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生駒のお寺で冥想の練習。霊峰生駒山は雨でちょっと煙ってる感じでした。ちょっとムシムシして暑いですが、道場はヒンヤリとしているのでちょうど良いです。練習にはもってこいの季節ですね。静かな雨音と、ウグイスの鳴き声に囲まれて、独りの時間を楽しんできました。ウグイスがちょっと煩かったけど、それは贅沢ってもんですね。 最近は時間を区切らずに、自分の集中に合わせて坐って座っているので、長ければ90分以上になることもあります。ふだん月例の冥想会では、みんなで一緒に一時間だけれども、一人でやっている方が調子がいいです。 最後の更新からまた1年近く経ってしまいました。相変わらず元気ですごそごそやってます。飽き性で、やってることがしょっちゅう変わるんだけど、冥想だけは何とか続けてますね。もう8年以上ぐらいになりますかね。私の後から入ってくる人がいないので、まだ一番新米なんだけど。 帰り際、先生から梅の酢漬けを頂きました。梅干しでなく、ジュースとかにする方の酢です。サワーっいうんですかね?毎年この季節に徳島のお寺さんが、境内でてきた梅の実を送ってくださるので奥様が手作りされるのだとか。何だか身体に良さそう。梅干しは積極的には食べないけど、梅の加工品は好きなので楽しみです。お風呂上がりに頂いてみましょう。 |
2016年(日記)
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コメント(5)
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記事のアップ、中断になっていましたが再開します。
なんかもぉ、半年以上経ってしまいましたが…
お世話になったお宿をあとにした一行は、一路宮島へ。
どこをどう走ったのか、既に思い出すことはできません…。
宮島へは連絡船で渡ります。約10分くらい。
運賃は片道180円です。安いですね。
上陸しました。
宮島は私は小学校の修学旅行で一度来たことがあります。
およそ30年ぶりの宮島です。見た感じ、あまり変化はありませんが、
表参道商店街はすっかりキレイになっていて、ちょっと驚きました。
30年の間に代替わりして、建て替えとかしたお店も多いのでしょうね。
お馴染みの大鳥居です。30年前もこの辺りで写真撮ったなぁ…
海が目の前のお宿に泊まっていました。でももうどんなお宿だったかは忘れて
しまったなぁ。
この日はとてもお天気が良かったので、かなり暑くて汗をかきました。
社務所で厳島神社の宝物の絵ハガキを購入。生駒の先生にお手紙書く用です。
←なんか、この橋がえらく気になったので すわ 。皇族専用の橋らしいのですが、陛下もこの角度では…。梯子とか持ってくるんだろうか?実際、この橋は使用したことあるんだろうか?
この角度は危険だ…きっとドリフになってしまう。
島のそこかしこで鹿が自由に歩き回っている姿を見かけます。
おやつ持ってたり、売店で買い食いしたりしていたら狙われます。目をつけられて、後を追跡されるのだ。
宮島の鹿は、観光客誘致に一役買っていると思われますが、奈良公園のように
鹿せんべいや鹿のエサを販売しているのは見かけませんでした。
奈良公園の鹿は、春日大社の神様のお使い的存在で神聖な動物とされていますが
宮島の鹿はちょっと違うみたい。春日大社の鹿のような由来はなく、単なる
野生動物という位置づけみたいですね。宮島は神様の島で、信仰の対象でもあるので
そこでの殺生はダメということで保護されているみたい。
春日大社の鹿のように収入(?)がないので、そこらの観光客からパンフレット
奪ってモシャモシャ食べるの図。腹、壊さんか…?(;´・ω・)
これはいかん、取り上げねばと引っ張ってみるも、イヤイヤしながらトコトコと
あっちに行ってしまった…。
きっと食べるのが山にいるのよりは簡単だろうから観光客のいるところに
下りてきているのだろうけど、雑食してたら鹿の身体にも良くないだろうし、
鹿せんべい売ったらいいのに、島の収入源にもなるだろうに、とも思うのですが、
おそらくそうできない事情があるのでしょうね。そんなに簡単な話しじゃ
ないんだろうな。
大阪の箕面のサルみたいに、本来は山にいるべきものだから、山に帰すために
エサをやらないとか、そういうことなのかもしれないですね。
観光客は食べ物あげたらダメだよ。人間の方も、あまり動物の居住区を
侵さないようにしないと…
次男坊にねだられて焼ガキを買ってあげたんだけど、お店から離れた途端、
やさぐれた雰囲気の大きな鹿に後をつけられ…。おまえ、牡蠣も食うのか…。
追い払うのに苦労しました。
せっかくの焼ガキなのに、次男坊は一口食べただけで「生臭い」と私に返してきた。
以前はあんなに魚貝が好きだったのに、東欧留学中に肉食に慣れてしまって、食べられなくなってしまったみたい。結局私が全部頂きました。
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実は春先から体調を崩しています。春の半ばには数日ですが入院もしました。若い頃にやらかした病気が体調が落ちると出てきます。 そのうち良くなってくるだろうと思っていますが、もう夏なのに枕から頭が上がらない日もあったりして。なんとなーく危機感みたいなものを感じることもあるのですが、それならそれでよし、そうなった時の行先はたぶんわかってるから、だから大丈夫…と安心しているので、体調が優れなくても、ここから先は医者にかかる、 そうでなければいつも通りに仕事や家事をこなす生活をしています。しかし無理はしない。動けなくなりそうな時は素直に休みます。 息子たちが成人したこともあるのでしょう。以前のようにお金のない生活が怖くなくなりました。人並みの生活が出来なくても、がんばって仕事して、世間さまと同じような生活をすることよりも、どうしても優先したいこと、優先しなければならないことが以前から自分の中にあり、それに素直に従うことが漸くできるようになってきた。京丹後の美しい山の緑と海を見ながら、私は結局ずっと自分自身をも欺いてきたんだなぁ、と。しかしとてもスッキリとした気持ちで、きらめく夏の海もとても素直に美しいなぁと。 ちなみに京丹後にはお仕事がらみなのですが、遊びも一緒くらい。最近は仕事で遠方に出ることも多くなりました。体調がもっとよければ、もつとフットワーク軽く動けるのにな、と思うこともありますが、そういったことは敢えて考えますまい。必要とされるところに、身体が動くのであれば行く。普通のことではありますが、いまはその普通のことがこの上もなく幸せで有難い。普通であることってけっこうスゴイことなのかもしれない。 |
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いつものお寺のご本尊、聖観音さまです。室町時代の仏さまのようですが、由来は不明とのこと。ずーっとこの場所におられます。 スッとした立ち姿の美しい観音様です。 月例の冥想会のときは、この観音様はじめ、お寺におられる仏さま全てにご挨拶しますが、私はこの聖観音さまに間近でお参りすると、そこはかとなく怖いお顔に見えてしまう。きっと常々自分の修行の足りなさを自覚しているからだと思います。観音様には月に2回お会いしますが、いつも「この半月も全然だった」と振り返ってそう思うのです。 しかし観音様が怖いお顔に見えるのは私自身の心の在り方のせいであり、実際の観音様はこんなに美しい仏さまです。 この観音様の画像は、冥想仲間の先輩が自主冥想のときに、綺麗な蓮がお供えされていたからと送ってくださった画像です。 |



うちはお互い「忘れてないよ」という印のようなもんですかねぇ。おめでとうの一言でもいいのですけど、去年もプレゼントしたから、今年ないのもアレかな?ということで、惰性でやり取りしてる感じです笑 でもここ数年はとーちゃんは忘れてしまってるから、うちもほぼ一方通行かな?


