親父と野球

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プロ野球選手だった親父の息子として生まれた私は、当然のようにプロ野球選手になることを夢見る野球っ子に育って(育てられようとしたと言うべきか)行った。小学校の定番の質問の「将来の夢、成りたい職業は?」の私の答えは「プロ野球選手!」と間髪入れず答えるのが常で当時は何の疑問も持たなかった。また、サウスポーのだった父の息子がまた、同じサウスポーだったので、父はますます息子に期待をかけていた。

小学校当時は父とよくキャッチボールに出かけ、物心が付くか付かないかの頃から教わったピッチングフォームで投球練習をしたものだった。父のピッチングフォームは当時の指導者連中が絶賛したほど、大きく流れるようなオーバースローの華麗なしかも理に叶ったもので、その父が教え込んだ私のフォームもまた、非常に美しかった。

しかし、そんな親子の夢も中学校野球をし始めてまもなく、意外とあっさりと消えてしまっていた。と言うのは父自身がプロ野球選手にまでなった人でどんな人が仲間にいたか、又その後の少年野球の指導者としての経験の中でどんな子がプロ選手にまで上がっていく素質のある子供かを見分ける目を持っていたからだ。

親子の情とは、無関係なその眼力は、中学野球をやり始めた早々に息子にその素質がないことを見極めていて本人(私)にも通告していた。父は私に「プロ野球の世界と言うのは、格別な素質のある子供が努力して競い合ってなれるかなれないかの世界だ。だから格別な素質があるかどうかで殆ど決まってしまう。残念だがお前にはない。」とそう言いながら具体的に何がないのかを説明してくれたものだ。骨格、体形、走力等々。私は確かに悲しかったが、自分でも母親似の体形で父の素質は引き継いでいないことを実感していたので父の言うことは納得できた。しかし野球は好きなので高校まではやってみようと決めていたが。

親父の素質について書くつもりが、私事で手間取ってしまったが、父自身が格別な素質がないとプロ野球選手にはなれないというくらいだから、自らの格別な素質を自らが実感していたのだろう。

確かに前項までの集合写真を見ても分かるように当時のプロ野球選手の中でも図抜けた体格を持っていた。当時の180cm、80kgというのは、今なら190cm、90kgよりまだ大きいくらいの感覚だろう。それに自分でも説明していたが、身体の柔軟性、体形(なで肩、お尻が大きい。腕のつき方、胴長等)も野球選手には非常に重要な素質だ。
息子の私(178cm、75kg)が大人になって体格を比べて見ても、手の大きさ、分厚さ、お尻の大きさは格別だった。(続く)


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