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1939年シーズン親父の出場試合24,25,26
24回目
14年ジャイアンツ対イーグルス 8月16日 横浜
12 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 3 0 0 0 3 0 7 ジャイアンツ 中尾輝三
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 望月潤一
勝利投手 中尾輝三 6勝4敗
敗戦投手 望月潤一 4勝15敗
ジャイアンツ中尾とイーグルス望月の両左腕が結果は大きく違えど先発完投。
望月は、リベラの5打数4安打をはじめ、水原、川上、吉原、白石、中嶋らの強打者たちに、合計17安打、7得点され完敗。
イーグルスは貧打線を露呈し完封負けとなった。
ジャイアンツの中尾投手は、今年の新人であるが、安定したピッチングを披露し、ローテの一角を占めることになり、スタルヒンの投げ過ぎが緩和され、ますますジャイアンツが安定し、地力が盤石になってきた。
25回目
14年 イーグルスvs阪急 8回戦 8月19日 (土) 後楽園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 望月潤一
2 0 0 1 0 0 0 0 X 3 阪急 森弘太郎
勝利投手 森弘太郎 3勝1敗
敗戦投手 望月潤一 4勝16敗
24回目の登板は、対阪急8回戦。
阪急先発、森弘太郎は5安打4四球1三振でイーグルスを完封、望月は7安打3四球3失点2で完投するも敗戦。
ピッチングの内容として両投手とも大差はないが、望月は3四球が総て失点に繋がった。
それと、この日は雨が続いている週の合間を縫って決行された試合でその影響の明暗が、試合を分けた。
この雨でぬかるんだグラウンド上でイーグルスの敗因となる今でいう珍プレーを解説で伝えてくれており、親父も絡んでいるので以下抜粋しておきます。
『イーグルスは3回、先頭の清家忠太郎が左翼線にヒット、続く望月潤一の当りは中前に飛ぶがセンターフランク山田伝からの二塁送球に清家はフォースアウト、センターゴロとなって一死一塁、トップに返り岩垣二郎は中飛に倒れて二死一塁、太田健一が左中間を抜いて一走望月は三塁を回るがセンター山田から「8-6-1-5」と転送されて望月はタッチアウトでスリーアウトチェンジ。この場合センター、ショート、ピッチャーに補殺が記録されるのでこの回センターの山田伝は2補殺1刺殺を記録した。翌日の読売新聞によると雨のためグラウンドコンディションが悪く望月が脚をとられたため、最初は本塁突入を指示していた三塁コーチャーズボックスの森茂雄監督がベース直前でストップをかけたが望月がオーバーランして刺されたとのこと。』
イーグルスは、チームが負のスパイラルに陥ってしまったような状況であり、これでは、運も味方はしてくれない。
26回目
14年 ライオンvsイーグルス 8回戦 8月23日 (水) 後楽園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 5 3 0 0 3 11 ライオン 福士勇 菊矢吉男
0 0 0 5 0 1 0 0 0 6 イーグルス 望月潤一 古川正男 清家忠太郎
勝利投手 菊矢吉男 12勝13敗
敗戦投手 望月潤一 4勝17敗
三塁打 (イ)望月
本塁打 (イ)漆原 2号
ライオンズのエースの一人福士とイーグルス望月が先発。
イーグルスは、このところ4試合連続の完封負けと打撃の方もどん底状態で投手陣が踏ん張らない白星は遠い。
この試合では、4回裏、イーグルスに連打とホームランが、飛び出し久々に得点(しかも、5点)が入り、期待されたのも束の間、直後の5回表に望月は連打と四球、盗塁で崩れ、5点をとられ、振り出しに戻った。
そして続く6回表、安打と四球で1死1,2塁というところで望月は降板。
結果的に望月はチーム復調のきっかけをつぶしてしまったような形の負け試合となった。
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