生業の足跡

[ リスト | 詳細 ]

入社以来、営業畑一筋の経験と意気込みで成し遂げた一仕事。
記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]

生業の足跡2

サラリーマンや自営業に係わらず、40年余の仕事人生の中で、懸命に仕事をしてきた人は、やがて体力、能力、経験、気力とも充実して、実質的に一番仕事の出来る時期を迎えるものだ。通常経験年数、体力、気力とのバランスが取れているとされる脂の乗り切った旬年齢は、30−40代前半とされる。

私の場合、正に東南アジア開発営業時代が、この旬年齢と上手く重なった感がある。 前振りが長くなってしまったがUSAでの原因不明の体調不良も癒えたころ、香港、台湾へ出張する機会があり、東南アジア市場の実態とそのポテンシャル、そして我々の営業組織の実態を見ることが出来た。        

今から大きく膨らむであろうこの地域の可能性、それに比較した我々販売部門の立ち遅れに時代の成り行きとして今から私がやるべき仕事がはっきりと見え、その事への挑戦意欲と使命感を強烈に感じた。  

そして、その後すぐ上司を説得し東南アジア担当に変えてもらった。それからいよいよ東南アジア開発営業へと突き進む。当時、我々の事業のアジアの販売網は、僅か香港に、他グループのオフィスの軒先を借りて駐在員1名をしかも香港のローカル販売に限定して活動させていたに過ぎず、後は日本からの出張対応でフォローするという、販売網がないに等しい状況であった。                 

そこで当面、日本からの営業活動を続けながら、東南アジア全域を回り、この地域の販売組織、体制構築の構想を練った。 

生業の足跡1

先回、私の復活に案外ずっとやってきた仕事の心構えが役立ったと書いたが、話が出たのでこの際、自分自身の仕事の実績(何をやったか、残したか。)を書いてみたいと思う。             

入社してから、すぐ営業部門に配属され、1年国内営業見習、2年海外営業見習、4年目よりアメリカ駐在、1年アメリカ営業見習と4−5年は実質修行期間。6年目からアメリカ北東部2年、西部地域全域3年と地域営業の責任者として各地域の販売シェアを3−5%は伸ばした。             

そして西部の営業責任者をやりながら、所属する事業本部のアメリカ現地会社設立の実質動ける黒子役としてフル回転、半年ほどは1日も休んだ記憶はなく、結局、この時の無茶が身体に響いて体調を壊す。

営業実績の方は、上司、諸先輩が主役で私の貢献度は1部だがアメリカ全体でこの6年間売上、シェアとも倍倍ゲームで伸ばすことが出来た。私の諸先輩は見習うことの多い優秀な人達ばかりだ。       

アメリカ時代は残念ながら、体調が戻らず帰国。日本の海外営業部門に勤務しながら、1年ほど体調回復をはかり、いよいよ、私の桧舞台となる東南アジア地域の開発営業の開始となる。         

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]


.
トム&龍馬
トム&龍馬
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事