こんなんdeたんか

連載長編小説 『絵画きのバラッド』(仮)スタートしました。普段、小説を読まない方にこそ読んでいただけたら幸いです。

ノンフィクション短編

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ブルブルッブルブルッブルブルッ

ネックストラップでぶら下げた携帯電話がちょうど胃のあたりで震えた。

エクセルで資料を作成していた僕はあわてて着信ボタンを押しながら席を立ち、小声で「ハイ」と返事をしながら事務所の外へ出た。

「鍵が壊れたのよ」電話は妻からだった。
いつも要領を得ない妻の話をまとめると、どうやら家の玄関の錠のシリンダー部分が抜け落ちて、中からは開け閉めできるが外からは施錠できなくなってしまったらしい。
管理会社に連絡をとって今日のうちに修理してもらうよう指示すると、妻は後でどうなったか電話かメールで知らせると言い電話を切った。

その時点の僕はこの一本の電話が後に起きる胃の締め付けられるような出来事の序章だとはこれっぽちも思わずにそそくさと仕事へ戻った。


                                  *


差し込む夕日がモニタに反射してまぶしかったので少しブラインドを降ろした。
いつのまにか携帯電話の着信を知らせるブルーのLEDが点滅しているのに気が付いた。
メールを開封すると壊れた錠のアップ写真にメッセージが添えられていた。
妻からの経過報告だ。

“鍵屋さん、19:00頃来るって。また合鍵作らなきゃ”

遅い時間だなと思ったがそれ以上は何も感じず、また仕上げるべき資料に没頭した。


                                  *


すっかり日が暮れてどれ位経ったのだろうか、資料もある程度かたちになり、僕はウォーターサーバのお湯で使い捨てドリップのコーヒーを淹れて一息ついていた。
壁の時計に目をやると針は8時半を差そうとしていた。

そういえば、錠の修理はどうなったのだろう。

もう事務所には僕ひとりだったので、誰に気兼ねすることなく自分のデスクのアーロンチェアに座ったまま携帯電話で妻の携帯電話へ電話を掛けた。

プルルルル、プルルルル、プルルルル……

電話は10コール程で留守番電話に切り替わった。
子供たちの世話で手が放せないのだろうかと思いつつ、一旦切りもう一度掛けた。

プップップップップップッ

“電波の届かない所にあるか電源が入っていないためお繋ぎできません”合成された音声がそう告げた。無機質なその声に何だか妙な胸騒ぎを覚えた。

今度は家の固定電話に掛けてみたが、コールはするが誰も出ない。
もう一度掛けたがやっぱり出ない。


ハッと最悪なイメージが頭に浮かんだ。
家で事件が起きてるかも知れない!

夜7時頃に鍵屋がきたはずだ。きっとそのような仕事は男に違いない。
携帯電話は一度は鳴ったが、すぐに掛けた二度目は電源が切れていた。切られた?

固定電話は長い事鳴らしたが誰も出ない。
携帯電話の着信記録からなぜ折り返してこないんだ。
もしバッテリー切れだったとしても家の中だ、チャージャーだって繋げるし、
それに固定電話もある。

外出の可能性は?夜に子供たちを連れて外出した事はこれまでにはないはずだ。
結果は報告すると妻は言ってなかったか?
もう8時半を過ぎている、鍵修理が終わっていないなはずがない。

電話の向こうに手袋をした犯人のイメージが湧き上がってきた。

居ても立ってもいられなくなり、まだ仕上げていない仕事を放り出し、上着を羽織りヘルメットをつかんで事務所を飛び出した。


                                   *


いつもより早い時間に通る幹線道路は帰宅を急ぐ車で混雑していたが、13年間乗り続けている老体のバイクにムチ打って飛ばした。

今日こそ換えようと思っていた冬ものジャケットにまだ換えていなかったので、袖の隙間から入り込んでくる夜風が身を縮み上がらせたが、そんなことに構っていられない。

運転に集中しようとしたが、浮かんでは消える犯人のイメージがそれを邪魔した。
交差点を曲がる時、横断歩道の歩行者に気付くタイミングが遅かったので少し挙動を乱した。危ない接近ではなかったが、一応手を挙げて詫びた。

落ち着け。自分が事故を起こしてどうする。少しアクセルを緩めて車の後ろについて走った。
はやる気持ちはなかなか押さえられない。胃がキリキリしてきた。
あと15分。あと10分。きっと着いたら、笑い話になるさ。

もしもの時はどうする?
いや、そんな事はない。

あと3分。もうすぐだ。
そう思った時、前方から救急車がサイレンを鳴らして近づいてくるのが遠くに見えた。
まさか!

最後の角を右折すると家が視界に入ったが、とりあえずパトカーに囲まれてはいなかった。
少しほっとしたがまだ全然不安は拭い去れない。

バイクで敷地の門を通る。一階の電灯はついているようだ。
駐輪場にバイクを突っ込み荷物もヘルメットも置いたまま玄関に駆け寄った。
いつもならバイクの音を聞きつけて長女がドアを開けてくれるのだが、今日はその気配
すらない。

どうしたんだ!

ドアノブを回してみるが、施錠されている。
錠が換えられているので僕が持っている鍵では開かない。

チャイムを立て続けに二回鳴らした。
中で鳴っているのが微かに聞こえた。

出てくれぇ!!!



































「お父さんお帰り〜」

湯上りで上気した顔の長女がのんびりした声でそう言いながら出てきた。
僕は玄関にヘナヘナと座り込んだ……。



※ノンフィクションです。

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