|
外国に初めて住んでみて、そこに懸命に溶け込んでいこうとするトライアルの期間には、誰しも懸命にやるが故のちょっと恥かしいエピソードの一つや二つは、経験していると思う。
私の場合は性格上、その数が少し多かったかもしれないが。
以下の話も、その一つ。
この話を宴会の席で小話の1つとして、しゃべったら何故か好評で、別の宴会でもリクエストが多々あったが、説明している本人は何故好評だったのかは、未だによく分かっていない。
その話は宴会の席で聞いていた先輩から、(カラハンストーリー)と勝手に名付けられた。
・カラハンストーリー
それは私が、ニュージャージーに駐在して1年半ほど経ち、ようやくアメリカの生活にも慣れ、また、営業の仕事もその少し前から既存のレギュラーカスタマーの担当を任せてもらえるようになり、これで何とかアメリカでやっていけそうな自信が芽生えてきた頃の話だ。
丁度その頃、3ヶ月ほど前に同じ部門の新しい駐在員が赴任してきていた。
それで順送りの慣例に従って一番新しい先輩の私が、新米駐在員の世話係になり、公私両面において一人で活動できるようになるまでの3−4カ月間ペアで行動していた事の多かった時期だ。
会社近くの道路端にカラハンという店名の当時アメリカでは珍しいホットドッグのチェーン店が出来たので、早速その新米駐在員とランチを食べに行ってみた。
ハンバーガーショップは三日に明けず通っているがホットドッグ店は初めてなので、ちょっと店内の様子を覗ったが、ハンバーガー店と同じようなシステムのようだ。
店の中央のオーダーカウンターの真上に美味しそうなトッピング一杯のホットドッグの写真が大きく掲示されていた。私は、
「うまそうやな」
と同じように店内を見回していた新米に言いながら、その写真の方に近づいて行った。
丁度、その美味そうな写真の真下にカラハンスペシャルとあり、その下に2−3種類のメニューが書いてあるようなので、
「味試しに、ここのオリジナルメニューをオーダーしようか。」
と新米にいい、カウンターの向こうの眼鏡をかけた小太りの女性店員に話しかけた。
「あのー、カラハンスペシャルをオーダーしたいんですが。」
とその店員に言いつつ、下のメニュー欄をみたら、(カラハン ホット、カラハン T−○○○・・)と書いてあったので咄嗟に
「カラハン、T−サムシング?? あれ、あの2列目の・・」
と見慣れないメニューを指さしながら、何とかオーダーした。
続いてフレンチフライとコークをオーダー。
すると「それで本当にいいんですか?」とその店員。
質問の意味を理解しかねたが、ここは新米に手慣れた振舞いを見せねばならないと
「もちろんそうだよ。何を言ってるんだね!」
とさっきから動きの鈍そうな店員に少しきつめにはっきりと答えた。
店員は、まだ何か言いたげだったが、私の語尾の勢いに押された様に、
「ちょっと待って下さい。」
と言うと厨房に1分ほど下がって出てきた。そして、
「スペシャルは、5分ほど時間がかかります。」
とのコメント。
新店舗であり、店員も慣れてないのはわかるが、それを差し引いてもこの対応の遅さに呆れながらも、まあいいかと思い、
「ああ、待つよ。」
と言って横で次を待っている新米の後ろに下がった。店員が
「何をなさいますか?」
と今度はマニュアル通り新米に尋ねた。
新米もちょっと手間取っている私の様子を見て、ここは同じものを頼んだ方が無難と考えたのか、
「ミー トゥー!」
と一番間違いのないコメント。
「あなたもそれでいいんですね?」
と同じような会話のあと、フレンチフライもコークも「ミー トゥー!」の続きで済ませた。
その後、支払いをしてフレンチフライとコークを店内食事用のトレイで貰い、一旦近くの空いている席に座った。
そしてフレンチフライを摘まんで小腹を満たしながら、メインのスペシャルが、出来上がるのを待った。
約束の5分を過ぎても呼んでくれないので、新米が催促に行くともう少し待ってくれとのこと。
さらに2−3分が経ち、昼食時間が押してきたので二人で催促に行くと、あの店員が
「ちょっと待って下さい。」
と言ってまた、店の奥に引っ込んでしまった。
1−2分待ってやっと出てきたので山盛りの特殊なホットドッグでも両手に持って戻ってくるものと思っていたが、それらしきものは持っていない。
その代りに手にダスキンのような布巾を振りかざして、今到着したばかりで、パッキングがどうとか、説明し始めた。
私はさすがに腹が立って来て、
「いったい、我々がオーダーしたカラハンスペシャルはいつできるんですか? 昼食時間も無くなってきたし、すぐできないならキャンセルしたい。」
駐在して1年半の間に、この国で自己主張を遠慮したばかりに、不当な扱いを幾度となく受けた苦い経験から学んだ強気の交渉テクニックを意識して、強い調子で言った。
ところが、その店員は私が想定した応答とは、まったく違い、
「あのこれがカラハンスペシャルです。開店記念用のカラハンの記念グッズに帽子とT−シャツを販売していますが、入荷が遅れて、やっと先ほど配送のトラックが到着しました。」
との店員の想定外のコメントに戸惑いながらも、よく目を凝らして見てみるとダスキン色の布巾のようなものは、どうやら黄色のT−シャツのようだ。
思考の混乱状態のまま、今一度、美味そうなホットドッグの写真の真下にあるメニュー欄をみた。
確かにカラハンスペシャルと言う項目がある。
その下に書いてあるメニューをみると最初のアイテムは、カラハン ホットではなく、カラハン ハットとなっていた。
そして、我々が「ミー トゥー」も含めて注文した2列目のアイテムをよくよく見るとカラハン T−シャツと記載されているではないか。
この時点で、やっと、我々が置かれた状況を理解し始めた。
私と新米の二人は、結果とし主食をオーダーするとき、見間違えてこの店の開店記念グッズの黄色のT− シャツをオーダーしていたのだった。
その後、勿論、そのTシャツをキャンセルし、その場から逃げるように早々にその店を引き上げ、ハンバーガーをドライブスルーで買って、車の中で食べたと記憶している。
その後、新米とこの出来事について何度か話をした。
自己弁護も確かにあるが、あれは明らかに掲示されたメニューの配置と記述内容と写真のレイアウトが変で間違いを誘い易かったこと。
ホットドッグの店でなぜ帽子とT−シャツが売っているのかが理解できないこと。
等々。(自分自身のオッチョコチョイで思い込みの激しい性格は話題にせずに)
その証拠にそのあと、その店に数回行ったが、1度他の客がスペシャルを間違えてオーダーしそうになったのを見た。
その時は、新米と目を合わせてニコッとしやっぱりと納得顔をしたものだ。
もっとも間違ったのは、4−5歳くらいの子供ですぐ父親が、
「あれは、食べ物じゃないよ」
とピシッと訂正していたが。
(了)
|