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なんでもない日々
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書庫2010年(日記)

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葛城にて

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葛城の山の麓に、面白いイタリアンレストランがあるというので行ってきました。

葛城山は一度登ったことがありますが、確か階段ばっかりがずーっと続くコースで、
股関節が痛くなり、翌日はコマネチ歩きになったことを覚えています。
いや、あれは金剛山だったか。

東に開けた谷は明るく、上方に古墳を控え、十一面観音菩薩を祀るお寺があります。
この日はお寺の縁日にあたるということで、何か撒きものがあるのでお参りしてらっしゃいと
すれ違った地元の奥さんが教えてくれました。残念ながら予約の時間があったのでお参りは
できませんでしたが。

古墳の上の方に上ってみましたが、山の奥へ続く道には鉄の頑丈そうな柵が立ててあって
入れないようにしてありました。マツタケでも採れるのかな?と思って見ていると、
これまた地元のおいちゃんがやってきて、でっかいイノシシが出て危ないから柵をしてある、
あんたも危ないから入らんようにな、と声をかけてくれます。

ここらでそんなでっかいイノシシが出るのですか?と、ちょっと驚いて聞き返すと、
ああ、出る。なんぼでも出て危なくて仕方がないんや。こないだも山から下りて来たのに
はねられてケガ人が出たんや。と教えてくれました。
おいちゃんは、今日はゴールデンウィークで孫が帰ってきとるから、ここらで弁当でも
食べようかと思って、とのことで、ああそれはよろしですね〜いいお天気ですし、と返事すると
カカカと楽しそうに笑うのでした。地元の人も、この気持ちのいい場所が好きなようです。

予約の時間が迫ってきて、お店まで下りてゆくときに赤ちゃんを抱いた若いお母さんと、
そのご主人と思しき男性、またそのお母さんと思われるご婦人が入れ替わりで上がって
行きました。奥さんとお母さんは私を認めると、こんにちは、と柔らかく笑って挨拶して
くれました。
山を背に歩いていると、はるか後方でターン、という発砲音のような音が聞こえました。
イノシシ猟でしょうか。それともサルを脅かす空砲でしょうか。
この辺りの人々は山と共に生きているのですね。

そのちょっと変わったレストランは古農家を改装した落ち着いた設えで、中庭があって
梅の青々とした青葉が元気よく繁っているのが眺められます。木の廻りを、鶏が何羽か
歩きまわって、それを子供が追いかけて、ちょっとタイムスリップしたような感じでした。
お店の畑で採れた野菜と、地元の食材を中心としたお料理は、名店と海外で修業したという
シェフの手によって、土の香りと春の野菜の持つ力強さを失わず、目も舌も、身体も元気の
出るようなお料理に仕立てられていました。とても美味しかった。デザートにはパンナコッタが
出ましたが、その上にかかっている自家製のマーマレードが絶品で、聞くところによれば店の
夏ミカン(ハッサクだったけか)の木から収穫してパティシエが作ったものだとのこと。
店内を流れるゆったりとした気に、ここでいつまでもくつろいでいたいなぁという気持ちに
させられるお店なのでした。

昼休みに

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おそとが暖かかったので、ブラリブラリと歩いてみました。

堀川戎にお参りして、商店街を抜けて大阪天満宮にも立ち寄りました。
表門の天井に可愛らしいのがぶら下がっていたので、思わずケータイで撮影。

表門の斜向かいには、川端康成の生誕地の標がありました。
へぇ〜知らなかった…とこれもケータイで撮影。

明日からまた天気が崩れるようですね。桜の通り抜けも天気が悪くては楽しみが半減です。
今、造幣局の前庭のポンポン桜がとってもキレイなんですよ。時間があれば立ち寄って、これも
撮影してみたいですね。雨で早々と散ってしまわなければいいのですけどね。

裏っかわ

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奈良側から見た生○山なのでした。我が家はちょうどこの山の向こうッかわ。

いつも大阪の側から見ていて、そっちから見るのがなんとなく「表側」だと思っているのですが、
奈良側からいつも見ている人からすれば、こっちの方が「表側」なんでしょうね。
六甲みたく、裏とか表とか呼び分けているって聞いたことありませんし。

実は良き友に導かれて、この山の麓にあるお寺で瞑想の指導を受けるようになりました。
もう半年近くになります。出来の悪い生徒なので、半年やっても全然進歩しません。
ただ呼吸にのみ集中することが、こんなに難しいことだとは思いませんでした。
先生は最高なんだけどなぁ。
もどきから始めて一年近く。やはり師がいないと、自己流ではダメだなと限界を感じていたときに
救いの手は差し伸べられたのであります。今しばらくはここに留まって頑張りたい。

なんだか身辺が慌ただしく動いて、ついて行き難くて戸惑いを感じているのであった。
大きな流れにどんぶらこーどんぶらこーと運ばれている感じです。
別に不安を感じるわけではないのですが、時々自分はどこに行くのかなぁと思う。

本格的稼働

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昨日は畑へ行ってきました。猪名川沿いの桜並木も満開を迎えていました。

広くなった区画には、現在ジャガイモとほうれん草、スナップ豌豆が植わっており、
今回新たにレタスのタネを蒔いてきました。ニンジンも蒔こうと思っていたのですが、
タネを間違って冬越しのものを持ってきてしまい、この日は断念…。

ジャガイモは管理人さんが(タダで)くれた余り物の男爵とメークイン。
仕込み済みだったので、植えつけるだけでラクチン。ラッキーでした。

ほうれん草とスナップ豌豆のタネは、冷蔵庫で眠っていた三年物。
ほうれん草は年を越すとグッと発芽率が落ちるというし、さすがにもうアカンかな?と思い、
でも勿体ないし、ダメもとで全部使っちゃえとドバーと蒔いたのですが、ちゃんと発芽して、
しかもボーボーになっていた…発芽率が落ちるどころか、120%くらいの勢いで芽が出とる…。
またやってしまった…ほうれん草は間引きが大変なんだ…。
野菜の生命力の強さを感じたのでありました。
同じく三年物のスナップ豌豆も、キチンと全粒から可愛らしい芽が出ていました。
ジャガイモは二週間経ちますが、まだ全然なんの音沙汰も無しです。
時間が掛るのは知っていますが、ちょっとゴメンよと掘り返して確認してみたら、これもちゃんと
可愛らしい芽を出していました。期待してるからな!と、元に戻した。

レタスを蒔く前に軽く畝を起こしましたが、新しく開墾した場所なので石がゴロゴロ出てくるの
ですよ。それを拾ってバケツに入れるのですが、すぐにバケツがいっぱいになってしまう。
それに元から生えてた雑草がそろそろ復活してきて、この分ではまたちょっと目を離すとあっという間に
雑草ボーボーになってしまうでしょう。
昨日は隣の区画のお姉さんも来ていなかったので、一人黙々と作業時間の殆どを石拾いと雑草引きに
費やしたのでした。

それにしても管理人さん、ここをどうやって開墾したのでしょうか。こぶし大以上の石がゴロゴロ
出てくるのですが、耕運機でやったのだろうか。こんなに石があったのでは、耕運機が痛むのでは?

なおらい

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さて話は飛びましたが、天川大弁財天社を辞した後、帰り道に何気なくとある神社に立ち寄りました。
この神社は以前に一度、とーちゃんとお参りしたことがあるのですが、その後何回も天川村に行っているにも関わらず、その後は一度もお参りすることがなかったところです。神社前の道が狭くなっていて、離合が大変で駐車場にちょっと入りにくいということもある。
 
ちょっと話は脱線しますが、この日みたいに何かに操られるようにして出掛けた日には、必ずと言っていいほど何かが起こるのですよ。気がついたのは数年前ですが、起こらなかったことは無いと言っても過言でないくらい。
なので、「あぁ、行きたいな。行かなきゃな。」と思うときには、よほどのことが無い限り逆らわないようにしているんです。この日も、何かあるんだろうな、と思って出掛けたわけですが、天川では何事もなく、こういう日もあるよねーお母さんの勘もアテにならないね〜などと次男坊と笑いながら天川村を後にしたわけです。
 
話は戻りまして、次男坊は眠いので車で待ってる、と言うのでトメと車に残し、拝殿へ向かうと社務所の前に座っていた二人の男性のうち、一人が立ち上がってこちらに向かってくるのが見えました。普通の服装の中年の男性でしたが、ひと目見てその男性が神主さんであることがわかりました。
 
「拝殿に入ってお参りしてください。どうぞ。」と言われて、こういう由緒正しき神社は大概は建物手前のお賽銭箱の前でお参りするのが普通だと思っていたので少し驚き、なんだ今日は特別拝観デーなんだろうか?などと思いながら、促されるまま記帳し、拝殿に上げて頂きました。
中は薄暗くてヒンヤリしていて、簡素なしつらえながら境内以上に身が引き締まるような気が満ちており、おぉ、とちょっと感動して立ちつくしていると、ささ、こちらに座ってお参りしてください、と御本殿に繋がる階段?の下の、丸い敷物を指し示されました。え?ここは神主さんが座るところでは?と訝しがっていると、どうぞどうぞ、とにこやかに熱心に勧められるので、いいのかなと思いつつ、敷物を避けて座りました。
すると、「どうぞ敷物の上に座ってください。神様とまっすぐ向き合ってお参りください。」と言われ、ほんまにえぇんかな?と思いつつ、言われる通りに敷物の上に座らせてもらいました。
当然御本殿と私はまっすぐ、一直線の位置となります。神主さんは少し離れた斜め後ろに静かに座られました。
 
座ってお参りの際のお作法がわからず、えーっとえーっと…と戸惑ってしまい、そっと後ろを振り返ると、
「いつも通りされると結構です。」と言われ、じゃあこれでいいのかな、と座ったままペコペコと二拝。礼をするうち、気持ちが落ち着いて、二柏手は少しゆっくりと打つことができました。掌はポン、ポンと山へ高らかに心地よく響き、目を閉じ手を合わせ、じっと集中します。一瞬、何を祈ればいいのだろう?と頭の中で迷いましたが、ここで何もお願いすることはなかろうと御挨拶のみに留め、あとはじっと集中です。瞑想のおかげでほんの少し集中することが上手になった気がします。何も考えずにじっとしていると、まず山の木々のざわめきが聞こえました。
そして風の渡って行く音、鳥の鳴く声と川のせせらぎが聞こえてきます。御本殿からは冷たい空気が降りてきました。だけど寒くはないのです。後ろにいるはずの神主さんは、少しの気配も感じません。私は自分があらゆるものに包まれて、ひとつになってゆくのを感じました。太古からの巡りの中に溶け込んでいくようなそんな感じです。
 
いつまでもここで座ってこうしていたい、ここを離れがたい、集中が消えかけてそんな思いが湧いてきたとき、
我にかえって、あら神主さんの存在を忘れてたわ、と一礼して下がり、神主さんにありがとうございましたと手をついてお礼を申し上げました。その後しばらくその場で神主さんと向き合って、神主さんのお話を伺っていたのですが、途中から涙が出て仕方がありません。ハンカチで抑えても後から後から湧いてきます。神主さんは別に驚くでもなく、戸惑うでもなく、柔和な表情でそのまま話を続けられます。失礼ながら特に神主さんのお話に感動したというわけでもなく、神主さんの座に座らせて頂いたうれし涙に噎んでいるわけでもなく、最前まで全くの知らない者同士だったのが神の前で出会う。この日このタイミングでなければ、一生会うこともなかったかもしれない人なのに、こうして私のために一生懸命、まっすぐに神様に向き合うということを話をしてくださる。こんなありがたいことってあるだろうか、そういう思いの涙なのでした。
 
拝殿を辞するとき、奇しくも神主さんは「欲を出して祈ると、風の音、川のせせらぎ、そういったものが聞こえてきません。今日のこの時間でなければ、私もあなたもこうして向き合うことはなかったかもしれません。」と言われました。そして鳥居のところで「ここは心の荷を下ろすところです。心の荷を下ろして、まっすぐ神様に向き合えるあなたでいてください。私が言うのもなんですが、あなたまだまだ修業が足りません」と笑われて、それに釣られて私もアハハッと笑うと、「さっきよりいい顔になりました。」とニコニコッと笑って、直会の品です、とワカメをくださいました。直会とは、神前にお供えしたものを皆で戴くことです。この供食によって神と人が一体になるということです。大変良い言葉だと思います。
 
トメ母
トメ母
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