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なんでもない日々
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書庫2010年(日記)

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一週間

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10月11日(月)

あまり何かあったとか覚えていないので、ごく普通の平穏な一日だったんだと思う。
祝日で休みだったけど、何してたかよく覚えてないww
万歩計付けて、トメを連れて府民の森へ散歩へ行ったことだけは覚えている。
森の中で何やら挙動不審なオニィチャンに出会い、ちょっと怖かったと覚えている。
トメが姿勢を低くして、威嚇するように追跡していたので、たぶん挙動だけでなく心の中も
不審な人なんだったんじゃないかなと思う。
ちょっと怖いと思ったので、途中で引き返したんだっけ…。

普通に晩御飯作って食べて、普通に冥想して、普通に音楽聴きながらTwitterで遊んで、そして寝た。
寝たのは多分4時くらい。ここだけ普通じゃないww


10月12日(火)

いつものことながら、会社のことはよく覚えていない…。

この日、初めてチェンバロ教室に行きました。
初めて触れるチェンバロとスピネットにエラく感動したなぁ〜これだけはまだ忘れていないww
この日も新聞配達のバイクの音が聞こえるまで、布団の中で二転三転。


10月13日(水)

公休日で、生駒のお寺の道場を借りて自主瞑想に励んでおりました。
その前の週に、お寺の駐車場の土手に白い彼岸花を発見し、撮影してやろうと思っていたら
当然のごとくもう殆どダメになっていてガッカリ。信者会館の前の赤いのはまだキレイに咲いていた。

この日は二座。最初は殆ど坐ったまま爆睡、二回目はまずまず。が、なかなか深まらないのが最近の悩みで。
先生曰く、「深まらないのは、業の壁があるからです。」自分が今まで積み上げてきた様々が邪魔しているということでしょうか。
ちなみに「眠くなったときはどうすれば?」の問いに「そのまま少しウトウトすればいいのですよ」とのこと。

でもこの日は先生、急用で出かけてお留守でした…。いつもは居てくださって、色々と教えてくださるのですが…お尋ねしたいこともあったので、かなり残念。しかしいつまでも甘えてはいられません。

この日も、窓の外が白むまでじっとしていました…。


10月14日(木)

仕事上、ミョーにクレームの多い日でした。
誰にも助けてもらえない駐在の悲しさで、ちょっと気持ちが落ちた。

職場は東側全体が窓で、夕方になって夜の帳が降りてくると、なんだかとても不安な気持ちになる。
「あぁまた暗くなるんだ…」と、座っていても立っていても落ち着かなくて、いくら自分に大丈夫だと
言い聞かせてもパニックを起こしそうになることもある。スッと身体が冷たくなって、手やおでこに
汗がにじんでくることもある。夜が来る、ということをすごく不安に感じる…。

そういうときは、お寺の先生の顔と言葉を思い出して、ミーティングスペースに一人で座って、
大きく深呼吸して、静かに吐き出すことを繰り返す。それでもダメそうなときは薬を飲む。

受けた影響が大きすぎると思うし、自分一人でどうかするには私という人間は小さすぎる。
ただみ仏に祈るのみ。今年の春からずっと続いている。



10月15日(金)

午前中に漢方医の診察を受けました。会社の近くのレディースクリニックにお勤めの若い女医さん。
とても優しく、しなやかなお医者さんっぽくない方。
お腹を触診して頂きましたが、先生の手の感覚がとても心地よくて好きなのだ(^^)
少しお薬を変えて、漢方で不眠の改善と情緒の安定を諮っているのでした。

夜は業界交流会で名刺をさんざん売ってきました。今後発生しそうな案件をちょっとずつ小出しにして
きたので、何件ご連絡頂けるか楽しみ♪
いいご提案お待ちしておりますww

チェンバロの先生から「お近づきのしるしに」と、頂いた「ラウテンクラヴィーア」という楽器を
山田貢というチェンバロ奏者が再現して演奏しているものを録音したCDを聴いた。
この楽器はリュートに鍵盤をつけたような、外見はチェンバロと変わらない楽器。
が、その音色は忠実にリュートの単純さ、ユルさ、素朴さを再現しており、しかも演奏や技術の幅を
拡げ、音色に奥行きを出していて、しかもギターのいいところさえ持っている。
とても魅了されてしまった。


10月16日(土)

次男坊を連れてチェンバロ教室へ。この日は次男坊が体験レッスンを受けることに。
というのも、12日に自分が行ったとき、本当は別の日に次男坊と一緒に行く約束をしていたのですね。
それが、私の方が仕事の都合で日にちを変えて一人で行ったもので、それを知った彼はこちらが意外に
思うくらい、烈火のごとく怒ってしまい、口をきいてくれなくなってしまった…。
なので慌てて先生の御都合を聞いて、一番直近の空いている日で、次男坊の都合のいい日を選んだわけです。
しかし何故か次男坊は今後はチェンバロでなく、ピアノと理論を月一教わることに…。
チェンバロはチェンバロで気に行ったようですが、学校のクラブでトランペットを担当しているとはいえ、
楽譜の読み方も怪しいようではさすがに。


10月17日(日)

遅い時間から畑へ行って、真っ暗になるまで作業した。
畝を半分起こして大根を蒔いてきました。ちょっと時期が外れるので、ビニールでトンネルもしてきました。
ミントが復活して嬉しい。

感動…

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チェンバロ教室に行ってきました。一枚目はスピネット。二枚目はチェンバロ。

あまり年齢の変わらない、穏やかで優しそうな男性の先生でした。

初めて行ったのですが、事前にメールでやりたい曲のリクエストを聞かれていて、無謀にも
J.S.バッハの2台のチェンバロのための協奏曲BWV1060の中の一曲をやってみたいなどと
お伝えしてあったのでありました。
さすがにこりゃ無理やろ!と自分で心の中で突っ込んでいたのですが、先生からは「楽譜用意して
おきます」との返信でww

この曲はね、昔習っていた楽器の教室にスピネットがあって、スピネットというのはチェンバロの
仲間です、これをとある男性が弾いて聴かせてくださった…。それがこの「2台のチェンバロのための
協奏曲BWV1060」の中のLargo ovvero Adagio という2楽章なのでした。この時は一台で
弾いていたのですがww

その音色の美しさ、主旋律の美しさと相俟って、このときからこの楽器の虜となってしまい…。
忘れられなくて、曲名も聞かなかったものだから、レコード屋で「これか?」というもののテープを
買い漁り、長いことかかって(当時こづかい無しだったもので…)同じ曲のものを見つけたときは
それはそれはもう、感動しました。感涙に噎びましたね。
それからずっとずっとテープが擦り切れるまで聴きました。

それから一家離散の憂き目に合い、数年粘ったものの、音楽はやめざるを得なくて、辛くて辛くて
チェンバロ、自分のやっていた楽器も含めて音楽は封印したわけですが。
仕方がない。食べるだけで精いっぱいでしたし。何より住むところも追われて、自主レッスンさえ
自由にできる身でなくなったのですから。

まあそんなことはどうでもいいとして、のっけから音大受験準備の前段階でちょっとくらいしか
鍵盤をやったことのない私が、いきなりそんな難しい曲ができるのかというと、先生は、まぁちょっと
くらいなら楽譜が読めるらしいと踏んで、いきなり「はい、この指とこの指でこの音出して…」と
ズンドコ入ってゆくのですね…。もちろん左手も一緒。
アワアワと目は楽譜に釘付けになりながらも、言われるまま指を動かすと不思議なことに以外と
いけるもんですww 四小節くらいですが。もちろんヤヤコシイ装飾音とかは無視で。
これは曲そのものを覚えているからできたことでしょう。

ちょっと慣れたところで先生と一緒に弾いて、最後は先生が弾いて聴かせてくださいました。
当然のことながら、録音で聴くのと、リアルで聴くのとは全然違う。音の奥行きや包まれ感が違う。
不覚にも涙が出ましたね。やっとここに戻ってこれた…この時私は楽器というものが、自分にとって
どういうものであったかということを、認識を新たにしたのでありました。

今日はおためしだったのですが、もちろん「生徒にしてくだせぇ!」と土下座する勢いでお願い
してきましたわww また先生が増えました。冥想と併せて先生と呼べる方が二人になった。

挫けそうになる

とある秋晴れの日。お寺の道場を借りて自主的に冥想を行いました。

その日は、色々心に屈託があり、うまいこと定に入れませんでした。

定に入るどころか、集中、統一すらままなりませんでした。

どうしても、心に懸かっていることが頭に浮かんでしまって、呼吸にだけ集中しようとすればするほど、
集中から遠のいて、雑念、妄想が頭の中を占めて行く。そうなれば呼吸さえ調えることが難しくなり、
心の中はまるで洗濯機のように様々が渦巻く…。

そんな状態で焦りが出てしまい、身体に力が入ったのでしょうか。
二座終えた頃には身体中が痛かった。

上座部のヴィパッサナーのように、妄想が出たときにサティを入れたりできればいいのでしょうが。
私の教わっているものはそういうことをしない。
それができれば、もっと楽に集中に入れるかもしれないと思うのですが、とにかく呼吸にのみ
集中しなさい、と。
自分の鼻の穴から出入りする呼吸にだけ、心を置くというのは本当に本当に難しいことです。
すぐに心はあちらこちらへと飛んで行きます。

苦労して苦労して、やっと集中できてきた頃、身体が痛くなり断念。
長寸の線香はとっくの昔に尽きていました。一時間以上も、自分と格闘していたことになります。

帰り際、庫裏の玄関先で終わりましたので…と声を掛けると、先生が出てきてくださって、
「今日はどうでしたか?充実していましたか?」と、聞かれました。

「…今日は今ひとつでした。」と、ちょっと気まずくて、少し俯いて答えました。

すると先生は、「ふーん…なんかあったんやな?」と、私の顔をしげしげと見て言われました。
内心、ギクッ!ドキッ!としました。なんでわかるのですか?

「もうわかっていると思いますが、そういったもの、思いからも離れて行くようにしなければ…。」

実はそれまでの数日、私の周囲の流れがものすごく速く、それについて行けない思いで、
心身共状態がとても悪くなっていた…。不眠が再発し、食事がほとんどできなくなっていました。
この日も前の晩、殆ど眠れていなかった。その三日前からと合わせると、睡眠時間は五時間取れて
いたかどうか…。
過労は視野狭窄に陥らせ、懸案ばかりが心に押し寄せ、囚われ振り回されている状態でした。

当然、自宅で毎晩のように行う冥想も、そういった妄想、雑念に振り回される一方でした。
過去に囚われ、まだ来ない未来を願い、現在という時間に私の心は無かった。
定に入るどころか、集中もままならない状態で、私は何をやっているのだろう?何のためにこうして
仏間に一時間もじっとしているのか。無駄ではないのか。私にはこの行は向いていないのではないか。
もう止めてしまおうか…そんなことを思っていた。

「囚われから離れよ、振り回されるな」と先生の目は如実に語っていた。その目でじっと静かに
見つめられると涙がこぼれそうで、思わずまた俯いてしまいました。

しばし無言で向き合っていましたが、先生は私に向かって合掌し、深く頭を下げられ、
「諦めないことです。どうかこのまま続けてください。必ず乗り越えられます。」と言われました。

私もビックリして思わず同じように合掌礼拝、「宜しくお願いします」などと言ってしまいましたが、
先生が私に向かって頭を下げられたことに腰が抜けるほどビックリしてしまいました。

先生と私は30歳ほど年齢が離れています。私の中の常識では、師は弟子や生徒に頭を下げたり
なんてしないのです。たまにお訪ねしたご僧侶が、見送ってくださったりする際に、合掌して軽く
頭を下げて挨拶をしてくださることはありますが、このときの先生のようにくの字に腰を折って、
まるでこちらが偉い人のように礼をしてくださった方はいません。

このとき、私の頭の中には「常不軽菩薩」という言葉が過りました。
先生の中に、この菩薩様を見ました。私は仏となれますか?

先生は私が参道を歩いて見えなくなるまで、合掌のまま見送ってくださいました。
涙がとめども無く流れ、激しく反省しました。

その次に行われた定例の冥想会では、だいぶと自分の心も落ち着いて、わりとよくできた。
それを先生に報告すると、「そうですか、良かった…」と心から安堵したように言われて、
私も嬉しく思いました。

その日はいつもと違う、先生に一番近いところに私の座が設えてあって、集中に入るまで
先生が私の様子や呼吸に意識を向けておられるのがわかり、大変緊張しました。
しかし見守られている心強さ、必要以上に言葉に出さない優しさの中で安心して坐ることができた。
そして、心配を掛けてしまうこととなった自分の心の弱さ、生活の悪さをおおいに反省するのでした。

おしまい。

好きなものは好き

実はあまりここには書いてなかったと思いますが。

私はクラシック音楽が好きなのです。

幼い頃から18歳くらいまで勉強してました。10年以上やってた。

とある楽器をやっていて、将来は演奏家になりたいと本気で思っていた。

今ではその思い出は、辛い生き方をしてきたことと繋がっていて、思い出すのもイヤだったのですが。

敢えて封印してきたのですが。

もう演奏家になれることはないと思うのですが…そろそろ封印を解いてもいいかなーと思う。

また楽器を習おうかなーなんて思っています。今度はまた別の楽器。

今度は楽しみながらやりたいですね。もう演奏家になるために…なんてキリキリしなくてもいいのだもの。

笠置寺

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けっこうな山の中にあるのですよ。
 
先日のとある休みの日に、ふと時間が空いて「笠置寺にお参りに行きたいな」といきなり思い立ったのですよ。
もう夕方も近い時間でしたが、車に飛び乗って、ブィッと一時間ほど。
笠置のお寺は相変わらず静寂に包まれておりました。
 
こちらのお寺、有名は有名なんですけど、交通の便の悪さのせいか今一つメジャーではないような。
 
しかしいつ訪れても山内にはあまり人気がなくて、シャイな?私にはとても拝みやすいところ。
最後に訪れたのはいつだったでしょうか、確かそんな以前ではなかったはず。
 
いくばくかぶりに訪れた笠置寺の境内は、一部を修繕したようですっかりキレイになっていました。
 
山門のところにビニールで防水した墨書が置かれてあり、そこには笠置山へ登山へ訪れる年間の人数と、
笠置寺へ訪れる参拝客の人数が書き込まれており、ご住職が書かれたと思しきその文面を読んで、
現代日本人の精神性というか、なんかそういったものに深く思いを馳せずにはおれませんでした。
登山者数より、お寺に立ち寄る人の方がずっとずっと少ない…。
 
笠置寺は現在は真言宗智山派。その歴史はとても古く、建立は奈良時代にまで遡ります。
それ以前からも巨石信仰の場として崇められてきました。
歴史的に南都仏教と関わりが深く、法相宗の貞慶上人が隠棲したり、東大寺のお水取りの第一回が
執り行われたり、日本仏教史上重要なお寺なのです。
 
古くから山岳信仰、巨石信仰の霊地であったこの笠置の地で、仏教思想が結びついたのでしょう。
巨石に弥勒菩薩や虚空蔵菩薩のお姿が彫られたりして今なお残っております。
残念ながら度重なる火災のため、ご本尊の弥勒菩薩のお姿は現在では判別ができません。
見上げるばかりの巨石の足元が整えられ、花やお線香がご供養されています。
 
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 ご本尊の弥勒磨崖仏。
ご住職がTwitterをされていて、そこでの発言によれば、ごく最近デジタル技術を駆使して、
消えてしまったお姿が蘇ったそうです。11月にお披露目されるとか。この時はまだ何の
変化も無い状態でしたが。
 
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虚空蔵磨崖仏。
ものすごく大きい…手を合わせて下から見上げても、仏様と目が合うような気がする…。
この虚空蔵石の周囲は山の森。周囲に建物がないため、戦火から逃れたとのことでした。
 
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山頂からは木津川とそれに沿う町並み。
私はここからの眺めがとりわけ好き。
春は桜、夏は山の木々の緑に蝉の鳴き声。秋は紅葉。寒々しい冬枯れも好き。
残念ながら雪のときだけは登ったことがありませんが。
 
 
 
トメ母
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