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ジョーンズの独り言集です。見てくださいね!

吉村昭先生。

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手に汗握りました。絶大的な面白さです。

江戸時代終期の蘭学者である高野長英の6年半に及ぶ逃亡劇を描いた大長編ですが、
長さがまったく気にならない。読むたびに手に汗を握る展開が続きます。

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いわゆる蛮社の獄において、幕府を批判する書物を著した罪を問われますが、関係を恐れて
自首をしたにもかかわらず『永牢』という大罰を課せられた長英。その長英は、獄中の生活に苦しみながらも
牢名主という獄中の最高位に就き、そんな中でも自分が終身刑を課せられていることを嘆き、脱走することを
もくろみます。

で、栄蔵という自分に忠実な牢職員の手を借りて、牢に火をつけ、『切り離し』と言って、一時期的に牢内の
囚人の解放をするという幕府の処置を利用して外に出ることに成功。3日以内に戻れば罪を一等減じられる
という規則があるにもかかわらずそのまま脱走してしまいます。

で、そこから波乱の逃亡劇が始まるのですが、江戸内に潜伏した後、上州から越後、それから故郷の奥州に
行き、実母に会う……というスリリングな展開。
その間、獄中で世話をした侠客たち、それから蘭学を教えた大勢の弟子たち、友人たちの手を借りて家から
家へ、時々は野宿をし雑草を食べながら移動します。江戸幕府も座していたわけではなく、得意の岡っ引きたち
の情報網を利用し全国に手配書を配るなどをして長英を捕えようとします。

当時の幕府の諜報網は非常に密で、現代の警察組織と比較してもそん色ないどころか優っているのではない
のかというほどに検挙率が高かったようです。これには驚きました。そんな中、大胆にも逃亡劇を繰り広げていく
長英。やがて時代は蛮社の獄も終わり、蘭学や洋学に寛容的になっていき、長英は時代の流れが変わったこと
を嘆きますが、自分が犯した放火脱獄という罪は消えないわけです。生涯逃亡しなければならない。

そんな中でもあきらめない長英は、再び江戸に潜入しなんと生き別れになっていた妻子と会い、新たに男児を
設け、江戸も安住の地ではなくなると、知人の力を借りて今度は足柄に住み、そこで蘭書の
翻訳に取り組み、かねてから長英の能力を買っていた宇和島藩藩主の伊達宗城の力を借りて、東海道を
進み大阪まで行き、そこで宗城と面会してそれからはるばる宇和島に行き、そこに潜伏。
宇和島で彼の身を世話していた女性との間に子供をもうけるも、そこも安住の地ではなくなり、
再び東京に戻り、妻子と同居し、またも男児をもうけるというあまりにも計測不能な逃亡劇になっていきます。

で、大胆にも江戸の町医者になるために、硝石で己の顔を焼いて別人に成りすまし、そのまま町医者として
やっていこうとするも……で、あとは史実通りの悲劇へとつながっていきます。

まあ、ここまで読んできて、あまりにも急激な逃亡ぶりにこちらも身を焦がされたことも事実。それにしても
高野長英さんほど不運な人はいないだろうなと思った。卓越したオランダ語の能力があり、町医者としても
有能で兵学者でもあった彼が、自首したにもかかわらず無期懲役の刑を科され、脱獄して波乱の逃亡をする
も一つとして安住の地はなく、蛮社の獄が終わっても相変わらず追われ続ける身であったということ。
それもこれも、若い時代の傲慢ぶりや女性に対する人を人と思わないような態度があったことのツケが
祟ったようです。
それでも、大勢の弟子や理解者たちの手を借りて、6年半もの逃亡劇を続けられたことも事実。
傲慢な人柄のようでいて、実は他人から好かれもした長英。
人間の二重性を感じさせつつ、人生の最後をめくるめく逃亡の中に生きざるをえなかったという史実。
瞠目させられました。


吉村昭『海の史劇』。

600ページ超の超大作ではあったが、まったく長さを感じさせない。
これもまた夢中になって読んでしまった。

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この作品、日露戦争時のバルチック艦隊の動静をロシア軍からの視点で描いた小説である。
ロシア側からの資料をもとに描いている場面もあり、膨大な取材と参考資料の積み重ねを感じさせられた。

艦隊がリバウ港を出港してから日本海に到達するまでの苦難の連続は筆舌にしがたい。
どう考えてもありえないのに、日本の水雷艇がヨーロッパ近海に押し寄せてくるという虚報におびえ、むなしく
海中に砲火を放ち、そのおかげで英国の商船を巻き込みそれが国際問題に進展、各港での石炭積み込み
に支障をきたしたり、乗組員が不眠不休になってしまうなど問題山積みであった。

それでも、艦隊は地球半周の旅を曲がりなりにもこなして喜望峰を回る。

マダガスカルでは、途中参加のロシア艦隊を待ち受けるために1か月近くも無駄に待たされ、その間大勢の
病死者を出し消耗していく。やっと来た補助艦隊を加えて進発するも、また敵の存在におびえたり、寄港を拒否
されるなどの心配事が続く。

艦隊を率いるロジェストベンスキー中将は、それでも自らが率いる艦隊の勝利を信じ訓練を重ねていくのだが、
いかんせん日本側と比較して実戦経験が少なく、それを了解しながらもこれだけの艦隊があれば勝てるだろう
と見込んだのだ。

で、いざ対馬沖に出て、日本艦隊を迎えると……というわけで、あとは、東郷平八郎率いる日本艦隊が
敵前回頭して砲火を放ち、ふだんの猛訓練のたまものか、ロシア側の戦艦を次々に撃破。完膚無きまま
に叩きのめすのであった。

海戦の結果はもう明らかで、日本側の死者が100人程度であったのに、ロシア側は6000人超で、さらに
捕虜が4000名という始末。日本側は水雷艇を2隻失うという程度の軽傷なのに、ロシア側はバルチック艦隊
の主要戦艦8隻をすべて失うという結果に。
史上空前の大勝利を達成した日本側であったが、あとはポーツマス条約への流れとなり、捕虜を松山その他で
収容するということになった。

面白いのは松山でのロシア人捕虜たちの待遇であるが、市内の散策や海水浴はおろか、なんと遊郭に行くのも
OKという破格のものであった。ロシア人専門の女郎がいたりとか、のけぞるような歴史的事実があったようで
ある。もちろん多々問題が紛糾する場面もあったのだが、概してうまくまとまり、ロシア人捕虜たちも捕虜であるに
かかわらず我がまま放題な面もあったりするのだが、日本側が万事大人の対応をすることで問題は解決されて
いく。

ケガをして捕虜にされたロジェストベンスキー中将は日本でケガを癒し、ロシアに帰国するのだが、すべての
官職を奪われ失意のうちに死んだとのこと。それから本書は、東郷平八郎の死をラストにして終わっていく。
また、本書では海戦のみならず陸戦の場面、とりわけ旅順要塞の攻防についても触れているのだが、
著者はなんとも感情が激していたのか、旅順要塞にひたすらに突撃を繰り返し、戦死者の山を築く乃木希典
を『無能である』と断言し、少なからぬ怒りを込めて乃木を断罪している。本書を読むと、いかに乃木希典が
無能というか、頑迷でしかも前線のことを理解していないかが呆然とするほどに理解できるのである。

とくに、乃木以下の首脳陣が、前線とはまったく離れた場所で作戦部をもうけていたということに、児玉源太郎らの首脳部は激しく怒りを感じ、前線の苦しみがまったく理解できていないとののしり、自らが乃木からの指揮権を
奪って二百三高地作戦などを指揮して旅順要塞陥落までの道筋をつけてしまう。

とまあ、戦争の華々しさと愚かしさを両面から教えてもらえるそんな良書でした。

吉村昭『雪の花』。

180ページ程度の中編なので一気呵成に、と思ったが、なんだかんだ4日もかかってしまった。

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江戸末期の福井藩にて、天然痘の被害が拡大していることに胸を痛めた町医・笠原良策の生涯を
描いた作品である。
基礎資料がおそらくかなり乏しかったのだと思うが、ほぼ不明な家族の描写など
作者なりの苦心がうかがわれた。

当時は天然痘は死病であり、生き残っても生涯あばたが顔に残り、薬がまったくないことから、漢方医の
「牛糞を飲めば治る」というまやかしが広く信じられ、まるで処置なしの状態であった。

犠牲者の中には子供が多かったことから、医者としてまるで対処の仕方がわからないでいることを
嘆いた笠原良策は、ある蘭方医との出会いを通じて蘭学に目覚め京都に修学に行き、そこで
西洋ではジェンナーらによる種痘の方法で天然痘に対処していると知り、これを福井藩で実行しようとする。

で、牛の天然痘である牛痘を人間に接種し、ここから膿を出してこれを次々に幼児たちに接種することで
天然痘に対する免疫を作るという方法で試みるのだが、その牛痘を手にするところまでは順調に行き、
そこからが苦難の連続……というストーリーである。

とくに、京都で種痘を終えた子供を福井に連れ帰る苦難の道のりの描写は読んでいて壮絶であった。
雪深き中、子供が泣き叫ぶのも構わずに、ほとんど遭難しかかりながらも歩き詰めに歩き、やっと村人
たちに発見される場面など、笠原良策の一途さが伝わった。

で、福井藩で接種をしようにも、牛痘に対する偏見から誰も来なかったり、かえって石を投げられて誹謗
される有様。役人からも相手にされず、自分の財産を投げうってまで種痘を広めようとするのだが、それでも
なかなかうまくいかない。

が、至誠天に通じ……ということで、いざ天然痘が流行するや少しずつ人々も接種を試み、結果として
再種痘に失敗した一例を除き、種痘した子供たちから死者が出ることはなかったということであった。

で、当の笠原良策は明治期になるまで生き……というストーリーだが、ほぼスポットライトを浴びることがない
人物を取り上げて作品を作るという吉村文学の真骨頂となっていて実に読み応えがあった。
江戸末期に種痘という手法が試みられていたという事実にも目を開かされた。
中編であるが、実に読ませる内容の小説である。
ぜひ読んでみていただきたいですね。

読後感ずしり。

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終戦の日に、捕虜になっていた米軍のパイロットを斬首したという罪科により、戦後、警察とMPに
追われることになった主人公。
その主人公の逃亡劇を描いたのが本作である。

息詰まるような逃亡シーンというか、逃亡先での滞在生活を主として描いた作品であり、淡々とした
描き方ながらも、いつ警官に尋問されるのかと日々緊張して過ごす主人公の心の焦りに、こちらも
手に汗を握る思いである。

それにしても、戦時にあって、米軍空襲機からパラシュート降下して日本側に捕虜になった米兵は
少なからずが日本側の手によって処刑され、この作品にもあるように人体実験用の解剖にまで処された
というのだからあらためて驚かされた。

それもこれも、米軍が無差別の空襲を日本側にはたらいたからという論理から出た残虐行為であったのだが、
戦後はそれが一転して警察の追及するところとなる。
この作品を読んで、逃げる主人公の読みの甘さが目立つところが目立った。
旧軍属の知り合いを二人も頼るも、二人とも人格が変わっており、戦後の混乱期において保身を図る者ばかり
で、主人公は長居できない。要するに、戦後には価値観が大転換しているにかかわらず、戦中の上下関係
だけで人柄を判断する主人公の価値観があぶりだされているのである。
それでも、姫路市のマッチ工場に身をひそめることに成功し、そこで社会の動静をうかがうのだが、警察の追及
はいよいよ強まり、戦時の捕虜虐待者は即絞首刑という記事を読んで恐れおののく。

で、いよいよ、逃げおおせるかと思いきや……というところで、まあ、ラストまでつながるのだが、ラストあたりの
いろいろな場面は、これも実に手に汗を握る。というか、臨場感がありすぎて、まるで自分がその場に立っている
かのような感覚に襲われる。ここらあたりは吉村文学の真骨頂なのではないかと思わせる場面が多い。
したがって、もうページから手を離せなくなる。
文字通り、一気呵成に詠みあげてしまうという作りになっている。

それにしても、戦中戦後でこうも人間性が変わるのかという描写が、司令官レベルから一般兵卒、それから庶民
に至るまでよく描かれているのである。最終的には主人公も大きく変わってしまって……という落ちなのであるが、戦中戦後の混乱期をよく知らない世代によっては実に読み応えがあると思う。
また、戦争中での捕虜虐待の実態や、戦後の米軍の横暴にも目を開かされると思う。

平和であってよかったと今の時代を素直に感謝できる良書である。


吉村昭『生麦事件』。

上下巻。ダイナミック。

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江戸末期の生麦事件〜薩英戦争〜列強艦隊による長州藩攻撃〜幕府軍による長州攻撃と鳥羽伏見の戦い
までを描いた、かなりスケールの大きい歴史小説である。

メインはあくまでも生麦事件と薩英戦争なのだが、吉村氏の筆力にかかると、生麦事件がいかに凄惨なもの
であったかがわかる。なにせ、殺された英国人は片腕が切れそうになり内臓が露出するほどのものであった
のだから。薩摩側の大名行列をふさぐ形になったリチャードソンが薩摩志士によって斬られてしまうという
有名な場面である。

それから薩英戦争までの流れになるのだが、戦争に至るまでの双方の駆け引きが実に面白い。
が、悲惨な生麦事件を引き起こしておいて、薩摩藩は自若として戦争準備を整え、英国艦隊を迎え撃つのだから
そこが痛快といえば痛快か(生麦の犠牲者には申し訳ないけれど)。

で、薩英戦争なのであるが、これは結果としては、旗艦の艦長を含む英国人13人の犠牲者を出し、
薩摩側が6名である。犠牲者数を見れば薩摩側が少なく、英国は旗艦の艦長を失ったということが
非常に衝撃的であったらしい。
戦時になって、英国は薩摩側の蒸気船を3隻拿捕し、これが薩摩側には宣戦布告ととられ、それで激しい戦闘
になるのだが、英国は鹿児島市街を焼き払い集成館などの兵器工場をも爆破させてしまう。
物量の被害は薩摩側が圧倒的に多く、それでも戦争自体の勝敗はまず五分五分というところであった。

この戦争自体は、英国側の議会においても非難が殺到し、英国人一人が殺されただけでこうも戦争に突入
する必要があったのかと疑問を呈する声があったとのことである。
それでも、戦後の交渉において、薩摩は莫大な償金を払うことに同意することになる。

面白いのは、英国側が求めた生麦事件でも殺害者を差し出せという要求に対し、薩摩側が最後まで
しらをきり、殺害者である奈良原喜左衛門と海江田信義の二人を最後まで守り切り、あろうことか
「犯人は今もって逃亡中」と嘘をつきとおしてしまったことである。で、英国もその嘘を信じ、結局、下手人
を差し出すことはなかったという事実。

で、薩摩藩が英国に支払った償金も実は幕府から無理矢理借りた借金から払ったものであり、薩摩側の
金庫から出た金ではない。で、この借金は、後の討幕活動において幕府と対立したことで薩摩はチャラに
してしまったのである。
さらにその上、薩摩側は英国との和平交渉において、ちゃっかり敵である英国から軍艦などの兵器購入を求め、
それを認めさせてしまっているのだから、あきれてしまう。痛快すぎる。
その交渉力の高さに思わずうなってしまう。

あの薩摩藩は、世界最強の英国と徳川幕府の二つを手玉にとってしまったわけである。
事実上あの戦争は、薩摩側が勝ったのではないかとすら思えてしまうほどの芸当を薩摩は成し遂げた
わけである。これにもうなってしまう。

あとは、生麦事件が江戸幕府倒壊と明治維新の成功に至るまでの歴史的偉業のきっかけになってのではない
かと思えるほどに、薩摩及び長州藩の討幕活動が描かれ、鳥羽伏見の戦いに至るまでの経緯が描かれる
のであるが、一読してなぜかスカッとした感情を覚えた。

凛とした、はつらつとした当時の日本人の意気が伝わるような作品であったと思う。
これは、読んでいて損はない作品であると自信をもってお勧めする。

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