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最も決定的なのは、彼が工場に戻るまで3時間しかかからなかったということだ。
この3時間では保田を殺害するまでの時間的な余裕は全くないと言ってよい。
警察もパトカーを繰り出して工場から産業廃棄物置き場までの時間計測をしたが、『まず不可能』
との結論を下した。
納品先も彼がきちんと立ち会って納品したことを証言しており、不審な様子はなかったとのこと
であった。
納品先から戻った後は、彼は会社から自宅に戻りそこから家にずっといたとのこと。
金曜日の晩は終日家にいて、翌日の土曜日に遥の実家にまっすぐ向かったとのことだ。
彼の妻である遥に言質を取ろうということにもなったが、「妊娠中でもあり」「妻である立場上、
容疑者に有利な発言をするはず。」とのことで揉めながらも結局は遥に出頭を命じたが、
案の定、遥は容疑者のアリバイを崩すような発言はしなかった。
アリバイの鍵を握っているのが妻の遥である以上、アリバイ崩しの発言が無ければ、アリバイ
を崩すような有力な証拠も不十分だった。
彼・吉田巧は当然のことながら証拠を現場(と見られている)産業廃棄物置き場に残していないのだ。
ちなみに、カローラの中から保田が愛用している手帳が発見され、そこには金曜日の夕刻に増田刑事
の手引きで櫛音沢に行くという言葉が手書きで書いてあった。
当然のことながら、増田刑事は「そんなこと、言うわけないだろ!!」と騒ぎたて、一時は
署内がひっくり返らんばかりの騒ぎになったが、どうも犯人が増田刑事の名前を騙っていたという
可能性が高い。
と言うことは、犯人は増田刑事の名前を当然に知っていたことになる。
そして彼・吉田巧は増田刑事の名前を知っているのである。
増田刑事の名前を騙っていた以上、刑事の名前を知っていたはずの彼が有力な容疑者となるのは
間違いないところだが、それにしても決定打とはいえない。
事件を担当していた検事も有力な証拠が出ない以上、48時間という規定の時間を越えて彼を拘束
できなかった。とうとう時間切れとなり、彼は釈放された。
意気揚々と警察署から出ていく彼の姿を見て若い増田刑事は言った。
「……あいつがオレの名前を騙って人殺しをしたのは間違いないのにな!」
そう言って歯噛みをするのだった。
それから一ヶ月後。
事件はふとしたことから解決の糸口が見つかった。
ちょうど同じ頃、県一帯にて不法入国者の一斉取り締まりが始まった。
その時ナイジェリア出身のある一人の黒人が身柄を拘束された。
早速にこの人物の居住する部屋を調べたところ、なんと彼・吉田巧名義のパスポートが発見された。
顔写真は剥がされていたもののパスポートナンバーが彼のナンバーだったのだ。
サイパンのある北マリアナ諸島発行のスタンプが押してある。サイパンは彼の新婚旅行の旅先
であった。
早速、この黒人は取り調べられた。
男は塗装工場に勤務したことのあるマイクの友人で、故国の仲間に売り付けるためにマイクを通じて
吉田巧から当該パスポートを入手した。
パスポート一つ分がナイジェリアでは2百万円で売れるためである。
それだけの金があればナイジェリアでは豪遊ができるのである。
その代わり男は吉田巧の依頼に従い、彼が乗っていた工場の車を途中で代行運転し納品先直前で止めた。
「パスポート一つ分の見返りとしては単純な仕事だと思ったんだけど。」と男は通訳を介して言った。
彼が携帯電話から連絡をしたのがマイクだったのである。
マイクは強制送還された後、これまで貯めていた金で偽装結婚の仲介業者に金を払い、再入国を
果たしていた。そして入国後、個人的に親しかった彼・吉田巧と連絡を取り合っていたという。
マイクは、塗装工場の社長の娘に近づくための便宜を彼・吉田巧が図ってやったことを恩義に
感じていたという。
そして、今回の『単純な仕事』のために仲間を手配し、その上、20万円を彼から手渡された
とのことであった。
なるほど。
以下の仮定であれば今回の犯行の説明はつく。
吉田巧がライトバンの運転を黒人に代わってもらってから、すぐに電車かタクシーに乗ってどこかの
犯行現場に向かい、そこで犯行に及び、その後保田のカローラフィルダーを使って遺体を運搬。
車を乗り捨てた後、産業廃棄物置き場の近くまで迎えに来ていた黒人が運転のライトバンに
再び乗り、最寄り駅にて黒人を下ろしてから急いで納品先に向かうとすれば……。
時間的にはかなり汲々であるものの、決して不可能な仮定ではない。
3時間という時間の範囲であれば、塗装工場から60キロ圏内である
産業廃棄物置き場と納品先とを結んでの殺人は可能なのである。
今回の犯行に無理がないのだ。
黒人の男の証言もそれらの仮定と一致した。
(もちろんこの時点では、櫛音沢での犯行のことはわからなかったが。)
「ライトバンに、黒人の皮膚や指紋などの跡はなかったのか?」
増田刑事は事件を担当していた鑑識に聞いた。
「不思議ですね。それがないんです。」刑事はニャッと笑った。
「……はは、吉田の勤めてる工場は塗装工場だろ?塗装の時に使っている服を来て、手袋を嵌めれば
黒人だろうと誰だろうと臭いは残らないし、跡も残らないだろ?」
「なるほど。」
黒人に確認したところ、観念したようにその旨を白状した。
すべては彼・吉田巧の頭の中で計画された知能犯罪だった。
被害者の車で遺体を産業廃棄物置き場に車ごと捨て、一部区間の車の運転を、パスポートと引き換えに
黒人にさせた上で、自分は電車やタクシーを使用して殺害現地に急行し何食わぬ顔をして殺人に及ぶ。
その後、取引先に納品の上、自分の勤務先に戻る。
何食わぬ顔をして、だ。
「人間とは思えない奴だな。」と増田刑事はひとこと言った。
警察は早速に検事から逮捕状を請求した。
その日。
いつも通り仕事を終え家に帰るや彼はいたたまれなくなった。
人殺しの余韻が尚も彼の内で燻っていて予断を許さないまでになっていた。
遥は妊娠五ヶ月目に入ろうとしていた。わかってはいたが、あまり激しい性行為は難しいことだった。が、別に構わなかった。
『どのみち俺の女だ。所有物だ。おもちゃだ。』
そう思うや彼は玄関で靴を脱ぎ捨てるや、出迎えた遥をそのまま寝台まで抱き抱えようとした。
驚いた遥は「な、何すんの!」と叫んだが、彼は力まかせに女を運び寝台に下ろすや服を脱がせに
かかった。そしてそのまま遥をさいなんだ。
たちまち五ヶ月目の腹と赤黒い乳首が見えたが、それらをぶっこわしたいという欲にかられながら
彼は強く挿入した。いつのまにか遥は抵抗をやめた。
あろうことか遥は、これまでの我慢からやっと開放されたのを喜ぶように口から唾液の糸を引きながら
ひたすらのたうちまわっている。
その妊娠した腹。わざとらしい膨らみ。そこに潜む魔の遺伝。
彼はそれを破壊したいという欲求と戦いながらなんとか堪えた。
遥の声は悲鳴にも似ていた。
当然ながらいつものようにその声は外にまで響いた。
それはどう聞いても折檻をされている時の声であった。
「女が暴行を加えられているようだから救出するぞ!このまま踏み込んで逮捕だ!」
逮捕に来た警官数名がその悲鳴を聞きつけてドアの左右に張り付き、鍵が掛かっているのを確認した。「錠を破るぞ!」
警官の一人がそう叫ぶや工具の入ったバックから五十センチほどの大きなペンチのような物を
取り出した。そしてその先をドアノブに当ててして思う様に捻った。
ドアノブはそのままいとも簡単にポロリとこぼれ落ちた。
彼は遥をさいなんだ。
やがて感極まりのあまり、彼は遥の腹に手を当てそのまま力を入れて押し上げようとした。
そして射精の高みにまで入ろうとした時、遥の腹に手を当てぐいと指先に力を込めようと試みた。
遥の方はそんなことにも気付かずに下半身を痺れさせる快楽にひたすらとろけていた。
今まさに彼ら二人が高みに上り詰めようという時、扉の向こうで警官たちは今にも突入
しようとしていた。
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