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1939年親父の出場試合45

1939年親父の出場試合45

いよいよ、望月の職業野球の最後が近づいてきた。

45回目
14年阪急VS.イーグルス12回戦 11月11日 (土) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 阪急      石田光彦 高橋敏
0 0 2 0 0 0 0 4 X 6 イーグルス  望月潤一

勝利投手 望月潤一 6勝27敗
敗戦投手 高橋敏 17勝10敗

本塁打 (イ)岩垣 1号

1939年の望月の出場試合は、46試合と記録されています。

ですから、この試合は、最終試合の1つ前と言うことになります。

阪急の先発は、ローテ投手の一人、石田光彦。

まず、イーグルスが3回岩垣のプロ第一号と太田の四球と菅のタイムリーで、2点を先制。

阪急は、6回と8回に四球を絡めたタイムリーで、1点ずつの計2点をとり、同点とされたが、その裏、イーグルスは、岩垣のスクイズ、太田の2点タイムリーなどで計4点もの、十分な援護をもらえた望月は最終回を問題なく抑え、完投勝利を飾った。

この日の望月の投球を実況中継は、以下解説してくれている。

『 望月潤一は9回二死から西村に四球を与えるが最後は山田伝を右飛に打ち取り、6安打7四球1死球4三振の完投で6勝目をあげる。翌日の読売新聞は「望月は徹頭徹尾ドロップを用いて阪急軍に向かったがこれが鋭く曲り込んで頗る効果があった上に右打者の外角をつく直球にもスピードと“伸び”があって・・・」と伝えている。』

上記のように望月は終盤戦に入って、かなり、復調してきた感じだ。

最後位はホームの後楽園で、好投してほしいと願っていましたが、どうやら、その後楽園で投げ納めができそうです。

1939年親父の出場試合42、43,44

完封勝利の後、チーム3試合無得点で完投3連敗


42回目

14年 南海vsイーグルス 11回戦 10月29日 (日) 甲子園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 1 1 0 2 南海    宮口美吉
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 望月潤一


勝利投手 宮口美吉 10勝11敗
敗戦投手 望月潤一 5勝25敗

先回、ジャイアンツを久々の完封にねじ伏せ、シーズンもいよいよ終盤に差し掛かってきて、変化球のキレが戻ってきた感のある望月と南海の二番手エース、宮口美吉との投手戦となり6回まで両軍とも無失点。

7回南海は、四球で出たランナーを、粘り強く、進塁打で3塁まで進め、スクイズを成功させてついに1点を取った。

また8回には、鶴岡のタイムリーで2点目を挙げた。

宮口はイーグル、6安打1四球4三振、望月は南海を、5安打3四球2三振と両投手と
好投し、完投したが、宮口は完封で10勝目を挙げ、望月は、上記の2失点により、負け投手となった。

敗戦投手となったが、望月の投球内容自体はだいぶ復調してきたと思う。



43回目

14年 イーグルスvs金鯱 12回戦 11月3日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス   望月潤一
0 0 0 1 0 0 1 0 X 2 金鯱      中山正嘉


勝利投手 中山正嘉 24勝10敗
敗戦投手 望月潤一 5勝26敗


望月の43回目の登板は、11月3日の対金鯱12回戦の先発。

金鯱の先発は。エース中山正嘉。

10月20日のジャイアンツ戦の完封勝利で悪夢の連敗を断ち切った望月は、投球自体はほぼ
復調し、今回も4回と7回にエラー絡みで1点ずつの2点の失点に抑えて完投。

しかし、イーグルスは金鯱のエースに1回と3回に攻め、得点圏にランナーを進めたが、あと1本が出ず、また後半はしり上がりに良くなってきたエースの投球に抑えられ零封。

中山は、7安打1四球11三振の完封勝ち、望月6安打5四球3三振 2点完投負け。

実況中継解説は以下コメントしてくれている。

『望月潤一は8回を完投して6安打5四球3三振。望月はここ2試合完投して2失点1自責点、2失点0自責点であるが味方が1点も取ってくれていない。』





44回目

14年 イーグルスvs南海 12回戦 11月6日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 望月潤一
0 0 0 1 0 0 2 0 X 3 南海     劉瀬章


勝利投手 劉瀬章 8勝13敗
敗戦投手 望月潤一 5勝27敗


二塁打 (イ)中河、岩垣
三塁打 (南)中村


望月の44回目の登板は、対南海12回戦の先発、南海は劉瀬章。

両軍無得点のまま迎えた4回裏、南海は四球で出たランナーを盗塁と進塁打で3塁まで進め、劉がスクイズを決め、望月から1点をもぎ取った。

また、0−1のまま進んだ7回裏、四球の後、連打を重ねて2点を追加。

一方イーグルスは、再三得点圏にランナーは進めるものの、相変わらずタイムリーが出ず、1点も取れず劉に完封される。

望月は、好投とまでは行かないものの、失点3とゲームは作ったが、チーム無得点。

この状況を、実況中継は以下のように、解説している。

『 望月潤一は8回を完投して5安打8四球1三振。望月は10月20日のジャイアンツ戦で完封勝利を飾ったがそれ以降は3試合連続完投しながら完封負けを喫している。この3試合で25イニングスを投げて7失点で自責点は4点であるが味方が点を取ってくれない。』

これで、負け数が、ついに27になった。

負け数がこれで打ち止めであり、逆にこの後の終盤戦の登板が、ちょっと楽しみになってきた感じだ。

最後の完封勝利余話

最後の完封勝利余話

内容・・・職業野球実況中継より
『昭和14年 イーグルスvsジャイアンツ 12回戦 10月20日 (金) 西宮


0 0 0 2 0 0 0 3 3  8  イーグルス 24勝58敗1分 0.293 望月潤一  完封
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0  ジャイアンツ 60勝22敗3分 0.732 川上哲治 完投

勝利投手 望月潤一 5勝24敗
敗戦投手 川上哲治 6勝4敗

二塁打 (イ)山田、望月 (ジ)中島
三塁打 (イ)伏見』


余話
生前親父が職業野球時代の思い出を断片的に語った中で、この試合の内容を見て、その時の親父のコメントを2つほど思い出した。

1つ目は、1939年の親父の最後の年に触れたときは『この年のチームは点を取ってくれないんで、完封でもしないと、なかなか勝てなかったんだ。』 と言っていたこと。

2つ目は
戦後しばらくして、何かの機会で川上選手に会ったとき。『川上選手が 「もっちゃんには、ようやられましたわ。」と言ってくれた。』と嬉しそうに話していたことだ。

1つ目はこの試合までの13連敗の内訳が3失点まで(今で言うゲームを作った試合)が7試合あり、0−1で負けた試合が1試合、1−2、0−2の2失点で負けた試合が2試合含まれていることから、親父の脳裏にある印象として、上記のようなコメントになったものと思う。

2つ目は、打者川上選手との対戦で、先回の15失点完投負けのときに川上は5打数0安打、また、この試合は、1安打だけと川上にはあまり打たれなかったこと、また投手として、この日、望月、川上ともに完投し、8−0で望月が完封したことが、川上選手の記憶に残っていたのだと思う。


なお、この試合で職業野球実況中継より、週間MVPの2回目の殊勲賞を頂いている。

40回目

14年 阪急vsイーグルス 10回戦10月14日 (土) 甲子園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 1 2 0 4 8 阪急     石田光彦 高橋敏
3 0 0 0 0 0 0 0 0 3 イーグルス  望月潤一 亀田忠


勝利投手 高橋敏 16勝6敗
敗戦投手 望月潤一 4勝24敗


39回目の登板は、対阪急10回戦。

先回の15失点のゲームは、精神的にもかなり厳しい試合であったと推察されるが、この試合も初回、また、ショートのエラーの後、2塁打を打たれ1点を取られるなどで、先回の二の舞かと心配したが、この1点止まりで、切り抜けた。

その裏、イーグルスは、四球と太田のヒットなどで3点をとり、久々の勝ちパターンで先行し、勝利を期待したが、望月は、6回と7回に四球を出した後、タイムリーを打ちまくられ、3点取られて4−3と逆転を許す。

8回からは、亀田にマウンドを譲った。

その亀田も最終回に捕まり、四球と4本のタイムリーなどで追加点(4点)を奪われた。

望月は、これでついに13連敗となった。




41回目


14年 イーグルスvsジャイアンツ 12回戦10月20日 (金) 西宮


1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 0 0 2 0 0 0 3 3 8 イーグルス 望月潤一
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ジャイアンツ 川上哲治


勝利投手 望月潤一 5勝24敗
敗戦投手 川上哲治 6勝4敗

二塁打 (イ)山田、望月 (ジ)中島
三塁打 (イ)伏見


40回目の登板は、先回屈辱的な15失点敗戦をしたジャイアンツ12回戦。

相手の先発は、川上哲治、左腕同士の対決だった。

3回まで、川上、望月の両投手はともに無失点に抑え、迎えた4回表、イーグルスは、一死後伏見の右翼線3塁打の後、山田、岩垣、太田が3連続四球を選び押し出しで1点、菅の犠牲フライで1点と、2点を先制。

その後、2−0で迎えた8回表、イーグルスは先頭杉田屋四球の後、望月がタイムリー2塁打を放ち、3−0とし、その後も満塁からの押し出し四球等で2点を追加、5−0とする。

また、9回も一巡してまた、杉田屋が四球を選び、望月がライト前ヒット、その後タイムリーや犠牲フライでイーグルスは3点を追加し8−0とした。

川上の制球難絡みとは言え、待望の先制点と勝利に十分な大量点を貰った望月は、先回の15失点、そして今までの暗闇の13連敗の鬱憤を一気に晴らすように、優勝目前の最強打線を誇るジャイアンツを久々の完封でねじ伏せた。

これで、ようやく親父が、13連敗という悪夢から、解放された。

そして、この試合が親父の最後の完封試合であった。

実況中継は、当時の読売新聞の記事を抜粋しながら、以下解説している。

『 望月潤一はジャイアンツの最終回の攻撃を三者凡退に退けて3安打5四球3三振の完封で連敗街道から脱して5勝目をあげる。打っても5打数2安打1得点1打点の活躍であった。

 翌日の読売新聞の鈴木惣太郎の論評は「巨人軍が如何に望月を苦手とするとはいえ・・(中略)・・望月に完封され3安打の散発に甘んじ8-0の大敗を蒙ったのは惨めであった。」と書いている。

 ジャイアンツの3安打は三番千葉茂、四番中島治康、五番川上哲治の各1本であった。ジャイアンツがここまで独走している要因はこのクリーンアップトリオに続くアチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)と平山菊二の活躍に負うところが多い訳であるが本日は両名とも3打数無安打であった。』

1939年親父の出場試合38,39
 
38回目
 
14年 イーグルスvsセネタース 12回戦 107日 (土) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
イーグルス  望月潤一
0 1 0 1 0 0 0 0 X 2
セネタース  浅岡三郎


勝利投手 浅岡三郎 8勝5敗
敗戦投手 望月潤一 4勝22敗
 

38
回目の登板は、イーグルス対セネターズ12回戦の先発。
 
セネターズは、野口二郎の2番手で、浅岡三郎。
 
イーグルスの望月は、1回と4回に四球の後にいずれもタイムリーを打たれ、1点ずつの2点を許す。
 
一方のセネターズの浅岡は1回、28回と得点圏にランナーを出すが、イーグルスのタイムリーを許さず、4安打、3四球、6三振で完封する。
 
望月は、5安打5四球0三振2失点で完投するも、連敗(11)は続く。
 
 
 
 
39回目
14年 イーグルスvsジャイアンツ 11回戦1011日 (水)後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9

0 0 0 0 1 2 0 0 1 4
イーグルス 望月潤一
1 1 5 5 2 0 0 1 X 15
ジャイアンツ スタルヒン 中尾輝三

勝利投手 スタルヒン 37勝12敗
敗戦投手 望月潤一 4勝23敗
セーブ  中尾輝三 1
 
38回目の登板は、対ジャイアンツ戦だが、この試合は、親父の野球人生で最悪の試合となった。
 
親父は、プロ野球(職業野球)の記録でワーストの方で今でも球史に残る記録を3つほど持っているようだが、この試合がその不運を凝縮しているように思う。
 
1つは、シーズン最多敗戦のワースト2の27敗。
 
これは、今でも時折、目にするプロ野球記録で、同じチームの亀田とともにワースト2位タイ(1939年のこの年の記録)として)として残っている。
 
後は、シーズン13連敗と1試合15失点完投の2つでこれらは、ワーストかワーストタイ記録として残っているらしい。
 
いずれもこうした創生期以外にはありえない記録であり、今後もプロ野球の隠れた記録として残っていくと思う。
 
それら敗戦記録の当時の事情をこの試合内容が顕著に示しているようだ。
 
まず、この試合は、貧打拙守のイーグルスの中で一人好守好打で光っていた中河美芳が、憲兵の尋問絡みでか出場していない。
 
また、エースでスラッガーの亀田も何故か出場していない。
 
それらをカバーするためにピッチャーの古川をセカンドで起用するなど、苦しいやりくりをして、チーム力がさらに落ちている。
 
そこへ前の2試合を好投し完投するも打線の援護なく連敗を続けている望月が先発。
 
この試合の望月の調子は、今一つの状態でリベラ、中嶋、吉原らに長打を打たれたが、それに油を注ぐように内野陣のエラーが毎回続いた。
 
1回ショートのエラー)(2回サードのエラー)(3回セカンドのエラー)(4回セカンドのエラー)。
 
こうして、4回までに大量11点を失点し、事実上KOされたということで、普通ならピッチャー交代となる。
 
ところが、中河もおらず、ピッチャーの手薄な(というかいない)チーム事情から、結局、15点もとられながら完投せざるを得なかった。
 
職業野球実況中継は、この望月の1試合1投手15失点について、『ミケンズズルール』と言う昭和36年以降からプロ野球に採用された防御率計算方法について解説している。
 
この中でこの試合の親父の自責点は旧方式では11点だが、現在のミケンズルールでは6点となる。
 
これで親父の防御率を計算し直すと、1339年シーズンは3.01から、2.872点台にそして通算防御率は、3.02から2.90とこれも堂々の2点台へと修正される。
 
ともあれ、1試合15点取られながら完投する投手というか、状況は、今後も起こりえないと思うので、親父の名前は、ずっと記録として残っていくのだろう。
 
これで12連敗とまだ連敗記録も更新中。
 
 
 
職業野球実況中継の『ミケンズルール』解説

 グレン・ミケンズは防御率と連動する給与体系であった。公式記録で自らに記録された自責点に疑問を持ったミケンズは公式記録員に抗議するが却下された。しかし山内以九士公式記録員は独自に大リーグの記録等を調べた結果、ミケンズの主張が正しく自分たちの解釈が間違っていることに気が付き、昭和36年から日本でも正しい自責点が記録されることとなった。

 旧来、日本の公式記録では二死後失策があった場合にそれ以降の得点には自責点は記録されないと解釈されていた。しかし実際はアウトカウントに関係なくその失策が無かった場合にチェンジになったと判断された場合、それ以降の得点には自責点は記録されない。昭和35年の段階でグレン・ミケンズはこのルールを正しく認識していたが、日本の野球界は間違った解釈をしていたのである。

 1011日のイーグルスvsジャイアンツ戦で望月潤一は8回を完投して15失点を記録したが、スコアカードの望月の自責点の欄は空欄になっており、後から「116)」と書き足されている。

 旧来の日本野球界が認識していたルールでは望月の自責点は11になる。ところがミケンズルールに照らすと自責点は6となる。1回の1失点と2回の1失点は失策が絡んでいるので自責点にはならない。3回の5失点のうち1点は失策が絡んでおり自責点は4となる。5回の2失点のうち1点は失策が絡んでいるので自責点は18回の1失点は失策は絡んでいないので自責点1となる。

 問題は4回の5失点である。得点経過は、水原四球、千葉二失、中島の遊ゴロでランナーが入れ替わり一死、川上左飛で二死、リベラ2点タイムリー三塁打、平山中前タイムリー、吉原左越えツーランホームラン、中尾中飛でスリーアウトチェンジ。この場合、千葉の二失をイーグルスのセカンド古川正男がエラーしていなければ川上の左飛でスリーアウトチェンジになっていたはずであることから、この回の5失点は自責点ゼロとなる。したがって、3回の4自責点、5回の1自責点、8回の1自責点の合計6自責点となる。』

 
 

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