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こんにちは。Tomoです。 |
読書
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久しぶりの更新が続いてます。 週末、風邪引きの私は ベットの中でごろごろしながら2冊読みきったので 本日は『トワイライトー重松清著』のご紹介。 小学校卒業記念に埋めたタイムカプセルを 掘り出すために26年ぶりに再会した同級生達のお話。 小学生の頃、輝いたた未来を夢見て埋めたタイムカプセル。 そして、26年後。子供頃夢見た未来と現実の落差の狭間で生きる人々。 タイムカプセルの担任の白石先生の手紙の最後の言葉 『皆さんの40歳は如何ですか? あなたたちは今幸せですか?』 は私の胸にも響きました。 子供の頃の未来は本当に輝いてました。 本当に宝石みたいに輝いてました。 でも、35を過ぎると 自分の限界が見えてくるような、 夢よりも現実の壁に当たって、 夢よりも現実の今を生きるのが精一杯って感じがして。。。。 時間に追われて我武者羅に生きてる人もいれば 何となく毎日が淡々と過ぎていく人もいて、 リストラ、離婚、不倫、借金など等、それぞれの悩みを抱えながらも 皆、頑張って生きてるのだと思える本でした。 読んでると何だかしんみりしちぃましたけど、 そういう気持ちも理解できちゃうんです。 35を過ぎた方にお薦めの一冊です。 いくになっても未来を夢見ることが出来るって素敵ですね。 今、私は幸せです!と言える生き方がしたいです。 私もタイムカプセル、埋めてみようかな。 『トワイライト
重松清著 文春文庫出版』 |
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3月13日にどうしても読みたい本!でご紹介させていただきました書籍 『その名にちなんでー ジュンバ・ラヒリ著 小川高義 訳』が 先週の木曜日、3月29日に漸く到着いたしました。 発注してから約2週間、待ちに待った本の到着で 嬉しくて嬉しくて、先週末は寝る間も惜しんで?ってことはないのですが、 日曜日でめでたく読破です。 読み終わった後、 自身もインド系2世の著者ジュンバ・ラヒリが 絶対書きたかったテーマに違いないと思わずにいられませんでした。 移民1世の心情、2世の葛藤、人生の中で起こりえる事柄を 想像していたより淡々と書き綴っている小説、とでも申しましょうか。 移民1世のアシュケが経験したアメリカでの身内のいない出産や ベンガル語が恋しくて持ってる本を何度も読み返すところ アメリカで手に入る食材を代用してインド風のスナックを作る場面、 アメリカでもインド料理ばかり作っている姿や インドの親にアメリカのいる寂しさや苦労は言えず 心配ない、楽しくやっていると手紙にはしたため、 同胞との絆が強く付き合いが深いのはベンガル人ばかり、なんてところは 私も思い当たる所だらけで、 ゴーゴリ(2世)が親のインド訛りの英語を恥すかしいと感じたり、 インドの慣習にとらわれるのを酷く嫌ったり、 どんなにアメリカ人となったつもりでいても インドの悪口を言われたりすると腹が立ち 人生の節目にくると素直にインドの風習に従うあたりは どこか日本人にも通ずるものがあって (日本人のみならず、アメリカ人でもそうだと思いますが) 後半のゴーゴリの結婚では 同じインド人2世同士、結婚に至ったものの、 妻の友人達に溶け込めないがゆえの孤立、孤独感、苦痛。 妻は妻で『見合い結婚』だったことを親への敗北と感じ不倫に走ってしまう あたりなんぞは とても現代的な設定で移民じゃなくても理解できる部分があり、 最後の最後にゴーゴリが 父から貰った名前の由来の本『外套ーニコライ・ゴーゴリ著』 を始めて手に取り読み出す場面は 彼の心の中のわだかまりが 年月を経て漸く溶け始めた瞬間に思えました。 仕上がり的には劇的なハリウッド的アメリカ映画でなく 淡々と人生を語るフランス映画を読んでいる感じです。 ご紹介した時は主人公のゴーゴリをインド名だと思っていましたが、 ゴーゴリと言う名前はロシア人の作家『外套』の 著者ニコライ・ゴーゴリに由来しているものでした。 ちなみに彼はゴーゴリからニキル(ベンガル語)の名前に改名します。 改名した時に選んだ名前が母国語というのがミソかなって思いました。 どちらかと言うと内容的には重い感じなので
軽いタッチの本がお好きな方にはお薦めしませんが、 ですが、読んでも損にはならない本のはず。 読んでいるうちにインドが日本に近い国に思えてくる一冊でもあります。 東洋系って、どこか通ずるものがありますね。 興味のある方は是非どうぞ。 |
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里帰りの際にはいつも大量の書籍を買い込みます。 多いときには古本、新刊を合わせると50冊ほどになることもしばしば。 かといって、ちゃんと読んでいるかというと話は別で 日本語の本が手の届くところに沢山あるという安心感に流されて 途中まで読みかけてそのままになってしまった本や 手もつけてない本など様々です。。。。 『アメリカにいるんだから英語の本も読め!』と お叱りを受けそうですが、 私レベルの英語で話がちゃんと理解出来るのは 新聞と説明書くらい。。。。。。。 何故なら、英語が直接的。 文学作品なんか、表現が間接的で遠まわしすぎて理解出来ません。。。。。。。。 というわけで、元来怠け者で英語にちっともなじまい私は 日本語の本へとお気楽な方に流れていくわけです。。。 今回は里帰りの際に購入した 酒井順子著『負け犬の遠吠え』のご紹介です。 かなりの話題作なので読んだことがない方でも 名前だけはご存知かと思いますが、 30代の未婚の女性を負け犬と表した本だけに論議をかもした一冊です。 個人的には未婚の30代、40代の方をみても『負け犬』とも思いませんし、 既婚だというだけで『勝ち犬』とも思いませんが この本を読んでの素直な感想は『思ってたより面白い』です。 この本の分類でいくと、私は『勝ち犬』に属するわけですが 『じゃ、勝ち犬になって、何か得したことはありますか?』なんて問われると 『いや、別に・・・・・。」としか、私は答えられません。 確かに結婚して未婚の人とは違った経験が増えたにしろ 専業主婦になり、職場の人間関係を気にすることはなくなったものの、 嫌になっても『もう辞めます!』と言い出せない新しい家族との関係は 複雑化しても簡単に消えてなくなることはなく、 家事と育児に追われて、こんな結婚生活をおくるはずだったんだっけ???と 夢と現実の世界の差に唖然とし、 キャリアを突き進む友人を観れば羨ましく、 石川啄木の『友がみな我より偉くみえし時、花を買いて妻と親しむ』の歌を 聴いて、あ〜、これは私のことかと思わずにはいられない。 気が付けば随分歳をとったもんだと思ってる自分がいます。 人間とは欲深いもので、結局のところ、ない物ねだりなのです。 35を過ぎてみると この本で述べられていることは 未婚、既婚にかかわらずうなづけることが多くて 『そうそう、分かる。分かる。』と 相槌を打ちながら読ませていただきました。 29歳に気づかなかったことが 35を過ぎると見えるようになる 本当にそうだと思いました。。。。。 年齢を重ねるごとに考えなくてはいけないことが沢山ありますね。 (*30歳以下の皆様、その歳がくればきっとわかるようになりますので) 興味のある方は是非どうぞ。
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もう随分前の話ですが |


