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・母の80年 (3/5)
(終戦後、父との出逢い)
繰り上げ卒業した後、東京大空襲で一緒だった親友ともにあの戦後のどさくさの東京に留まりアルバイトのような職を見つけながら、暮らしていたようだ。(終戦前後の話は母から一連の経過として聞きそびれてしまったので推測の話。)
どんなアルバイトをしていたか明確ではないが、女性の参政権に関する集会行事のアナウンサーや選挙のウグイス嬢もしていた事があると断片的に聞いている。
私が言うのも何だが、母は長身美形であり、田舎の女学校ではあるが、級長を通した昔風に言うと才女であり、その自信で東京の都会でも、物怖じせず、積極的に何でもチャレンジしていたようだ。
その中で某大手建築会社の現場事務の仕事を友人と一緒に見つけ、何とか潜り込んだ。
そこで父との出逢いがあった。
その建築会社はノンプロの野球チームを保有しており、父は戦地から終戦により、帰国し、プロ野球に戻ろうとしたが、戦後の復興期で人手も多く必要で生活するのに条件がよかったそのノンプロのチームに入った。
仕事も建築現場のまとめ役として、かなり羽振りよく働いていた。
お互い感じるものがあったようですぐ親しくなった。
まだ、終戦後、間もない時期であり、デートコースと言ったシャレた場所もないので、父は母と母の親友のふたりをよく食事に連れて行った。
あの時代は日本はまだ混沌と貧困と食糧難が続いていたが、それでいて戦争から解放された自由な明るさがあった。
この頃の父が撮ったスナップ写真が結構残っていて、まだまだ、バラック建ての東京の街の風景とともに写っている母や友達、また父は本当に楽しそうな顔をしている。
父も母もその友達も大正生まれ。
戦争でもぎ取られた一番楽しいはずの青春時代をやっと終わった戦争の開放感の中で急いで取り戻しているようだ。
この恋愛時代が1年余り続いたと推測するが、やがて父と結婚し、父の実家と会社の社宅にしばらく暮らしていた。
<続>
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