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息子の結婚
先日、地元に就職していた長男が結婚した。
職場で知り合って数年間付き合った後、ゴールイン。
親の我々も何度か一緒に食事をしたり、気心も知っており何となくその娘さんと一緒になるのではと期待も込めて見守っていた。
二人の間には、色々と波もあったようだが、結局、結ばれることになり、非常に良かったと喜んでいる。
人生これからが本番であり、様ざまな波が押し寄せてくるとは思うが、二人で力を合わせて乗り切っていって欲しいと願っている。
今は新婚旅行中であり、戻ってきたら、いよいよ自分の家庭を持つことになる。
言いかえれば私の家庭から卒業したのだ。
そう考えていると生まれた時からのこの子と係わりが思い出されてちょっと感慨深いものがある。
予定より一ヶ月近く早く生まれてしまい、2600gと小さなしかし元気な赤ちゃんだったこと。
そしてこの子が生まれて約2ヵ月後に、私が米国駐在となり、家族呼び寄せまで9ヶ月近くかかった為、アメリカでの再会時の私は、この子にとっては、(見知らぬおじさん)であり、赤ちゃんながら観察眼の鋭い目がそれを語っていた。
その後、その(見知らぬおじさん)からお父さんに昇格するまではかれこれ半年近くかかったように記憶している。
また、家内は次男を米国で出産し、その際、産後2日間だけ病院に入院していた。
その時、初めて私と2歳になったばかりの長男が水いらずで二晩ほど過ごした。
慣れない子供と二人だけの時間を、色々な気を目一杯使いながら、食事の支度や就寝の準備をしていた私に、口の早かったこの子は、
「僕なんでも食べられるから、大丈夫だよ。」
「僕は大丈夫。一人でもちゃんと寝られるから。」
と、なれない子供の世話に気が動転している私にびっくりするほど大人ような気配りを見せたのには驚いた。
また、親が転勤族だったため、中学校までは米国、日本、香港、日本と国を跨って何度も転校を余儀なくされ、折角馴染んだ友達との別れの辛さ、新しい学校での溶け込むまでの気苦労をさせてしまったことは、親として心苦しい思いだが、その分順応性と視野の広さを身につけたようだ。
そんな持って生まれた特性と転勤族の子供として身に付けた術を生かした職種(ホテルマン)を選んだのは、自分をもよく観察している証拠だろう。
そのお陰で、不規則な勤務にも関わらず毎日、生き生きを働いている姿は親として最高に嬉しい事だ。
そして、この度結婚と言う人生の節目を迎えた。
披露宴で落ち着き払い、自信に満ちた挨拶をしている息子の横顔は、バトンを受け取り、加速し始めた駅伝走者の面構えをしていた。
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