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 (アラスカまで拡販に行った営業マン)

営業責任者として語れるような実績を上げる事ができた東南アジア駐在時も開拓営業の時代だったが、USA駐在期間もUSA開拓時代の後半で、とにかく可能性があれば何処へでも飛んでいくぞと言う意気込みが満ちていた時代だった。

そんなLAオフィス駐在時代、あの北の果てアラスカから引き合いが舞い込んできた。補修用の引き合いで数量も少量だったが、売上が伸び悩んでいたLAオフィスにとっては、大事な引き合いであり、丁寧にサポートしていると、現行で使用していたUSAメーカーより、切り替えてくれた。

その後、そのカスタマーは、アラスカ州の補修用を一手に引き受けているディストリビューターであることがわかり、多機種少量だが、かき集めると年間10万ドルは超えるカスタマーに育っていった。

何しろ超寒冷地であり、我々の商品の特殊事情もあり、通常地域の3倍の容量のものに切り替えないと、この地では使えないと言う事情もあり、補修部品に切り替え時は容量3倍、価格は5倍-10倍の商品を買ってくれており、利益率も十二分にあった。

カスタマーとの会話の中で、

「機会があったら、ぜひ、一度来てください。」

「チョッとアラスカまでは遠すぎて。シアトルにはよく行きますけど。」

「シアトルまで来てるんだったら、もう1フライト、次のシアトル方面のスケジュールにアラスカも組 み込んでください。」

「考えておきます。」

ということになり、フライト料金を調べたら、シアトルまで行けば、アラスカ往復は高くないことがわかり、次のシアトル地域訪問スケジュールに組み入る事にした。

そして、確か2−3週間後、シアトル地域のカスタマー訪問の後、アラスカエアーラインでアラスカ州アンカレッジに向かった。

時は11月下旬、訪問時期を間違えた事にまったく気付いていなかった。

服装は、年中最適温度に近いシアトル訪問の後だったので薄手のジャンバーコート。それでもカシミアのマフラーを持って行ったのは、多少寒さを意識しての事だったか?

夜の7時ごろ空港に着くとわざわざカスタマーが、御夫婦で迎えに来ていて、特に奥さんがニコニコしながら本当に嬉しそうに対応してくれるという異例の歓迎を受け、私は恐縮しきりだった。

御夫婦はその足で私をアンカレッジにある数少ない日本食レストランに連れて行ってくれた。

居酒屋風の店で料理も美味しかったし、女将さんがニコニコと人恋しそうに親切に対応してくれたように記憶している。 
 
その後、そのカスタマーが予約してくれたホテルまで送り届けてくれホテルのラウンジで1時間ほど談笑し、明朝のピックアップの時間を約束し帰って行った。

私は思わぬ歓待に感激しながらも建物から車への移動時の外気に接して、防寒が明らかに不十分だった事に気付き準備不足を後悔していた。

この時期のアンカレッジの夜はマイナス10度を下回っており、顔が凍ってしまいそうな異様な寒さだった。

カシミアのマフラーが、値千金の働きをした。

次の日の朝のピックアップは9:30とのことでチョッと遅いように思ったが、朝起きてみて理由がわかった。

9:00になってもピックアップの9:30になっても、外は真っ暗なのだ。

その日、オフィスでの打ち合わせ、作業場の見学、昼食を挟んで付録としてアンカレッジの市内案内、空港への見送りとその日一杯、カスタマーがサプライアーをフルアテンドしてくれると言う主客転倒の日程になっており気が引けたが、あまりにもカスタマーが楽しそうに昨夜同様奥さんまで連れてきたのでお任せすることにしていた。

そのフルアテンドの都合上9:30のピックアップがベストタイミングだったようで、オフィスでの打ち合わせを終えた11:00前頃に、やっと回りが明るくなっていた。

その頃、広い西部地域担当という事で月の内半分以上は、営業活動に飛び回っており、その多忙な中でついでに立ち寄ったアンカレッジであり、時差のあるところは、チェックしていたが、日照時間とかは、まったく事前知識もなく、シアトルの隣町に行くつもりでやってきてしまったので、遭遇する全ての出来事が、別世界の不思議な現象のように思えた。

この日の出時刻、を待っていたように、アンカレッジの町全体が急にアクティブに動き出し、道路も混雑し始めた。

我々は午前中に仕事を済ませて、正午前にはこの日カスタマーが予約したと言う日航ホテルの最上階にある展望レストランへと向かっていた。

12:30頃にその展望レストランにつき、案内されるままにテーブルに向かったが、そこには、カスタマーの親戚、友人夫婦4-5組がすでに席についており、カスタマー夫婦は私を一組一組に紹介して回った。

それから、ワインで乾杯しディナーのようなランチが始まった。異様な光景ずくめの私は、戸惑いを隠せなかったが、その食事中の歓談の中でその理由が理解できた。

まず、ビジネスがあるとは言え、本土の営業マンがアラスカの僻地まで訪問してくることはめったにないことだそうで、カスタマー周辺では今度やってくる営業マン(しかも日本人)の話で持ち切りになり、ぜひ会いたいという人が多くいてその中で員数を絞ったのが今日のメンバーだそうだ。

それと特に冬場は日照時間が短く(この時期は5時間半ほど)、ランチが一日の中心で、人が集まるのはこのランチ時になること。

また、この冬場の時期は本土からの訪問客も少なく、みんな一様に人恋しくなり、本土の情報にも飢えているので、こういう機会があれば、みんな参加したがるようだ。

そのランチは、和気藹々と本当に楽しそうに私にいろんな質問をしながら、それを膨らませて談笑し、いつ終わるともしれない雰囲気だったが私のフライトの時刻もあり、1時間半位でお開きとなった。

帰り際にホテルの展望ラウンジから改めて眺めたアンカレッジの町とその向こうに聳え立つマッキンリー、それに連なるロッキー山脈の澄み切った鮮やかな風景は圧巻だった。

夕暮れが近づいているような少し赤みがかった景色だったが、時計をみたら、まだ、午後2時を過ぎたところだった。

それから、空港に行く途中アンカレッジ最大のショッピングモールに立ち寄ったが、車はエンジンをかけたまま、ロックしてショッピングにいけるような特種仕様になっており、何故かフロントに大きな充電用のプラグが付いていたように記憶している。

この地では、極寒での電池性能の維持対策が生活の死活問題であるようだ。

午後3時と言うのにすっかり暗くなってしまった空港までの車中でカスタマーが自分達夫婦のアラスカに住み着いた理由を語り始めた。
 
しかし、核心部分は言えないとのコメントだったので結局その理由は分からなかったし、今では枝葉の部分も思い出せないが、身の引き締まるような重い内容だったことは確かだ。

住み着いた理由の重さは、この日ランチで同席したそれぞれの夫婦にもあるとの事だった。

アラスカ最大の都市アンカレッジといっても郊外の人口を入れても27万人(州人口約60万人)。

考えてみるとアメリカ本土から飛び地になっている極寒の地で、生活するのは厳しいに違いない。

それでもこの地に移り住もうと決めた理由は、決して軽いはずがない。

カスタマー夫婦とはこの2日間ですっかり友達のように親しくなり、今度は夏の最高の季節に訪問することを約束し別れたがニコニコしながらも涙を浮かべていたご夫婦の顔は未だに忘れられない。

その後、結局、真夏の訪問は実現されないまま、帰国することになったが、私の記憶にこのアラスカ訪問は、別世界に一泊旅行してきたような不思議な光景としてはっきりと残っている。

また、その後、我々の事業体で現地人セールスを含めて営業活動でアラスカに行ったという話は聞かない。

従い、私が最初で最後?の(アラスカまで拡販に行った営業マン)と言う事になる。



(この記事は、2007年12月25日に3回に分けて投稿した同じ話題の記事を 手直しし、1つにまとめたものです。)

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