|
野球の合間に海外駐在時代のよもやま話でも挟んでみます。
[海外駐在よもやま話]
私は1980年台から1990年台にかけて合計約14年間USAと香港、台湾で駐在生活を送った。その頃の仕事の実態については大まかには今までの項でお話したように思う。
今度はその他のよもやま話でも思い出すままに綴ってみようと思う。どんな内容、展開になるか、分からないが、とにかく、スタートしてみよう。もっとも、いくらかのエピソードはすでに投稿済みだが。
・海外営業要員の選考―語学力より、体力、性格重視?
今でこそ、海外駐在員選考といえばまず、TOEIC何点以上とかの英語力が、必須条件でとしてまずそのことをベースに人選を進めるのが、当たり前の時代になっている。
それに比較し、私がたまたま駐在員になった頃の勤め先の関連業種は(商社等は別だと思うが)、その人選に際してまず体力と何処にでも溶け込めそうな性格が重視されたようだ。
言葉については、駐在して半年―1年の見習い期間に会話力を身につければよいとの方針。その会話力突貫習得のためにも、丈夫な体力と溶け込める性格を重視。理屈は合っているが、大らかな時代でもあった。
いずれにしても人選基準はどうあれ、現地の人とコミュニケーションができなければ、肝心の仕事もできないのでベースがあってもなくても現地で必死になって集中習得し、その仕事の遂行に支障のないレベルまで持っていく事が、営業駐在員として赴任した人の最初の試金石となる。
(続)
|