徒然雑感

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想いつくまま、気の向くままに。なんでもかんでもネタにして。
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パソコンまだ不調

パソコンまだ不調。

パソコンを1回、初期化して情報を入れ直し、それでしばらく様子を見るようにとの、その筋のアドバイスを受け、様子を見ていたのですが、また、インターネットに繋がらなくなりました。

どうも本体の問題のようです。

と、まあ、この種のトラブルは、非常に弱い私は、困っているのが、現状です。

もうしばらく、時間がかかりそうです。

今、パソコンが不調

今、パソコンが不調です。

ここ一週間前から、マイパソコンが不調で修理が必要なので、ブログの更新はしばらくは、出来そうにありません。

千年に一度、日本観測史上最大の地震!!

昨日昼過ぎ、東北沖にM8.8の国内観測史上最大の大地震が起こった。

それによる大津波が、時を置かず東北地方沿岸に押し寄せ所によっては、沿岸にある家や車等全てを飲み込んでその残骸と共にさらに新たなそれらを飲み込んで進んでいった。

消化限度を超えた工場火災は勢いを増すのを止められず、燃え尽きて下火になる時を待つ事が最良消化の術となった。

十数時間たった今でも、その余震かまた新たな地震かは不明だが、東日本と長野等にもM6級の地震が発生している様子で、まだ今回の地震は終わっていない。

先ほど、日本の全沿岸地域に津波警報、または注意報が出されたとの事で、全国に影響を及ぼしている。

今後しばらく何処に何が起こるかわからない。

何でも複数の震源域が連動して起こっている千年に1度、阪神・淡路の180倍もの規模の大地震だと言う。

まだ、地中で連動した震源が全国どの地域を襲ってくるかはわからない状況だ。

死者、行方不明者がすでに1,000人を超えた。

まず、今、我々が一人一人がやらねばならない事は、考えられる限りの地震災害対策だ。

自分のことは自分が守る。

そして落ち着いたら、阪神・淡路大震災で学んだように 起こってしまったとことを考えるより、今出来ることを前を向いてやっていくこと。

今日、明日に目を向け、希望を持って1日1日をしっかり生きていくことだ。

3月10日、東京大空襲の日

今日3月10日はあの東京の下町が、一夜にして焼け野原となり、実に10万人もの民間の人々が、犠牲になった東京大空襲の日だ。

66回目の慰霊法要を迎え、各メディアが、それぞれにこの大空襲に遭遇したが運よく生きのびた人々のコメントを掲載しているが、その悲惨さは我々の想像を超えたものだったようだ。

とにかく、冬が終わりかけの乾燥した空気に春先の強い風が重なり、空襲開始から、短時間で見る見る下町の至る所が、炎の海となり人々は逃げ惑いながら、炎と熱と煙に巻き込まれて死んでいった。

避難場所や防空壕も役に立たず、集まった人が折り重なるように焼け焦げて死んでいる情景は正に地獄絵のようだった。

東京大空襲と言うと私的には、母が正にこの時、東京の下町の学校の寮に住んでいてこの大空襲をまともに体験した。

以下、その時の様子を書いた私のブログ記事(2008年2月) があるので再掲載してみます。
――――――――――――――――――――――――――――
(我が家の戦時中の話)

先般観た映画(母べえ)は、戦争中の東京に住む家族の話ですが、昨年亡くなった私の母も関西の田舎から東京の女専(大学)に進学し、大戦後半の戦時中、学校の寮に住んでいた。

そしてあの東京大空襲にまともに遭遇した。その時の母の話は次のようなものだった。

連戦連勝の戦局を伝える統制報道も流石に虚飾のネタも尽き果て内容が淡白になり、配給も滞りがちで、一般国民の間にも何か深刻な変化が感じられるようになっていた春先。 

学校は休みに入っていたが、その寮には、実家が遠くて寮に居残っていた幾人かの寮生が寝泊りしていた。母は、親友の同級生が満州に実家があり帰れない事にも配慮し寮に居残っていたようだ。
 
夜、就寝してすぐ警報で叩き起こされ、準備をして暗がりに外へ出た頃、既に空襲は始まっていたようで、非常時に確率的に安全と、国によって指定された避難場所を目指して親友と二人で急ぎ走り出した。
 
しかし、すでにあちこちに焼夷弾が落とされ、炎と突風の中、逃げ惑いながらの事であり、目的地には程遠く、機銃掃射のけたたましい音に途中で親友が耳をふさいで放置されていたトラックの下に潜り込んだきり出てこなくなった。

何度も呼び掛けたが怖くて動けない様子で、その内、母も避難場所に行った所でどれだけ安全かと思い、変に落ち着いた気分なり, 「○○ちゃん、どうせ行たって同じような気がするから、ここに居ようか。」と言ってそこに座り込んだ。

程なく親友も這い出して来て一緒に座り込んだ。それ以降、母は運を天に任せたような開き直った気持になり、ずっと焼夷弾と機銃掃射で断続的に光る夜空と周辺の光景を二人で眺めていたと言う。

時折、道行く人に一緒に逃げるように促されたが二人ともそれには答えず、ずっと座り込んだまま。

それから何があったかは母から聞いていないが、二人とも生き延びた。「結局、それがよかったのよ。避難場所に向かった人達は大分やられたのよ。」との事だから、その座り込みが運命を左右したようだ。何が幸いするかわからない。

その空襲で10万人以上が亡くなられたので、恐らく母もその惨状を目の当たりにしているのは間違いないが、母もまた戦争に行った父同様、その光景を子供に語ったことは一度もない。

念のため、その女専の場所と歴史を調べたら、東京の中央区に立地し、1945年に東京大空襲に遭い、学校自体が終戦直後の9月に姉妹校に移転したとある。恐らく、校舎が壊滅的な状態になったのではと思う。

――――――――――――――――――――――――

今、改めて母の回想を読んでみると本当に運がよかったんだなとつくづく思う。

結局、ジタバタしても同じだと開き直って覚悟が出来たことが、自分を助けたのだ。

運命とは判らないものだ。

息子の結婚

息子の結婚


先日、地元に就職していた長男が結婚した。

職場で知り合って数年間付き合った後、ゴールイン。

親の我々も何度か一緒に食事をしたり、気心も知っており何となくその娘さんと一緒になるのではと期待も込めて見守っていた。

二人の間には、色々と波もあったようだが、結局、結ばれることになり、非常に良かったと喜んでいる。

人生これからが本番であり、様ざまな波が押し寄せてくるとは思うが、二人で力を合わせて乗り切っていって欲しいと願っている。

今は新婚旅行中であり、戻ってきたら、いよいよ自分の家庭を持つことになる。

言いかえれば私の家庭から卒業したのだ。

そう考えていると生まれた時からのこの子と係わりが思い出されてちょっと感慨深いものがある。

予定より一ヶ月近く早く生まれてしまい、2600gと小さなしかし元気な赤ちゃんだったこと。

そしてこの子が生まれて約2ヵ月後に、私が米国駐在となり、家族呼び寄せまで9ヶ月近くかかった為、アメリカでの再会時の私は、この子にとっては、(見知らぬおじさん)であり、赤ちゃんながら観察眼の鋭い目がそれを語っていた。

その後、その(見知らぬおじさん)からお父さんに昇格するまではかれこれ半年近くかかったように記憶している。

また、家内は次男を米国で出産し、その際、産後2日間だけ病院に入院していた。

その時、初めて私と2歳になったばかりの長男が水いらずで二晩ほど過ごした。

慣れない子供と二人だけの時間を、色々な気を目一杯使いながら、食事の支度や就寝の準備をしていた私に、口の早かったこの子は、

「僕なんでも食べられるから、大丈夫だよ。」
「僕は大丈夫。一人でもちゃんと寝られるから。」

と、なれない子供の世話に気が動転している私にびっくりするほど大人ような気配りを見せたのには驚いた。

また、親が転勤族だったため、中学校までは米国、日本、香港、日本と国を跨って何度も転校を余儀なくされ、折角馴染んだ友達との別れの辛さ、新しい学校での溶け込むまでの気苦労をさせてしまったことは、親として心苦しい思いだが、その分順応性と視野の広さを身につけたようだ。

そんな持って生まれた特性と転勤族の子供として身に付けた術を生かした職種(ホテルマン)を選んだのは、自分をもよく観察している証拠だろう。

そのお陰で、不規則な勤務にも関わらず毎日、生き生きを働いている姿は親として最高に嬉しい事だ。

そして、この度結婚と言う人生の節目を迎えた。

披露宴で落ち着き払い、自信に満ちた挨拶をしている息子の横顔は、バトンを受け取り、加速し始めた駅伝走者の面構えをしていた。

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