|
今日、明日と旅行に行って来ます。
石川県の方でーす。 |
2016年(日記)
-
詳細
|
日曜日、次男坊が中国はハルビンへ、2年間の留学に旅立ちました。関西空港までばーちゃんと見送りに行ってきました。 まずは搭乗手続き。カウンターは長蛇の列でごった返していました。次男坊のお預け荷物は30kg足らず。中国南方航空のカウンターのお姉さんは親切でした。上海で乗り換えなのですが、荷物を航空会社の方で積み替えられないと言われて戸惑う次男坊。海外はもう慣れているはずですが、中国語はまだあまり話せないので、心配になったようです。カウンターのお姉さんが何度も親切に説明してくれたので、まぁ大丈夫だろうと。 中国南方航空といえば、ベラルーシ国への留学から日本に戻ってくるときにもウルムチ経由で乗って帰ってきました。 私は日本で次男坊が乗ったその飛行機をパソコンで追っていたのですけど、ウルムチに到着する時間をだいぶ過ぎても到着したとの表示が出ず、どうしたんだろう?何かあったのだろうか?とずいぶん心配したものです。 何時間経っても空港に到着とならず、しまいには状況が「不明」とか表示され、いてもたってもいられず、大阪にある中国南方航空のオフィスに電話をかけて、どうなってるんでしょうか?息子が乗ってるはずなんですけど…と訪ねてしまいました。対応してくださったお姉さんは、時間が遅かったにも関わらず、色々調べてくださり、どうもその飛行機はウルムチに降りず、隣の空港(空港名は忘れた)に降りているようだと教えてくださいました。理由はわからないけれど、中国の空港は民間機が後回しにされることがあって、こういうことはちょくちょくあります、とのことでした。心配のあまり、泡を吹いて発狂死しかけていた私は、お姉さんのその説明でようやく息を吹き返し、我を取り戻したのでした。 そのおかげで次男坊が関空に到着する時間が全くわからなくなってしまったのですが、事前に聞いていた時間どおり迎えに行ってみると、到着ロビーの前の通路を何食わぬ顔でスーツケースをゴロゴロさせながらテクテクと歩いている次男坊に遭遇し、あぁ良かった、無事で帰ってきてくれたわ…とヘナヘナと腰砕けになったのでした。あの時のお姉さん、私の過剰な心配に付き合ってくださって、本当にありがとうございました。 そのお姉さんの親切心が忘れられず、今度の中国行きの便をどれにしようかと次男坊に相談されたとき、「お母さんは中国南方航空が好きだ」と答えました。なので、また往路は中国南方航空です。 空港ではフードコートで最後の一緒のお昼ご飯を食べました。次男坊はたこ昌のたこ焼き。連日飲み歩いて、重いものは入らないみたいですね。 私とばーちゃんは土鍋カレーうどんです。土鍋カレーうどんは、カツオ出汁の風味が控えめで、なんだかウチで作ったみたいなカレーうどん。でも妙に美味しい。やみつきになりそうな美味しさ。 ご飯のあとはカフェでお茶をしていたのですが、孫が命のばーさんは、中国があまり好きではないので、中国がいかに自分にとってイヤな国であるかということを切々と話しだし、この期に及んで留学は思い留まるよう力説をはじめ…。 もう出発するというのにあんまりだなと思い、自分で決めたことなんだから、気持ちよく送り出してやっておくれ、どんな国でも良いところも悪いところもある、日本だってそうだ、これから希望を持ってやっていこうと本人なりに決意したんだから気持ち良く見送ってやってよ…と嗜めると、だってお前は心配じゃないのかい!テレビではああ言ってる、こう言ってる、あんな国は信用できない、何かあってからじゃ遅いんだよ!と逆ギレされました。そんなのわかっとるわい!でも日本だって今時はそんなに安全でもないし、日本にいても何かある時はあるわいさ。世界中何処にいても一緒で、死ぬ時は死ぬんだよ、と言うと、お前は親として、ちゃんと子供のことを考えているのか云々とブツブツ言ってましたが、思うところもあったのか、それからは静かになりました。 危険とか、どうなるかわからないとか、そんなの痛いほどわかっとるわい。ばーさんにとっては孫かもしれんが、私にとっては大事な大事な子供なんだよ。 ばーちゃんの気持ちも分かるけど。人間、いつ死ぬかなんてわからないから。私だって、何かあったら…って怖い。日本で一緒に今までどおり暮らしたい。でも、一番怖いことは、心が死ぬことだってのもよく知ってる。ましてや、日本ではなかなかやっていけない自由な気質の子なのだから。彼にとって不自由な日本で大切に大切に囲って、そうして心が死んでしまったら?この子にはまだはっきりとした信仰もないのだから…。ばーちゃんも私も、おそらくこの子より先に死ぬんだよ?そしたら、そのあとはどうするの? 母の心も知らず?本人は呑気にタバコをプカプカ。タバコも中国に行ったら少し控えなよ?お酒もたまにだけにしなよ? あっという間に時間がきて、搭乗口へ。直前で、手持ちのお金を元に変えました。搭乗口の前に来ると、「じゃーね!」と手を上げて、あっという間に行ってしまった。あっさりしたもので、ばーさんとのクサイ涙のお別れシーンは無しでした。私は「上海に着いたら連絡してよ!」というのが精一杯でした。中からこっちを見て手を振ってくれました。 姿が見えなくなったのを確認してすぐに私とばーさんはドワーッと走り、駐車場に置いていたクルマに乗り込んで別棟になっている展望ホールへ。到着してすぐに次男坊が乗っていると思しき中国南方航空の飛行機が頭上を飛び去りました。くそー、定刻通り出発しおったか!前回の往路に乗ったトルコ航空はなかなか出発しなかったのに、ターミナルと展望ホールが離れすぎだよ!駐車場がいっぱいで、最上階に停めざるを得なかったのも痛かった。伊丹空港みたいにすぐに展望ホールに出られればいいのに…。 私とばーさんは、しばらく次々と飛び立つ飛行機を眺めてから、トボトボと帰りについたのでした。 それにしても、上海とハルビンは逆方向だと思うのですが、なぜ上海経由なんでしょう? 結局、上海に到着したと思しき時間になっても次男坊から連絡はなく…。また家のパソコンで彼の乗る飛行機をストーキングしまくっていましたが、上海からハルビンへの便は中国南方航空のはずが、別の飛行機に乗せ替えられたようです。ハラハラしながら見守っていましたが、その日の夜中になってようやく「ハルビンに着いてホテルに入った」と連絡がありました。日本で携帯電話を解約して電話番号がなかったのでSIMカードが買えず、連絡ができなかったとか。上海はあまりWiFiは飛んでないのですかね? これから2年間ほど、私は次男坊のストーカーとなりそうです。子離れせねばならんと思いつつ…。日本にいるときは放置ぎみなんだけどね。心配もほどほどにしておかねば。 |
|
トメさんの通院に来ました。 最後の一日といっても、どっかの将軍さまのミサイル飛んで来るとか、エイリアンが地球を侵略しにくるとか、そういうのではありません。まぁそういうのも可能性はなきにしもあらずですが…。 最後の一日はうちの次男坊です。明日から2年の中国留学です。明日の昼には飛行機乗っちゃう。しばらくの間、お別れです。 なのに本人、ここ一ヶ月ほど、夏休みだ〜、送別会だ〜と家に帰らず、飲み歩いてました。明日出発だというのに、今日はアレルギーの薬のせいで眠いとか言って、準備もまだ全部終わっていないのに昼寝しています。それ、薬のせいじゃないと思うよお母さんは。たんに疲れてんじゃろ。 この子は身体が弱いのも心配だけど、お酒が好きなのも心配です。まぁ最近の中国の若人のほとんどはお酒を飲まないみたいなのでちょうど良い。中国で少し酒を抜いてこい。 しかし日本は飲酒に寛大な国らしいですね。住んでいると、当たり前になってるので、あまり実感できないのですけど。次男坊は以前ベラルーシ国に一年だけ留学していたのですが、屋外で飲酒するとすぐに警察がすっ飛んできて捕まっちゃうそうですよ。日本人は気候さえよければすぐに外で酒盛りしちゃうから、海外でお酒を飲むときはよくよく気をつけないとダメですね。 まぁしばらく自宅でゆっくりできないけれども、いまさら特に話すこともないしね。 |


うちはお互い「忘れてないよ」という印のようなもんですかねぇ。おめでとうの一言でもいいのですけど、去年もプレゼントしたから、今年ないのもアレかな?ということで、惰性でやり取りしてる感じです笑 でもここ数年はとーちゃんは忘れてしまってるから、うちもほぼ一方通行かな?


