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36 回目

14年 名古屋vsイーグルス 10回戦 9月24日 (日) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 0 5 0 0 7 0 7 0 21 名古屋   西沢道夫 松尾幸造 大沢清
2 1 2 0 2 0 0 0 0 7 イーグルス  亀田忠 望月潤一 清家忠太郎 古川正男


勝利投手 大沢清 3勝5敗
敗戦投手 望月潤一 4勝20敗

この試合は,好調名古屋打線が、一気に爆発した感のある試合だった。

イーグルスはエース亀田が先発したが、3回までに名古屋7−イーグルス5と乱戦模様となり、4回からイーグルスは望月がリリーフ。

4回5回と無失点に抑えたが味方が5回裏2点を入れ、7−7の同点に追いついた6回表、1死後、名古屋打線に捕まり、5連打を打たれ降板、清家が急遽リリーフしたが、清家も四球を挟んで3連打されこの回一挙7点の14−7となった。

清家の後、古川がリリーフしたが、8回には、服部、三浦の2ラン本塁打等も交え7点を加え、21点を挙げ後半は名護屋打線の好調さを物語る、一方的なゲームとなった。

勝ち越しを許した望月は、亀田に続いて20敗目を喫した。




37 回目


14年 ジャイアンツvsイーグルス 10回戦9月30日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 ジャイアンツ 中尾輝三
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス   望月潤一


勝利投手 中尾輝三 10勝4敗
敗戦投手 望月潤一 4勝21敗

36回目の登板は、ジャイアンツとの10回戦の先発。

ジャイアンツの先発は、左のエース中尾輝三。

望月はジャイアンツを、一回と二回、また四回と六回に四球と安打で、走者を出すが内野手の攻守に助けられたこともあり、七回まで強打線を無得点に抑える。

しかし、八回2死二塁で盗塁の際、キャッチャーが悪送球で、ランナーがホームを踏み一点をとられた。

一方、ジャイアンツの中尾は、イーグルスを得意としており、イーグルスは、これといったチャンスも作れず、結局中尾に三度目の完封負け。

実況中継解説者は、当時の読売新聞の論評を抜粋し、望月の様子を以下伝えてくれている。

『・・望月潤一は9回を投げ抜いて2安打10四球2三振1失点、自責点はゼロのピッチングであった。翌日の読売新聞は「捕手の暴投一個に稀に見る望月の好投も報いられず1対0に惜くも試合を失った・・・望月はインドロップを鮮やかに使い分けて徹頭徹尾巨人軍の打力を封じた。」と伝えている。』

望月は、ジャイアンツの強打線を決め球のドロップを駆使して失点1に抑えたが、自軍が無得点では勝利は望めない。

長く勝利の味は忘れてしまったが、実況中継の週間MVPでは、この登板で敢闘賞を頂いている。




*余話(職業野球実況中継より)


1)どん尻イーグルスに対するファンの反応(1939年)

この年、29勝65敗2分、勝率.309とどん尻の最下位、親父もこの時点では10連敗中と好投した試合も打線の援護なく敗け試合となる状態が続いている。

観客の反応は、さぞ冷ややかなものであろうと覚悟していたが、10月1日のイーグルス対南海10回戦(亀田先発)の実況中継の中で、以下後楽園ファンの様子を解説してくれている。

『この年(1939年)の読売新聞によると「任侠の東京ファンが弱勢イーグルスに寄せる同情声援の嵐は随所に起りとりわけ最終回山田が四球に出て中河の三ゴロに二進して高須の中堅安打に中堅手の失策が出て1点を返した時その頂点に達した。」とのこと。』

この年のイーグルスは、前年まで攻守の大黒柱だったハリスが帰国し、大きな戦力ダウンで殆ど補強ができないままシーズンを戦い、シーズン半ばからどん尻を独走していた。現在ならば、野次と怒号の飛びかい卵でも投げつけられそうなファンの反応になっても仕方のないところだが、上記の有難い(任侠の東京ファン)の声援が、こうした苦しいチーム状態で諦めず投げ続ける親父の大きな心の支えになった事は、間違いない。
  

2)兵役について

以下、職業野球実況中継『中河美芳、謎の休場』の記事全文
『昭和14年開幕から8月27日まで全試合に一塁手或は投手としてスタメンで登場してきた中河美芳が9月に入って突如として姿を消しました。10月1日に代打で約1カ月ぶりに登場しました。この間、読売新聞には中河に関する報道は一切ありません。
 当ブログではこの間中河が憲兵隊に尋問を受けていたのではないかと推測しています。

 当時の職業野球選手の多くが兵役を免除されるため夜間の大学に籍を置いていました。当然憲兵隊から目を付けられる訳で、そのターゲットとなったのが当代随一の人気選手であった中河美芳です。中河が憲兵隊の影に怯えていたことは各種資料からも確認できます。

 これまでも何人かのプロ野球選手が応召していますが、昭和14年を最後に兵役に就く選手が激増します。一般人の兵役逃れを牽制するには有名人を徴兵するのが手っ取り早いと判断したのであろうことは容易に想像できます。体力にも優るプロ野球選手がターゲットとなるのも当然だったのでしょう。

 読売新聞の記事も徐々に軍国調になっています。プロパガンダにマスコミを利用するのは当然のことでしょうが。ドイツの「プロパガンダの天才」ゲッペルスの手法を日本でも導入していたようです。今では信じられないことですが、当時の日本人はナチスドイツに傾注していった訳で、約1年後に日独伊三国同盟が締結されることとなります。』


望月潤一も、この年を終えて、翌年兵役につきましたが、息子の私は、親父は応召されたと思っていましたが、先日、姉と話している際に「(俺は、志願兵だぜ)と父さんが言っていた。」とのこと。

志願兵だったとは、理解しがたいものがあったが、前述の“職業野球実況中継”の記事にある中河選手の当時の事情を考えると、親父もマークされ、何らかの圧力を受け、応召される前に志願兵となったのではと、推測します。

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