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親父のプロ野球初登板の実況 久々に私の親父について書きます。
というのは、親父の在籍した創生期のプロ野球時代の公式戦スコアブックのコピーを昭和12年から24年までを最近手に入れた日米野球研究家がおられ、それを解析して主だった試合を実況風に記事にしていらっしゃる。
其の方が親父の初登板の試合を偶々記事にしておられ、どこから調査したのか、私のブログに連絡してくれました。
有難い話であり、感謝、感謝です。
早速その実況記事を観させていただきました。
以下がその記事の内容に基づいた私の感想です。
123456789 計
巨人 100000320 6
イーグルス 000000000 0
巨人 スタルヒン 1勝 完封
イーグルス 望月 1敗 完投
日時 昭和12年4月15日(木)
場所 洲崎球場
何と対戦相手が巨人で、投げ合ったのがスタルヒンとは、びっくりしました。
さてここからが、本当に私が知りたいところです。
まず、6対0の一方的な試合でスタルヒンは完封、親父は完投しています。
打たれたヒットがスタルヒン3本、親父が5本。
のちの大投手スタルヒンは、イーグルスを3被安打3四球6三振と初勝利を完封で飾った。
一方の親父はどうか。緊張したのか10四球も与え、ボークも1回とこれでは話にならない。
プロに必要なコントロールがない事は明らかで、これからの鍛錬が待たれる。
しかし待てよ、失点6なのに自責点が僅かに1.
被安打は内野安打1本を含めて5本。
後の5点は、守備陣の4つの致命的なエラーが失点になった。
この試合を終えて巨人は7勝3敗、イーグルスは2勝8敗。
巨人は沢村、スタルヒンの2本の大黒柱がおり、野手も水原、白石ら錚々たるメンバーで構成された完成度の高いチーム。
一方イーグルスは、創生期に急造でかき集めた出来立ての未完成チーム。
大方の予想通りの結果となった。
この1戦の後、今度親父が先発投手として登場するのは1年半後の昭和13年の秋シーズンとなる。
この間に親父はプロとして必要なボール半分が出し入れできるコントロールを鍛錬によって身につけていったようだ。
プロ野球のコントロールの重要性についての親父のコメントを思い出した。
「新人の時はコントロールもいい加減だったので、球が散って返って打たれなかったが、中途半端にコントロールが出来てきた頃は、ポカスカ打たれた。それで懸命に練習してボール半分のコントロールが出来るようになったのと元々得意球のドロップに磨きをかけてから、抑えられるようになった。」
余談になるが、親父の決め球は当時のマスコミから「懸河のドロップ」と言われた縦に大きく曲がるカーブだ。
この決め球に親父は相当自信を持っていたようで「この球を投げると殆ど打たれなかった。」と得意そうに笑っていたのを思い出す。
実は私もまだ夢のあった小学生の時に親父からこの決め球の握り方を教わり、よく練習したものだ。
カーブの握りを深くして親指の付け根を返すように体全体を使って投げるのだが、上手く付け根にかかると相当大きく(ドロップ)する。
但し、腕や肘にも相当負担がかかるのでここぞという時の決め球だけに使っていたようだ。
ともあれ親父のプロ野球初登板は、自分自身のノーコンと味方の拙守により、不要な点を相手に与えて完投負けという結果になった。
しかし、親父にとってはスタルヒンと自分はどこが違うかが、浮き彫りになった形で、今後プロとして生きていくために何を身につけなければならないか、という大きな課題が明確になった貴重な初登板だったに違いない。 |
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2010年05月11日
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