親父の職業野球公式試合概要

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親父と野球(終わりに)

親父が歴代2番目の敗戦記録を作った14年(1939)に出場した試合で許した失点と勝ち数、負け数の関係を分析すると、以下となっていることが分かった。
                         
14年の親父のシーズン戦績 7勝27敗  防御率 3.01 先発 35回

失点     試合数  勝   負
X―0     3試合  3勝  
X−1     3試合  1勝  2敗
x−2     6試合  2勝  4敗 リリーフ1勝 先発1勝

x−3     6試合      6敗      
x−4     6試合      6敗
x−5以上   9試合      7敗         

先発勝敗   30試合  5勝  25敗(先発数35 勝敗なし5)
リリーフ=  4試合  2勝  2敗(リリーフ10 勝敗なし6)


イーグルスの得点力
               平均得点/試合         
イーグルス  9位(最下位)  2.57
全チーム平均           3.53 

(参考)
ジャイアンツ  1位       5.14
タイガース   2位        4.56
ライオンズ   8位       3.27                               

上記の表が示すようにこの年のイーグルスの1試合の得点力は2.57と極端に低かった。8位のライオンズでも3.27である。

1位のジャイアンツ5.14,2位のタイガース4.56は高い得点力がある。



上記の記録を見ても分かるように、この年に親父が先発して勝ち星を上げたのは、完封試合3試合と1点に抑えた3回の内1回、2点に抑えた5回の内1回だけ、3点以上だと勝ち星の可能性は0であった。

親父が生前よく「味方が点取ってくんないんで完封しなきゃ勝てないんだ。」とよく言っていたが、この結果を見るとその通りだった。

確実に勝てたのは、完封試合だけで、1点ないし2点取られると勝利の確率は30%以下になってしまい、よく言われるクオリテイースタートの3点以上の失点をするとこのチームでは100%敗戦投手になっている。

こうして記録の内容を見てみると、息子の贔屓目で、(もし)と(たら)を言わせてもらえれば、もし、チームが親父の登板の時、リーグ平均の得点力(3.53)を示してるならば、親父の勝星は、20勝を上回る堂々とした戦績になっていただろう。

『職業野球、実況中継』の1939年のチーム講評でも以下、コメントされている。

 『イーグルスは貧打に泣いた。秋季シリーズでは中河美芳が謎の休場を続けたのが響いた。亀田忠は不振が続いたが11月13日のライオン戦では通算6度目の1安打ピッチングを記録した。亀田に代わってエース的活躍を見せた望月潤一は勝ち星に恵まれず7勝に終わったが11月の月間MVPに輝いた。』

完投できるようなローテ投手の勝星、負星については、チーム状況によりかなり変わってくるということだろう。

13連敗の記録についても、酷暑の時期、少し調子は落としていたようだが、0−1、1−2、0−2、2−3等、あと一本打線の援護があればと言う悔しい接戦が何試合もある。

また、この連敗、前後の勝ち試合はともに完封勝利を飾っているのも興味深い。

最後に1試合15失点完投負け。

10月11日の巨人戦で記録されたものだが、詳細は1939年度の39回目のジャイアンツとの11回戦を見て頂きたいが、その日は、中河、亀田とも何らかの事情でベンチにはおらず、中河の代わりにピッチャーの古川がファーストとリリーフできるピッチャーがベンチに誰もおらず、どんなことになっても最初から一人で投げねばならないチーム事情があった。

対戦相手は強打でこの年優勝したジャイアンツ。

それにこの試合は内野陣が致命的エラーを4度もやってしまう最悪の展開になり、失点15点、自責点11で完投負け。

もし、この試合がなければ親父のシーズン防御率は、2.7台に跳ね上がっていただろう。


順調に発展、進化してきた現在のプロ野球チームでも戦力不足と投打がかみ合わず不運な負けが続いている下位チームの投手陣は、好投しても報われない負け試合も多く、精神的にもなかなか大変だと思う。

敗戦の重苦しい雰囲気が充満しているこの年のイーグルスで、親父は黙々と自分の役割を果たすべく、マウンドに立ち続けた。

それだけでも、その辛抱と忍耐力は、大変なものだと思う。

親父はまだ、当時伸び盛りの21歳であり、苦い経験を、次の成長の肥やしとして、飛躍を遂げることも、充分可能であったと思う。

しかし、時代運に恵まれず、戦争の兵役がその巻き返しのチャンスを与えてくれなかった。

息子の私としては、それが非常に残念である。

嬉しい月間MVP受賞

嬉しい月間MVPを受賞!!

今日、敬愛する「職業野球実況中継」のブログを開いたら、思わぬ朗報が目に入った。

何と親父が、昭和14年(1939年)11月度(終盤期)の投手部門の月間MVPに選ばれていたのだ。(実況中継の独自評価により)

それも、創生期の職業野球を代表する大投手4人(スタルヒン、若林、野口、中山)を差し置いてである。

受賞理由については、以下実況中継解説内容を掲載させて頂く。


『14年11月月間MVP

投手部門   イーグルス 望月潤一 1

 今月は約2週間の短期決戦で突出した投手が不在の混戦となった。

 (候補に挙がった大投手 4人の投球内容を説明――詳細割愛――)

 望月潤一は4試合に登板して2勝2敗、防御率1.59、WHIP1.47、奪三振率2.91。WHIPは悪いが防御率がいい。望月のピッチングは四球が多いが打線の援護がないのでランナーを出しながらも得点を許さないピッチングが身に付いている。安定した投球が光っており望月の受賞となった。昭和13年7月に浅岡三郎が受賞した時と状況は酷似している。望月は昭和14年を代表する上記4投手に比べて力は落ちるかもしれないが、4人が調子を崩している間、安定したピッチングを続けてきたことからチャンスを掴んだものである。

打撃部門

 セネタース 尾茂田叶 1

(内容割愛)

望月潤一、尾茂田叶ともに今季を最後に兵役に就き、生き抜いて帰還するがプロの世界に戻ってくることはなかった。 』


上記の解説のように望月の受賞は、スタルヒン等の大投手が、長期間の多投により、調子を崩してしまった時期と、望月が13連敗の屈辱にも諦めずに粘り強く投げ続けて身につけた粘投力と打線の援護をやっと得て勝ち星が続いた終盤期が、うまく重なって頂いたものだ。確かに、2勝2敗ではあるものの防御率1.59は、非常にいい。

これは、きっと勝ち星に恵まれぬ厳しい状況にも諦めず、黙々と懸命に投げ続けた親父への神様からの贈り物に違いない。

46回目(最後の登板)

1939年(昭和14年)11月15日(水)46回目の出場(先発登板)が、結果的に、親父(望月潤一)の職業野球での最後の登板となった。

14年イーグルスVSライオン12回戦 11月15日 (水) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 1 0 0 0 0 0 1 0 3 イーグルス 望月潤一
0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 ライオン   菊矢吉男


勝利投手 望月潤一 7勝27敗
敗戦投手 菊矢吉男 16勝21敗


二塁打 (ラ)水谷、室井
本塁打 (イ)岩垣 2号

親父のこの世界での最後の登板は、イーグルスの今季最終試合でもあるライオンズとの12回戦だった。

相手投手はライオンズの右腕エース菊池吉男。

まず、イーグルスの初回の攻撃で、このところ、打撃が好調の岩垣が、先頭打者ホームランを放ち、まず先行。

イーグルスは2回にも、安打と四球で1死満塁のチャンスをつかんで、先頭打者岩垣が押し出しの4球を選び、1点を追加。2−0となる。

ライオンズは4回裏安打と連続4球で、無死満塁の絶好のチャンスになったが、望月は犠飛による1点で抑え、踏ん張った。2−1.

8回には、ライオンズの守備の乱れが重なり、ラッキーな1点が転がり込み、3−1となる。

望月は、この追加点を励みに、また、弱小チームにも温かい声援を送り続けてくれた後楽園球場のファンに応えるべく、9回最後の打者まで渾身の力で得意球のドロップを駆使して、丁寧に抑え込み、チームと自分自身の最終試合を1失点の完投勝利で飾った。

望月のその後について、職業野球実況で次のように解説頂いている。

『 望月潤一は7安打5四球3三振1ボーク1失点、自責点1の完投で7勝目をあげる。望月はシーズン終了後応召し、この試合がプロでの最後の登板となった。戦地ではフィリピンに帰ったアチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)と交流があり、帰還した戦後はスタルヒンとも交流を持つ。淡路島に住み瀬戸内少年野球団を指導し、兵庫県立洲本高校の指導者となって昭和28年の洲本高校センバツ初出場初優勝の礎を築くこととなる。この大会には望月の母校である早稲田実業も出場し1回戦で土佐高校に敗れている。その土佐を2回戦で破ったのが初出場の銚子商業であり銚子商業を準々決勝で破った小倉高校を洲本が準決勝で破り、決勝では浪華商業を4対0で降して初出場初優勝を飾った。 』


また、最終2試合連続完投勝利に対し、実況中継の評価により、第25節の週間MVPを以下頂くことになった。

『14年 第25節 週間MVP

 今節はジャイアンツが2勝0敗1分、名古屋が1勝0敗1分、イーグルスが3勝1敗、タイガースが3勝1敗、セネタースが2勝1敗1分、阪急が1勝3敗、南海が0勝1敗2分、金鯱が0勝1敗1分、ライオンが0勝4敗であった。



週間MVP

投手部門

 セネタース 野口二郎 6

 今節4試合に登板して2勝0敗2完封。21回3分の1を投げて失点はゼロであった。


 タイガース 若林忠志 6

 今節3試合に登板して2勝0敗1セーブ。20回を投げて失点はゼロであった。


 イーグルス 望月潤一 1

 今節2試合に登板して2勝0敗。打線に恵まれず今季は7勝に終わったが二桁勝利の実力がある。』

1939年親父の出場試合45

1939年親父の出場試合45

いよいよ、望月の職業野球の最後が近づいてきた。

45回目
14年阪急VS.イーグルス12回戦 11月11日 (土) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 阪急      石田光彦 高橋敏
0 0 2 0 0 0 0 4 X 6 イーグルス  望月潤一

勝利投手 望月潤一 6勝27敗
敗戦投手 高橋敏 17勝10敗

本塁打 (イ)岩垣 1号

1939年の望月の出場試合は、46試合と記録されています。

ですから、この試合は、最終試合の1つ前と言うことになります。

阪急の先発は、ローテ投手の一人、石田光彦。

まず、イーグルスが3回岩垣のプロ第一号と太田の四球と菅のタイムリーで、2点を先制。

阪急は、6回と8回に四球を絡めたタイムリーで、1点ずつの計2点をとり、同点とされたが、その裏、イーグルスは、岩垣のスクイズ、太田の2点タイムリーなどで計4点もの、十分な援護をもらえた望月は最終回を問題なく抑え、完投勝利を飾った。

この日の望月の投球を実況中継は、以下解説してくれている。

『 望月潤一は9回二死から西村に四球を与えるが最後は山田伝を右飛に打ち取り、6安打7四球1死球4三振の完投で6勝目をあげる。翌日の読売新聞は「望月は徹頭徹尾ドロップを用いて阪急軍に向かったがこれが鋭く曲り込んで頗る効果があった上に右打者の外角をつく直球にもスピードと“伸び”があって・・・」と伝えている。』

上記のように望月は終盤戦に入って、かなり、復調してきた感じだ。

最後位はホームの後楽園で、好投してほしいと願っていましたが、どうやら、その後楽園で投げ納めができそうです。

1939年親父の出場試合42、43,44

完封勝利の後、チーム3試合無得点で完投3連敗


42回目

14年 南海vsイーグルス 11回戦 10月29日 (日) 甲子園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 1 1 0 2 南海    宮口美吉
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 望月潤一


勝利投手 宮口美吉 10勝11敗
敗戦投手 望月潤一 5勝25敗

先回、ジャイアンツを久々の完封にねじ伏せ、シーズンもいよいよ終盤に差し掛かってきて、変化球のキレが戻ってきた感のある望月と南海の二番手エース、宮口美吉との投手戦となり6回まで両軍とも無失点。

7回南海は、四球で出たランナーを、粘り強く、進塁打で3塁まで進め、スクイズを成功させてついに1点を取った。

また8回には、鶴岡のタイムリーで2点目を挙げた。

宮口はイーグル、6安打1四球4三振、望月は南海を、5安打3四球2三振と両投手と
好投し、完投したが、宮口は完封で10勝目を挙げ、望月は、上記の2失点により、負け投手となった。

敗戦投手となったが、望月の投球内容自体はだいぶ復調してきたと思う。



43回目

14年 イーグルスvs金鯱 12回戦 11月3日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス   望月潤一
0 0 0 1 0 0 1 0 X 2 金鯱      中山正嘉


勝利投手 中山正嘉 24勝10敗
敗戦投手 望月潤一 5勝26敗


望月の43回目の登板は、11月3日の対金鯱12回戦の先発。

金鯱の先発は。エース中山正嘉。

10月20日のジャイアンツ戦の完封勝利で悪夢の連敗を断ち切った望月は、投球自体はほぼ
復調し、今回も4回と7回にエラー絡みで1点ずつの2点の失点に抑えて完投。

しかし、イーグルスは金鯱のエースに1回と3回に攻め、得点圏にランナーを進めたが、あと1本が出ず、また後半はしり上がりに良くなってきたエースの投球に抑えられ零封。

中山は、7安打1四球11三振の完封勝ち、望月6安打5四球3三振 2点完投負け。

実況中継解説は以下コメントしてくれている。

『望月潤一は8回を完投して6安打5四球3三振。望月はここ2試合完投して2失点1自責点、2失点0自責点であるが味方が1点も取ってくれていない。』





44回目

14年 イーグルスvs南海 12回戦 11月6日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 望月潤一
0 0 0 1 0 0 2 0 X 3 南海     劉瀬章


勝利投手 劉瀬章 8勝13敗
敗戦投手 望月潤一 5勝27敗


二塁打 (イ)中河、岩垣
三塁打 (南)中村


望月の44回目の登板は、対南海12回戦の先発、南海は劉瀬章。

両軍無得点のまま迎えた4回裏、南海は四球で出たランナーを盗塁と進塁打で3塁まで進め、劉がスクイズを決め、望月から1点をもぎ取った。

また、0−1のまま進んだ7回裏、四球の後、連打を重ねて2点を追加。

一方イーグルスは、再三得点圏にランナーは進めるものの、相変わらずタイムリーが出ず、1点も取れず劉に完封される。

望月は、好投とまでは行かないものの、失点3とゲームは作ったが、チーム無得点。

この状況を、実況中継は以下のように、解説している。

『 望月潤一は8回を完投して5安打8四球1三振。望月は10月20日のジャイアンツ戦で完封勝利を飾ったがそれ以降は3試合連続完投しながら完封負けを喫している。この3試合で25イニングスを投げて7失点で自責点は4点であるが味方が点を取ってくれない。』

これで、負け数が、ついに27になった。

負け数がこれで打ち止めであり、逆にこの後の終盤戦の登板が、ちょっと楽しみになってきた感じだ。

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