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逆櫓(さかろ)の松跡
無題
[ みんみんちゃん ]
2011/6/24(金) 午後 4:03
[ 底質汚染 ]
2011/5/25(水) 午前 7:05
朝鮮通信使とは、将軍就任の祝賀などの目的で朝鮮から使節が派遣されたもので、江戸時代を通じて12回来朝している。幕府の権威を内外に見せるために通信使一行の接待には莫大な金をかけた。また、幕府から接待を命じられた大名たちも、他の藩より劣ることのないように贅を極めた(そのため、正徳の治で新井白石が接待を簡素化しようとしたが、あまりうまくいかなかった)。
それらの費用は大名(藩)の負担となるとともに、通信使一行が通る周辺の村々の負担ともなった。
最後の朝鮮通信使は1811 (文化8)年であるが、通信使を招聘しなくなったのは、諸藩の財政難があったからだと考えられている。
また、朝鮮から得たものはほとんどなく、朝鮮通信使が日本に教えた文化はほとんど見当たらない。(あれば教えてください)
大威徳寺の大銀杏
無題
お正月のご挨拶
無題
[ 一番目でした? ]
2011/1/6(木) 午前 0:48





