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(仙台 伊達政宗像。 浜松 徳川家康像 長崎 坂本龍馬像)
・サムライ時代の三人の英雄像を鑑賞
今回の記念旅行で意図したわけではなかったが、行った先々でサムライ時代の著名な英雄たちの銅像を鑑賞することが出来た。
仙台では伊達政宗の馬上の勇姿、浜松では若き日の徳川家康公、それと長崎の坂本龍馬は立場も時代も前者二人とは違うが、やはりサムライ時代を終らせ、回天させた最後のサムライ。
伊達政宗像
伊達政宗は戦国時代から江戸時代の三代将軍家光の時代までを生き抜いた東北の英傑で最後まで天下取りを諦めていなかったという。国を治めていく政治力にも長けていたようで新田開発を奨励し長期的に国力も付けていった。
幼いころに病気で失った片目のコンプレックスを力に変えた気骨は半端ではなかったろう。
その気骨で馬上に凛々しく跨っている伊達政宗の勇姿は実に格好がいい。
徳川家康像
浜松で徳川家康の像にお目にかかろうとは思わなかったが、朝、浜松城に散歩に出かけて城跡公園のなかに「若き日の徳川家康公」の銅像があった。
確かに浜松城の頃の一城の主の頃の家康であり、腹も出ていず、貫禄はないが若々しい家康で溌剌と意欲的に見える。
坂本龍馬像
さて、前半の旅の途中で2人の英雄像に遭遇したこともあり、博多に着いてから、私の好きな幕末の英雄の銅像も観たくなって長崎まで足を延ばした。
長崎の坂本龍馬像は桂浜よりも小さめだが、その分近くで顔の表情がよく見える。
亀山社中近くの風頭山から腕組みをして遠方の長崎港を見下ろす龍馬の表情はこれからの日本をどうするかを大局的に考えを巡らしているような顔だ。
同じ場所に司馬遼太郎のコメントが石碑になっていて、子分の睦陽之助が聞いた龍馬の長崎評として「長崎はわしの夢じゃ。」「日本回天の足場になる。」と龍馬が言ったと伝えている。
私にはそれに加えて、「日本回天」の後の「世界中との貿易」の絶好の足場となることもすでに龍馬の視野の内に入って考えている表情に見える。
「世界の海援隊でもやるさ」と西郷に言い放った龍馬の本当の夢は、世界中を相手に交易を盛んにして、世界中を駆け巡ることではなかったかと銅像の顔を見詰めながら、勝手に想像を膨らませてしまった。
龍馬のことになるとつい熱が入ってしまったが、ともあれサムライ時代の英雄三人の銅像が鑑賞できたことは今回の旅行の思わぬ付録となった。
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