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葛城の山の麓に、面白いイタリアンレストランがあるというので行ってきました。 |

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こんにちは、ゲストさん
2010年(日記)
詳細
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葛城の山の麓に、面白いイタリアンレストランがあるというので行ってきました。 |
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おそとが暖かかったので、ブラリブラリと歩いてみました。 |
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奈良側から見た生○山なのでした。我が家はちょうどこの山の向こうッかわ。 |
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昨日は畑へ行ってきました。猪名川沿いの桜並木も満開を迎えていました。 |
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さて話は飛びましたが、天川大弁財天社を辞した後、帰り道に何気なくとある神社に立ち寄りました。
この神社は以前に一度、とーちゃんとお参りしたことがあるのですが、その後何回も天川村に行っているにも関わらず、その後は一度もお参りすることがなかったところです。神社前の道が狭くなっていて、離合が大変で駐車場にちょっと入りにくいということもある。
ちょっと話は脱線しますが、この日みたいに何かに操られるようにして出掛けた日には、必ずと言っていいほど何かが起こるのですよ。気がついたのは数年前ですが、起こらなかったことは無いと言っても過言でないくらい。
なので、「あぁ、行きたいな。行かなきゃな。」と思うときには、よほどのことが無い限り逆らわないようにしているんです。この日も、何かあるんだろうな、と思って出掛けたわけですが、天川では何事もなく、こういう日もあるよねーお母さんの勘もアテにならないね〜などと次男坊と笑いながら天川村を後にしたわけです。
話は戻りまして、次男坊は眠いので車で待ってる、と言うのでトメと車に残し、拝殿へ向かうと社務所の前に座っていた二人の男性のうち、一人が立ち上がってこちらに向かってくるのが見えました。普通の服装の中年の男性でしたが、ひと目見てその男性が神主さんであることがわかりました。
「拝殿に入ってお参りしてください。どうぞ。」と言われて、こういう由緒正しき神社は大概は建物手前のお賽銭箱の前でお参りするのが普通だと思っていたので少し驚き、なんだ今日は特別拝観デーなんだろうか?などと思いながら、促されるまま記帳し、拝殿に上げて頂きました。
中は薄暗くてヒンヤリしていて、簡素なしつらえながら境内以上に身が引き締まるような気が満ちており、おぉ、とちょっと感動して立ちつくしていると、ささ、こちらに座ってお参りしてください、と御本殿に繋がる階段?の下の、丸い敷物を指し示されました。え?ここは神主さんが座るところでは?と訝しがっていると、どうぞどうぞ、とにこやかに熱心に勧められるので、いいのかなと思いつつ、敷物を避けて座りました。
すると、「どうぞ敷物の上に座ってください。神様とまっすぐ向き合ってお参りください。」と言われ、ほんまにえぇんかな?と思いつつ、言われる通りに敷物の上に座らせてもらいました。
当然御本殿と私はまっすぐ、一直線の位置となります。神主さんは少し離れた斜め後ろに静かに座られました。
座ってお参りの際のお作法がわからず、えーっとえーっと…と戸惑ってしまい、そっと後ろを振り返ると、
「いつも通りされると結構です。」と言われ、じゃあこれでいいのかな、と座ったままペコペコと二拝。礼をするうち、気持ちが落ち着いて、二柏手は少しゆっくりと打つことができました。掌はポン、ポンと山へ高らかに心地よく響き、目を閉じ手を合わせ、じっと集中します。一瞬、何を祈ればいいのだろう?と頭の中で迷いましたが、ここで何もお願いすることはなかろうと御挨拶のみに留め、あとはじっと集中です。瞑想のおかげでほんの少し集中することが上手になった気がします。何も考えずにじっとしていると、まず山の木々のざわめきが聞こえました。
そして風の渡って行く音、鳥の鳴く声と川のせせらぎが聞こえてきます。御本殿からは冷たい空気が降りてきました。だけど寒くはないのです。後ろにいるはずの神主さんは、少しの気配も感じません。私は自分があらゆるものに包まれて、ひとつになってゆくのを感じました。太古からの巡りの中に溶け込んでいくようなそんな感じです。
いつまでもここで座ってこうしていたい、ここを離れがたい、集中が消えかけてそんな思いが湧いてきたとき、
我にかえって、あら神主さんの存在を忘れてたわ、と一礼して下がり、神主さんにありがとうございましたと手をついてお礼を申し上げました。その後しばらくその場で神主さんと向き合って、神主さんのお話を伺っていたのですが、途中から涙が出て仕方がありません。ハンカチで抑えても後から後から湧いてきます。神主さんは別に驚くでもなく、戸惑うでもなく、柔和な表情でそのまま話を続けられます。失礼ながら特に神主さんのお話に感動したというわけでもなく、神主さんの座に座らせて頂いたうれし涙に噎んでいるわけでもなく、最前まで全くの知らない者同士だったのが神の前で出会う。この日このタイミングでなければ、一生会うこともなかったかもしれない人なのに、こうして私のために一生懸命、まっすぐに神様に向き合うということを話をしてくださる。こんなありがたいことってあるだろうか、そういう思いの涙なのでした。
拝殿を辞するとき、奇しくも神主さんは「欲を出して祈ると、風の音、川のせせらぎ、そういったものが聞こえてきません。今日のこの時間でなければ、私もあなたもこうして向き合うことはなかったかもしれません。」と言われました。そして鳥居のところで「ここは心の荷を下ろすところです。心の荷を下ろして、まっすぐ神様に向き合えるあなたでいてください。私が言うのもなんですが、あなたまだまだ修業が足りません」と笑われて、それに釣られて私もアハハッと笑うと、「さっきよりいい顔になりました。」とニコニコッと笑って、直会の品です、とワカメをくださいました。直会とは、神前にお供えしたものを皆で戴くことです。この供食によって神と人が一体になるということです。大変良い言葉だと思います。
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うちはお互い「忘れてないよ」という印のようなもんですかねぇ。おめでとうの一言でもいいのですけど、去年もプレゼントしたから、今年ないのもアレかな?ということで、惰性でやり取りしてる感じです笑 でもここ数年はとーちゃんは忘れてしまってるから、うちもほぼ一方通行かな?
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