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翼を手に入れろ
ついてないなぁ。本降りになりそうだ。 田舎道にひょっこり現れたバス停小屋に寄せてバイクを停める。 中に入るなり、ヘルメットとグラブを脱いだ。外の雨を眺めながらグラブを絞ると、コンクリ床に涙染みが広がる。 「おじさん、雨好き?」 心あたりのない声に驚き、振り返る。薄暗くて気付かなかったが、隅っこに女の子が座っていた。 それにしてもおじさんって。社会人一年生なんですけど。 「バイクだからねぇ。あんまり」 「バイクって、どこまで行けるの?」 250とは言え、ウイングマークの付いたスポーツ車だ。 「ガソリンさえ入れればどこまでだって」 「ふーん。自由なんだ、おじさん」 「自由なんか……」 生活のために朝から晩まで働いて、自由に出来る時間なんか幾らもない。 「心はどこへだって行けるんだよ」 足元に薄日が射して来た。外を見ると雲が切れている。 「行けそうだな」 言いながら女の子のほうへ顔を向ける。 そこには薄暗い空間があるだけだった。
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バイク小説 400字/再掲
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モッタイナイは賢者の言
君子あやうきに近寄らず。いや、障らぬ神に祟りなしかな。 電卓を叩きながら難しい顔をしたお父さんを横目に居間を抜ける。 「今日も唐揚げ?」 台所でお母さんに軽く不満を言ってみる。 「おかずもリサイクルよ」 「要はお店で作り過ぎたんでしょ」 「節約、節約」 「ねぇねぇお母さん。バイクの免許取っていい? やっと十六になったんだよ。ユイもミユも持ってるし」 「父さんに訊いてみなさい」 ちらっと居間を窺うと、お父さんは頭を抱えていた。 「お父さん、バイクの免許取っていい?」 恐る恐る訊いてみる。 「よしっ。免許取ったらバイク買ってやる」 「えっホント?」 「お父さんが嘘を吐いたことあるか? カブなんかどうだ。乗りやすいし、若い娘が乗るとお洒落だぞ」 「うん。いいかも」 「お前が好きな黄色もあるしな」 「黄色にするっ」 案ずるより産むが易しってこれなんだ。 「よしっ。これで配達の軽をやめて、メイがカブで行ってくれれば一石二鳥だ。なあ、母さん」
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0-400_2020
闇降る埠頭に爆音が響き渡ると、どこかで野犬が尾っぽを巻く。 ギャラリーが待受けるゴールに、二条の光が猛スピードで近づいて来る。 哲生のマシンは、大戦のオイルショック以降、オーランバイオ燃料になってパワーが足らない。ニトロの投入で辛くも闇ガソリン野郎を抜いた。 ゴールラインを越えた二台のバイクは、ハードブレーキで尻を振りながら停まる。哲生はギャラリーが集まるゴールに戻り、フルフェイスを脱いだ。 「俺の勝ちだ。こいつは頂く」 賭けの賞品だった麻袋から一摘まみコメを取り出し、口に放り込んだ。 「畜生、騙しやがったな。こいつは操作米だっ」吐き出しざま言う。 「ヤバい、FEMAの装甲パトだ。逃げろっ」ギャラリーの一人が大声を上げる。 十数台のバイクが一斉に咆哮を上げた。リアタイヤを空転させながら発車した哲生のマシンは、FEMAパトの脇を抜ける。 漂う紫煙が残るアスファルトに、ぶちまけられた麻袋のコメが散らばっていた。
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世界が静止する日 Mr.T に捧ぐ
シリンダーから排出された高温ガスがチタン製エグゾーストを通過し、サイレンサーエンドから吐き出される際の爆音と、脳内でリフレインしている16ビートに乗る流れるようなメロディは、DNAの螺旋構造の如く絡み合い、アスファルト上に描かれた見えないトレースすべきラインのように伸び行き、俺とマシンを衝き動かしていた。 山間に入ったワインディングロードは状況も良く、999ccが発する185馬力のパワーを確実に受け止めている。 左コーナーに向かうストレートエンドで、フルブレーキングからのレバーリリースと同時に、右膝で小さくタンクに入力する。遠心力を尻で受け止めつつ旋回し、出口に向け徐々に右手を引き絞る。 メロディと排気音が駆け上がってゆく。 山間を抜け民家が現れたその時、鳴り響いていた音が突如静止した。 動揺が瞬間的に視界を狭める。 モノクロ世界に唯一帯びた色彩は、母親の横に立つ、目を瞑り耳を両手で塞いだ少女だった。
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キーリングの記憶 勝手なコラボ企画 エトセトラ / ONE OK ROCK
「答えじゃねんだよ。オレが欲しいのは。理由だよ。理由」 駿はビニール張りのソファに言葉と体をまとめて放り出し、自分のグラスにドライジンを乱暴に注ぎ足した。 狭い工房の中で、ギュウとソファが主張する。 俺は愛車のキーを尻ポケットから引っ張り出し、ハーレーのピストンを裏返した小物入れに落とした。 「俺にもくれよ」 呑んで帰る時はバイクのキーはピストンの中で眠る決まりだ。 「理由がないのは、彼女の優しさ……」 俺のつぶやきは駿の耳に届いているのか、いないのか。さっきからうな垂れたまま動かない駿に、グラスを小さく掲げ、一口呷る。 試作品のレザーウォレットにあしらわれたコンチョが、テーブルの上で照明の光りを鈍く返した。 「お前は彼女のエトセトラになっちまったってわけか」 そうつぶやいた瞬間、駿はおもむろに立ち上がり、ピストンの中のカワサキのキーを引っ掴んで大股で出て行った。 「死ぬなよ」 応えた手にキーリングが揺れていた。 【勝手コラボ楽曲】⇒エトセトラ / ONE OK ROCK
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