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後ろから、大地を揺さぶるような響きの爆音が迫ってきた。狂った巨大な雄牛のようにも見える十八輪のそれ
は、低いクラクションの唸りを上げて猛スピードで僕の横を走り抜けた。コンボイだ。舞い上がった砂埃を手で払
いのけながら独り毒づいた。
「ちくしょう!」
そんな言葉を吐いたのは、なにもコンボイの洗礼のせいだけではない。相棒のハーレーがいかれてしまってイ
ンターステーツハイウェイ10で立ち往生しているのだ。もうすぐヒューストンだというのに、まったく運がない。レンタ
ルバイク屋の禿げたずるそうなオヤジの顔が浮かんだ。
大体、無謀だったのだ。英語もろくに喋れない僕が、独りでアメリカ縦横断だなんて。でも、どうしてもボブディラ
ンのハイウェイ61を走りたかったのだ。いや、走らなければならないんだ。自分自身にケリをつけるために……
置いてきたはずの東京に想いを馳せていると、いつの間にかバイクの音が近付いていた。ハーレーだ。前輪の
フォークを長く伸ばした、チョッパーといわれるスタイルだった。乗ってる男は髭面にサングラスでいやな雰囲気
だ。停まった。降りて近付いてくる。どうしよう? まさかギャングじゃ無いだろう。銃を持っていたら? 僕はもしも
の時のためにと胸ポケットに忍ばせた、百ドル札のことを思った。
髭面の男はサングラスを取ると、どうしたんだと訊いてきた。助けてくれるのか? 僕はビビッていたのを悟られ
ないように、自分のハーレーのエンジンを指差し、映画で見たアメリカ人がやるように肩をすくめる仕草をした。男
は自分のハーレーから工具を持ってくると、慣れた手つきで修理を始めた。
どうやらメンテナンス不足のエアクリーナに砂埃がたまって、ガスが濃くなり、燻っていたらしい。
男の手により、果たして僕の相棒は息を吹き返した。
僕は勇気を出して、握手を求めた。応じた男の目は、なんだ、結構人懐こいじゃないか。
男は走るのに飽きたので、ここでコーヒーブレイクするという。お前も飲むかと訊かれたが、返事を待たずに準
備に取り掛かった。キャンプ装備の中から道具を出すとお湯を沸かし、バンダナの中にコーヒー豆を放り込み丸
めると、手近にあった石を拾って叩き潰し始めた。沸いたお湯の中にバンダナごと突っ込んで煮出し、カップに注
いでくれた。
僕らは並んでそのコーヒーを飲んだ。なんとも荒削りで無骨な味がした。そしてとびっきり苦かった。
礼を言って男と別れた僕は、ニューオーリンズ、そしてディランの歌うハイウェイ61を目指して走り出したが、走
っても走っても、苦みは消えなかった。
僕は八日目の出来事を書き終えるとペンを置き、マグカップのコーヒーを一口すすった。出来上がったら、雑誌
のツーリングレポートコーナーに投稿しようと思っている。採用されるだろうか? 載っても載らなくても僕はきっと
コーヒーを飲むたびにこの旅の事を思い出す。そして、あのコーヒーの味は一生忘れないだろう。
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