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大阪府和泉市黒鳥町 にあります。
黒鳥天満宮の銘板には次のようにありました。
御 由 緒
黒鳥天満宮天神社は伝承によると古く天平時代(八世紀)
に遡り、この地域の発展に尽くされた河内国安宿郡奈加郷
(カワチノクニアスカゴオリナカゴウ)の豪族・飛鳥部造
黒麻呂(アスカベノミヤツコクロマロ)を祭神として飛鳥
古家社(アスカコゲシャ)に祀ったのがはじまりといわれています。
飛鳥部造黒麻呂は天平年間に、この地に来て池を築き、
水を引き、田畑の開墾に努め、この地域の発展に尽くされました。
天平宝字3年(西暦759年)和泉の国守となった大野
朝臣広立が、その功績を朝廷へ進言し、淳仁天皇が黒麻呂に
その開墾地の一部を与え、また、住民は黒麻呂の徳を称え、
氏の上(神)として仰ぎ、この地に飛鳥古家社を祀りました。
(飛鳥の鳥と黒麻呂の黒から村名を黒鳥としました。)
平安時代に、一条天皇より天満宮に飛鳥古家社を合祀する
よう勅が下り、この地は天満宮として、村民に崇められるように
なりました。
そして、南北朝時代には天津神(アマツカミ)の素戔鳴尊
(スサノオノミコト)、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)を
祭神に合わせて祀り、天満宮天神社と命名し、鎮守の社、
村の寄合いの場及び村の同盟の場並びに芸能の場として栄えました。
江戸時代、幕府の人身の神を氏神に見立てるという製作から
当神社は菅原道真公を祭神とする菅原神社と名を変え、
明治39年8月政府の「神社合祀令」の勅により、
明治42年、府中の泉井上神社に合祀されました。
この度、町会皆様のご尽力により黒鳥天満宮天神社を再建
することができ、泉井上神社様のご協力により分祀にいたりました。
平成18年12月吉日
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