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新聞もテレビも日本人のものではなくなったので、テレビはチェックの為にだけと新聞も止めている。政治などに関しては最近は距離を置いているので、いろんなことを全く知らない人よりは知っている中立派と言えるかもしれない。さて、それでも新聞が必要なのはチラシが欲しいだけで(笑) 土曜日は産経、日曜日は東京新聞を買いに行っている。東京新聞は本社に○国旗が掲揚されているほどだから反日なのはわかっていたが、ここ数カ月は狂ったように反原発のことだらけ。しかも、原発と広島、長崎の原爆と同一視していて、毎週、毎週、8月15日のような騒ぎで見るのも気持ち悪くなってきた。5月3日には「平和行進」の特集で、27歳の図書館司書の女性の「日本が戦争をせずに来れたのは憲法九条のおかげです」とのコメントに唖然とした。そんなにいいなら、何故世界が同じ憲法をつくろうとしないのだろうか?この人たちは「戦争をしない為にはシナに攻められても黙って服従して奴隷になりましょう」と言いたいのか?私はご免だ。ただのお花畑である。 そんなわけで、東京新聞だけでなく、本日は、反日新聞揃い踏みの「狂喜乱舞」の社説だらけであろう。一見もっともらしいことを書いているが、それこそ、騙されてはいけない。 従って本日は東京新聞はいらない。 原発に関しての社説とブログを引用しておきました。自分の頭で考えてみましょう。 ------------------------ 全原発停止、経済界に危機感 関電管内など電力不足も 42年ぶりに国内にあるすべての原子力発電所が止まる事態に、経済界を中心として電力不足への危機感が広がっている。最も厳しいとみられている関西電力の管内では焦点の大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を見込んでも、猛暑なら電力が足りない見通しが強まっている。政府は節電の強化など夏場を見据えた対策の詰めを急ぐ。 経団連の米倉弘昌会長は北海道電力の泊原発3号機が停止した後の状況に関して、記者団に対し「そうなると(電力の)安定供給はできない。政府は住民に十分納得してもらって、再稼働を進めないと日本経済が崩壊する」と強調した。 日本商工会議所の岡村正会頭は原発の稼働ゼロとなることについて記者団に「コストや環境面で問題がある。今後、ある程度の基幹電源としての原子力というのは残るのではないか」との見解を表明。原発の活用を続ける必要性を指摘した。 政府は電力各社に節電の強化や夜間電力を使い水をくみ上げて発電する揚水発電などの経営努力を織り込んだ需給見通しをまとめるよう調整中。大型連休明けには節電が必要な幅などを具体的に検討する方針だ。 これまで関電は2010年夏並みの猛暑を想定し、4月に16.3%の不足率を示した。政府は大飯原発の再稼働がなければ、節電などを強化しても不足率は15%程度と、小幅な改善にとどまるとしている。 関電は原発を再稼働しても安定供給が難しくなる可能性も認めてきた。原発が立地する福井県では、運転の停止が地元経済や雇用を冷え込ませることに警戒感が膨らむ。電力を使う企業が集まる京都府などでは生産や投資への悪影響を懸念し、産業界から再稼働への取り組みを自治体などに促す声も出ている。 2012/05/04 日本経済新聞 なぜ今更ガタガタ騒ぐのか理解に苦しむ。 これこそマスコミやお花畑が望んていた結果ではないか。 これまでマスコミは放射能の危険性や脱原発・反原発のニュースを散々放送してきたではないか。 日々、福島をフクシマと記載し「放射能が」「放射性物質が」「ベクレルがどーした」だの、 「反原発で50人がデモ」だの「ホットスポットだ」なぞ、常に危険を煽ってきたではないか。 「原発自体が問題なのでは無い。問題は管理体制だ」「中国の黄砂による危険性」 「広島・長崎と今回の事故」の比較なぞ全く報道せず、とにかく「脱・反原発=正義」と国民を洗脳してきたではないか。 (管理人=東京新聞はこれですね) 我々のような「原発の必要性」を解く人間、 福島とチェルノブイリとの違いを解く人間の意見は黙殺してきたではないか。 「脱原発」までの道筋が無いのに「安易に原発止めろ」と言う輩に異を唱える 原発肯定派の意見を尽く無視してきたではないか。 無視しただけでなく、「隠された電気がある」だの「太陽光」「風力」「水力」だのと 日本の地形や気候を無視した自然発電を評価し、本来重要である日本海の海底資源には触れず、 あげくは最も責任が重い菅への追求もせず、全くもって責任を負わない政府批判もしなかったではないか。 国民に原発の可否を考えさせるようなニュースは一切報ぜず、 一方的に「原発=危険」の世論を作り続けたではないか。 それがどーだ。 原発が止まるとなるとこの騒ぎである。 原発を止めるとどーなるかなぞ、昨年から国会では質疑の嵐であった。 自民の西田先生なぞ、「経済が停滞する、死者が増える」と警告していた。 そーいった「現実に向きあった」人間達の意見は完全に無視し、 「原発稼働せよ!」と言う人間は「異常だ」的な空気を一方的に作っておきながら、 「足りんぞ、どーすんだ。経済界も困ってるぞ」とはどんだけ無責任なのだ。 何でもそーであるが、極論を振り回し、人々を不安に貶めるのが「お花畑人間」と「マスコミ」だ。 結局のところ、コイツらが不安を煽れば煽るほど世の中はオカシクなる。 そして、「お花畑人間」と「マスコミ」が言いまっくてきた「脱原発」がとりあえず実現した。 その結果国民は幸せになれそうなのか? 何の不安もない未来になりそうなのか? 子供たちが幸せに成長できそうなか? この夏がどーなるか不安でしょーがない状況なのに「未来」を語れるのか? 本当に「子供の命」を守れるのか? 極論ではなく、功罪を検討・分析して生じた痛みや苦しみの先に、 明るい展望や明確な計画性があれば、それに耐えるのはやぶさかでは無い。 今回の原発停止も国家観に基づいた綿密な計画によるものであれば問題は無い。 だが、「止まる間際」にこんな報道がされ、枝野が無責任丸出しのコメントを発しているの現実だ。 理想や単なる小手先の対応で、痛みや苦しみに耐える気なぞ私はサラサラ無い。 それは無限地獄なだけある。 日本人の一人ひとりが「清貧」であるのは構わん。 だがその結果、国家が衰退していくような貧しさは「清貧」ではなく「汚貧」だ。 「現実を無視した理想論では世の中は悪くなり、喜ぶのは反日の輩だけ」ということを いーかげんい理解すべきだ。 それでも尚、この記事自体が「経済界と電力会社、官僚の陰謀だ!国民は騙されている!電気は余っているのだ!」と言うのでれば、そー叫ぶ輩は、まず夏の電力不足の不安を皆無にしてから言ってくれ。 ブログ 我が国のかたち -------------- 続きは
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マスゴミ
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