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国家は必ず嘘をつく―――。より小規模な組織でも然り。人間一人ひとりは善良だとしても、それが寄り集まって、組織や国家という大きな共同体を形成した場合には、それが善良な国家、善良な組織である保証はどこにもない。人間一個人でさえ、たとえ善良な小市民であったにしても、自分の失敗や過ちや恥を認めるのに多少の勇気がいり、それらを過小評価しがちであるのに、人間の寄り集まりであるところの国家や組織が、その人間の性(さが)から逃れられようはずもない。むしろ、国家や組織といった共同体が自らの負の部分を嘘や隠蔽で糊塗する場合、それが巨大な功利主義に根ざしていることが殆どであるゆえに事態は一層深刻である。そしてその嘘が、国民のため、社会のため、パニックを起さないためというのだから、始末が悪い。
『チェルノブイリの少年たち』を購入したのは、いつ頃のことだったろうか…。私が持っているこの九刷が平成七年(一九九五年)の発行であるから、出されてすぐに手に取ったとして、大学二回生の頃である。それから十六年間、私はこの本を購入して本棚にしまいこんだまま、一度も読まなかった。チェルノブイリ原発の事故は、当時十一歳だった私の眼にもとてつもなく衝撃的で深刻な問題だったし、原子力発電、あるいは原子力発電所というものに全然無関心だったわけではない。何と云っても、私の住む山口県東部には上関(かみのせき)原発建設予定地が存在し、もうかれこれ三十年にもわたって、住民が推進派と反対派に分裂して対立し、さらに反対派住民と中国電力が闘い続けていたのだから。ただ、なんと云ったらいいのだろう…。私は、そういう問題を極力避けて通るようにしていた。考えないようにしていた。大人たちのややこしい利害関係に首を突っ込みたくない、という心境だったのかもしれないし、チェルノブイリ原発に関して云えば、遠い遠いウクライナ地方の事故で、対岸の火事と呑気に構えていたのかもしれない。だが、この「考えないようにしている」という消極的行為も、私の、ひいては人間の悪いところであり、この致命的な欠点が国家や組織という、より大きな共同体において立ち現れてしまうと、起こり得る危機に対して、実は何らの予測も対策も講じていないという、極めて怖ろしい状態が現出する。
私がこの本をようやくのこと読んだのは、福島第一原子力発電所で重大な事故が起こった後だった―――。
物語は、チェルノブイリ原発が爆発事故を起こした一九八六年の四月二十六日深夜から始まる。主人公となるのは、チェルノブイリ原発の近隣地区・プリピアーチに住むセーロフ一家。父アンドレー、母ターニャ、十五歳の息子イワン、そしてようやく十一歳になったばかりの娘イネッサの四人家族である。父であるアンドレーは、チェルノブイリ原子力発電所の古参の職員で、彼ら一家が住んでいるアパートは、その住人全員がチェルノブイリ原発で働く職員家族であった。アンドレーは、世界一の原子力発電基地を目指すプリピアーチの住民として、かつ、チェルノブイリ原発の設計から運転作業にいたるまでを監督してきた真面目で誠実な職員として、誇り高く生きてきたし、その誇りを胸に愛する家族を養ってきた。その、自分にとって誇りと自信の源であった発電所が、何の前触れもなく、深夜の一時二十三分、大音響とともに爆発し、火柱を立ち上げたのである。
深夜の事故という事情もあったのかもしれないが、もの凄まじい火炎が吹き上がっているにもかかわらず、セーロフ一家を含む職員アパートの住人が避難するのには、かなりの時間を要した。彼等は軍人の指示のもと、避難用バスに乗る手続きをさせられ、そのバスも夜明けになってもなかなか到着せず、結局、自家用車で避難できる者は、家族ごとに車に乗り込むことになった。けれどもそれは、逃げたい場所へ、逃げたい速度でめいめいに散らばってよいということではなく、軍用トラックに先導されての、のろのろとした逃避行であったのだ。自家用車を持たない住人は軍用トラックや、やっと到着したバスに詰め込まれて出発する。この爆発事故から朝方までの数時間で、アンドレーの車には得体の知れない灰が降り積もっており、地面には今にも死にそうな鳥が転がっていた。
避難の大行列は軍部の統制下に置かれており、何ぴとも、その行列から抜けることは許されないようであった。その間にも娘のイネッサは頭痛と不快感からぐったりとし始め、息子のイワンも視力を失いかけている。人々は、肌に刺すような痛みを覚え始め、若い母親が抱えている乳児の中には吐血している者もいる。農地を見やれば、羊の死骸―――。そんな中で、軍人に追い立てられ、家族とともに避難せざるを得なかったアンドレーは、急遽、チェルノブイリ原子力発電所に引き返すことになる。彼の上司であるコリヤキンの命令であった。アンドレーを含む十三人の幹部職員は、さらに十人ほどの部下を招集し、合計百数十人の決死隊となって原子炉の処理に向かうのである。セーロフ一家は引き裂かれるようにして、父のアンドレーを奪われ、そしてそれは、本当に今生(こんじょう)の別れとなってしまったのだった。上司のコリヤキン自身は事故現場には赴かず、避難者のバスに乗り込んで、軍のやり方に不満や疑問を投げかける者、都合の悪い情報を口にする者を見つけては圧力をかけていく。
悪夢のような出来事を次々に体験していくイワンとイネッサ。発電所から命からがら脱走し、現場の真実を皆に教えようとしたニコライ・アレクサンドロフが見せしめのために銃殺され(おそらくその妻も)、二万人以上いる避難者は途中から大人と子供に分けられてバスに分乗することになり、イワンとイネッサは母ターニャとも引き離されてしまう。実は、百キロ四方に飛散した高濃度の放射性物質や有毒性ガスの中を、避難する彼等はせいぜい二十キロ程度しか移動できていないのだ。次第に血液が破壊され、体中に内出血による紫色の斑点が浮かぶ。脱毛する者も見受けられるようになってきた。急激に衰弱していく自分の肉体を目の当たりにせねばならない恐怖を避難者たちは味わい、それを必死に噛み殺す。途中に設けられた検問所では、健康状態の把握と称して当局のための名簿が作成され、症状ごとに人間を分類している。イワンとイネッサの兄妹は、ここでさらに別々のバスに乗せられ、異なる病院に収容されてしまうのであった…。彼らの行く末には奇跡もハッピーエンドも用意されてはいない。
この小説の結末はひどく恐ろしい。母ターニャは子供たちから引き離されたあと、キエフに住む姉夫婦のもとに身を寄せながら、イワンとイネッサの行方を追うが、どれほど手を尽くして調べても、最早彼らの居所はわからない。子供たちは忽然と姿を消した。姉夫婦は無頓着なのか、テレビで注意喚起の対象となっている汚染されているかもしれないパンやミルク、野菜を平気で口に運んでいる。ターニャは、過酷な避難を体験したものとそうでない者との意識のあまりの違いに、愕然とするのであった。そんな平静を装うキエフの街にも、眼に見えない放射性物質は、しんしんと降り注いでいる。
『チェルノブイリの少年たち』を読んでいくと、現在、我々日本人が福島第一原発の事故について直面している問題や不安といったものが、すでに記されていることに気付くはずである。例えば、福島第一原発を中心とした同心円状に区分された被災地域。あれにしたって、(本当にそういう区分で間違いないのか? 本当にそんな風に満遍なく放射性物質は拡散するものなのか?)と疑問に感じた国民は多かっただろう。ヒロシマ・ナガサキに投下された原子爆弾の、爆発直後における瞬間的被害の拡大状況ならば、ああいった図で問題ないが、長時間あるいは長期間にわたってジワジワと放出される害毒に対して、あんな同心円を当てはめるのは本当は間違っているのだ。事故後かなりの日数が経って初めて、我々は、放射性物質が集中的に溜まる「ホットスポット」という言葉を耳にするようになったが、実のところ、本書にはすでに、そのことについての記述がある。
このような場合、灰は平均的に全面を覆うのではなく、気流と気流が交錯して生ずる細い流れに沿って、ある地点へ集中的に降りつもる。それが丘陵の起伏による温度差と組み合わさり、一ヵ所に驚くほど大量に降下する。(36頁)
「風向きが変った」というニュースがソ連当局から発表された瞬間、キエフに第三の変化が訪れた。チェルノブイリ原子炉から噴出するガスが、こちらの方向に流れていることを知らされた市民のパニックは、今度こそ衝撃的なものだった。果たしてあのメーデーの日に、風はこちらに吹いていなかったのだろうか。どうやら今日までの当局の発表が、とんでもないトリックだったらしいことに人びとは気づいた。いま当局が発表している言葉が、ようやく現実の状況を伝えはじめたのだ。(148頁)
福島第一原発のような全世界に発信されるほどの未曾有の大事故を経験したのは、確かに我々日本人にとっては初めての経験であるかもしれない。しかしながら、この作品を読めば、今から二十五年前に同じような経験をしている人々が、受けた放射線量や民族こそ違え、存在したことを、はっきりと思い出せるのである。我々は日本政府から発せられる情報を鵜呑みにするばかりではなく、類似する事故について書かれた本を読むことで、医療におけるセカンド・オピニオンのように、今回の福島での事故を考えることが出来たはずなのだ。あの同心円図はおかしい、もっときちんと各地域の放射線量を、観測地点を大幅に増やして観察し、それに基づいて作成した分布図を公表したほうがいいのではないかと、より早い段階で声を上げられたはずなのである。
加えて本書には、事故以来、日本人の多くが感じ続けているのと酷似する憤りが、そこかしこに書かれていることにも注目したい。
「これが」と、ターニャはようやく口を開いた。「私たちの信じてきた世界一安全な発電所だったのね」 烈(はげ)しい怒気がこもった最後の言葉だった。根拠のないことではない。夫のアンドレーから、絶えずそう聞かされ、実際、つい昨日まで、事実がそれを実証してきた。誰もがそこに信を置いていた。これほどおそろしい落とし穴があると、アパートの住人の誰が予測できただろう。(11頁)
この別離の会話が、どの家族にも一瞬のうちに流れた。上司のコリヤキンが慌しく歩きまわり、残忍にも家族の腕をちぎるように引き離していったからである。その姿を見て、ターニャが叫んだ。
「あの偉い連中は、こういう時には原子炉のなかに入らないんだわ。命令だけして、あとは自分の家族と夕食をとるのよ!」(34頁)
ストレリツォフたちには、彼らの言い分があった。いきなり原子炉が爆発し、たった今まで住んでいた所から立ち退けと言われても、羊と牛はどうすればよいのか。朝早くから床を出て、来る日も来る日もこの動物たちに水をやり、餌を与え、毛並をそろえ、出産に立ち会い、精も根も使い果たして育てあげてきた。その動物たちは、彼らにとってわが子であり、分身と呼んでもよい。それをすべて放り出して退避しろ、と軍隊が叫んでいるのだ。銃口を突きつけながら。
畑はどうなるのだ。これもまた、日が昇る前から野良に出て、雪や霜と戦いをくり返し、作物の日誌をつけ、種を選び、肥料をまき、あるいは土にさりげなく目をくれ、指のあいだに泥を握りながら感触を確かめてきた。今年こそは実れよ、と叫びながら地面を掘り起こし、凍てつく寒さのなかを走りまわるように働き続けてきた。
この人たちにとって、牛や羊は動物ではなく、畑の作物も植物ではなかった。学者風情(ふぜい)がそのように呼び捨てることを許さない、ストレリツォフたちの生命そのもの、彼らの人生そのものであったのだ。(84頁)
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