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なんでもない日々
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書庫2010年(日記)

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土砂加持法会へ

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連休初日の4月は29日、土砂加持法会に参座すべく四日市のお寺へ行ってきました。

こちらのお寺のご住職とは昨年とあるご縁で知り合いました。
不思議なことに知りあって間も無くの頃、一緒にお寺の先住様のお墓にお参りするという夢を
見ており、それ以来、なんとなく縁の不思議を感じ、しつこく後を付いて歩いております。
幸いなことに、ご住職の方はそんな自分を奇異に感じている様子もなく、来るもの拒まず的に
他の檀信徒さんと同じように扱ってくださいます。突如現れた得体の知れない仏教女にも大変優しい。
有難いことです。

それにしても、四日市は遠い…。今までお参りしてきたどのお寺よりも遠い。
朝十時からの法会に間に合うように、朝五時に起きて用意を整え、六時半に車で出発。
峠越えをして生駒から奈良市内に入り、天理から名阪国道に入ります。

最近気がついたのですが、近畿自動車道から西名阪を走って名阪国道に入るより、うちからだと
奈良市内を通って天理まで行き、そこから名阪国道に入ったほうがずっと早いし、料金もかからない。
169号線は観光シーズンにはよく渋滞するのが難なのですが、朝早ければそれも問題無し。
ちなみにうちから奈良市内までは、車で30分くらいです。

名阪国道、五ヶ谷で渋滞にはまり、動かないとわかった途端トイレに行きたくなるのは
何故でしょうか…(>_<) 心配していたけど事故渋滞だったので、20分ほどじっと我慢の子して
いると、渋滞を抜けることができました。高峰のパーキングは閉鎖されてしまっているので、
それを呪いつつ針の道の駅まで気絶しそうになりながら必死で堪えておりましたw

針からは順調に車を進めて、お寺の駐車場、普段は空いているのに、この日は満車状態で、苦労
しながら縦列駐車して…本堂に上がらせて頂いたときにはもう時間ギリギリで…。

本堂にはたくさんのお参りの方がおられましたが、それなりに広いので、そのときはまだ空間が
目立つ状態。このお寺はお檀家さんの多いお寺です。これまで自分のご縁のあったお寺は、いわゆる
祈祷寺で、お檀家さんはゼロ、もしくはあっても片手にあまるくらい…。あまりお寺にたくさん人が
いるシーンというのは目にすることがないので、いつもここのお寺に集まる人の多さに圧倒されそうに
なります。もちろん、比叡山の行者さんのお寺の法会には、それこそ押しくらまんじゅう状態に
なるくらいの人が集まりますが、普段のお護摩の日は静かです。

自分の住む地域には、浄土真宗のお寺が一軒ありますが、人の入れ替わりの多い土地柄です。
それに各家庭がどこかのお寺の檀家になる…そういう制度というか、慣習というか、そういうのは
もう完全に死んでしまっている地域です。身内の葬儀でさえ、お寺さんにお願いするどころか、
亡くなればそのまま火葬場に直行の、いわゆる「直葬」なるものが主流となりつつあります。
葬儀は故人とのお別れのシーンではなく、やっかいな面倒ごとで、早く手っ取り早く済ませたいと
省略、簡略する方に動いている。

人々はなるべくお寺や神社との関わりを持たないですまそうとしています。
それぞれの考え方があるので、それが悪い、いけないとは一概には言えないけど、自分のような
行き場の無いものには、かなり寂しい地域でもあります。同時に、この辺りにはまだそういった
伝統というか、そういうのが生きているんだなぁとちょっと驚くような気持ちも。

そんなことに思いを馳せているうちに、カンカンカンと鐘が鳴らされ、法会が始まりました。
大きなお袈裟を掛けたご住職が十人ほどのご僧侶と一緒に入堂され、座につかれました。
まず、ご僧侶が全員で光明真言をお称えしながら、何やら白い封筒にお加持?をされます。
封筒の束はたくさんあって、目の前にたくさん積まれているのを、一枚ずつに丁寧に祈りを
籠められていきました。この封筒には清浄なお砂が入っており、法会の終わりに人々に授けられます。
私も頂きました。それからほどなくしてお声明がお称えされるので、それにじっと耳を澄ませます。

が、この日は写真を撮影しようと思っており、持参のカメラをガチャガチャといじくって
いるうちに法会は進行し…折しも前日は震災津波の被害で亡くなられた方々の四十九日でした。
それらのご供養の祈りも籠めて、粛々と進められて行きます。
気がつけば、空白の目立っていた外陣は人で埋め尽くされ、後方の入り口にも中に入りきれない
お参りの方々が膝をくっつけ合うようにして座っていました。いつの間にこんなに人が…と
驚きながらも写真を撮り続け、またお声明の声に合わせるように精神世界に入って行きます。

後でご住職から聞いたのですが、この日お称えされたお声明は、土砂加持法会だけのものが
あったとか…。その違いは残念ながら私にはよくわかりませんでしたが、いつものよりなんだか
ちょっと華やかな感じがするなぁと思いながら聴いていました。
土砂加持法会は、数ある真言宗の法会の中でも最高の法会であると聞いています。
華やかに聴こえたのは、光明真言の功徳により、最高となった場で行われた最高の法会であったから。
そういうことなのかもしれません。

二時間ほどの法会はあっという間に終わって、昼食のご供養を頂きました。
その間、本堂では準備が行われ、午後からはお砂踏みです。四国八十八箇所の各霊場寺院の御本尊を
お祀りし、各寺院の境内の砂を足元に敷いて、それを踏みながら礼拝して行くというものです。
それにより、四国八十八箇所を巡拝するのと同じ功徳があるとされています。

準備されているところをちょっと見ていましたが…なんだかとても大がかりで。
ご奉仕されている檀家さん、大変だなぁなどとホケホケ見ていましたが。
すっかり綺麗に用意されると、また人が詰め掛けてそれこそ押すな押すなの大盛況でw

どの顔もニコニコ笑って、この日を待っていたといったような感じで…。
いつも感じることなのですが、真言宗の方々って本当にお大師様が大好きなのですよね。
なんだかお参りの皆さんの明るいお顔を見ていると、私まで嬉しくなってくるような。
どうも普段、お寺にあまり顔を出さない人や、今日お砂踏みがあると聞きつけてやってきた
初めての人もたくさん来られていたようです。お四国は本当に人気があるのだなぁ。

私の友人も、この連休を利用して東京から四国に飛んで、ラストの区切り打ちをしている。
彼が無事にお遍路を終えることができますように。

長蛇の列の後ろにそっと並ばせて頂いて、私も皆さんと一緒に一箇所ずつ手を合わせて、
祈らせて頂きました。

このお寺でのお砂踏みは今月五日まで。誰でもお参りして頂けるそうです。
八日には別座で護摩供が修されるそうです。大震災物故者供養、被災地者復興祈願に併せ、
お願いごとをご祈願して頂けます。
お近くの方、是非どうぞ。大師之寺で検索してみてくださいw


画像は1枚目、2枚目は土砂加持法要の様子。3枚目はお砂踏みの様子。ラストは震災津波被害の
ための募金を募る若いお坊さんたち、です。

美しい水

先日、知り合いのご僧侶が所用で高野山に上がられたときに、奥の院近くの水向け地蔵辺りから
玉川を撮った画像を送ってくださいました。

そこには私も何度か足を運んだことがあり、その画像を見て奥の院の静謐さや霊域の清らかな
空気をありありと思い出すことができました。

それと同時に悲しくもありました。画像に写る玉川の水が、とても綺麗だったので。

誰でもそうでしょうけど、清らかな水が好きです。特に山肌から沁み出て集まり、森の中、
草木の間を縫って、転げて走り回るようにして流れる小さな流れの水が好きです。

起こってしまったことは今更取り返しがつきませんが、福島での原発の事故。

様々な情報、憶測が錯綜して、ひと月以上経過した今なお、どれを信じればいいのか、
どれを取りあげればいいのか、何を考え整理すればいいのか、ちっともわかりません。
自分はどうすればいいのか。何をすればいいのか、何をするべきなのか。

被災地への支援…これは義援金を用意したり、被災地にいる友人の苦しい胸のうちを聞いたり…。
実際に家族や仕事を放り出して現地へ行く訳にはいかないし、そういったスキルもないので、
これくらいが精いっぱいというのが正直なところです。あとは祈ることくらいでしょうか。

関西在住の殆どの人が、自分と同じような状況だと思います。
東北関東が大変になってしまっても、自分の現在の生活の範囲を超えることはなかなかできない。

そんな無力感と不安感の中で、東京都内の浄水場から国の基準値を超える放射性ヨウ素が検出され、
東京23区と一部の市で乳幼児の水道水摂取を控えるようにとの呼びかけがありました。

これには大阪に住む私も少なからずショックを受けました。
政府が非常事態宣言が発令し、周辺住民に避難指示が出されたときから想定されることでは
ありましたが、やはりそうなるのか、という感じでした。

超高濃度の放射能は拡散され、それは気流に乗り、日本中に広がってゆく。
悲しいことに、致し方なしとして、汚染水を海に捨ててもいる…。

この現実になすすべもなく、茫然とするばかりで。
しかも、それらは空を、海を伝って世界中に拡がって行くのです。まさに悪夢を見ているようです。

しかし、現実は待っていてはくれない。

勤務先では副業的に(本来はこちらが本業なのですが)ペットボトルの水を販売しており、
東京方面からの注文が殺到しました。普段そんなに売れることのない商品です。
猛暑の夏場でも品薄になったことも、勤めだしてから一度もなく、ましてやまだ春まだ浅き
寒さの厳しい日もある季節です。普段なら数件あればいい方の注文が、東京の水が危ないと
報道されて一夜明けると、もう手の施しようのないくらいの注文が舞い込んでいました。

倉庫の在庫は足りるのか、定期購入の顧客の分は確保できるのか…。

夜中遅くまで居残って、不安だろうし、困るだろうから、一日でも早く届けてあげるのが
この会社の役目、社会的存在意義、また自分の役目でもあろうと、処理を続け…。

一人で作業していると、涙が出て仕方がない。これからこの国はどうなってしまうのだ。
地震、津波で立ち直るのが難しいくらいに打ちのめされてしまった、被災地の人々。
取り残されてしまった動物たち。人間もまだ、避難区域から出られずに取り残されたり、
物資が届かず、飢えていたり…。どうすればいいんだ…。

ペットボトルの水を待つ人たち…。色々問題もたくさんあるが、山岳国家であり、山に入れば
方々に美しい水に、緑に触れることができる…自分はそんな美しい水のあるこの国が好きだった。

大好きな神様、天河大弁財天、丹生の川上神社…美しい水の神様だ。
伊崎寺の竿飛び堂の天井画の龍神様は、琵琶湖を守っておられる。
大気は巡り、海は空に還って雲になる。濃度と時間の差こそあれ、あますことなく汚染は進む。

夏には毎年、丹生の川、冷たく清冽な流れで遊ばせてもらった。ここにもそんな記事をいくつか
書いている…。みくまりの神様が好きで、子らを遊ばす前には必ずお参りをして…。
今の日本を見て、それらの神々はきっと嘆いておられるでしょう…。

地震が悪いのでもなく、津波は誰かの責任なのでもなく。事故が起こった原発を持つ東電の
責任が追求されますが…もちろん東電の責任、国の責任は測り知れないのですが…。
私たち一人一人の生き方にも、責任がないとは言えない。

この国の自然の美しさを愛する一方で、膨大なエネルギーが不完全な循環の下で生み出されるのを
目を瞑り、その益を甘受していたのですから。科学に甘え過ぎていたのではないかと。
その上で、更に大きなものを期待して、飽くことなく追求し続けてきたのですから。

これからもっと一人一人が生き方を考えなくてはならないのでしょうが…いやおうなくそうせざるを
得ない状況に、今、立っています。しかし一度手に入れた快適さを、ゼロにまでするとはいかなくても
手放すことはできるのでしょうか。それとも、自分が生きている間だけ、今の快適さが維持できれば
いいと。死んだ後のことまで責任は持てないし、関係がないと。そう割り切るのでしょうか。
それとも、今回の事故も、生きて行く上で発生する諸々の一つだと受け止めて、流れに任せて
ゆくのでしょうか。今、私の周囲には「経済活動が一番の復興の手助け」と、消費を大きくする
流れになっているのですが、それもなんとなく違うような気がする。

かと思えば、「世界中でもう何百回と核実験が行われて、そのたびに放射性物質が発生して
世界中は今回の事故以前から既に汚染されている。それでも立派に人類は生きて繁栄してきたんだ。
今、世界中で日本を非難する流れになっているが、アメリカもフランスもそれ以上のこと
やってきたのだから、日本を非難できる筋ではない。」という人もいて、男性なのですが、
一面、真理ではあるかもしれないけど、自分で子供を産まないからそんな風に楽観的に言えるんだよ、
と鼻をつくような気持ちになります。この人はチェルノブイリ事故と、被害を受けた人たちの
現実を知らないのだろうか。


つまるところ、まだ自分の中で自分はどうすればいいのか、そこまでまだ思考が追いつかなくて、
いつも通りに生活して、ただひたすらこれ以上状況が悪化しないように祈っている。
ただ、それだけで。

参道

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ケータイをiPhoneに変えたので、少しは投稿がしやすくなるかなと思って、
なんやかや設定して記事を投稿してみたのですが、全然反映されておらず…。

何がマズいのか、原因究明中…。でも正直、いろんな設定がもう面倒くさい…。

家のパソコンから好きな時に更新できればいいのだけど、myパソコンはいつも子らと、
とーちゃんに占領されていて、なかなか使わせてもらえず…。

4月の13日には久しぶりに近江八幡の方へお参りに行きまして、半年ぶりに○崎寺の
お護摩に随喜してきました。

本当は若狭は三方不動講のおじいちゃんおばあちゃん達と一緒するはずだったのですが、
当日「人数が集まらん」ということで、まさかのドタキャンで。うっそー!こないだ若狭で
会ったときに、「十人ほどでお参り行くから電話しといて」言うたやん。私、電話しちゃったよ!
お寺ではそれなりに用意して待ってるのになぁ、とちょっとガッカリでしたが、阿○梨さまが
「若狭のIさんなら、一人で朝のうちに来られて、ドラム缶の焼却炉だけ置いて帰りましたよ。
今日は都合が悪くなったからと言って。」と言われていたので、あぁちゃんとご自分で断りを入れて
くれはったんやな、と。

「ご本人たちもここに来たいのは山々でしょうけど、もう足腰がねぇ…」と寂しそうに言われます。
山の下の駐車場から庫裡までの参道は、緩い山道が1キロほど。私の足で歩いて15分ほどで、
多少息は上がりますが、最近になってよく手を入れられているし、無動寺の参道に較べれば
歩きやすいこと、この上ない参道です。

主宰のIさんも、84歳になったはず…。長年働いて酷使してきた膝はもう容易には曲がらなくて
私にとっては何でもない参道でも、おじいちゃんおばあちゃん達からはもうキツいものになって
しまってるんだなぁ…。出会ったころはまだ、杖をつきもってでも、あのアゴを擦るような
無動寺の参道を上がり降りしていたのに…。

他の皆さんも、それぞれ似たりよったりのお年ですから、長い参道を歩くのに不安を持って
おられるようで、それが人数の集まらない理由だったりします。

まだ身体に支障のない方も数人おられて、その方たちはお参りに行きたいけど、皆が行けないのに
私だけが行かせてもらうのも、と雪国の人らしい遠慮の仕方をされます。
そういう方達だけでも、私が個人的にお迎えに行って、一緒にお参りしたいなと思うのですが、
何せ大阪から若狭は遠い…。

仕方のないことなのですが、少し、寂しいなぁ。
もう一緒にこのお寺にお参りすることはできないのかな…。
最後に一緒にお参りしたのは、一昨年の秋かな…。昨年の落慶のときは、私が行けるかどうか
わからなくて、皆さんも来られていたんだけど、一緒に過ごすことはできなかった。

昨年完成した庫裡の玄関からは琵琶湖を一望することができます。
今の季節は、ちょうど玄関から琵琶湖の水平線上に日の出を拝むことができるそうです。

お大師様のお弟子さん

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三月は仕事が大変忙しかったのですが、それでもなんやかやとお出かけする機会も多かったです。


三月四日は、高野山のお声明を聴きに三重県まで足を運んでいます。

伊賀庁舎のロビーコンサート『悠久の響き、高野山の聲明』と題して、
南山進流声明を伝承する高野山真言宗のご僧侶が公演をされました。
知り合いのご僧侶が出演されるというので、まだリアルで高野山の
お声明を聴いたことがないし、代休を取ってノコノコと聴きに出掛けてきました。

さすが平日だけあって、お客さんは年配の方が中心でしたが、
立ち見が出るほどの盛況ぶり。市民のための催しということで、小さい子供さんもチラホラと(^^♪

正面には舞台が設えてあり、大きな弘法大師のご真影が掛けられていて、その前を正装したお坊さんが
ずらりと並ばれると、大変迫力があり、壮観でした。
「このお坊さんたちは、全員お大師様のお弟子さんたちなんだ〜」と、当たり前のことに今更ながら驚きで。

リアルに耳にするお声明は、CDよりもずっと良かったです。上下、奥行きが深く、あっという間に別世界へ
誘われてしまうような。いい経験でした。


三月六日は、生駒のお寺で月例の瞑想会に参加。
寒さ厳しく、半分くらいで集中できなくなり、終了の鉦が鳴るのを今か今かと待ちわびました。
先生の講義の二回目もキチンとノートに取りましたが、体調が今一つで積極的に質問をする気持ちに
なれなかったのが残念でした。

ここのお寺の道場で月に二回ほど自主的にさせてもらっている瞑想の練習は、三月いっぱいは
先生と自分の時間の折り合いがつかず、ひと月お休みということに。


3月11日は、午前中は三男坊の卒業式でした。「あおげば尊し」を聴きながら、
あぁこの中学校にも随分お世話になったし、またこちらもお世話したなぁ、と。
ずーーーっとPTA役員やら委員やらやっていましたからww 五年くらいやってた?

担任の先生の袴姿が可愛くて…最後の引率、花束を抱えて生徒を率いて講堂を退場するときに、
思わずといった感じでハンカチで目頭を押さえているのを見ると、父兄みんなもらい泣きw

卒業式のあと、急いで会社に行って仕事を始めるも、例の地震で仕事は中断…。
あのときは、こんなことになるなんて想像もしていなかった。
ユラーリユラリと揺れる事務所の中で、あぁ卒業式の最中に地震来なくてよかったなぁなんて思っていました。
今ではある意味、悪夢の中にいるような。むしろ、平和に終わった卒業式が夢のような。そんな感じです。

それでも三月も十四日になると、今度は高野山の受戒会というのはどういうものかな?
というのでまたノコノコ高野山まで出かけています。地震の影響で仕事がちょっと心配だったけど、
春休み中の次男坊がちょっと精神的に不安定になったのが心配で、それなら一緒にお参りに行こうか、
ということで、気分転換も兼ねて、二人で戒を授けて頂きに行ってきたのでした。
で、高野山の元気な杉の花粉にやられて、二人とも花粉症を発症ww 
受戒会は広間を締めきって真っ暗な中で行われるので、思わずパニックを起こしそうに…。
これもまたいい経験です。


三月十六日は出掛けていたわけではないのですが、三男坊の公立高校入試の日で、
仕事をしていても一日落ち着かず。
学業はまぁまぁですが、普段の素行がいまひとつで先生に最後までご心配頂いた子です。
しかも受験した高校は、他より内申重視で…。男子が定員割れしていたので大丈夫だとは思っていましたが、
やはりコソーリとご祈願をお願いしてみたり。お陰さまで無事合格しましたが、危ない橋だった(;^ω^)


三月二十一日はお彼岸ということで、三重のお寺にお参りして、先祖供養をして頂きました。
高野山真言宗のお寺で、お大師様のご縁日でもあるので、護摩供が修されて随喜させて頂きました。


三月二十六日は、チェンバロのレッスンの日で、午後いっぱい教室にいました。
本当は十二日もレッスン日だったのですが、地震の翌日で眩暈がひどく、立てなくなったので
お休みさせてもらって一日家で安静に。聞けば先生も十二日は一日中眩暈に悩まされたそうで、
師弟揃って乗り物酔いしやすい体質だとw

習い始めて五カ月あまり。今ではレッスンが楽しくて仕方がないのであった。
チェンバロに限らず、古楽器は唄やダンスが基本のベースとなっているので、楽器だけでなく
バロックダンスのステップや、唄もちょろっと教えてもらったりもしています。
演奏するだけでなく、唄ってみると大変理解しやすい。英語は本当はとても優雅な言語なんだ、
ということを、先生が唄われるのを聴いて初めて知りました。
普段自分たちがテレビなんかで耳にする英語は、いわゆるアメリカ語なんですね。どちらかというと
ガチャガチャして聞こえますが、バロックの唄の英語は耳触りがいいというか、聴いていて気持ちがいいです。

年度末も押し迫った三月三十日は、止めとして若狭まで出かけたのであった。
若狭は三方不動講のおじいちゃんおばあちゃんたちと、若狭観音霊場の続きのお参りをしたのでした。
これはまたヒマがあったら、写真を付けて記事にします。


すみません、画像、内容と全然関係ないのが一枚混じってます。

3月は「去る」

とうとう4月になってしまいました…。みなさまお元気でしょうか。

まずは3月11日の震災で被災された皆様へ、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧をお祈りしております。

3月は一度も更新せずに、放置になってしまいました。
とても忙しかったです。子供の卒業式と入試…今年はお蔭さまで無事、長男坊と三男坊が
それぞれ高校と中学校を卒業しました。

長男坊はこの春から専門学校へ、三男坊はお隣の市の公立高校へ通うこととなりました。
特に学業不振の三男坊の入試は昨年秋からの心配の種であり、これは親の責任でもありますから
できるだけの手を打ちまくりました。と言っても、「受験勉強しなさいよっ」とケツバットする
くらいで…あとは知り合いのご僧侶にご祈願をお願いしたり…。
お蔭さまで無事に合格しました。有難うございました。これで我が家には中学生はいなくなりました。


仕事の方も年度末の押し込みの処理から、本決算の売上、関東東北の地震による業務の混乱…。
東京は新橋にある本店の通信回線が地震の激しい揺れでやられてしまい、復旧までの数日間は
こちらで業務を代行しました。副業的に温泉水なんかを販売していたので、安全な水を求める人々の
注文が殺到し、数日間それの処理に追われ、通常の業務が全く停滞してしまい、心身ともに
疲弊してしまいました。

三月下旬には取り敢えず通常の業務形態に戻ることができましたが、その間停滞していた本来の
自分の仕事の遅れを取り戻すことが難しく、納期のある仕事をことごとく落としてしまうという
とんでもなく痛いことに(>_<)

痛いことは痛いのですけど、納期を守れなかった状況が状況だし、今回はあらかじめ
「これは今回はダメだろう」ということで、事前にお客さんへ納期を後ろに倒してもらうように
お願いすることができたので、大した混乱を招くことはなかったです。

嬉しかったのは、遅れることを連絡したお客さんの殆どが、多少遅れてもいいから、東京へ
お水を先に送ってあげて、と言ってくれたことです。関西の人々も、関東の水の汚染のことを
心配していたのです。
その気持ちを無駄にしないように、一日でも早く安全な水を届けようと深夜までかかって
がんばって手配をしました。

そんな忙しく、目の廻るような3月でした。大阪といえど、勤務先はビルの9階で、地震当日は
そこでも揺れを感じました。ユラーリユラーリと長いこと揺れて、すっかり酔ってしまい、
それから2週間くらいは常に眩暈を感じており、すっかり体調もおかしくなってしまい…。
東京や横浜で働く友人、岩手に住む友人が心配で心配で…。
挫けそうになる心を、友人に励まされ励まされして、なんとか乗り切った。そんな感じです。

で、四月に入ってすぐに風邪を引きました。本当は三月の末頃から胃腸の調子が悪くて、
あぁだいぶ疲れてるなぁと思っていたのですが、がんばって4月1日の月初の処理まで終わらせた
途端、熱が出た。動けなくなって、昨日は一日寝ていました。今日は生駒のお寺で月例の冥想会で、
それまでに熱が下がればと思っていましたが、今朝は熱は下がったものの、咳と鼻水が止まらず、
この状態で冥想会に行っても迷惑になるだけだし、と欠席させてもらいました。初めての欠席です。

三月は忙しく、都合が合わなくて一度も道場での自主瞑想も行いませんでしたが、とある方が
先生から預かった「子供さんの卒業、仕事などで忙しいでしょうが、自心と向き合うことを忘れずに。
四月には必ず復帰すること。」というメッセージを伝えてくださいました。有難いことです。
でも休んじゃった(>_<) 

トメ母
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