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オレンジ色の東の空に誘われて・・・・・今日も行ってきました〜〜☆ 残念ながら 今日は富士山は見えなかった 一日江戸人 杉浦日向子著 ◎江戸の奇人・変人 世の中 平和だと 必ず出てくるミョ〜な奴ら 平成のお手本・徳川の時代もそんなヤカラのオンパレ〜ドで!? 「世の中が平和だと 変な奴が出てくるなァ」と テレビを見ていた父がポツリ 画面では 素人の少年が芸人顔負けの大胆な演技(?)をしております 同じ台詞を 江戸時代でもどこかの長屋の片隅で 実年の親父さんがつぶやいたことだろうと思います 動乱の時代には英雄の武勇伝が熱く語られますが 四海波静かという太平の世には 血なまぐさい話は不似合い 英雄に代わって世人の喝采を浴びたのが いわゆる:奇人・変人:であったようです」 江戸期には 奇人の奇行を書き留めた随筆があまた残っています:おかしな奴・変な奴:とは言いながらも :奇人・変人:というワクのなかに封じ込めようという態度は見られず そこには愛情と少しばかりの羨望さえ感じられる 平和と退屈は同居するといいますが 天衣無縫な奇人たちの奇行に 一陣の風にも似た爽快感を味わったのかもしれません 江戸初期に有馬涼及(りょうきゅう)という医者が 嵯峨野で見た桜の大樹を大金を投じて いざ自宅へ運ばせたら庭が狭くて入らない 涼及は少しもあわてず「よいよい 寝かせておけ」と 桜を庭一杯に横倒しにしておき 自分は座敷で寝転んで愉しんだといいます また ある時 涼及が百貫もの高価な茶碗を買ったというので友人が見に来た 茶など飲みながら世間話をして 友人はおずおずと「秘蔵の品でもあろうがぜひ一目・・・」と切り出すと 「なに あんたが飲んでるソレじゃよ」と答えたので友人は色を失って ただボーゼンとしたとか 同じように茶人で 京に住む桜木勘十郎という人は:縞好き:という点で奇人でした 衣類持ち物は言うには及ばず 家具調度・住居・庭の果てまで縞模様に徹し人からは縞の勘十郎と呼ばれていた これらは風流の度を越して奇行となってしまった手合いで :数奇(すき)者:というほうがピッタリくるようです 庶民にとって わけのわからない学者・剣客!! 利害に関せぬ 天性の奇人というのもまた あらわれました 楽阿弥(らくあみ)という風来僧は 一文無しで街々を説法して歩いていますが 彼の説法が面白いから思いのほか喜捨を得て ずいぶん金持ちになってしまいました すると楽阿弥は人を集めて 一晩 大名のような大盤振る舞いをして派手に遊び 翌日からは また一文無しの僧として街々を歩いたといいます この人は趣味で貧乏をやっているようです こういった愉快な奇人達の中に世に認められず悲憤の生涯を閉じた学者:平賀源内:もまぜられてしまったのは 気の毒としか言いようがありません 一般に江戸の人は源内を:奇人の親玉:のように扱っています 彼の大発明:エレキテル:も見世物の:世紀のショ〜:としか見なされませんでした 最も源内の後輩に当たる蘭学者・橋本宗吉の考案した:百人嚇(おびえ):はパフォーマンスとして 面白く 見世物じみていることはいなめませんが・・・・・ 科学者たちを奇人と呼ぶのは:わけのわからない道に通じている:という点が奇に見えるからでしょう 幕末の風雲急を告げる時代にも 太平の尻尾をつけた奇人的剣客が輩出しています 近藤勇の養父・近藤周助は無類の女好きで:女が見ていないと張り合いがない:と言って 道場に妾を坐らせていたといいます 堅物の勇の渋面が目に見えるようではありませんか
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