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新潮文庫版『坊っちゃん』(夏目漱石)の記事を書いた折のことだ。坊っちゃんこと「おれ」にとっての「松山という町の何にも勝る美点」として、私は「湯」と「山嵐(堀田先生)の存在」を挙げたのだけれど、最も大事なものを失念している事に気がついた。それは、「うらなり君(古賀先生)の存在」である。
坊っちゃんからしてみれば、慎ましやかな彼の性情には、じれったさや物足りなさを覚えることもあったろうし、竹を割ったような好漢というか、スッパリと解かりやすい山嵐に比べると、何を考えているかよく分からない人物と映っていたであろうことは想像に難くないが、それでも、うらなり君が延岡に転任させられる時には、「浜まで見送る」と坊っちゃんに言わしめるのだから、やはりそれだけの徳を持った人物であることは間違いない。まぁ、徳というよりも、単にほっとけないタイプだったと言った方が近いかもしれないが。
うらなり君が校長や赤シャツの奸計に引っかかって、五円の昇給とひきかえに延岡の中学校に転任させられることとなり、『坊っちゃん』という作品の中盤から消えた後、彼の消息がどうなったか気になる読者は存外に多いのではないかと思われる。この小林信彦氏が書く『うらなり』は、そんな押しの弱そうな英語の古賀先生が、松山時代から延岡時代を経て姫路に移り住み、自分の来(こ)し方を振り返る形で進行していく。
昭和九年、かつて松山で英語教師を務め、東京から赴任してきた新人教師に「うらなり」と呼ばれていた男・古賀は、これも同じ中学で数学教師をしていた堀田と東京で再会する。お互いに早、五十年配の初老になっている。堀田は数学の参考書を出版し、その評判から堀田の存在に気付いた古賀が出版社に問い合わせ、再び邂逅する運びとなったという設定である。およそ三十年ぶりの顔合わせだ。古賀と堀田は、松山時代に出会った、無鉄砲で江戸っ子気質丸出しの新人教師の思い出を語り、堀田とその新人教師が教頭(赤シャツ)と画学教師(野だいこ)を打擲(ちょうちゃく)した事件の顛末を確認していく。
面白いのは、『坊っちゃん』に登場する「おれ」が古賀を「うらなり」、堀田を「山嵐」という風に、周囲の人間に綽名(あだな)を付けていたのと同様に、古賀も「坊っちゃん」と呼ばれていた新人江戸っ子教師のことを「五分刈り」と呼んでいることである。本家本元の「坊っちゃん」は、容貌どころか実名だって説明されていないから、物語を展開する上では彼を何かしらの呼称で呼ばなくてはならぬ。そこで「五分刈り」ということになったのだろう。そうか、「坊っちゃん」て五分刈り頭だったのかと、夏目漱石の『坊っちゃん』の方にも、具体的で生き生きとしたイメージや色が付与されていくようである。
当時「うらなり」と呼ばれていた古賀の視点から、新人江戸っ子教師を観察すると、まるで理解できない言動のオンパレードだったことが分かる。この古賀の心情を端的に表す文があったので引用しておきたい。
男には人の心に土足で入ってくるようなところがあった。江戸っ子というものがすべてそうとは思わないが、自分の考えや行動はよろず正しいと思っているらしいのが私とは合わなかった。合わないというよりも迷惑である。
確かに古賀のように万事控えめで、言いたいこともハキハキと言えない、性格の穏やか過ぎる男にとっては「五分刈り」のような男は付き合いづらいに違いない。
自分に対して、決して良い意味ではない「うらなり」などという綽名をつけ、その割には温泉で偶然一緒になれば、顔色の悪い自分の事を気遣って「病気はないのか」と聞いてきたり、自分の事を君子だと褒めたり、転任に際しては「浜まで見送りに行く」と親切なところを見せたりする。その上、ある事情があって江戸っ子教師が下宿先を引き払ってしまった時などは、間借りさせてくれる家を紹介して欲しいと、自分の所に頼っても来るのだ。(おいおい、まず引越し先を決めてから、今の下宿を引き払うのが順番でしょうが…)と古賀は思ったようだ。当たり前だ。しかし、江戸っ子教師には、本当にそういう無鉄砲で無考えなところがあって、しかも他人の懐に無防備に飛び込むような幼さもあるのだ。古賀のような松山の地の人間で、傾きかけているとはいえ旧家で生まれ育った人間からすると、この江戸っ子の考えていることなど寸毫も理解できなかったのであろう。そういう風に「うらなり」から「坊っちゃん」の姿がどう見えていたかということも書かれていて、ほんのりとした可笑しみを愉しむことが出来る。
この『うらなり』を読んだことによって、漱石の『坊っちゃん』における主人公も実はこの「うらなり」だったのではないか、という気がしてくる。表題こそ『坊っちゃん』となってはいるが、物語の骨子は、校長(狸)・教頭(赤シャツ)・画学教師吉川(野だいこ)の俗物トリオと古賀(うらなり)・堀田(山嵐)の暗闘だからである。
そして古賀と堀田とは、一人は何も言わずに運命を受け入れて去っていく敗者であり、もう一人は最後の最後に教頭(赤シャツ)と画学教師(野だいこ)を殴るという直接的な反骨精神を発揮して去っていく敗者となっているのだ。堀田が堪忍袋の緒を切らして上司と同僚を殴ったのに比べて、古賀が、マドンナを奪われそうになっていても、理不尽な経緯で転任の御沙汰を受け入れさせられても、ぐっと堪えて去って行ったことを考えると、『坊っちゃん』という作品の中で良識的なのは古賀だけなのである。
「坊っちゃん」はどちらかといえば、松山の中学校を舞台としたその暗闘に巻き込まれて、たまたま堀田とウマが合ったがゆえに中途参戦したに過ぎない傍観者なのである。(下女の清も坊っちゃんと同じ東京組として傍観者の立場にある) 『坊っちゃん』の冒頭にて「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」とあるが、「坊っちゃん」自身は松山での生活で損などしてはいない。堀田と一緒になって赤シャツと野だいこを殴り、教職を放り投げて東京に戻った後、かれはさっさと他人の周旋で東京市街鉄道株式会社の技手として再就職し、清を看取ることも出来ているのだから。本当に損をしたのは、言いたいことをすべて飲み込んで、生まれ故郷に母もかつての許嫁も残し、一人で転任していった「うらなり」なのである。だからこそ、我々読者は物語の途中で、ひっそりとフェードアウトしていく古賀の行く末が気になって仕方がないのだ。
もっと言うと、清以外の登場人物が<坊っちゃん>という言葉を使っている点に着目すると、主人公は「坊っちゃん」だけでも「うらなり」だけでもなく、物語に出てくるあらゆる人物が主人公なのではないかとも思えてくる。それはここだ。教頭(赤シャツ)と吉川(野だいこ)が、張り込みしている「坊っちゃん」と堀田(山嵐)に攻撃される少し前。野だいこが言った台詞にこんなくだりがある。
「あの男もべらんめえに似ていますね。あのべらんめえと来たら勇み肌の<坊っちゃん>だから愛嬌がありますよ」
ここで言われている<坊っちゃん>とは、要するに、世間知らずで世渡りが下手な甘ちゃんということだろう。一義的には、東京から来た新人教師を指すわけだが、しかし、<坊っちゃん>気質なのは果たして江戸っ子新人教師だけであったろうか。それを言うなら、皆、狭い世間の中で生きることを余儀なくされている<坊っちゃん>なのではなかろうか。
「坊っちゃん」は当然、初めて社会に出たばかりの世間知らずだろう。そして堀田も、そこそこ若そうな年齢からいって、今いる学校以外の教壇に立ったことのないであろう世間知らずだ。古賀もそう。許嫁である遠山のお嬢さん(マドンナ)以外の女性と親しく語り合ったこともなかろうし、父親が遺してくれた財産を人に騙されてすり減らしてしまったことから言っても、折り紙つきの世間知らずだ。マドンナの場合は<嬢ちゃん>と言うべきだが、古賀という好人物の許嫁がいるにも関わらず、有望株のように見える教頭にして文学士の赤シャツになびこうとしているのである。時代柄とはいえ、狭い狭いコミュニティーの中での異性しか知らず、尚且つ、男を見る目の無い世間知らずの女性なのである。こう考えて見ると、夏目漱石が遺した『坊っちゃん』は、世間というものをまだまだ良く知らない初(うぶ)な人たちが繰り広げるやっさもっさで占められているようでもある。
ただ単純に『坊っちゃん』を読んだだけでは気付かなかったようなことを、『うらなり』という作品は気付かせてくれたように思う。それは取りも直さず、「うらなり」こと古賀の目線に転換して、『坊っちゃん』が語り直されているからである。けれども『うらなり』は、漱石の作品の焼き直しとか二番煎じにはなっていない。勿論、先行作品をチョイチョイと利用したスピン・オフ作品でもない。「うらなり」という、漱石が提示した「物言わぬ敗者」にも懸命な後半生があり、明治・大正・昭和を通じてのいとおしむべき人生があるということを最大限に想像し、訴えかけているオマージュ作品に仕上がっている一作なのである。
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『うらなり』、ますます読んでみたくなりました。玉兎さんがおっしゃるように、『坊ちゃん』の坊ちゃんに漱石は姓名を与えなかったわけだから、『うらなり』でいきなり、たとえば「田中太郎」とかって具体的な姓名を与えることはできないんでしょうね。漱石の意図に反してしまうことになるようにも思いますし……。「五分刈り」っていいですね。キャラクターのイメージがはっきりする感じで。いやぁ、読みたい!!読みたい!!
2010/6/2(水) 午後 7:18
ookini_nekoさん、そうなんですよ^^。
作者の小林信彦さん自身も、「創作ノート」というもう一つの章で、「坊っちゃん」の姓名だけは勝手に創作すべきではないと思った、という風に書いていらっしゃるんです☆
ただ、この『うらなり』という作品、同じく齢を重ねた「マドンナ」も登場するのですが、彼女については、娘時代の「マドンナ」という清楚で神聖なイメージを引きずらない為に、創作名が付けられていますので、その辺りも興味深いかと思います^^。
機会がありましたら是非☆
2010/6/3(木) 午前 10:34