親父の職業野球公式試合概要

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最後の完封勝利余話

最後の完封勝利余話

内容・・・職業野球実況中継より
『昭和14年 イーグルスvsジャイアンツ 12回戦 10月20日 (金) 西宮


0 0 0 2 0 0 0 3 3  8  イーグルス 24勝58敗1分 0.293 望月潤一  完封
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0  ジャイアンツ 60勝22敗3分 0.732 川上哲治 完投

勝利投手 望月潤一 5勝24敗
敗戦投手 川上哲治 6勝4敗

二塁打 (イ)山田、望月 (ジ)中島
三塁打 (イ)伏見』


余話
生前親父が職業野球時代の思い出を断片的に語った中で、この試合の内容を見て、その時の親父のコメントを2つほど思い出した。

1つ目は、1939年の親父の最後の年に触れたときは『この年のチームは点を取ってくれないんで、完封でもしないと、なかなか勝てなかったんだ。』 と言っていたこと。

2つ目は
戦後しばらくして、何かの機会で川上選手に会ったとき。『川上選手が 「もっちゃんには、ようやられましたわ。」と言ってくれた。』と嬉しそうに話していたことだ。

1つ目はこの試合までの13連敗の内訳が3失点まで(今で言うゲームを作った試合)が7試合あり、0−1で負けた試合が1試合、1−2、0−2の2失点で負けた試合が2試合含まれていることから、親父の脳裏にある印象として、上記のようなコメントになったものと思う。

2つ目は、打者川上選手との対戦で、先回の15失点完投負けのときに川上は5打数0安打、また、この試合は、1安打だけと川上にはあまり打たれなかったこと、また投手として、この日、望月、川上ともに完投し、8−0で望月が完封したことが、川上選手の記憶に残っていたのだと思う。


なお、この試合で職業野球実況中継より、週間MVPの2回目の殊勲賞を頂いている。

40回目

14年 阪急vsイーグルス 10回戦10月14日 (土) 甲子園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 1 2 0 4 8 阪急     石田光彦 高橋敏
3 0 0 0 0 0 0 0 0 3 イーグルス  望月潤一 亀田忠


勝利投手 高橋敏 16勝6敗
敗戦投手 望月潤一 4勝24敗


39回目の登板は、対阪急10回戦。

先回の15失点のゲームは、精神的にもかなり厳しい試合であったと推察されるが、この試合も初回、また、ショートのエラーの後、2塁打を打たれ1点を取られるなどで、先回の二の舞かと心配したが、この1点止まりで、切り抜けた。

その裏、イーグルスは、四球と太田のヒットなどで3点をとり、久々の勝ちパターンで先行し、勝利を期待したが、望月は、6回と7回に四球を出した後、タイムリーを打ちまくられ、3点取られて4−3と逆転を許す。

8回からは、亀田にマウンドを譲った。

その亀田も最終回に捕まり、四球と4本のタイムリーなどで追加点(4点)を奪われた。

望月は、これでついに13連敗となった。




41回目


14年 イーグルスvsジャイアンツ 12回戦10月20日 (金) 西宮


1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 0 0 2 0 0 0 3 3 8 イーグルス 望月潤一
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ジャイアンツ 川上哲治


勝利投手 望月潤一 5勝24敗
敗戦投手 川上哲治 6勝4敗

二塁打 (イ)山田、望月 (ジ)中島
三塁打 (イ)伏見


40回目の登板は、先回屈辱的な15失点敗戦をしたジャイアンツ12回戦。

相手の先発は、川上哲治、左腕同士の対決だった。

3回まで、川上、望月の両投手はともに無失点に抑え、迎えた4回表、イーグルスは、一死後伏見の右翼線3塁打の後、山田、岩垣、太田が3連続四球を選び押し出しで1点、菅の犠牲フライで1点と、2点を先制。

その後、2−0で迎えた8回表、イーグルスは先頭杉田屋四球の後、望月がタイムリー2塁打を放ち、3−0とし、その後も満塁からの押し出し四球等で2点を追加、5−0とする。

また、9回も一巡してまた、杉田屋が四球を選び、望月がライト前ヒット、その後タイムリーや犠牲フライでイーグルスは3点を追加し8−0とした。

川上の制球難絡みとは言え、待望の先制点と勝利に十分な大量点を貰った望月は、先回の15失点、そして今までの暗闇の13連敗の鬱憤を一気に晴らすように、優勝目前の最強打線を誇るジャイアンツを久々の完封でねじ伏せた。

これで、ようやく親父が、13連敗という悪夢から、解放された。

そして、この試合が親父の最後の完封試合であった。

実況中継は、当時の読売新聞の記事を抜粋しながら、以下解説している。

『 望月潤一はジャイアンツの最終回の攻撃を三者凡退に退けて3安打5四球3三振の完封で連敗街道から脱して5勝目をあげる。打っても5打数2安打1得点1打点の活躍であった。

 翌日の読売新聞の鈴木惣太郎の論評は「巨人軍が如何に望月を苦手とするとはいえ・・(中略)・・望月に完封され3安打の散発に甘んじ8-0の大敗を蒙ったのは惨めであった。」と書いている。

 ジャイアンツの3安打は三番千葉茂、四番中島治康、五番川上哲治の各1本であった。ジャイアンツがここまで独走している要因はこのクリーンアップトリオに続くアチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)と平山菊二の活躍に負うところが多い訳であるが本日は両名とも3打数無安打であった。』

1939年親父の出場試合38,39
 
38回目
 
14年 イーグルスvsセネタース 12回戦 107日 (土) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
イーグルス  望月潤一
0 1 0 1 0 0 0 0 X 2
セネタース  浅岡三郎


勝利投手 浅岡三郎 8勝5敗
敗戦投手 望月潤一 4勝22敗
 

38
回目の登板は、イーグルス対セネターズ12回戦の先発。
 
セネターズは、野口二郎の2番手で、浅岡三郎。
 
イーグルスの望月は、1回と4回に四球の後にいずれもタイムリーを打たれ、1点ずつの2点を許す。
 
一方のセネターズの浅岡は1回、28回と得点圏にランナーを出すが、イーグルスのタイムリーを許さず、4安打、3四球、6三振で完封する。
 
望月は、5安打5四球0三振2失点で完投するも、連敗(11)は続く。
 
 
 
 
39回目
14年 イーグルスvsジャイアンツ 11回戦1011日 (水)後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9

0 0 0 0 1 2 0 0 1 4
イーグルス 望月潤一
1 1 5 5 2 0 0 1 X 15
ジャイアンツ スタルヒン 中尾輝三

勝利投手 スタルヒン 37勝12敗
敗戦投手 望月潤一 4勝23敗
セーブ  中尾輝三 1
 
38回目の登板は、対ジャイアンツ戦だが、この試合は、親父の野球人生で最悪の試合となった。
 
親父は、プロ野球(職業野球)の記録でワーストの方で今でも球史に残る記録を3つほど持っているようだが、この試合がその不運を凝縮しているように思う。
 
1つは、シーズン最多敗戦のワースト2の27敗。
 
これは、今でも時折、目にするプロ野球記録で、同じチームの亀田とともにワースト2位タイ(1939年のこの年の記録)として)として残っている。
 
後は、シーズン13連敗と1試合15失点完投の2つでこれらは、ワーストかワーストタイ記録として残っているらしい。
 
いずれもこうした創生期以外にはありえない記録であり、今後もプロ野球の隠れた記録として残っていくと思う。
 
それら敗戦記録の当時の事情をこの試合内容が顕著に示しているようだ。
 
まず、この試合は、貧打拙守のイーグルスの中で一人好守好打で光っていた中河美芳が、憲兵の尋問絡みでか出場していない。
 
また、エースでスラッガーの亀田も何故か出場していない。
 
それらをカバーするためにピッチャーの古川をセカンドで起用するなど、苦しいやりくりをして、チーム力がさらに落ちている。
 
そこへ前の2試合を好投し完投するも打線の援護なく連敗を続けている望月が先発。
 
この試合の望月の調子は、今一つの状態でリベラ、中嶋、吉原らに長打を打たれたが、それに油を注ぐように内野陣のエラーが毎回続いた。
 
1回ショートのエラー)(2回サードのエラー)(3回セカンドのエラー)(4回セカンドのエラー)。
 
こうして、4回までに大量11点を失点し、事実上KOされたということで、普通ならピッチャー交代となる。
 
ところが、中河もおらず、ピッチャーの手薄な(というかいない)チーム事情から、結局、15点もとられながら完投せざるを得なかった。
 
職業野球実況中継は、この望月の1試合1投手15失点について、『ミケンズズルール』と言う昭和36年以降からプロ野球に採用された防御率計算方法について解説している。
 
この中でこの試合の親父の自責点は旧方式では11点だが、現在のミケンズルールでは6点となる。
 
これで親父の防御率を計算し直すと、1339年シーズンは3.01から、2.872点台にそして通算防御率は、3.02から2.90とこれも堂々の2点台へと修正される。
 
ともあれ、1試合15点取られながら完投する投手というか、状況は、今後も起こりえないと思うので、親父の名前は、ずっと記録として残っていくのだろう。
 
これで12連敗とまだ連敗記録も更新中。
 
 
 
職業野球実況中継の『ミケンズルール』解説

 グレン・ミケンズは防御率と連動する給与体系であった。公式記録で自らに記録された自責点に疑問を持ったミケンズは公式記録員に抗議するが却下された。しかし山内以九士公式記録員は独自に大リーグの記録等を調べた結果、ミケンズの主張が正しく自分たちの解釈が間違っていることに気が付き、昭和36年から日本でも正しい自責点が記録されることとなった。

 旧来、日本の公式記録では二死後失策があった場合にそれ以降の得点には自責点は記録されないと解釈されていた。しかし実際はアウトカウントに関係なくその失策が無かった場合にチェンジになったと判断された場合、それ以降の得点には自責点は記録されない。昭和35年の段階でグレン・ミケンズはこのルールを正しく認識していたが、日本の野球界は間違った解釈をしていたのである。

 1011日のイーグルスvsジャイアンツ戦で望月潤一は8回を完投して15失点を記録したが、スコアカードの望月の自責点の欄は空欄になっており、後から「116)」と書き足されている。

 旧来の日本野球界が認識していたルールでは望月の自責点は11になる。ところがミケンズルールに照らすと自責点は6となる。1回の1失点と2回の1失点は失策が絡んでいるので自責点にはならない。3回の5失点のうち1点は失策が絡んでおり自責点は4となる。5回の2失点のうち1点は失策が絡んでいるので自責点は18回の1失点は失策は絡んでいないので自責点1となる。

 問題は4回の5失点である。得点経過は、水原四球、千葉二失、中島の遊ゴロでランナーが入れ替わり一死、川上左飛で二死、リベラ2点タイムリー三塁打、平山中前タイムリー、吉原左越えツーランホームラン、中尾中飛でスリーアウトチェンジ。この場合、千葉の二失をイーグルスのセカンド古川正男がエラーしていなければ川上の左飛でスリーアウトチェンジになっていたはずであることから、この回の5失点は自責点ゼロとなる。したがって、3回の4自責点、5回の1自責点、8回の1自責点の合計6自責点となる。』

 
 

36 回目

14年 名古屋vsイーグルス 10回戦 9月24日 (日) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 0 5 0 0 7 0 7 0 21 名古屋   西沢道夫 松尾幸造 大沢清
2 1 2 0 2 0 0 0 0 7 イーグルス  亀田忠 望月潤一 清家忠太郎 古川正男


勝利投手 大沢清 3勝5敗
敗戦投手 望月潤一 4勝20敗

この試合は,好調名古屋打線が、一気に爆発した感のある試合だった。

イーグルスはエース亀田が先発したが、3回までに名古屋7−イーグルス5と乱戦模様となり、4回からイーグルスは望月がリリーフ。

4回5回と無失点に抑えたが味方が5回裏2点を入れ、7−7の同点に追いついた6回表、1死後、名古屋打線に捕まり、5連打を打たれ降板、清家が急遽リリーフしたが、清家も四球を挟んで3連打されこの回一挙7点の14−7となった。

清家の後、古川がリリーフしたが、8回には、服部、三浦の2ラン本塁打等も交え7点を加え、21点を挙げ後半は名護屋打線の好調さを物語る、一方的なゲームとなった。

勝ち越しを許した望月は、亀田に続いて20敗目を喫した。




37 回目


14年 ジャイアンツvsイーグルス 10回戦9月30日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 ジャイアンツ 中尾輝三
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス   望月潤一


勝利投手 中尾輝三 10勝4敗
敗戦投手 望月潤一 4勝21敗

36回目の登板は、ジャイアンツとの10回戦の先発。

ジャイアンツの先発は、左のエース中尾輝三。

望月はジャイアンツを、一回と二回、また四回と六回に四球と安打で、走者を出すが内野手の攻守に助けられたこともあり、七回まで強打線を無得点に抑える。

しかし、八回2死二塁で盗塁の際、キャッチャーが悪送球で、ランナーがホームを踏み一点をとられた。

一方、ジャイアンツの中尾は、イーグルスを得意としており、イーグルスは、これといったチャンスも作れず、結局中尾に三度目の完封負け。

実況中継解説者は、当時の読売新聞の論評を抜粋し、望月の様子を以下伝えてくれている。

『・・望月潤一は9回を投げ抜いて2安打10四球2三振1失点、自責点はゼロのピッチングであった。翌日の読売新聞は「捕手の暴投一個に稀に見る望月の好投も報いられず1対0に惜くも試合を失った・・・望月はインドロップを鮮やかに使い分けて徹頭徹尾巨人軍の打力を封じた。」と伝えている。』

望月は、ジャイアンツの強打線を決め球のドロップを駆使して失点1に抑えたが、自軍が無得点では勝利は望めない。

長く勝利の味は忘れてしまったが、実況中継の週間MVPでは、この登板で敢闘賞を頂いている。




*余話(職業野球実況中継より)


1)どん尻イーグルスに対するファンの反応(1939年)

この年、29勝65敗2分、勝率.309とどん尻の最下位、親父もこの時点では10連敗中と好投した試合も打線の援護なく敗け試合となる状態が続いている。

観客の反応は、さぞ冷ややかなものであろうと覚悟していたが、10月1日のイーグルス対南海10回戦(亀田先発)の実況中継の中で、以下後楽園ファンの様子を解説してくれている。

『この年(1939年)の読売新聞によると「任侠の東京ファンが弱勢イーグルスに寄せる同情声援の嵐は随所に起りとりわけ最終回山田が四球に出て中河の三ゴロに二進して高須の中堅安打に中堅手の失策が出て1点を返した時その頂点に達した。」とのこと。』

この年のイーグルスは、前年まで攻守の大黒柱だったハリスが帰国し、大きな戦力ダウンで殆ど補強ができないままシーズンを戦い、シーズン半ばからどん尻を独走していた。現在ならば、野次と怒号の飛びかい卵でも投げつけられそうなファンの反応になっても仕方のないところだが、上記の有難い(任侠の東京ファン)の声援が、こうした苦しいチーム状態で諦めず投げ続ける親父の大きな心の支えになった事は、間違いない。
  

2)兵役について

以下、職業野球実況中継『中河美芳、謎の休場』の記事全文
『昭和14年開幕から8月27日まで全試合に一塁手或は投手としてスタメンで登場してきた中河美芳が9月に入って突如として姿を消しました。10月1日に代打で約1カ月ぶりに登場しました。この間、読売新聞には中河に関する報道は一切ありません。
 当ブログではこの間中河が憲兵隊に尋問を受けていたのではないかと推測しています。

 当時の職業野球選手の多くが兵役を免除されるため夜間の大学に籍を置いていました。当然憲兵隊から目を付けられる訳で、そのターゲットとなったのが当代随一の人気選手であった中河美芳です。中河が憲兵隊の影に怯えていたことは各種資料からも確認できます。

 これまでも何人かのプロ野球選手が応召していますが、昭和14年を最後に兵役に就く選手が激増します。一般人の兵役逃れを牽制するには有名人を徴兵するのが手っ取り早いと判断したのであろうことは容易に想像できます。体力にも優るプロ野球選手がターゲットとなるのも当然だったのでしょう。

 読売新聞の記事も徐々に軍国調になっています。プロパガンダにマスコミを利用するのは当然のことでしょうが。ドイツの「プロパガンダの天才」ゲッペルスの手法を日本でも導入していたようです。今では信じられないことですが、当時の日本人はナチスドイツに傾注していった訳で、約1年後に日独伊三国同盟が締結されることとなります。』


望月潤一も、この年を終えて、翌年兵役につきましたが、息子の私は、親父は応召されたと思っていましたが、先日、姉と話している際に「(俺は、志願兵だぜ)と父さんが言っていた。」とのこと。

志願兵だったとは、理解しがたいものがあったが、前述の“職業野球実況中継”の記事にある中河選手の当時の事情を考えると、親父もマークされ、何らかの圧力を受け、応召される前に志願兵となったのではと、推測します。

33 回目


14年 金鯱vsイーグルス 9回戦  9月15日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 1 0 3 4 金鯱     大宮清 鈴木鶴雄 中山正嘉
2 0 0 0 0 0 0 0 0 2 イーグルス  望月潤一 亀田忠  

勝利投手 鈴木鶴雄 2勝2敗
敗戦投手 亀田忠 11勝20敗
セーブ 中山正嘉 3

金鯱との9回戦は、金鯱 大宮 イーグルス 望月が先発。

初回イーグルスが安打と四球を絡めて1死満塁のチャンスで、菅がタイムリー2塁打を放ち、先行。

望月は、この日は久々に調子が良かったようで実況中継では以下、読売新聞の記事を抜粋して説明してくれている。

『イーグルス先発の望月も翌日の読売新聞によると「可なりスピードの乗った直球は金鯱の打棒を完全に抑えつけ」、6回まで金鯱打線を2安打無得点に封じ込める。』

7回に入り、望月は無死から四球と安打で、無死1,2塁とされたところで、イーグルスは亀田にスイッチ。

ところが、亀田はボークで2,3塁とされた後、犠飛で1点を失う。

8回は両軍ともゼロで迎えた9回表、金鯱は、3本のレフト前ヒットとエラーと四球で3点をとり、逆点し逃げ切った。

望月は久々の好投を見せたが、チームは逆転負け。




34 回目

14年 セネタースvsイーグルス 10回戦  9月18日 (月) 甲子園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 5 0 0 0 0 0 0 5 セネタース 苅田久徳 浅岡三郎
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 イーグルス 亀田忠 望月潤一


勝利投手 浅岡三郎 6勝4敗
敗戦投手 亀田忠 11勝21敗

このセネターズ10回戦は、イーグルス亀田とセネターズは野手兼監督の苅田久徳が先発。

イーグルスは、初回その苅田から、四球、安打、犠打で1点を先制するが、守りでは先発の亀田が3回に捕まり、連打と連続四球等で、4点を失ったところで、リリーフに望月が登板。

タイムリーヒットで1点の取られたが、その後を抑え、4回以降は、安打7本4死球と、毎回ランナーを出したが、ゼロに抑えた。

しかし、イーグルスの貧打は深刻で、苅田―浅岡の継投にわずか2安打、初回の1点のみで完敗。





35 回目

14年 セネタースvsイーグルス 11回戦9月22日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 0 0 2 3 6 セネタース 伊藤次郎 浅岡三郎
0 2 0 0 1 0 0 0 0 3 イーグルス 望月潤一


勝利投手 浅岡三郎 7勝4敗
敗戦投手 望月潤一 4勝19敗


終盤戦の初戦 セネターズとの11回戦は、セネターズ伊藤次郎、イーグルス望月の先発。

初回セネターズは、横沢のセンターオーバーの3塁打と犠飛で1点を先取。

2回イーグルスは、2死3塁から、望月が左中間に2塁打で1点、伏見のタイムリーで2点目が入り、2−1と逆転。

セネターズは、3回リリーフに2番手エースの浅岡を投入。

5回、イーグルスは先頭望月が中前打、岩垣のタイムリーで3−1とする。

望月は、2−7回まで3安打無失点に抑えるが、セネターズ浅岡も無失点で終盤に至る。

8回、望月は、苅田に四球を出し、1死後、尾茂田に痛恨のツーランをレフトスタンドに叩き込まれ、3−3の同点とされる。

9回、続投した望月は、余力がなかったのか、四球、タイムリー、野手の悪送球などが絡み3点を取られ、3−6とされ、完投するも敗戦。

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