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なんでもない日々
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書庫2010年(日記)

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11月8日(月)
本日はお薬師様のご縁日。いつものお勤めに加えてお薬師様の本願功徳経をお称えしました。
久遠の如来よ、どうか私にお力をお貸しください。
プレッシャーに耐えられるように行うのではなく、逃れるために行うのではなく、負けないように
行うのではなく、乗り越えようとして行うのではなく…囚われないために行うのです。
どうか現実を受け入れられますように。自分らしく、ひとつひとつこなしてゆけますように。
重圧は私を不眠へ導こうとします。どうか安らかな眠りが訪れますように。
 
 
11月9日(火)
とあるお方と電話中に、会話にもっとちゃんと集中しようとしたらいきなりストンと定に入ったような感覚に
陥り茫然とする。意識が引いて周囲の様子がフィルタを通して見ているような感じになり、次に浮遊感が
やってきて、安楽な感覚が訪れる。自分の現在も忘れてしばし酔いしれていたが、これは実際の冥想では、
浮遊感はちゃんと集中しきれていない証であり(それが証拠に会話はできる)、安楽な感覚は留まるべき
ところではなく。周囲の音は消え去り、電話先の方の「大丈夫?」と心配そうな声だけが耳に届く。
その後はずっとどこか神経が昂ぶっていた。セロトニン出たww 何なんだこの現象は。
 
11月10日(水)
虚しさばかりが付き纏う。何かが足りないというより、本当は殆どが無駄なのではないだろうか。
 
 
11月11日(木)
最近ご縁のできた四日市市の真言宗のお寺の万燈法会へ参座してきた。
お内陣へ上げて頂き、十数名のご僧侶のお称えするお声明の迫力に打たれ、またその美しさに酔いしれる。
最初はあまり慣れていないお寺のことでちょっと戸惑い、ボーッと聴いていたのだが、そのうち引き込まれて
しまい、調和の声は天井を抜けて遥か瑠璃色の空間へうねりながら流れてゆく。あるはずの天井は見えず、
星が煌めいているのが見える。元々妄想の激しい?空想の逞しい?タイプではあるが、最近は色んなことが
あるのでますます磨きが掛ったようだ。いいんだ誰にも迷惑掛けてないから。
至福のひとときを過ごさせて頂いた。お寺のお内陣というのは、やはり特別な空間であるように思う。
お札を頂いて帰る。
 
 
11月12日(金)
体調はそう悪くないと感じているが、夜中に気持ちが悪くなって吐く。
眼の下にクマ、顔に吹き出物、身体にじんましん。まだまだ。仕事の追い込みはこれから。
週四勤の縛りはなんとかならないものか。ただでさえ時間が足りないのに。
 
 
11月13日(土)
待ちに待ったチェンバロ教室の日。嬉しくて、昼からなのに朝早くから起きて用意する。
教則本から数曲、左手と右手の弾き分け、曲の構成と展開、身体の力を抜く体操などを教わる。
一緒に唄って流れを確認する作業が恥ずかしくも楽しい。
レッスン後、30分ほど自主練習をさせてもらう。生徒ならば、レッスンルームと楽器を一時間500円で
レンタルできるので、費用の負担をあまり気にせず心おきなく練習できる。
先生は大きなエコバッグからまるでドラえもんのように次々と書籍やCDを取り出す。ブランクがかなり
長いので、早く元の音感を取り戻せるように、と色んな奏者のCDを3セット、ついでに楽典書とカードも
貸してくださった。次男坊を気に行ったようで、センスがいいとか、育ててみたい子ですとか、しきりと
褒めてくださった。せっかくだけど、今のところ本人は本気でやる気はないようです。
 
 
11月14日(日)
夜中から天川へ車を走らせ、早朝に大弁財天で行われる神事に参列。今日はいつもより参加人数が
多いせい?神職様も巫女さんも人数が倍増。明日は旧暦の10月10日。物事全てが新しく生まれ
押し出される日。お母さんのお腹から出てくる赤ちゃんも、十月十日を経てこの世に出てくる。
この日は奇しくも弁天様の縁日でもあります。
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天川の紅葉
 
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栃尾観音
 
天川大弁財天から円空仏の栃尾観音へまわり、地元の堂守のおじいちゃんと世間話しをしながら
お経を読ませて頂く。おじいちゃんの中にまた常喜さんを見て涙が零れる。ここでもまた会えたね。
その後は丹生川上神社下社へご挨拶にあがり、その後吉野山へ向かい特別拝観で御開帳中の
蔵王権現様にお会いしてきました。昼過ぎに帰宅。一日中遊んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

元気を出して

さて、いつまでも泣いていないで、元気出していきましょっかい。
途中からになっちゃったけど。

11月1日(月)

前回の予約日が、常喜さんのお葬式になっちゃったので、この日にいつものクリニックへ。
例の可愛らしい女医さんに、お腹をグニグニしてもらいながら四方山話。

「もう少しゆっくりできない?疲れきってるみたいだよ。」

お腹を触って、脈を見ただけでそういうことがわかる東洋医学ってすごい。
お腹をギュッと押して、体内の脈を感じたり緊張を見たりするのだそうですね。

疲れきっているのは、お葬式があったから…。心が萎んだから…。

「でも初めてここに来たときよりは、とても笑顔がよくなったね」

そう言ってもらえて嬉しかった。少しずつではあるけど、確実に回復に向かっていると自分でも思う。
春に受けてしまった、心を打ち壊し蝕むような影響は、み仏のお力と、色んな人の優しさ、愛情を頂いて
少しずつ和らいで行っている。もう殆ど気配は感じなくなった。が、まだ影響を引き摺っている面も
ある。自分の身はちゃんと自分で守れるようになりたい…。

この女医先生にお腹を触ってもらうのが好きなんですよ。いや、ヘンな意味でなく。
優しくて、温かくてしなやかで、女性らしくて…。人の手って、こんなに温かなものだったんだなーって。

最初は私よりずっと若い人だと思ってたけど、通って話しているうちに、どうも同じくらいの
年齢らしいとわかってきた。この女医先生のいいところは、身体の面以上に精神面を重要視して
いるところ。なので診察はいつも30分くらい掛かる。漢方を中心として、女性の心身の不快を
緩和させてゆくという方針で。ちなみに産婦人科のお医者さんです。メンタルクリニックではない。
今では不眠の面倒も見て貰っています。


11月2日(火)

忘れた。残業しているくらいしか覚えていない。
隙間の時間ができると、すぐにまた思い出の中に埋没してしまって、やるせない気持ちになる。
もう諦めないと、と思う反面、すぐに切り替えられることがOKってわけじゃないよとも思う。
私には、私なりの整理の仕方がある。 一人一人、自分にとって一番合ったやり方で対処していけば
いい…。


11月3日(水)

一人で電車に乗れない三男坊のために、一緒に京橋まで出て試験会場のビルまでの行き方を教えた。
すぐに覚えたようで安心。昨年次男坊も同じ試験を受けたけど、彼はどこでも一人でさくさく
行く子なので心配はなかった。そういえば、私も高校生の頃、東京と大阪を一人で往復してた。
あの頃はまだ新幹線も平気で乗れたんだ。今でも一人でどこでも行くもんな。車でなら。

帰りに三男坊にうまいこと言いくるめられて、ユニクロの服をいっぱい買わされた…。


11月4日(木)

特になんの変哲もない一日だった。最近帰宅が遅いので、落ち着いて坐れることには
既に日付が変わっている。

朝方、寝付けないまま布団の中でボーッしていると、突然語気激しく名前を呼ばれた。
ビックリして起き上がってしまった。当然、周囲には誰もいない。横で長男坊が寝息を立ててる
くらいで。たまにこういうことがあって、自分の頭がおかしいのか深く考えさせられてしまう。
悩んでも解決しないので、最近は気にしないようにしている。


11月5日(金)

朝、始業から一時間ほどしてから課長がデスクの上で朝ごはんを食べだした。
コンビニで買ってきたと思しき白ご飯、お味噌汁とかサラダとか。
独身で食生活が大変なのはわかるけど、なんで仕事が始まってから…?
もうゲンナリ。せめておにぎりとか、パンにしてください…。
巨漢の上に動作のひとつひとつが大きいし、食べ方も雑で見るに耐えられず、
リフレッシュコーナーへ逃げ出して、お隣の所長さんにかまってもらって30分ほども
遊んでしまった…。

なんでだれも彼に注意しないの?営業に出て行ってからブツブツ文句言っても遅いよ…。
私が言ってもいいのか??

週末は翌日のことをあまり考えなくてもいいので、晩のお勤めのお経も心ゆくまでお称えすることが
できて幸せです。でも声が大きいのでご近所には迷惑かも。時間遅いし。なるべく小さい声でお称え
しているつもりなのに、だんだんと大きくなってくる…。

お経が故人に対するものであるという認識しかない人にとって、晩遅くにどこかから聞こえてくる
読経は迷惑でしかないだろうな。縁起が悪いとか、気味が悪いとか思うだろうな。
この辺ではお坊さんなんて全く見かけない。この見た目小奇麗な家の建ち並ぶ町の人たちは、
ご先祖とか肉親のご供養はどうしているんだろう?

でも私が読経しているとたまーに裏に住んでいる山伏が、対抗意識を燃やすのかボコボコ木魚
鳴らしまくって声を張り上げて観音経を称え出すことがあるんだよな…。それこそ近所迷惑ww
…ここは不思議な町。


11月6日(土)

畑へ出て、収穫とお手入れ。寒くなってきたと言っても、暖かい日もあったので
わりと雑草が生えてきていた。
雑草というけど、本当はちゃんとそれぞれ名前があって、それぞれに応じた自然界での役割が
あって、それぞれ一生懸命生きている植物。でもあまり繁らせておくと地熱が上がらないので
抜いてしまう。ごめんねすまんね、謝りながら根を切って引っこ抜く。言葉を持たない草花では
あるけど、土から離れたら死んでしまう。聞こえるはずのない悲鳴が聞こえるような。申し訳ないね…。

こうして草引きはするけれど、私の畑は様々ないのちの楽園でもあると思う。
畝を歩けば小さなカエルやバッタがたくさん慌てふためいて走ってゆく。
茄子や満願寺の小さな花に蝶々が遊びに来る。白菜にはアブラ虫がつきはじめて、バッタが
食事をしている。土を返せば肥えたミミズがウニョウニョとたくさん出てくるし、葉物の裏を見れば
デンデンムシがお昼寝中。

もちろんこういう光景は採算度外視の趣味の家庭菜園だから見られることで、これが専業農家さんだと
虫食いは商品にならないし、後から後から生えてくる草とは戦いになるだろうし、病気が流行れば
薬も使わなくてはならないだろうし…。何よりも農協の指導とかで一定基準以上の薬剤を散布せねば
出荷させてもらえないとか、そういう縛りもあるから…私のような悠長なことなんて言ってられない
だろうな…。


11月7日(日)

生駒のお寺で月例の冥想会。参加者はいつもより少なめだったが、「今日もしっかり坐りましょう」との
先生の声掛けで一同気持ちを改めて冥想に取り組む。

どうも最近力が入りすぎる傾向にあって、それというのも集中しようという気持ちが焦りになって
背中や肩に力が入るみたい…。冥想後に背中や頭が痛くなることがある。今日は朝から少し頭痛が
あり、最初は呼吸が調いにくかったが、それでもわりとよく集中、統一に持っていけたと思う。

本堂は小高い丘のような山中にあって、ときおり町の音が聞こえるけど、静かで鳥の鳴き声が
よく聞こえる。集中が高まってくると、音は波となって耳に届き、さらに進むともう何も聞こえない。
ただ鼻から吐き、吸う呼吸が存在するのみで、自分は呼吸そのものになって正体が無くなる。

冥想後のお茶では不明な点などの質問がわりと活発に交わされ、笑いの絶えない時間となった。
如来への信と三昧の関係についてのお話しをして頂く。行というものは、三昧に入ること、境地を
深めるものでないと意味がない。形だけのものをやっつけ仕事的にいくら行ってもどうしようもないと。
ただ呼吸だけの冥想でもよいが、やはりそこには絶対的な信があった方がよいし、あるべきである。
そういうお話しだった。

冥想の指導でよく使われる統一という言葉が先生のオリジナルの表現で
あることを初めて知った。集中があってすぐ三昧があるわけでなく、集中と三昧の間は遥か遠く、
果てしない距離がある。それを言い表わす言葉がどこにも存在しなかったので、先生が暫定的に
統一と名付けているだけのことだそう。この統一、集中と三昧の間の存在を理解しておかねば、
徹底的に迷うことになる、禅宗や他の観想法の修行者が迷いやすいのはここにあるそうだ。
そういえば先生のもとには宗派の違う若いお坊さんが集まって指導を受けておられる。
その中には、永平寺で修行を積まれた方もおられるし、真言宗の方もおられる。

今はお気に入りのCD、K・バトルのGraceを聴いている。このアルバムの中の、バッハが妻の
ために書いた「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」の中の1曲、「汝、我が許にあらば」
という曲が大好きなのです。嬉しいときも、悲しいときもいつも聴いている。今日は幸せな気持ちで
聴いている。

思い出

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いつまでも悲しんでいてはいけませんね。

旅立たれた方を、笑って見送って差し上げたい…。

でも、今日までは思い出の中を漂っていたいです。

たくさんの教え、思い出をありがとう…。

短い間にも、常喜さん関連の記事をいくつか書いていました。

それを纏めてみました。

お時間があればどうぞ、覗いてみてくださいね。


http://blogs.yahoo.co.jp/tometome_ponpon/54254188.html (鬼の装束)


http://blogs.yahoo.co.jp/tometome_ponpon/55797513.html  (バターナイフ)


http://blogs.yahoo.co.jp/tometome_ponpon/58286013.html  (ふきのとう)


http://blogs.yahoo.co.jp/tometome_ponpon/59698746.html   (参籠札)


このほかにもあちこちの記事に少しずつ書いていたりするので、私がいかにしょっちゅう
かのお寺に入り浸り、ご夫妻の後をついて歩いていたかが覗われますww
邪魔だっただろうなー。



画像は、一枚目は葛川の風景。今は安曇川のススキの海が一番美しい季節です。
この風景の中で生まれ、育ってこられたのです。

二枚目は、お寺の守をしながら手すさびに作成した、木彫りの作品です。
お寺の本堂は現在、5年の歳月を掛けて調査、改修を行っており、その中心の柱とするために
樹齢600年の霊木を切りました。その端材を使って、雪に籠められる季節にコツコツと作成し、
有縁の方に分け与えるのを楽しみにされていました。20年以上掛けて溜めこまれた作品を
今年になって整理し、蔵を改修して、訪れる方々が自由に入って見られるようにされていました。

三枚目は、その蔵にあった、酒井大阿闍梨の書。気の合うお友達であったそうです。

四枚目は、私のためにご朱印を認めてくださっている常喜さんです。

思い出がいっぱい…。

また必ずどこかで会えるとわかってはいても、やっぱり寂しいです。

寂しいのだけど、ただ単に会えなくなっただけで、いなくなったという気がしなくて、
それがちょっと不思議だなと思います。

赤いセーターへの思い

29日、前日冷たい雨が降り続いたとは思えないくらい暖かくなった一日。
滋賀は葛川の某院の寺守さんのご葬儀に参列してきました。

前日、滋賀は近江八幡の某寺の庫裏の落慶法要にお招きを頂き、参列させて頂いたのですが、
お昼からのお護摩が終了してすぐに携帯に着信があり、某院の院主様より葛川息障明王院の
寺守の方が前日亡くなられたとお知らせを頂きました。私はお通夜に行かせてもらうけど、あなたは
どうする?と聞かれて、頭の中が真っ白で、なんてお答えしたらいいかわからず、ただ「本当ですか?」
を繰り返すのみでした。

臨時駐車場に止めてある車に戻り、震える手で若狭のIさんに連絡しました。
Iさんは、私の在家信仰上の師とも言うべき方で、亡くなられた寺守の方とは30年来の親友なのです。
Iさんのところにもまだ連絡は行っておらず、私の言葉が信じられないようで、私がそうだったように
「ほんまか。本当に死にはったんか?」と繰り返す。
そのIさんの問いかけに、「連絡あったんです、某院から…」と答えて、涙が溢れて止まらなくなりました。

翌日、葛川の駐車場でIさんと落ち合って、一緒にご葬儀に参列させて頂きました。
前日降り続いた、○崎寺のハレの落慶法要で難儀した冷たい雨はすっかり止んで、日差しが暖かな
日でした。一緒に受付を済ませ、並んで立って読経を聞いていました。
小さな村ですが、本当にたくさんの方が来られていて、亡くなられた方の人望を改めて思い知らされました。色々な思いが、心に去来します。

Iさんに連れられて初めて明王院を訪ねたのは何年前だったろう?
「大阪の子や。今度から一人でも来るから、色々教えたって。」と、常喜さんとお母さんの前に
押し出されて、「まぁまぁ遠いところ来たんか、ようお参り。上がんなさい…」と手を取って
くださったのが、つい昨日のことのように思い出されます。

誰にでも優しく、気さくでお話しすることの大好きな方でしたが、通ってくる信者の中でも特に若い
私は、殊のほか可愛がって頂いたような気がします。
宗派の聖地を抱え、行者さんの重要な拠点であるお寺には、様々な珍しいものがたくさん保管されて
おり、「ちょっとこっち来てみぃ」悪戯っぽく笑って、ヒョイヒョイと手招きされて、そういった
珍しいものを「内緒やで」などと言いながら見せてくださったり…。
ふきのとうや、タケノコを「あんたが来るから、ばぁさんに採ってこい言われた」と、山に入って
採ってきてくださったり…。

「護摩木はこないして10本ずつ重ねてな…」とか、「巡礼の方が見えられたら、ようお参りですと
まず挨拶して労ってあげてや」とか、夏安居のときには「表の流し洗って、スイカ冷やしといて!」
とか、色々お役目も与えて頂きました。明王院にいるときは、常喜さんか、奥様であるお母さんの
後にばかりついて歩いているような状態で。

塞ぎこんでいるときには、何を私に聞くのでもなく、ご自分の昔のことをよく話してくださいました。
大きな手をストーブにかざしながら、諄々と話して聞かせてくださいました。
聞いていると、不思議と自分の現在と、常喜さんの話すことがクロスして、考えさせられることが
多かった。何がどうということもないのですが、それが常喜さんの私への教えだったのだと思います。

思い出すこと、どれを取っても、自分はたくさん愛してもらってたんだ…と思えるようなことばかりで。
それなのに、何一つ御恩を返すこともせず、ここ一年は自分の心の中ばかり見て少し足が遠のいて…。
もういつお別れしてもおかしくないお年だったのに、まだまだ元気でいてくださるものと勝手に
思いこんでいた自分の馬鹿さ加減が本当に情けない…。

最後のお別れのときになって、ご親族の方が紙袋から赤いセーターを取り出して、常喜さんに
掛けてあげていました。そのセーターには覚えがあります。お母さんが編んだ、トックリの
赤いセーター。それが、深く暖かな赤のそのセーターが、とてもよく似合っておられて、私はそれが
羨ましくてお母さんに「私もこんなセーターが欲しいです〜」と言ったことがあります。
常喜さんは「うちのばあさんにねだってもしゃあないがな。あんたが旦那さんに編んでやりぃな」と
カカカと笑っておられた。あのセーターでした。気に入っていたようで、冬の間はいつも着ておられ
ました。

泣き伏す小さなお母さんを見ると堪え切れず、自分もIさんと一緒に上げて頂いて、最後のお別れを
させて頂きました。お母さんは「私は大丈夫や、大丈夫やでぇ」といつものように抱きしめてくださいましたが、当然涙が止まるはずもなく、抱きあったまま二人でまたひとしきり泣きました。
常喜さんのお顔を見ると、後悔の気持ちとか、なんでこんな急に逝くの?とかの思いもどこかへ行って、
ただただ、ありがとう、本当にありがとうございました、それだけで。その思いしか出てきませんでした。

斎場へ向かうご一行を見送ったあと、Iさんと一緒にお店に入ってお茶を飲み、思い出話しを
語り合いました。ご葬儀の間はシャンとしていたIさんですが、向かい合って座ると涙を流し、
「とうとう逝ってもうたのぅ」と寂しく言われるのがまた悲しく、長いこと二人で話していました。

帰り際、駐車場で別れるときに、「忙しくて顔を出せないのはいいから、電話だけでもくれや」と
言われ、Iさんが普段そういう殊勝なことは一切口にしないタイプの、昔堅気の方であることを
知っているだけに、自分は長いこと自分のことだけにかまけて、愛してくれる方達を置き去りに
してしまっていたんだ。そのことを思い、また深く考えさせられることになったのです。

その後の一週間

10月18日(月)

観音様の縁日で、いつものお寺では月に一度きりの護摩供が修されるというのに仕事だった…orz
毎月18日に公休日が来るように仕組んでいたのですが、今月はどうしても15日締めの請求書を
この日に作らなければならず…。
この仕事は時間が勝負。このときばかりは電話も他の人が取ってくれますが…。

空はキレイに晴れ上がって、刷毛目のような雲が一筋。陽光は暖かなのに、風はヒンヤリして心地が良い。
見事に美しい秋晴れの空の下…仕事。

ギャーお寺に行きたい!行きたい!!先生に会いたい!!!と机の下で足をジタジタしながら
血の涙を流して仕事してましたww 人目が無ければ床に寝っ転がって幼児のように手足をジタバタさせて
叫んでいたところだww

いつも18日は午前中は信者会館の道場をお借りして冥想し、昼に上がって本堂に入らせて頂きます。
先生はこの頃には既にご修法に入られていて、足音を忍ばせてお灯明とお線香をお供えしたあとは、
そっと先生の斜め後ろに座って、心の中でお不動様のご真言をお称えします。
他の信者さんとお手伝いのお坊さんが来られるまで、30分ほどそうして座っています。

あらかじめ冥想である程度鎮まっているので、スッと入れるような感じです。先生からものすごく
力強さ感じて更に引き込まれます。ときどき浮上して、そっと先生の後ろ姿を見やりますが、その大きさに
圧倒される思いです。先生の背中がものすごく大きく目に映る。が、並んで立つと細身だし、背も私より
少し高いくらいで、小柄なお方なのです。
初めて並んで歩いたときは、「あれ、こんなに小柄だったかな?」とビックリしました。
正面には立派なお不動様がお祀りされていますが、今の私にとっては先生がお不動様そのものなのです。

いつも明るくて優しくて、柔和な表情の先生ですが、このときは行に人生を捧げた行者の厳しさと力を
身体中に漲らせているような、そんな感じ…。私は先生と出会えてとても幸せです。


10月19日(火)

38回目の誕生日。とうとう今年は家族は誰もおめでとうを言ってくれなかった…。
とーちゃんですら、忘れているようだ。結婚18年にしてとうとう忘れられてしまったか…orz
仕方が無い。なんたって自分だって忘れてたくらいなんだから。

夜の冥想時、自分が呼吸そのものになったような気がした。
浮上したとき、如意輪観世音が自分に重なって坐っていた。壮大な妄想だな、おいww
呼吸をひとつにすれば、如意輪さんとひとつになれると思った。が、先生の言葉を思い出し、
自分にとって善なるもの、気持ちの良さからさえ、離れてゆくようにせねばならない、との言葉を
思い出し、更に呼吸に集中するが、心地よさに負け、どっか違うとこに行ってしまい、最後は寝落ち。

なぜ如意輪観世音なんだろう?と今考えると、お寺の鎮守さんの本地仏が如意輪さんであり、
境内にはお稲荷さんと並んでお祀りされている。もう元の石に戻りかけているような、古い小さな
可愛らしい仏様で、私はその如意輪さんがとても好きで、お寺を訪れるたび手を合わせている。
それと、若狭の神通寺の御本尊の如意輪さんに惚れたことがある。あまりのハマり具合に、若狭まで
月参りしようかと本気で思いつめたことがある。
もう長いこと忘れていたような気がするけど、記憶のどこかで覚えていたのかな。
またお参りしたいな。


10月20日(水)

公休日だったが、市役所へ書類を取りに行ったり銀行へ行ったり、更には長男坊の学費ローンの
申し込みに行ったりして、一日忙しかった。
今週に入ってからホルモンバランスの流れが変化したのを感じていて、とても身体がダルい。
半ば不眠のくせに、いつも眠気がつきまとう。身体が水っぽくなり、手足や顔が浮腫む。
いつもならなんでもないことにも、強い疲労とストレスを感じる。明らかにイライラしやすく
なっている。気の巡りが滞りだした。

先週までは全然なんともなく、寝不足ながらも元気に明るく暮らさせてもらっていたのに、
月曜の朝、目が覚めたら急にこんな調子になっていた。
それでもまだなんとか表面上、平静でおれるのは処方されている漢方薬のおかげかな。
以前からずっとこんなバランスの悪さに苦しんだが、その時に較べれば、同じ調子悪いでもずっと楽だ。
人間ってやっかいだ。まぁ犬や猫も、時期になれば明らかにイライラしだすので、人間に限ったことでは
ないのだろうけど。「いのち」はやっかいということかな。

おのれの未熟さをホルモンのせいにはしたくないが、この時期は事の他、集中力が落ちる。
今日は呼吸を味わうだけで終わった。二回とも同じ結果だが、原因がわかっているので
焦りは感じない。


10月21日(木)

晩になってからまたおかしな囚われの気持ちが湧きあがってきて、呼吸するのも大儀だった。
仕事が圧して、残業残業で疲れているのだと思う。時期も悪い、どうしても考えがネガティブな方へ
傾いて、本格的に気持ちが落ちそうになる。今日も帰宅は21時を廻った。
お不動様に新しいご飯とお供えを差し上げて、しばし読経すると気持ちも落ち着いて、呼吸も調って
楽になった。しきりと生駒のお寺の先生の顔が思い出される。
夕食を少し食べると、だいぶ持ち直した。お腹が空いてただけ?

表通りが静かだったせいか、線香の灰の落ちる音を二回聞いた。
呼吸だけになった時間が一瞬あった。ような気がするww


10月22日(金)

よく覚えていないのだww 仕事に追いまくられたということくらいしか。
確か、9月に売上管理画面からDLしてきたデータにバグが発生しており、それがこの時になって
発覚したのだった、確か。

自分が請求書を作成するために取得していたデータは、それ以前に取ったもので、そのときには
別におかしいことはなかった。なので気がつかなかった。
というか、5万も6万もあるデータの中から数個の異常値を発見するのは不可能。
それ以前に取得して利用したものはおかしくなかった(ちゃんと使う前に合計値だけ確認していた)
ので、取得のタイミングは違っても同じ期間で取得したものだから、同じ内容なのが普通でしょ。
誰がそんなバグが発生してるなんて思いますか?

本社経理から大変大変お叱りを受け、異常値を探し出すのに時間が掛かってしまって、
そのとき進めていた、納期の大変短い仕事を落とすというとんでもない事態になってしまいましたと。
長らくOLやってきましたが、納期を落としたの初めてのことで、大変ヘコみました…。

この日の帰宅は、翌日になってからでした…。さんざんな日だった。
こんなこと、言いたくはないのだけど…「私が悪いじゃないやい!」というのが本音。
しかし怒りを向けられるところもなく…。


10月23日(土)

よく覚えていない。何してたんだっけ??
そうだ、チェンバロ教室に行ってきたんだった。
この日のレッスンは、身体の力を抜き方と、タッチの変化、教本の曲の練習、自分の好きな曲の練習など。左手が泥鰌すくい状態でww楽しかったなー。
先生がレオンハルトのクラヴィコードのCDや、バッハの協奏曲の楽譜、ヘ音記号の読み方カード
(子供用。実は怪しいのだ…)などを貸してくださいました。
楽譜はCDを聴きながら眺めて、通奏低音をちゃんと捉えらえるようになれるように、との宿題で。
実際に楽器を弾かなくても、できること、やっておくべきことはたくさんあります。



10月24日(日)

これまた覚えていないww 週間記録は2回目で挫折か?ww
なんかお風呂掃除してて倒れそうになった記憶が…。

トメ母
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