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18日は観音様のご縁日で生駒のお寺のお護摩に随喜してきました。
お寺に続く短い参道は、春の花々がたくさん咲いていました。ごっつい筍も生えてた( ^ω^ )すぐ裏の山は竹やぶなので、この季節は筍が建物を傷めないようにするのが大変なようです。
お天気がいまひとつで、雨がパラついて肌寒いのがなんとなく残念。
この日は新しい念珠を授けて頂きました。
以前から暗中模索、試行錯誤を繰り返してきていたこともひと段落ついたし、
人生の方向性も再び見えてきました。
そうなると、気持ちの切り替えと同時に、念珠も新しいものに変えたくなり、
先生にお話ししてみました。するとすぐに「わかりました、いいものを手配しましょう」と快諾してくださいました。これには少し驚いてしまいました。数年前、同じように先生に念珠を新しいものに変えたいとお伺いをたてたことがあります。その時の先生の答えは「念珠はひとつあればいいだろう。今のもので充分使えるでしょう」という意味のことを言われ、それで私は「あぁ、そうだな」となぜかアッサリ納得してしまって、それで諦めてしまいました。その時、私はどういった心境で新しく念珠を持ちたいと思ったのか、実は今では全然覚えていません(;'∀')
どういう念珠にするのかは先生にお任せして待つこと数日、先生からハガキで「お念珠が届きました。次のご縁日の時にお清めしてお渡しします」と連絡を頂きました。
そして昨日の18日のご縁日で受け取ってきたのですが、お護摩の最中にとても不思議な経験をしました。お護摩の途中で先生がお清めのため、私の新しい念珠を釜の火にあてた後、何やら御真言を称えてくださったのですが、そのとき「パシッ」と音がして(けして念珠が熱で割れたとか傷んだとか、そういう音ではない、どこから聞こえてきたのかもわかりません)、そしてとても表現しづらいのですが、念珠の周囲だけ時間が止まったような感じになりました。念珠と、それを持った先生の右手だけが静止画になったような、何かが凝縮されたような、そんな感じに見えたのです。何が凝縮されたのかは全然わかりません。私は念珠を受け取るために(ご本尊の不動明王の御前から持ってきて、先生にお渡しする役目でもあります)先生のすぐ横に控えて間近で見ていたのですが、それはそれはとても不思議な光景でした。先生から念珠を渡されて、またお不動様の御前にお返しし、席に戻ったのですが、さっき見た事、感じた事は不思議なことではありますが、まぁでも本当はそんな不思議でもない。先生ならあり得ること…と納得し、一人でウムウムと頷いていました。
お護摩の後、先生から念珠を受け取りました。ツヤのある梅の木でできた本連の念珠です。房は古代紫、珠を通している中の紐は赤で、観音様の慈悲をあらわしています。いずれも正絹の手編みです。まだ固いけど、使っているうちに柔らかくなって、手に馴染むようになるでしょう。別に珍しいものではありませんし、高価なものでもありません。ごく一般的な念珠と言えると思います。でも私は先生が選んでくださったその念珠をとても気に入りました。
先生は「大切に使ってください。もうこれで一生新しい念珠はいらないね」と微笑まれ、私も笑顔で「はい」と答えて受け取りました。きっとその時の私の表情は、自分言うのもなんですが、きっと素晴らしく晴れやかな笑顔だったと思います。見てないけど。
なんでもない、単なる念珠を介した先生と生徒のやり取りなのですが、そこにはとても重要な意味が込められているのです。それは先生と私の、永遠の約束のようなものなのです。
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トメさんを1日4回くらいお散歩に連れて行きます。今日は雨が降っているので、カッパを装着してみました。トメさんはカッパが大嫌いなんですよ。着せようとするとジタバタと暴れまわり、サーッと自分だけいつもの公園に行ってしまうのです。危ないので、新しく装着が簡単なカッパを買って、今日はうちの中で着せてから外へ連れ出しました。最初はブリブリ怒っていたトメさんですが、オシッコしたさに勝てないのか、諦めて歩き出してくれました。
室内飼いですが、トイレをちゃんとあつらえてあるのですが、室内で用を足すのが嫌みたいでいつもギリギリまでオシッコを我慢してしまうので、マメに連れて行くようにしています。若い頃は1日2回でも大丈夫だったけど、おばあちゃんになってきたので少し回数を増やしました。今は耳の治療でステロイドを飲ませているので、オシッコが多いというのもあります。トメさんもうすぐ12歳になりますが、ずっとお留守番ワンコでした。ここ1年ほど、年のせいかすごく寂しがるようになったこともあり、私は思い切って会社を辞めて自営業に切り替えました。うちを守ってくれた彼女に感謝を込めて、これからはなるべくたくさん一緒にいるようにしようと思います。お散歩から帰るとまっすぐお水入れに向かってガブガブ水を飲みます。お水が入っていなかったら、ヒャン!と控えめな声でお水入れてよ!と要求します。それがまた可愛いのです(≧∇≦) |
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オンボロ軽自動車(1.5年前10万円で購入。アトレーちゃんは壊れて廃車しました)におかんと次男を詰め込んで出立したのは日曜日の朝8時ごろ。
近畿自動車道を経由して中国自動車道に入り、山陽自動車道を目指します。いつも休日は宝塚方面がダダ混みになることが多くて心配だったけど、この日は全く混んでなくて気持ちいいくらいスイスイ走れました。 画像は2回目に休憩を取った岡山は吉備のPAです。桃の里らしく、桃太郎さんの銅像がお出迎えしてくれますが、この桃太郎さんは足がめっちゃ短い上に目がパッチリし過ぎてて、なんだかちょっと粘っこい人のように見えてしまう。ジェラートの専門店が入っていて、ラムレーズンを食べたけど、美味しかったですね♪ 芝生の広場をウロウロしていると、何やら変わった作り物が設置されていて、近寄ってみると犬の銅像でした。なんだか人間みたいな顔をした犬像で、ブサ可愛いのだけど、気味悪くもあり…。ここに犬像があるということは、とオカンと探してみたら、やっぱりキジ像もありました!てか、キジってこんな鳥やったかな?尾っぽ短くない?などとケチつけまくりでしたが、どちらもユーモラスで可愛い像でしたよ。残念ながらサルは何処にいるかわからなかったけど、行かれた方はぜひ探してみてください。 |
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4月もあっと言う間に半ばです。気がつけば桜は盛りを過ぎて、もう葉っぱの方が多い木もあります。今年は…今年も、花見ができませんでした。特に今年は以前と違って通勤もしていないので、電車の窓からパナソニック本社の素晴らしい桜の森を眺めることもできませんでした。寂しいです。非常に寂しい…。桜の花は日本人の心なのに、盛りの桜を観ない日本人なんかあるだろうか。しかも今年は家で引きこもってて見逃してしまったのです。事情があるとは言え、これほど残念なこともないです。
引き籠っていた理由は、松下幸之助さんです。幸之助さんの人生が壮大過ぎて私は自宅に引き籠らざるを得なかったのです。とある占術の研究会に所属しており、そこでは月に1本の研究成果の発表が義務付けられているのですが、その題材として松下幸之助さんを選んでしまいました。私は学も浅く(高卒だし〜)あまり物も知らず世間知もない人間ですが、幸之助さんが非常に偉大な人物であったことぐらいは知っていて、その人生や思考をより深く知ろうとすると到底1ヶ月や2ヶ月の付け焼き刃では歯が立たないこともわかっていました。しかし研究会の3月のテーマの条件に合致する人物を他に見つけることができず(何人か候補はいたけど食指が動かず)、無理だろ!無理!こんな偉人をイジるのなんてムリムリ!と思いつつも時間が足りなくなってきて追い詰められてしまい、半ばヤケクソで幸之助さんに決めてしまいました。幸之助さんと私には占術上、重要な共通点があり、その点の比較にもけっこう興味のあったこともこの無理な選択を進める一因となったようです。しかし結果は散々で、予想どおり全く時間が足りず、主催者から「そろそろプレゼン提出してね〜♪」とメールで催促を受けてもまだ必死で資料を読み込んでいる段階で、提出できたのは研究会開催日当日の朝でした。これも予想どおりで、全く不充分で不出来で納得できなくて、研究会でプレゼンするどころか、他人様にお見せするのも恥ずかしい程の非常に中途半端な出来で、ポチッとメールで送信してからは帰らない旅に出たい衝動を抑えるのが一苦労でした。仮病使って休もうかなーとか思ってしまった。しかし肩の荷が降りたのは確かで、10日以上ほぼ不眠不休でくたびれきっており、提出後は仕事も後回しにして爆睡しました。思って目が覚めてからトメさんと久々ゆっくりお散歩しましたが、目に入ってきたのは盛りを過ぎて葉っぱを出しつつある桜で、今年も満開は観られなかった無念さだけが残ってしまいました。研究の対象には適切な人物を選ぶこと、あまり時間のないときには偉大な人物を選ばないことが重要だと思いましたね。次回に活かします。けど、研究会は月に1度あるので、またすぐ次がやってくる…。 画像はようやく少しだけ見ることのできた近所の公園と、淀屋橋の桜です。林市蔵先生も春を喜んでおられるみたいですね。 |


うちはお互い「忘れてないよ」という印のようなもんですかねぇ。おめでとうの一言でもいいのですけど、去年もプレゼントしたから、今年ないのもアレかな?ということで、惰性でやり取りしてる感じです笑 でもここ数年はとーちゃんは忘れてしまってるから、うちもほぼ一方通行かな?

