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なんでもない日々
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書庫2010年(日記)

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12月13日(月)

課長が取引先訪問の帰りにロフトに寄って、ほぼ日手帳の本体を買ってきてくれた。
二千円なり。もっと自分に合った使い勝手の良い手帳を探したかったのだが、なかなかこれといった
決め手がなく…どこも同じような仕様。似たりよったりのデザイン。
自分にはこのほぼ日手帳が一番合っているかな。

交換しようとして、カバーを外すとピラリと一枚の紙切れが落ちて来た。しばらく以前に内臓を
検査したときのエコーの画像だった。ちょっと思いついて、ぴらぴらっとさせて
「見て見て〜!赤ちゃんが出来たんです♪」と言ってみたところ、一瞬にして事務所内の空気が
凍りついた…。ありゃーちょっとびっくりさせてやろうと思っただけなのに。なに、この重い空気は…。
経理部長の方を見ると、明らかに「なんだとー?この会社の大変な時期に妊娠なんかしたのか!」と
思っている顔だった…。課長はお昼ごはん中で、口の中のものを飲みこめずに目を白黒させていた。

「冗談ですよ〜なに本気にしてるんですか」と言うと、一同ほっと胸を撫で下ろした様子で。
そうだよね〜もう高齢出産になっちゃうもんね、などとハハハと笑っているが、目が笑っていない。
みんな目がマジ。「もう三人もいるんだから、今できたら大変だよ〜」などと釘?まで刺してくる。
なんなんだよ、私、子供できたらあかんのか…。

この会社の黒い部分を見た…。というか私の冗談が黒過ぎたか。
それにしても、あの一瞬の張りつめた空気はただ事ではなかった。知らない人が居合わせたら
とんでもない勘違いをされそうなくらい、緊張感が漂った。結局私が今抜けたら困るということでしょ。
知らないよ、明日死んでも。明日も生きている保証なんて、どこにもないんだから。今のうちに
何とかしておいたほうがいいんじゃないですか?


12月15日(水)

公休日で久しぶりに坂本の某院へお参りへ行く。お盆の先祖供養の水塔婆をお返しするはずだったのが
すっかり忘れてきてしまっていた。「まだ帰りたくないんでしょ。あなたがたくさんお経を聞かせて
あげてください。」って。そのうち春のお彼岸になってしまいそう…。
お不動様の画像はご自坊の床の間に掛けてあったもの。昔の高僧様が描かれたものを
某ご僧侶が復元、複製し、お軸に仕立ててご縁の先に配られたものだそう。
複製とはいえ、力強さのガンガン伝わってくるお仏画でした。



12月16日(木)

仕事でクレーマーに怒鳴りこまれる。原因はFAXの送信ミス。ミス元はおじさんの一人。
一人で長いこと対応させられて疲れる。仕事が圧して大変(>_<)


12月17日(金)

また考え足らずでとても大事な人を傷つけてしまった…。ヘコむ。
いつまでたっても私は良くならないなぁ。同じことの繰り返し。
話すことが、言葉を発することが怖い。言葉というものは、罪ではないのか。
でも、言葉を出さないとそもそもが伝わらない。



12月18日(土)

生駒のお寺で観音様の納めの護摩供。その後、本堂や会館の大掃除。
なんとなく気持ちが浮上せず、ボンヤリしていたせいか、玄関にお数珠やら勤行次第など一式を
入れた袋を置き忘れてきてしまった…。仏教徒がお数珠もお経本も持たずに行事に行くとは!
痛恨のミス(>_<)

頼りの先生の奥様はこの日はお姿が見えず、「珍しいね〜どうしたの?」と笑いながら冥想仲間の
お母さんがお経本を見せてくださった。

気持ちは落ち気味だしミスはするし、でなんとなくシンミリしていたせいか、それともぶったるんでる
と思われたのか、はたまた「また何かに囚われとる」と見られたか。先生に呼ばれ、あなたも忙しい
だろうが、なんとか時間をやり繰りしてもっとお護摩にも冥想の練習にもおいで、と言われた。
あと、日常生活について…行者さん仕様…のお話しを少し。状況が悪いなら悪いなりにでも
まず坐って心を落ち着けることが大事です。気分転換をうまくして、他のお寺へお参りに出掛けるのも
いいでしょう。観光寺院ではあなたは面白くないかもしれませんが…。そういうお話しなどを。

確かにここのところ、仕事などで多少足を運ぶ回数が減っている。忙しさに振り回されて、自分自身と
向き合うことができずにいると思われたのかもしれない。そしてそれは外れてはいない…。
目に余ったのだろうなぁ。反省…。なんだか恥ずかしいや…。心の在り様がすぐに見た目に出る
自分が恥ずかしい。しかもボンヤリしすぎてこの日は友達を忘れて置き去りにしてしまった…。
いつも帰りは車で送ってたのに…その日は別々に作業していたせいか、一人で帰って来てしまった。
ごめんねごめんね。


12月19日(日)

チェンバロの先生のコンサートへ出掛けた。いつもの教室で生徒や音楽家が15人ばかり集まって、
先生の演奏を堪能させて頂く。この日はバロックバイオリンとバロックオーボエ、リコーダーとの
トリオ。テーマは「ヘンデルとテレマン」。今後ヘンデルをやって行きたいと思っている私には
ピッタリのプログラム。それにしても、ヘンデルって偽作が多いんだね。多いとは聞いていたけど、
こうあれもこれもパクリと言われたら、自分の大好きなあの曲、この曲もそうなのかな…?と思わず
疑ってしまう。でもそれでも信じてやるのだけど。「これはヘンデルに違いない!」ってww
学者の間でも「…疑わしい」とされるものは、先生の言われるとおり「最後は自分の主観を頼るしかない。」
自分の思いや勘を信じてやってゆくしかない。それは何においても言えることかな…人の迷惑に
ならない程度において。

この日の出演者は先生含め、三人とも若い方、と言っても40代?専業の先生をはじめ、高校の音楽の
先生、お医者さんというメンバー。職場でも働き盛り、演奏家としても一番力のあるお年頃。
最初の一曲目の出だしの高周波のうねり感、膨らむハーモニー、身体のすみずみまで沁み渡る響きに
ワッと捉えられ、あっという間に三人の世界に引き込まれてしまう。ろくに演奏もできないのに、
幼い頃からの訓練の賜物か、聞き分ける耳だけは発達してしまっている私だけど、先生はともかく、
バイオリンとオーボエのお二人も大変な力量の持ち主であることは、最初の一音だけで充分わかった。
それ以降で三人ともかなりクッキリ際立った音楽観の持ち主であることを理解し、かなり個性的では
あるがそれがまたうまいことひとつの世界を作り上げているような…きっと普段から仲がいいのだろうね。
私はまだ生徒になって日が浅いけど、一曲目を聴いただけでこれだけのことを理解することができた。
素人の自分にもここまで感じさせる演奏ができるということは、やはり相当なのだろうな。

とかくこういう楽しいものは、じっと大人しく聴いているより同じ世界に入ってしまった方が
ずっと楽しいし、いろいろ得るところが多い。勝手に身体が反応するのは一番前に座っていたので
恥ずかしいけど、楽しい方がいいのでそのまま流れに任せる。まったく無防備になって、全身に
音を通す。ラストは三人の力を受け止めきることができず、ぐったりとなって流れてゆく音を見て
いるだけになってしまったのは残念。こういうものは聴く方にも相応の体力が要求される。
ただ大人しく音を見ているだけならこういう疲れ方はないだろうけど。そのかわり座り疲れる。
アンコールのバッハのコラールは多分先生の編曲だろうけど、クリスマス仕様で可愛らしくて
素敵だった。いい先生だなぁ〜。確実にストレス発散できましたww

自分の弱さ

11月29日(月)
 
勤務先で次に売り出すものの話しをしている。こないだまで支店長だったKさんは何故か自転車を社員向けに
売りたいと言いだした。カメレオンとか、ビアンキとか、いわゆる老舗ブランドの自転車を売りたいなどと言う。
それに対し、営業のT課長は「やっぱ自転車は電動自転車でしょう…今時自力で漕ぐなんて…。」なんて
呟いていた。私は、自力で漕ぐんじゃないなら、それ既に自転車じゃねーだろ、と心の中で突っ込んだが、
口には出さずにおいた。
「じゃ、トメ母さん、自転車の仕入れ先当たっておいて」などとKさん。チョイ待て、なんで私が?
あたしゃ文具屋だっつーの。なんで文具屋が自転車の仕入れをせんといかんのよ?
それにビアンキたらいうの、チャリのくせして入荷半年待ちとか聞きますが?ていうか、一台何十万もする
ような自転車仕入れて捌けるのか?てかその前にうちで仕入できるのか?相手にもされないのがオチだと
思うが。呼んでも多分営業さん来ないと思うよ。そういう専門家呼んで対等にお話しできるのでしょうか?
冗談だろ?ほっとこ…。
 
 
11月30日(火)
 
やりたいことできなくて、イライラする。静かな環境が欲しい。
 
 
12月1日(水)
 
人間はただ生きてそこに存在しているだけで誰かを傷つけていることもある。
かつて、気を使いに使い、考えに考え抜いて行った発言が、とある人を傷つけてしまったことがある。
その人は烈火のごとく怒った。混乱した私は、一番やりたくなかったことをした。逃げざるを得なかった。
未だに、何が悪かったのかよくわからない。まだちゃんと自分の中で整理する勇気が出ない。
夢にまで見るのが苦しい。春先の事件と併せてよく夢に見る。せっかく上手く寝つけてもすぐに目が覚めて、
再び眠ることが難しい。
 
 
12月2日(木)
 
落ちていた。傷を広げるようなことをする人がいる。時々追いかけてきて、嫌がる私の首根っこを掴んで
強引に引っ張ろうとする。やっと遠のいても、その人がまたすぐに追いかけてきて、現実に引き戻してしまう。
実際にそういうことをやってくるわけではないが、私にはそのように感じられてしまう。
向こうに悪気が無いのはわかっているが、久しぶりに人を嫌いだと感じた。連絡を取れないようにした。
 
 
12月3日(金)
 
風の強い日だった。泡立った心で歩くにはいい日だったが。
人は離れて行くようにできている。役目が終われば、スッと消えて行くのだと、とある方が教えてくれた。
その通りだと思う。私の役目の終わる日も近い。でもまたきっとすぐに別の役目が出てくるだろうし、
役目はひとつだけとは限らない。
 
 
12月4日(土)
 
一日畑で遊んでいた。白菜が、キャベツが大きくなってくれているのが嬉しい。
ひと株抜いて、持って帰って鍋にして頂いた。甘くておいしかった。野菜は偉いと思う。自由に歩き回って
声を出して、考えることのできる私なんかよりよほど偉い。私は白菜になりたい。
 
 
12月5日(日)
 
生駒のお寺で定例の冥想会。先生のお顔を見て、ホッとする自分を感じる。先生のお顔を見たからと言って、
何故安心するんだろう。厳しい雰囲気の中にも慈愛を感じるような気がする。安心し過ぎたのか、冥想後半は
お腹がグーグーなって、顔から火が出るほど恥ずかしかった。ボンヤリしてうっかり食事をしてくるのを忘れた。
 
この日お寺の床の間に掛けられていたお軸は、長年、先生のもとに通われている女性信者さんの
お写経だった。この信者さんは、33年前にアメリカでたった一人の息子さんを事故で失った。
21歳だったという。ご主人も早くに先立たれて、たった一人で育ててきた息子さんだった。
早くに亡くなられたご主人と、戦死されたというご主人のお兄さんへのご供養を合わせてお写経をはじめられ
33回忌に約七千七百巻を納められた。その一部とお写経の由来を認めたものをお軸にされたものだ。
 
彼の女性信者さんは私たち他の信者のためにご供養の品をも用意してくださっていた。皆様へという
お手紙が一通添えられており、その場にいた皆で回し読みとなったが、ごく普通にご供養の品をどうぞお納め
くださいと書かれていたお手紙だったが、和紙にしっとりした行書で書かれた筆文字からは深い哀しみと、苦悩、
そして母の子を思う強い愛情が滲んでいるようで思わず目がしらが熱くなってしまった。
その場にいた皆は、自然とその手紙に向かって合掌となった。
 
小さな囚われで右往左往する者もいれば、到底背負いきれないと思われるほどの苦しみ悲しみの中、
自分の心を見つめてしっかり立とうとしている人もいる。私にはそういう強さはない。
とあることで先生とお話しをせねばならないのだが、どうも勇気が出ない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

山へかえる

また常喜さんのお話し…。
 
「なんだまだメソメソしてるの?」とか言われそうですが、どうも私はこういったお別れには大変ストレスを
感じるタイプらしく。こうして少しずつ時間が経って…書いたり、誰かに話したりして、少しずつ心を整理して
いるような状態で。お付き合いくださる方、今しばらくのご辛抱を…。
 
最近の自分は、朝起きてお仏壇に向かうときは「常喜さん、おはよう」と挨拶することから始まり、
仕事から帰ってお線香をお供えするときには「常喜さん、今帰りました。ただいま。」
晩のお勤めをしたり、冥想をしたりした後は「今日も一日ありがとうね…。」
たった一枚持っている写真…樹齢200年のシャクナゲの、満開の花の下でニコニコ笑っている写真…に
向かって無意識に話しかけている。えぇもう、ご本尊様が二の次になってしまっている次第でww
 
先日の観音様のご縁日…亡くなられてから初めてのご縁日…。
お護摩の後にお仏壇にお参りするために某院の院主様と一緒に母屋をお訪ねしました。
 
この日は不安定なお天気で寒かった。雨が降ったりやんだり、ザァッと来たかと思うと、急に雲が切れて
暖かな日差しが射したり。湖西バイパスを北上しながら、現地が近づくにつれて亡き人の記憶がいっそう
強く蘇ってきて、だんだんと悲しみが深くなって行く自分の目に映ったのは、武奈ヶ岳の麓から琵琶湖へ
延びた美しい虹でした。それはそれはクッキリハッキリと色鮮やかに、綺麗な弧を描いた今まで見た中で
一番見事な虹だったかもしれない。あぁ綺麗だなとその虹を見ていると、また涙が溢れてきました。
 
彼の山の麓で生まれ育った人は、また山にかえっていったんだ。それは彼の地に住んだ鬼の末裔に
とても相応しいことに思えました。お父さん、迎えに来てくれたの?…わざわざありがとう…。
しばらく顔を見せなかった自分を、また喜んで迎えてくれたように思えてとても切ない…。
 
母屋の土間の、高いたたきを上がって居間に上げて頂くと、護摩供に随喜していた信者さん方がちょうど
お参りされていて、なんだ皆さん来てたんだ、と院主様が笑うと、もう失礼するところです、と私たちと
入れ替わりに帰られて、後には院主様と私と、常喜さんの奥さんであるお母さんが残りました。
お母さんは元々小柄な方ですが、ますます小さく頼りなげ、儚げに見えて胸が詰まりました。
 
「よう来てくれたなぁ。あんたのこと、うちのお父さんも心配しとってんで?さぁ、顔を見せたって」
促されて、院主様の後ろに座って、一緒に自我偈をお称えさせて頂きました。
院主様は普段はとても声が大きくパワフルなお方ですが、この日は木魚の音も密やかに、とても静かな
お勤めでした。お供えしたお線香の煙がふんわりと身体を包みこんで、常喜さんの優しさを思い出し、
ご遺影の元に置かれた愛用の眼鏡、瑠璃色の小さなお骨の壺を見ると堪え切れず、また涙がこみ上げてきて
どうしようもありません。
 
お母さんはお嫁に来られたときから今までのことを淡々と語ります。今まで何度か聞かせて頂いたお話し
ですが、静かに耳を傾けます。この日母屋をお訪ねしたのは、お母さんの思いを聞かせてもらうためでも
ありました。長いこと、誰に語っているという風でもなく、静かに語られます。
院主様も視線を落として静かに相槌を打っておられます。私はお母さんのお顔をじっと見て聞いています。
 
いつもお母さんの後を「ばーさん、ばーさん」とついて歩いて、まるで牛の仔みたいやと私はいつもクスクス
笑っていました。「ワシはばーさんおらな、なんもでけん。」と居直っておられた。とてもお母さんを頼りにされて
いるように見えました。お母さんは「もう、うちのじーさんは…」と言いながらもせっせと世話を焼いておられた。
 
牛の仔のようなお父さんが、どれほど苦労に苦労を重ね、このお寺を守ってこられたことか…。
お寺の維持をはじめ信者さんをお迎えするため、夏安居には山を越えてやってくる回峰行者さんの
お世話をするため、働いて得た収入を充ててこられました。享保に建てられた母屋を再建し、文化財を守るため、
雨の日も雪の日も、毎晩欠かさず境内を見回り、毎夜鳴り響く警報、動物が通っても鳴る…が鳴っては
飛び起きて走って本堂を確認しに行き…。
そういう家系に生まれた人間の定めと言ってしまえばそれまでですが…それはそれは毎日心身を削るような
日々であったこと…入院される直前まで、病身を駆って働いておられました。
 
ここ数年は常喜の仕事を纏め、誰が見てもすぐにわかるように書面にきっちり書きとめておいたり、お寺の
什器や重要な資料などを片づけ整理したりされていたようで、それはお母さんもそんなこと、いつの間に
と思うくらいきっちりと纏められていたそうです。
 
お母さんの言葉のひとつひとつに涙がまた湧いて、タオルハンカチは湿って気持ち悪くなっていた。
お父さんの最後は、やはり意識不明になって、あるときふと戻ってこられて目を開け、お母さんに向かって
「お不動さんが迎えに来はった…」 そこでまた意識が落ちて行き、次に戻って来られたときは、「今度は
千手さんが迎えに来はったで…」と。そして三回目には、「行者さんが十人ほど迎えに来てくれはった…」と。
堪らずお母さんが、「おじいさん、そんなん今回はお断りして帰って頂き。」と言うと、「いいや、あかん。
行かなあかん。」そうきっぱり言い切り、それからコトリと静かに逝かれたそうです。
 
目尻をハンカチで拭いながら、その一部始終を話してくださったお母さんは、とても寂しく儚く見えて、
私はお母さんもこのまま儚くなってしまうのではないかと心配になり、切なくて、お母さんが居てはったから、
お父さんもここまでのことやって来れはってんで。これからまだまだお母さんが守って行かな。
お父さん守ってくれはったもん、守って行かな。私も手伝う、と。そうか、あんたもまた来てくれるか…と私の
腕を掴んでしきりに目尻を拭います。
 
おいとまをするときにもう一度手を合わせて、お位牌をしっかり拝見させて頂きました。
「葛野院秋岳清光法橋」と書かれていました。どなたがお授けになったのかわかりませんが、とても素敵な
戒名だと思いました。素敵だという表現が適切かどうか、わかりませんが…。
秋岳とは武奈ヶ岳のことでしょう…。「転勤であちこち行ったけどな。わしはここが一番ええ。」としみじみと
語られた、この葛川の地。私もとてもとてもここが好きなのです。
ふと思い出して、お母さんにここに来る前に武奈ヶ岳から琵琶湖に向かってキレイな虹が出ていたよ、と
話すと、「あぁ、それはお父さんやわ。私も見たかったァ」とその時初めて笑顔を見せてくださったのです。
 
院主様のあとについてだいぶと暮れた表に出ると、身が引き締まるような冷気に包まれました。
今年に入ってから親しい方を相次いで亡くされ、今回また行者のお父さんとして長年慕ってこられた
常喜さんをも亡くし、その前に庫裏でお話ししたときには「なんやちょっと、私もやっぱり堪えてね…」と呟くように
話してくださった。駐車場まで一緒に歩き、それぞれの車へと別れるとき、「ふん、まぁあなたも身体には
気を付けて。無理せんと、立ち止まって息をつくことも時には必要ですよ…」そう声を掛けてくださった。
それぞれの思い方は違えど、私も院主様も同じ悲しみの中にいるのだと、そう思いました。
 
 

バタバタした…

11月21日(日)
畑へ行ってきた。最近あれこれ手を出し過ぎて忙しい。少し自分のやっていることを整理しなければなぁと思う。
畝を少しおこして元肥を入れてほうれん草のタネを蒔いてきた。今更ながら感があるが、まだ暖かい日もある
ことを願って、ビニールトンネルを掛けておいた。
前の週は私は来なかったから知らなかったのだけど、この畑にもイノシシが現れたそうだ。
みんなの丹精している畝を踏み荒らし、食べごろの大根や芽生えたばかりの葉物を散々食べて
山へ帰って行ったらしい。なので畑はもう冬だというのに、また夜間の通電を始めた。
畑を借りている人たちは殆どが日曜農家の気楽な趣味で畑やってる人たちだから被害はそうでもないが、
周囲の専業農家さんは大変だろうな…。
この夏の暑さは異常だった。山の実りが無くて、いのししもお腹を空かせているのだろうな。
しばらく以前も、琵琶湖の堀切港近くで湖の岩場から上がってきたでっかいいのししを目撃したばかり。
いのししってこんなにデッカいのか、と目を丸くしていると、彼?は悠然と私の目の前を横切って反対側の
斜面を上がって山の中へ消えて行った。良かった車に乗っているときで。
 
とっぷりと暮れた畑から、岩湧岳から上るお月さまが見ることができてとても美しかった。
 
 
11月22日(火)
会社でイヤなことがあったのだ(>_<) 私にイヤなことさらした相手に倍返しの呪いを掛けておいた。
相手から出るイヤな気を、自分の身体に入れていいものに変えて返しなさいと習った。
しかし未熟な上に気力体力の落ちている私にはそんなことはできないのだ。どうやって変換しろと。
ただしこういうのは大概自分にかえってくると相場は決まっているので、きっと手痛いシッペ返しがくるのだろうな。
だってさーおっさんがさー…。
雨はいっぱい降ってるし、体調いまひとつでしんどいし、細かい数字ひろう仕事で意識朦朧だし。
担当の業務はうまくいかないし…こんな日もあるさ、と思うけど、ザザ降りの雨の中、原付で「今日が命日に
なるかも…」とか思いながら通勤するってどうよ。そこまでして仕事しなあかんのかなぁと思う。
でも仕事くらいはちゃんとせねば、本当にただの役立たずだよ…。
 
最近のお気に入りは、チェンバロの先生が貸してくださったボーモンのCD、ヘンデルの 
Music for the Royal Fireworks,for orchestra, 王宮の花火の音楽というやつです。元気出ます。
上手くなったらぜひ弾いてみたい。すんごい難しそうだけど。疲れたとき、憧れをもってボーッと聴いている。
 
 
11月23日(火)
知り合いのお坊さんに教えて頂いた、三重県の山奥にあるお寺にお参りに行ってきた。
千手観音さまのお寺で、ご住職がとても素晴らしい方でした。この世にはまだまだ私の知らない、世間の
人々も知らない、立派な方がおられます。一時間ばかりお話しを伺いましたが、とても好きになった。
 なんとなく幸せな気持ちの中で生きていた一日。
 
11月24日(水)
何してたか忘れました…。某ご僧侶のブログで告知していた、三橋ヴィプラティッサ比丘の仏教人生読本の
申し込みをしたことくらいしか覚えていない。いやそれもこの日だったかどうかすら覚えていない。22日だった
かもしれない…。大概覚えていないときはお仕事その他い邁進していたことが多い。
 
晩の冥想はなかなか集中から統一に進めず苦しんだが、そのせいか突然、視界がクリアになったと感じると
青空のイメージが目の前に広がった。どこかの山中なのか、紅葉した落ち葉が清らかな風に吹き上げられ
渦を描いて青空に巻き上げられてゆく。ザァッという木々のざわめき、鳥の鳴き声、しずくの落ちる澄んだ
音色がする。まったくの妄想なのだが、自分はどこかその辺に落ちている石にでもなったかのように、その場に
溶け込んでしまって、自分でも全くおかしいとも思わないし、違和感がない。えー、あくまでも未熟な私の
妄想ですww しかしそのイメージの場所にはなんとなく覚えがあるのだ。人から聞いただけで、実際自分が
足を運んだことはない。しかし私の脳がその人の話しを、どこかにイメージ処理してしまいこんでいたのだろう。
集中することに飽きた我が脳みそが、退屈まぎれにどこかからそんなものを引っ張り出してきたのだろう。
イメージの世界から戻って覚めつつあったが、しずくの落ちるポトリ、ポトリという音は現実に戻ってもしばらく
どこからともなく聞こえてきていた。
 
11月25日(木)
公休日。長男坊の学費ローンを契約するために東奔西走した一日だった…。ローン組むのって大変…。
貧血が強く午前中は動けず。午後からの活動となったので全体的にスケジュールが後ろに倒れて
忙しさに拍車をかけた一日だった。
公庫の帰りに子らにせがまれて「聖☆おにいさん」とかいう漫画を書店の店員さんに聞いて探して購入。
人気のある漫画らしく、タイトルを忘れてしまって「えっと〜なんちゃらお兄さんとか言う漫画」と言うと
すぐに出してきてくれましたww
家に持ち帰って子らが読む前にちょっと読んでみたが、なんじゃこりゃ。ブッダとイエスが主人公じゃんか!
「なんだぁ、とんでもない漫画だなぁおい」とか思いながら見てたが、思いのほか面白く、結局子らが読む前に
買ってきた分、全部読んでしまった。ちなみにブッダとイエスが主人公と言っても、難しい宗教心を呼び起させる
ような内容ではありません。バカンスで下界に降りて来たお二人の、なんとなくほのぼのするようなお話しww
しかし真面目な宗教者は嫌いかも。こういうの。こういうの読んで寄り道してるから時間が無くなる…。
 
 
11月26日(金)
忘れた。とにかく時間に追われていたことくらいしか覚えていない…。
そうだ、従姉が名古屋から来ていて子らにおこずかいをくれた揚句に二人して近所のパスタ専門店に行って
チョイ飲みしてきた…。
 
 
11月27日(土)
待ちに待ったチェンバロ教室の日。ちょいスキップぎみ(ウソ)で大嫌いな電車に乗り、前回までのおさらいを
しつつ教室へ向かった。実はあまりにも前回のレッスンからバタバタしすぎて、肝心のこの日やる部分の
楽譜の読みこみとか、楽想記号の復習じゃら運指のおさらいじゃら、なーんもせずなのであった。
しかし優しい?先生はそんなことはなんでもないとばかりホイホイと先に進めるのであった…。
もう指が鍵盤の上で泥鰌すくい踊ってます〜wwてな状態で。こんな簡単な、ギターならば初見からガンガン
弾いてしかも勝手にルパートしちゃうよ程度の練習曲でさえまともに弾ききることができず。特に左手が…。
あまり古楽器には詳しくないので知らなかったのですが、チェンバロの教則本でマリア・ボクソールというのが
あるのですが、それがどうもピアノだと習い始めて2年というくらいの、そんなレベルから始まっているらしい。
ピアノは本当、基礎の基礎からみっちりやるからなぁ…。なので先生からしてみれば、ろくにピアノもやった
ことのない自分がまがりなりにも順調?にレッスンについてきている方が奇跡的に感じるそうです…。
まぁチェンバロはリュートの亜種みたいなもんですから…ギターとは親戚みたいなもんでしょう…。
それより先生は私がそう遠くない将来に購入するであろう楽器について、どうも私より先生の方が本気で
物色されておられるらしく、私はそれが怖い…。楽譜や教則本を作成する会社にお勤めされていたときの
人脈、演奏家としての人脈を駆使してあちこちから色んな情報を集めてくださっているようで…。
チェンバロ、ものにも寄るだろうけど、まともに買うと250万円くらい?スピネットだとその半分くらい?
この日は通奏低音のお勉強と曲の構成の説明、力の抜き方が主なレッスン内容でした。色んな楽譜を見せて
頂き、夢が膨らんだww 行くたびに色んな方の演奏のCDを貸して下さるのですが、でっかいエコバックに
色んなCDが入っていて、「ん?パーセルがいいの?」とか言いながら何でも出してくださる。一体何枚持って
おられるのだろう?
私のリクエストに答えてくださって、シャラララ…と華麗に演奏される先生と、いつかバッハを一緒に演奏して
みたい…。夢だ、夢ww
 
11月28日(日)
お不動様のご縁日。だからというわけでもないが、生駒のお寺の道場をお借りして冥想の練習に励む。
が、もう寒いのなんのって…。朝は晴れ上がって気温もそこそこあったのに、段々曇ってきてそれにつれて
ドンドン気温が下がってゆく…。しかも生駒のお寺は街中といえど小高い山の中にあり、下界よりも確実に
気温は低い。道場の裏はすぐ山の森で、風が吹き渡るたびにビュウビュウゴウゴウとうすら寒い音がする。
室温は14度くらいでそんなに低くもないが、究極の冷え症の私には何もなしでジッとしているには辛い気温。
一座目はじっと耐えるのみで、底冷えするような寒さのため集中もできず…経行で道場中を歩き回っている
ときに押し入れから誰のものとも知れない毛布を発見。勝手にお借りして二座目はその毛布をすっぽり
被って、テルテル坊主みたいになって坐った。さすがに暖かくて楽にすることができた。
ここのところ忙しさにかまけて、自分の本分とも言える冥想の練習がおろそかになりがち…。
毎日毎日苦労して積み重ねて、やっとスッと入れる日が出て来たと喜んでいても、少しサボると本当に
あっという間に元の木阿弥で…。先生は「読経より冥想が先。毎日やりなさい毎日。」と言われるが、それは
こういうことなんだろうなと反省しながら畳の目を見つめていた。
お昼には座ってばかりも大変なので、お寺の周囲をグルグルと歩きまわる。生駒という歴史の深い場所で
あることも手伝ってか、新しい住宅も多いがお寺の周囲は味わい深い小道が多くて、歩くのが楽しい。
お寺の敷地のどこからでも、生駒の山並みが見えて今は紅葉した山が美しい。ここは真言律宗のお寺。
山上の生駒聖天からは直線の位置にある。真っ直ぐこちらへ向かって何やら見えないものが延びているのが
感じられる。このお寺は無住であったのを、69代の管長が先生のために手を入れられたそうだ。
行ひとすじに生きられるそのひたむきさをとても愛されたと聞いている。いつも生徒の集う客間には、その方の
書がいくつか掛けられていて、「慈眼視衆生」の額が私はことの他、好きだ。
なのに行ひとすじの行者の生徒はいつもサボってばかりなのだ…。
 
 
 
 
 
 
11月15日(月)
いつもの病院の日。前回採血した検査結果が出ていて、生まれて初めて貧血と診断された。
「こんなん、いつひっくり返ってもおかしないよ?」と検査結果の紙をピラッとさせて女医先生。
若いし、小さくてほっそりしてて大人しそうで可愛い方だなと最初思っていたが。
何度か診察して頂いているうちに段々と友達みたいな話し方接し方になってきた…。
もちろん私はそれが嬉しかったりするのですが。最近では女医先生、冗談まで言うようになって、
釣られてアハハと声を上げて笑うようにもなってきた。はっきり言って診察が楽しい…。
この女医先生は人気があって完全予約制。一人にたっぷり30分は掛けている。
なので時間通り行っても一時間くらい待つこともある。忙しい人には向かないかもしれないけど、
いい香り(リッツ・カールトンみたいな香りがする)の落ち着いた設えの待合いで女性誌をめくったり、
化粧品のサンプルを物色したり病気や治療のリーフレットを見たりするのはなかなか楽しい。
今までの私にはなかった時間。
 
11月16日(火)
そろそろプライベートも仕事も来年度の予定がボチボチ入りだしたので、新しいスケジュールを用意せねば。
しかし。毎年お世話になった方にお歳暮がわりにお送りしているKOKUYOのニー11−11は来年度分は
早くも品切れ…。あちこちに手をまわして手配を掛けているが、生産分はノベルティにほとんど廻るので一般に
出回る数が少ない。季節ものだから再生産しないだろうし難しいかな。手配つかなかったら今年はどうしよう?
自分の来年度ははほぼ日手帳しかないかな。あれは本当よくできてる。あの厚みで180度パタンと開くのが
嬉しいし、400頁あってあのコンパクトさは驚きですわ。紙がトモエリバーというのも泣かせる。ただ私は
大変なメモ魔なので文庫本サイズで一日1頁はちと少ない。カズンでもいいんだけど、それでもまだ少ないし、
またファブリックから一式揃えるとなると高くつくんだよな…ちと中途半端…。今年度はほぼ日の文庫本サイズの
ファブリックにCampusの5号のスケジュールと普通横罫を何冊かセットして使っていた。まずまずだったけど
タックタイトル付けたり付箋貼ったりしてつけてカスタマイズするのが面倒だった。やはりある程度でき上っている
のがいい。
 
11月17日(水)
仕事で深刻なトラブルが発生。勤務先のルール無視によるものだが、駐在の私は問答無用で処理に
当たらねばならない。発生したマイナスは勤務先でなく、私の会社に跳ね返る。その分勤務先へのKBも
少なくなるわけだが、母体の大きな会社である。それくらいはなんでもない。しかし収益の少ない商品を
数売って凌がねばならない私の会社には小さくない損失だと思う。今回それを通してしまえば今後も
ずっと同じことをやらねばならない。なので長いスパンで見るとその損失はけして小さいものではない。
 
収益さえあがればルールは無視して当然の勤務先の暗黙の了解的方針…。まずくなればあなたの会社の
商品でしょ…的に全てを丸投げして知らぬ存ぜぬ、見積もりは上げたが僕は担当じゃない、あれは彼女の
会社の製品だし。僕は見積もりはやってあげたけど、担当じゃないからね…等々。もし私とあなたが反対の
立場なら?
なかなか嘘っぱちだらけの見積もりを提出先に撤回させてもらえず、叩きに叩かれ、女性の担当は子供の
使い的に扱われ…最後は廃番のはずの商品を今回だけの特例で再生産の依頼をしてもらい…。
ロットが小さくて良かった…。金型が残っていて良かった…。こういうとき相談できる上司、一緒に考えてくれる
同僚はいない。彼らは電車で30分のオフィスにいる。私はこの会社で一人きり。一人きりどころか、全てが
容易に敵に廻る。こういうことが発生するといつも不安で不安で仕方がない。頭が真っ白になる。もうダメだ、
もうここでやっていけない…もう辞めるしかない。私にはこの仕事は向かない。そう思い続けて四年以上経つ。
 
辛くて思わずメールしてしまった友人から折り返し電話を貰って、それでやっとなんとか立ち上がることが
できた。本当に心細かったので、すごく嬉しかった。ツラの皮の厚いふりをして、最低限を守り通した。
自分でもよくやったと自分を褒めてやりたい…。
 
帰りはチェンバロの先生のところに寄って、一時間ほどレッスンルームをお借りし、思うさま下手くそな
チェンバロを弾きまくってきた。ギターのアルペジオの練習曲をなんとか工夫して弾いてみる。何度も何度も
繰り返し弾く。何度か弾いていると上手くなってくる。止まらずつかえず弾けるようになる。
仕事は何度痛い目にあってもなかなか上手くならないし、いつもつかえる。
 
イメージ 1
 
 
11月18日(木)
観音様のご縁日。滋賀は葛川の某院のお護摩に随喜してきた。
輪番の坂本の某院の院主様と久しぶりにお会いする。このお方は常喜さんが亡くなられたとき、
連絡をくださったお方だ。庫裏へ顔を出すとコタツに入っておられて、「まぁ上がんなさい」と声を掛けて
くださった。手をついて無沙汰をお詫びし、改めて連絡を頂いたことの御礼を申し上げ、翌日のお葬式に
参列させて頂いたことをお伝えした。院主様の向かいはいつも常喜さんが座っていた場所だ。主のいない
座が殊のほか寂しく見える。私が頭を下げてブツブツ言っている途中なのに、「あなた、また油断してホケホケと
あちこち歩いてるんじゃないでしょうね?」とこちらの顔を覗きこむように見て言われる。この院主様には、春の
一件で助けて頂いた…このお方がいなければ、今私はこの場にいなかったかもしれない…そういうこともあって、このお方には全くかなわない。私が顔を見せなかった間も、何度も人を通じて消息を訪ねてくださった。
改めて色んな方に心配を掛けてしまったことを深く反省する。
 
イメージ 2
 
 
本堂工事のシートが外されて、美しい屋根が見えた。それを見ただけでもう懐かしくてたまらない。
始まったのは別のところだが、ここは私の原点。生まれ育ったところではないけれど、故郷だ。
ここでたくさんの方に育てて頂いた…。
 
 
11月19日(金)
秋の業務たけなわのところに持ってきて、改装工事と機器搬入の立会が足りないからと言って借りだされる。
立会いと言っても本当に立ち会っているだけである。セキュリティの厳しいところなのでケータイも持って
入れず、他にすることもなくボーッと業者さんが作業しているのを見て、持ってくる書類にサインをしている
だけ。日付が変わる前に姫路から戻ってきた支店長と交代して帰宅することができた。支店長はこの日は
泊まりとなる。この時期、勤務先の社員はほぼ全員毎週末は泊りこみだ。大変だなと思うが、こちらは主婦だし
他社の社員だしで本当はこういった業務に就かねばならないことはない。
 
 
11月20日(土)
某コミュニティのセミナーに参加してきた。「隠れた力を引き出すコミュニケーション」というタイトルで
四時間ほどお話しを聞いたり、テーマに沿ってグループで話しあいをしたり意見を出したりということを
してきた。セミナーとか言うと会社で行われるプレゼンテーションテクニックやデータ活用のものを
思い出して肩に力が入るけど、こちらは気楽で楽しかった。講師は高野山大学で密教学を修められ、
産業カウンセラーやキャリアコンサルタント講座トレーナーの資格を持つ方だ。お坊さんでもある。
主宰のNPOの理事は最近になってお付き合いを頂いている真言宗のお坊さん。年齢が近く、お兄さんの
ような方で私のようなトラウマを持つ人々の相談活動に人生を捧げようとされている方である。
なんとかこのお坊さんの役に立てればな、と思うのだが、現在のところは役に立って頂いてばかり…。
色んな方に助けられて、毎日をなんとか生きている私。
 
終了後は講師の先生を囲んで会場近くの焼き鳥屋さんで懇親会。先生の一風変わった来歴を興味深く
聞かせて頂く。テラワーダを経て40歳になってから高野山へ行かれたという。テラワーダから受けている
影響や印象について私が常日頃から思っているところと共通するところが多く、とても話は盛り上がった。
テラワーダに片足突っ込んで、周辺から色々と辛い批判的忠告を与えられた私としては深く頷けるところが
多く、今後自分はこの方からも多くを学ぶことができるかもしれぬ…などとなんだかちょっとヤラシイ計算
なんかしてしまったり。でもなんだかスリランカのテラワーダは一人の方が印象を悪くしてしまっているような
気がしてしゃあない。分別から離れた人は…たとえば私の冥想の先生なんかはそう…小乗も大乗もまったく
関係なくなっているように見える。般若心経の最後に、みんな一緒にって書いてあるやん。成仏の仕方は
人それぞれ…それぞれに合ったやり方がある。早ければいいとか、楽なのがいいとか、自力がいいとか
他力が本来だとか…そういうものに振り回されたくない。
 
トメ母
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