フィロビブロン

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 人が物語を好む理由―――それは、物語りするという行為のそもそもの発端が、失われた愛する者たちの面影や思い出を心に刻みつけて共に生きたいと願う、強い祈りにあるからではないのか。命あるものが闇彦の存在によってモータルなものとされたことで、人類は語り継ぐことでしか永遠を手に入れられなくなってしまった。しかし、だからこそ幾多の物語は生まれ、幾世代にもわたって継承され、今もなお新しい物語が生まれ続けているのではないか。物語の根本は、死を受け入れて、死者の顔を、生涯を、死者と自分が生前どのような形で関わったかを反芻する営みである。ホスセリノミコトとして生まれ、闇彦として存することとなった一柱の神が、我々に「今は亡き、愛する者たちを物語れ」とささやいてくる。現代のあまたある物語がどんなに軽佻浮薄なものになろうとも、この闇彦のささやきがある限り、決して廃れることはあるまい。
 
 
 
 君を憶えている。君を憶えているよ―――。
吾(われ)もまた、突然闇彦の国へと旅立った人々を思い出す。
 
 君の、闘病むなしく鬼籍に入ったことを聞かされたとき、君も吾もまだ小学生で、よもや級友が亡くなろうとは思いもよらなかったのだ。君が住んでいた邸の前を時おり通ることがある。廃墟となった君の邸は今ではもう、ひどく蔦まみれで…。君という愛息を失ったご両親は、何処でどうしておいでであろう。君の家の二階の窓から、小学生のままの君が顔をのぞかせることがあるのではないかと、吾はつい、蔦の隙間の窓硝子を見上げてしまうのだ。
 
 君が水底に沈んだとき、君の姉さんは悲しみをぐっと堪えていた。吾は今でも菩提寺への墓参の際に、君が沈んだ池の小道をめぐるのだ。中学生になれなかった君。青空のもと、睡蓮が清らかに咲く頃には、君の幼い顔もぽっかりと、蓮ともどもに咲いていることもあるのではと、吾はつい池の水面を、見守ることもあるのだよ。
 
 あなたが自らの身を焼いたその場所に、鉄塔が高く高くそびえていたっけ。その鉄塔は今でもあって、灰色の骨を晒しています。今も静かな山のふもとに、あなたの家も残っています。あなたが死を選ばざるを得なかった、その苦しみや悲しみの、因(もと)がその家にあったとしても、今も静かにあなたの家は、夕暮れの中に佇んでいて…。夕日が鉄塔に当たるとき、あなたを焼いた炎(ほむら)のように、赤く赤く染まるのを、吾は時折見ています。

 神戸を襲った大震災で、君はあっけなく逝ってしまった。なぜ震災の前の日に、君は神戸を訪ねたりした? ほんの一日違(たが)えていれば、君は今も吾と同じ、齢になっていたことだろう。君が神戸を訪れたとき、君の命があと一日も、残されてはいなかったことを、一体誰が知りえただろう。君が大人になって着るはずだった、仕立て上がりの振袖は、袖とおす主を失ったまま、畳まれたままに眠っている。
 
 ―――不慮の死を遂げた人々のことを思い出すたび、吾は、闇彦の国、すなわち死とは、暗渠(あんきょ)のようなものだと思いなす。この世に縦横無尽に張り巡らされた、実は我々の足元にも確実に流れている暗渠。普段はなかなか見えないが、ふとした折に、その滔々と流れる黒い水が現れることがある。全ての命を呑みこみ、溶け込ましていきそうなとろとろとした黒い水が、静かに静かに流れているのを覗きこめる時があるのだ。その黒い面(おもて)に自分の顔がくっきりと映る時、我々は心ならずもハッとする。(嗚呼、いつか吾もこの闇彦の国に、ひらりと旅立っていくのだ)と、今さらながらに認めることになるからである。
 
 関わりのあった人々が失われていくごとに、自分もまた少しずつ死んでいっているのかもしれない、と思う。あの子と遊んだ自分、あの人と語らった自分、さまざまな関係性の中でしか生きられないのが人間だから、その関係が死によって絶たれるたびに、その関係によって定義されていたはずの自分も死んでいくのだ。だから人は、物語ることによって、その失われた関係性を補っていくのに違いない。それでもそうして、自分の周囲が削られていって、最後に残った芯のような部分が死を迎えるとき、それが、自分というものの生物的な死なのだろうと思う。
 
 吾は今日も暗渠を覗く。
そして、闇彦がずいぶんと身近にいることを確かめる。
死はいつか吾をも襲う。
しかし、そのときが来たら、着慣れた着物に身を包んで、白い足袋などもう要らぬから、気持ちよく素裸足になって、パラソル片手に、滔々と流れる黒い水の中へと溶けていきたい。
自分もまた、誰かに語られ、思い出されることを夢想しながら…。
 
 
                                               平成二十三年五月四日 読了
 
 
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