんやりと見えてきた。しかし、形がはっきりしない。恭平は心の奥底を探ろうとして精一杯手を伸ばす。やっとで見つけ出したのは、漠然とした不安だった。外からなのか内からなのかは分からない。少なくとも今走っている状況に感じている不安ではなかったが、見つけてしまった途端に不安はどんどん大きくなり、あっという間に恐怖と言っていいほどに成長した。自分は楽天家なのだと信じていた恭平は、恐怖を見つけたことに狼狽していた。

 急に道幅が狭くなり、恭平は慌てて“無”を押しやると、少しペースを落とした。山の斜面を蛇行しながら登っていくその道は、さっきまでと違い、色づき始めた楓の間から差し込む光によってまばらに照らされている。雨の匂いに似た濡れた葉っぱの匂いが、街とは違う場所であることを殊更強調していた。

 恭平はほとんど直線の部分がないその道を、右に左にひらりひらりとリズミカルに駆け抜けていく。タンデムライディングに慣れているのか、少女は積まれた荷物のようにじっとしている。上手くオートバイと一体化していたので、独りのライディングより寧ろ走り易いのではないかとさえ恭平は感じていた。ただ、彼女が楽しんでいるのか恐がっているのかを背中から感じ取ることは出来なかった。タンデムで走るというのは、どこかでお互い信頼していないと到底出来ることではない。少女が自分のことを信頼してくれているのだと恭平は理解したからこそ、ここまで走ってきたのだ。

 峠を越え下り道になってしばらく走ったその時だった。今まで両側を林に覆われ、草木しかなかった視界が突然開けた。見えたのは、静かに青い海だった。

 堤防に沿った狭い道を低速で走ってきたSRは、道が少し膨らんだところを見つけると停車した。少女が無言でタンデムシートから降りて堤防の方へ歩くのを見届けてから恭平はエンジンを切った。静かだった海は、波がテトラポットに当たって砕ける音を意外と大きく響かせていた。

 恭平もオートバイから降り、少女と並んで立つ。

 少女はまるで自分独りだけがそこにいるかのようで、じっと波の音を聞いているのか、海を見つめたまま動かない。他者を寄せ付けない雰囲気は声を掛けることを躊躇させた。

 違う時間が流れているのだと思った。時の流れはみな同じではないのだ。それぞれの自分の中にある時間を生きている。それは心のありようでも違うのだろうし、その時々でも常に変化するのだろう。他人には犯すことの出来ない領域だ。ほんの数時間前に出会ったばかりの二人が、互いに踏み込むべきではないのは恭平にもよく分かっていた。しかし、その禁を解いたのは恭平のほうだった。

「あのさ、バイク乗ったの、初めて?」
 少女は話し掛けられたことが意外だったような表情で恭平を見た。

「初めてです」
「あ、そう。乗り慣れたカンジしたんだけど。慣れてない奴ってカーブで傾いた時に恐くて体が反対に逃げたりしてさ、バランス取りにくかったりすんだけど、そんなことないしさ。堂々としてるっつうか、肝が据わってるっつうか」
「それ、褒めてるんですか?」
「ん、まあな」
「それはどうも。ありがとう」
「なんだよお前、お姫様みたいな口の利き方だな」
 少女の頬にうっすらと笑窪ができた。

「今日、あのお店初めて行ったんです。コーヒー飲んだのも初めて。ついでに言うと男の人とこうして二人で居るのも初めてなんです」
「珍しい高校生だな」

「お前、名前は? まだ訊いてなかったな」
「ケイ。手紙の拝啓の啓。あまり好きじゃないんです。だって男か女か判らないんですもの」
「そうか」
「父が男の子を欲しかったらしいんです。でも結局私だけ……」
「まあ、それは親にも色々都合とかあるしさ」
 ケイの瞳から意思が遠ざかり、淵に沈んでいく。

「でも何で突然バイク乗せてなんて言い出したんだ?」
「似てたんです。父の背中に」
「乗るんだ、親父さん」
「ええ。でも、もう父がオートバイに乗ることはありません。……この間、亡くなったんです」
「お前いいのかよ? こんなとこふらふらしてて」
「大丈夫です。周りの人たちは大変そうですけど。それに……もう一生泣けなくなりました」
「そんなもんかよ」

 水平線近くに浮かんだ細長くたなびく雲の端々が、薄く金色に縁取りされていた。太陽の位置がいつの間にか雲の向こう側へ移動していたことに気付く。

 再び沈黙が訪れると、どこか遠くから船のエンジン音が聞こえてきた。また二人の時間の流れにズレが生じていくのだと思ったとき、ケイが言葉を発した。

「わたし、怖かったんです。まだ何にも始まってないのに」
「バイクが?」

「後に乗って、風を受けて、実は今すごいスピードで移動してて。でもそれは全然怖くはなくて。それで思ったんです。本当に怖いのは、始めることとか終わることではなくて、始まらないことなんじゃないかって」

「始まらないこと……」

 舞台だってもし始まらなかったら? それまで一生懸命稽古を重ねて皆で準備して、それで幕が開かなかったら? 演じることで得られるはずだった経験も快感も喝采も、すべてが無きものになってしまう。それほどの恐怖はない。

 思い巡らす恭平は、口を閉ざしたまま広がる海を眺め続けた。寄せては返す規則的な波の音を聞いていると、知らず知らずに呼吸が同調し、地球のリズムと一体になっていく。考えていたはずなのに、徐々に思考は平坦化し、いつの間にか思考を手放している。解き放たれた心はどこまでも自由だ。空間も時間も越えていく。

 沖へ向かう大型貨物船が汽笛を鳴らした。
 我に帰った恭平はケイのほうを向く。

「そろそろ、行くか」
「はい」
 ケイは素直に返事をした。

                                *

 帰宅ラッシュが始まるにはまだ早いにも関わらず、駅前のロータリーは混雑していた。低速で進入してきた恭平は駐車車両の隙間を見つけると、SRの鼻先を突っ込んで停車した。スカートが捲れないように手で押さえながら器用にタンデムシートから降りたケイは、ヘルメットを脱ぐと恭平に渡した。

「ちゃんと家帰れよ。電車乗るまで見てるからな」
「大丈夫です。もうここからだったら駅三つですもの」

「この後お前が悪い奴にとっつかまったりしたら俺が疑われちまうんだからな」
「そんな時はちゃんと証言します。いいおじさんでしたって」
「だから、おじさんじゃねぇって。そう言や、お前電車代は?」
「ご心配なく。電車のカードだったら持ってます」
「嘘つきやがったな」
 ケイは返事の代わりに笑窪を作って見せた。

「貸しにしといてやるよ」
「まあ。大人気ない」
 返す言葉が見つからない。

「早く行けよ」
 ケイは駅舎に向かって歩き出した。

「もし何かあったら、俺いつもクッチョロにいるからさ」
「ありがとう」

 一度振り返ってそう言ったケイは、人ごみの中を小走りに駅舎まで行くと、改札へとつながる階段を駆け上がり、やがて見えなくなった。

                                *

「大変だったよ公演」

 恭平がいつものカウンター席に腰を下ろすと、隣で新聞を読んでいたヤスが手を挙げて挨拶した。テーブル席には数名の客があったが、健の姿は見えない。

「あれ、健は?」
「あいつ、今日カットのコンテストだって。朝、それだけ言ってもう帰ったよ」
「そうか」

「それより、何がどう大変だったんだよ」
「それがさぁ、聞いてくれよ。俺、舞台の上で頭真っ白になっちまったんだよ。初めてだよ、そんなの。経験して解ったんだけどさ、多分ほんのちょっとの時間なんだろうけど、もの凄く長く感じるのな、あれって」
「そこに沙希さんが助け舟。あれがなかったら恭平の初主演、どうなってたかしら」
 テーブル席の客にサンドイッチを運び終えて戻ってきた優子が楽しそうに言う。

「優ちゃん、そんな傷口に塩を擦り込むようなこと言うなって。これでも俺、結構へこんでんだからな」
「でも、素敵だったなぁ。沙希さん」
 優子はトレイを胸に抱えたまま遠くを見ている。

「俺は? かっこ良かった、だろ?」
「恭平は、ねえ。今回のでだいぶファン減ったかも」
「そりゃねえだろ」

「また始まったよ」
 ヤスはそうボヤくと読みかけの新聞に目を落とした。

「俺のかっこ良さが解らねえなんて、女じゃねよ」
「いいの。あたしには沙希さんがいるから」
「お前らどういう関係だよ」
「うん。また観に来てくださいねって」

「おいっ、これ見ろよ恭平」
 驚いた様子で会話を遮り、ヤスは恭平のわき腹を肘でつついた。恭平は新聞を覗き込む。

「何だよ?」

『上場のアパレルメーカー新女社長就任』 と見出しが躍っていた。

 ― 記事 ―
 イタリアンブランドアレッシオで知られるアパレルメーカーツカモトインターナショナルでは先月社長夫妻がオートバイ事故で亡くなって以来、後任の社長を発表していなかったが、このたび、前社長のひとり娘で十八歳の現役女子高生である塚本啓氏が社長に就任したと発表した。なお、新社長就任に伴ない、新規事業として若年女性向けイタリアンカジュアルブランドクッチョロを展開することも併せて発表された。

「店の名前と同じじゃん」
「そこじゃないよ、これこれ」
 ヤスは小さな四角に切り取られた新社長の顔写真を指差している。

「あっ、あの娘じゃんよ」

 そこには、セーラー服ではなかったが、うっすらと笑窪を湛えたあの少女の顔があった。

「お前、逆玉のりそこねたか」
 恭平はじっと新聞を見つめたまま動かない。

「あーあ。俺が送って行きゃよかったよ」
 ヤスは天井を仰いだ。

                                *

 低く垂れ込めた鉛色の雲が空を埋めつくし、海と空の境目を曖昧にしていた。空の色を映した海は色彩を失い、そのせいでいっそう静かに思えた。磨りガラスの様に凪いだ海の表面は均一化され、ただそこにある。

 何の前触れもなく、分厚い雲に出来た小さな裂け目から一筋の光が降りてきた。光の筋は少しずつ少しずつ確実に大きくなっていき、次第に束となり海面に明るい円を広げていく。天使が還って往くために掛けられた梯子が、灰色の濃淡でしかなかった世界に煌びやかに浮かび上がる。

 恭平は意を決したように堤防から降りると、傍らに停めてあったSRに歩み寄った。綺麗な身のこなしで跨り、バックミラーに掛けてあったヘルメットを被る。イグニションキーを回し、ハンドルに取り付けられたデコンプレバーを握ると、キックスタータを足で軽く上下しエンジンの上死点にピストンを合わせた。そこから一気にキックスタータを体重を掛けて踏み抜いた。単気筒エンジンの息吹が還り往く天使にさよならを告げた。                                                                                                                                       (了)


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                               Cafe Cucciolo
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 地中海風の石灰モルタルで鏝塗りされた白壁に無数の蔦が絡んでいた。蔦の緑が所々茶色に変色しているのは、夏の間中、陽射しに晒され色を奪われてしまったのだろう。今では夏の威力が衰えてしまった太陽が、存在意義を誇示するように店全体を照らしていた。

 白壁から伸びる黒い金属製の支柱にぶら下がる木のプレートは、イタリア国旗の色に塗り分けられ、白いペンキでCafe Cuccioloと文字がある。それがこの店の名だった。

 入口横の石畳が敷かれた駐車スペースに、二台のオートバイが仲良く停めてある。古いイギリス車であるノートンとやはり古いカワサキのW1(ダブワン)。どちらも大柄なガソリンタンクと低い位置にセットされたハンドルを持つカフェレーサーと呼ばれるタイプのオートバイだ。ファイバーやカーボンを多用した現代のオートバイと異なり、鈍く光るアルミ製のフェンダーやメッキを施されたパーツが数多く使用されている。二台のオートバイが秋の陽光を照り返して輝く様は、どこか誇らしげだった。

 店の前を通る往復六車線の道路を南へ下ると、すぐに県庁所在地と同じ名前の駅がある。地方都市とはいえ百万人が暮らす街の駅周辺は、通勤ラッシュをとうに過ぎた午前中でも人や車の往来が途切れることはなく、賑わいをみせていた。

 駅の方から一台のオートバイが単気筒特有の小気味よいタタタッという乾いた排気音を響かせながら近付いてくると、するりと店の駐車スペースに入ってきた。跨っているのはレザージャケットに身を包んだ長身の男だ。スリムな単気筒のオートバイによく似合っていた。

 男はサイドスタンドを蹴り出しキーを抜くと、エンジニアブーツの先で綺麗に弧を描きながらオートバイを降りた。ジェット型のヘルメットを脱ぎ、一度ミラーを覗くと、大股で店の入り口へ向かった。

「いらっしゃいませ」

 ドアに取り付けられた真鍮製のベルが鳴ると、ウエイトレスが反射的に顔を男に向けた。

「なんだ恭平かぁ」
 ウエイトレスの顔が綻ぶ。

「なんだじゃねえよ。お客様だよーん」
 恭平と呼ばれた男がおどけてみせる。クールな印象の外見とは裏腹な芝居がかった物言いだ。

 窓の小さい店内は適度な照明で落ち着いた雰囲気だった。カウンター席が七つと四人がけテーブルが八つ並んでいる。店の奥側の一段高くしたスペースに、とても古いオートバイがディスプレイされていた。この店のオーナーであるマスターが惚れこんで探し、ロンドンのコレクターから譲り受けた、ドゥカティ・クッチョロだった。イタリアを代表するオートバイメーカーであるドゥカティ社が1946年に最初に世に送り出したオートバイであり、クッチョロとは子犬を意味している。店名の由来はマスターの愛してやまないオートバイにあるのだ。

「よお」
 恭平はカウンター席に陣取る常連客二人に挨拶しながらスツールを跨いだ。

「いらっしゃい」
 髭を蓄えたマスターが控えめな声で迎える。

「ホットください。それと、マスター、またチラシ貼らせてもらってもいいですかっ」

 ジャケットの内ポケットから丸めたチラシの束を取り出し、大仰に頭を下げる。
 マスターが頷いた瞬間に連動したように恭平が顔を上げた。

「優ちゃん、オッケーだって。これこれ」
「はいはい、ただいま。横柄なお客さまだこと」

 ウエイトレスの優子はそう言いながらチラシを受け取る。マスターの姪で二十歳になる彼女は屈託のない笑顔でこの店の客皆に慕われている。言わば看板娘だった。

「健とヤスにも。ささ、どうぞ。俺の雄姿を観てやっておくんなまし」
 押し付けるようにチラシを配る。二人はオートバイ仲間でもあるこの店の常連客だ。

「どれどれ。今度の日曜か。お題は『イカロスの落ちた日』だって。ひょっとしてお前がイカロス?」
 チラシと恭平の顔を交互に見ながらヤスが訊く。

「おう。記念すべき俺の初主演だ。イカロスったって現代劇だけどな」
「何かピンとこないなぁ」
「健も来てくれるよなぁ」
 声色を変えた恭平は、自信があるのか無いのかはっきりしない。

「俺の休みは月曜だけだっての。それも講習だコンテストだって、休みにはなりゃしないんだからな。今日だってここに来るのが精一杯だよ」
「カリスマ美容師ってのも大変だなぁ」と暢気なフリーターのヤス。

 不意に芳ばしくも柔らかい香りが鼻腔をくすぐる。マスターの長年の経験と探究心が到達したオリジナルブレンドのものだ。芳醇なコーヒーの香りは幸福感を運んでくる。漂う香りはきっと幸福感のお裾分けだ。

「あたし、行きたい。ねっいいでしょマスター? 今度の日曜」
 優子がコーヒーカップを恭平の前に置いた途端に顔を輝かせて言った。

「やっぱ、優ちゃんだけは俺の味方だよね」
「あたしが興味あるのは恭平じゃなくて沙希さん。だって素敵なんですもの」

 初主演の恭平をサポートする今回のヒロイン役が沙希だった。優子は沙希を前回の公演で観て以来、大のお気に入りだ。時には可憐なスイートピーであり、時には大胆なダリアのような、と言うのは沙希を評した優子の弁だ。

「何だよ、それ。せっかく楽屋にも招待しようかと思ってたのによ」
「ほんとっ? お願い。沙希さんに会わせて」

「ねぇねぇ、ちょっとボリューム上げてくれるかな」ヤスが会話に割って入る。

 カウンター越しの壁にセットされた小型の液晶テレビをヤスは指差していた。話しに夢中だった二人が同時に視線をテレビの方に向けると、マスターが黙ってリモコンでボリュームを操作してくれた。

キャスター:……先々週起きましたオートバイによる死亡事故を調査した結果、見通しの良かった緑山バイパスの合流地点に見通しを悪くする為にフェンスが設置される事になりました。

 ニュース番組のキャスターが感情の篭らない淡々とした口調で、隣県のオートバイ事故の概況と設置されたフェンスについて、現場の映像と共に伝えていた。

「わざわざ見通しを悪くしてどうすんだよ」
 恭平がテレビに向かって文句を言う。

「それがさぁ、あんまり見通しがいいと早くに確認しちゃって、実際合流する時には安心しきって、よく見てなかったりしてさ、そんでもって合流される側は流れがいいからスピード出てて間に合わないんだよ。でだ。見通しが悪いと、つまり合流するその時でないと確認できないようにするとだな、どっちも気を付けるから事故になりにくい。とそういうわけだ」
 ヤスがしたり顔で説明する。

「なんでそんなによく知ってんだよ」
 健があからさまな不信顔をヤスに向ける。

「新聞記事の何とかって先生の受け売りだけどな」
「そういうことか。ヤスはよく新聞読んでるもんな」

「時間だけはたっぷりあるんでね」
「俺は求人欄しか読んでないかと思ってたよ」
 恭平が軽口を叩く。

「そう言えばさあ。そのきっかけのバイク、年配夫婦のタンデムだったらしいよ。確かどっか大きな会社の社長さんだとか言ってたぜ」
 ヤスの情報だった。

「かわいそうになぁ」
 皆が真顔になる。

「みんな気を付けてよ。お葬式なんて、あたし行かないからね」
「事故はヤだよな。バイク乗ってると相手が悪くても死んじゃったりしたら終わりだもんな」
 恭平はそう呟くとコーヒーを一口すすった。

「まあ、恭平は殺しても死なないタイプだけどな」
 今度は健が軽口を叩いた。

「すみませーん」
 奥のテーブル席の方から女性の声がした。

 優子は「はーい」と返事をすると、雑談に興じた自分を恥じるような表情で、そそくさとその客の方へ歩いていった。恭平はその時初めて常連の自分たち以外に客がいたことに気付いたのか、少し驚いたような顔をしてその声の主をじっと見ていた。

「あの娘、初めてみる顔だけどさ、もう一時間以上も独りでボーっとしてんだよね。誰か待ってるわけでもなさそうだし。それにセーラーときた。訳ありな感じ」
 健が小声で言うと恭平は残っていたコーヒーを一口で飲み干し、突然立ち上がった。

「ちょっと行ってくらあ」
 大股で奥の窓側のテーブル席に近付いた恭平は、彼女のテーブルを挟んで反対側の椅子をくるりと回転させると無言で座わり、正面から見据えた。

「お前、家出だろう?」
 いきなり挨拶抜きでそう言った。

 物憂げに窓の外を眺めていた彼女は、恭平の方を一瞥したが動じない。返事もなしだ。意思の強そうな目に肩まで伸ばした黒髪を持つ彼女は十七、八に見えた。少女ではなく大人でもない年齢だ。

「高校生、だよな?」
 真っ直ぐに恭平の目を見つめたまま、答えはない。

「高校生でなきゃ、コスプレかな?」
 恭平の言葉に小さく噴き出した。微笑むと出来る笑窪が、そのままではツンと澄ました表情に見えてしまう顔を少し親しみ易くした。

「セーラー服ですものね」
 顔の印象に似合った澄んだキリッとした声だった。

「見掛けねぇ制服だな。三つ葉女学院あたりか?」
 恭平は隣県にある有名なお嬢様学校の名を口にした。

「どうかしら」

 ホットコーヒーのお代わりをトレイに乗せて持ってきた優子は、恭平をキッと睨むと、少女の前にカップを置いた。

「お待ちどうさま」
「あれ、俺には?」
「これはサービスじゃありません。お客様のご注文です」
「冷たいこと言うなよ」
「それともお客様、ご注文ですか?」
「何だよ他人行儀に。じゃあ、コーヒーください。これでよろしあるか?」

 恭平は、返事をせずにぷいと踵を返した優子のほうへ、自分の頭の上に両手の人差し指を立てて見せると、少女のほうへ向き直った。

「それで誰か待ってんの?」

 少女はカップを両手で持つと、湯気の立ち昇るコーヒーを美味しそうに一口飲んだ。

「さっきから質問ばかりなんですね」
「そして何にも答えてねぇ」
 恭平は犯人を追いつめていく探偵を演じているつもりだ。

「家出少女って何となく雰囲気で判っちゃうんだよな。前に家出少年の役やったからさ。こう見えても俺、勉強熱心な役者だから」
 唐突に探偵が恭平に戻る。

「そろそろ行かなきゃ。送ってくださらない? おじさん」
 恭平の話を聞いているのか聞いていないのか、突然立ち上がって言う。

「おじさんって、これでも二十四なんだからな」
「苦労してるんですね」
「大人をからかってんじゃねえよ」
 少女は少しはにかんだ。

「駅はすぐそこだろうが」
「電車代、ないんです」
「ほんとに家出かよ」
「家出少女を放り出すんですか?」
 言葉に詰まる。

「送って行ってあげなよ。メット貸すからさぁ」
 カウンター席に座ったままこちらの様子を窺っていたヤスが言った。

「バイク、乗せてください」
「わかったよ。来いよ」

 恭平はヤスのところまで来るとお椀型のヘルメットを受け取り、ついて来た少女の胸にそれを押し付けるとドアの方へ向かった。

「恭平、コーヒーどうするのよ」
 恭平が店を出ようとしたその時、優子が引き止めるように慌てて言った。

「この娘送って行くからさ。後でもらうよ」
「もう」

 ドアノブに手をかけた少女は、ふと途中で止まった。振り返り、店の奥に目を向ける。視線の先は静かに佇むクッチョロだ。ほどなく前に向き直った少女は、恭平の後を追って店を出た。


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