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今日は信徒会館の道場をお借りして冥想の練習をします。 二座の予定ですが、最近は一座ごとに時間が長くなってきているので、二座できるかどうかわかりません。 信徒会館はお寺の隣に建ってますが、ここもお寺と同じく清浄で、とても安らぎます。何もなくて、とても綺麗です。 静かです。虫の声と、風が裏山を渡る音、たまに通過する電車の音しか聞こえない。 追記 壁にちっちゃいヤモリがいてました〜 ちっちゃいとかわえぇ ![]() 今年も白の彼岸花、元気に咲いています。 今日は先生がお寺にいらしたので、少しお話しして帰りました。 |
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実は春先から体調を崩しています。春の半ばには数日ですが入院もしました。若い頃にやらかした病気が体調が落ちると出てきます。 そのうち良くなってくるだろうと思っていますが、もう夏なのに枕から頭が上がらない日もあったりして。なんとなーく危機感みたいなものを感じることもあるのですが、それならそれでよし、そうなった時の行先はたぶんわかってるから、だから大丈夫…と安心しているので、体調が優れなくても、ここから先は医者にかかる、 そうでなければいつも通りに仕事や家事をこなす生活をしています。しかし無理はしない。動けなくなりそうな時は素直に休みます。 息子たちが成人したこともあるのでしょう。以前のようにお金のない生活が怖くなくなりました。人並みの生活が出来なくても、がんばって仕事して、世間さまと同じような生活をすることよりも、どうしても優先したいこと、優先しなければならないことが以前から自分の中にあり、それに素直に従うことが漸くできるようになってきた。京丹後の美しい山の緑と海を見ながら、私は結局ずっと自分自身をも欺いてきたんだなぁ、と。しかしとてもスッキリとした気持ちで、きらめく夏の海もとても素直に美しいなぁと。 ちなみに京丹後にはお仕事がらみなのですが、遊びも一緒くらい。最近は仕事で遠方に出ることも多くなりました。体調がもっとよければ、もつとフットワーク軽く動けるのにな、と思うこともありますが、そういったことは敢えて考えますまい。必要とされるところに、身体が動くのであれば行く。普通のことではありますが、いまはその普通のことがこの上もなく幸せで有難い。普通であることってけっこうスゴイことなのかもしれない。 |
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いつものお寺のご本尊、聖観音さまです。室町時代の仏さまのようですが、由来は不明とのこと。ずーっとこの場所におられます。 スッとした立ち姿の美しい観音様です。 月例の冥想会のときは、この観音様はじめ、お寺におられる仏さま全てにご挨拶しますが、私はこの聖観音さまに間近でお参りすると、そこはかとなく怖いお顔に見えてしまう。きっと常々自分の修行の足りなさを自覚しているからだと思います。観音様には月に2回お会いしますが、いつも「この半月も全然だった」と振り返ってそう思うのです。 しかし観音様が怖いお顔に見えるのは私自身の心の在り方のせいであり、実際の観音様はこんなに美しい仏さまです。 この観音様の画像は、冥想仲間の先輩が自主冥想のときに、綺麗な蓮がお供えされていたからと送ってくださった画像です。 |
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2年前に岐阜で就職して働いていた三男坊ですが、色々事情がありまして、仕事を辞めてうちに戻ってきました。こないだ私が岐阜まで行って彼を引き取ってきた笑
首の短いところが私に似てて、親子だなと。 2年前、親の負担を慮ってか、高校卒業と同時に家を出て行った三男坊ですが、このまま岐阜で職人になるのかなー、もう帰ってこないのかなと心配していましたが。
やはり将来のことを考えると自分の好きなことを仕事にしたいと。
バイクに関わる仕事をしたいようです。
なので来年から自動車整備士の専門学校に行くようです。
彼が出て行った頃とはうちの状況も変わっていて、今度はちゃんとバックアップしてあげることができると思います。
今年2月に次男坊が帰国していますし、ここしばらくで人口が二人も増えたわ笑
あとは長男が帰ってくれば完璧ですが、ヤツは帰ってきそうもないな。けっこう近くに住んでいますが。帰ってきても部屋が無いんだけどね(笑)
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うちはお互い「忘れてないよ」という印のようなもんですかねぇ。おめでとうの一言でもいいのですけど、去年もプレゼントしたから、今年ないのもアレかな?ということで、惰性でやり取りしてる感じです笑 でもここ数年はとーちゃんは忘れてしまってるから、うちもほぼ一方通行かな?

