フィロビブロン

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 既に半月以上も前のことになるが、一月二・三日と我が山田家はバスツアーに参加していたのであった。大晦日までも営業していた叔父のラーメン屋の手伝いの間隙をぬって、バスツアーにも参加し、朝の四時起きで山口県から鹿児島県までかっ飛ばすという強行軍に、風邪気味でヘルニア持ちの私は、何だか最初からヘロヘロなのであった。

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 ちなみにこれは薩摩半島最南端の長崎鼻の夕日。

 うちは大体、防長フレンズツアーでバス旅行を愉しむことが多く、今回もそのツアー企画を利用した。防長という語に馴染みのない方に一応説明させていただくと「防」は「周防の国」の「防」、「長」は「長門の国」の「長」なのだ。防長トラベルの人に聞いたわけではないが、確実にそうに決まっている。

 四時起きした私達を一番に載せた防長観光バスは、ところどころでおばちゃん・おじちゃん・家族連れを収容しながら、光市〜下松市〜防府市〜新山口駅前…と、快調に進み、壇ノ浦にかかる関門橋を渡って九州に上陸。さすがに鹿児島県まで行こうと思うと乗車時間もべらぼうに長い。「初日は鹿児島県に到着するのが最大の目的だぜ!」とばかりに、トイレ休憩以外はどこにも寄らずにバスは走り続けた…。

 綺麗な円錐形の開聞岳が見えてきて、やっと鹿児島に入った!と実感できた時には、既に夕方の四時…。もう起きてから十二時間も経っている…。そして十時間近くバスに乗りっぱなしだ…。大量に持ってきた葛根湯の粉末と腰痛の痛み止めを車中でも服用したのだが、これだけバスに揺られて疲れてしまうと、果たして薬も効いてんだか効いてないんだか、いま一つよく分からない…。
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 でもなんとか長崎鼻に到着。

 もういい加減、エコノミー症候群を発症してもおかしくない頃、やっと我々ツアー客は車外に出ることが出来た。上の写真は父と撮った長崎鼻でのもの。うちの父は、自分の腹具合を異常なまでに不安がり、長距離のバスツアーには全くもって不向きな男である。いつもは母と私でツアーを楽しみ、父に関しては(誘わんでエエわ)とほったらかしにしているのであるが、お正月ではあるし、「行く?」と聞くと「行く♪」と答えたので連れて来たのであった。

 それにしても九州も最南端ともなると、ビックリするくらいに暖かい。驚いたのは、一月上旬であるにもかかわらず、菜の花が満開だったことである。私達が訪れたのは、菜の花マラソンを約一週間後に控えた時期で、鹿児島で「菜の花」というとこの季節のものらしい。
「所変われば品変わる」とはよく言ったもので、車窓から見える菜の花からもそれが実感できた。
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 長崎鼻から開聞岳を望む。

 ハッキリ云って、ショールも羽織も必要ないくらい暖かい。
この暖かさのお蔭なのだろうか、鹿児島では植物の何もかもが、わっさー!と繁りまくっている。
菜の花がわっさー! 蘇鉄がわっさー! 桜島大根の葉がわっさー! 
菜の花なんて春風に揺らぐ可憐な感じを想像してはいけない。なんといっても茎がブロッコリーの茎のように太いのだ。「こんな菜の花、はじめて見た…」長州のおばちゃん達からも、こんな声が聞こえてくる。

 長年暮らしていた京都から山口に帰ってきた当初、久々に目にする自然の景色に(緑、濃ゆ!!!!)と感じたのを今でも覚えている。鹿児島の緑は、そのわさわさと発育の良い緑色同士が重なり合って黒々と見える、と表現したらいいだろうか。
「おいどんは西郷隆盛でごわす」
鹿児島県の自然全体が、そう言っているようだ。黒々として何もかもが大きくガッシリしているその作りが、西郷隆盛を生んだ、この土地の大らかさと野性味を幕末…じゃなかった、爆発させている。

 しかしながら、鹿児島なのに長崎鼻というネーミングに山田一家は少し混乱してしまう。

私「あ〜、なんかさー、九州も長崎県の辺りともなると、やっぱ温(ぬく)いねぇ♪」
母「ほんまじゃねぇ。あ、でもここ、長崎じゃないよ。鹿児島だよ」
私「あ、そっか。長崎鼻って書いてあるけど、ここ鹿児島だよね。なんかゴッチャになっちゃった」
母「うふふ」
しばらくすると…
父「さすが長崎まで来ると温いのぅ。ワシ、汗かいたわー」
母・私「だから、ここ鹿児島だッつーの!」

 そして少しだけアホな山田一家はバスへと追い立てられ、宿泊する指宿海上ホテルに連行されるのであった。
指宿海上ホテルは、建物自体は年季が入っているという印象だが、なかなかに大きな宿泊施設だ。おそらく新婚旅行が、まだ熱海か九州かという時代には多くの新婚さんで賑わったのではないかと思われる。水回りの設備が古い箇所も若干あるものの、部屋全体がこざっぱりと清掃されていて気持ちが良かった。

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 二日目から本格的な観光スタート。こちらは知覧独特の「二ツ家」。「曲り屋」に似た建築様式で家屋がL字型のラインを持っている。

 二日目の観光は、薩摩の小京都と呼ばれる知覧の武家屋敷〜知覧に集められた若き特攻隊員たちと、その世話をした鳥浜トメさんの資料館であるホタル館(富屋食堂)〜特攻平和会館〜西郷公園という流れになる。お土産屋さんに立ち寄るばかりのツアーと異なり、その土地の歴史を学べる内容になっているのが嬉しい。
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 まずは武家屋敷散策。この知覧の武家屋敷エリアには、西郷恵一郎庭園・平山克己庭園・平山亮一庭園・佐多美舟庭園・佐多民子庭園・佐多直忠庭園・森重堅庭園がある。特に佐多家は名当主を多く輩出した家柄で、島津の姓を名乗ることを許されたそうである。
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 こちらは平山亮一庭園。ガイドさんの開設によると、こういった武家屋敷には、刀の血を洗い流すためのおつくばいのようなものも設置されていたらしい。真ん中の長方形の器物は馬か牛用のものらしいけど。
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 お! 珍しい門松発見! この武家屋敷群の門で私達が見学した所は、全てこの様式の門松が飾られていて、この地域特有のものだそう。

 全ての庭園をじっくり見て回りたかったが、ガイドさんの先導と解説のもと、サッサカサーと歩かねばならず、残念ながら全庭園を拝見することは叶わなかった。今度、知覧に来る時は、全庭園を制覇したいものである。

 武家屋敷の観光コースを通り抜けたところに、ホタル館(富屋食堂)はある。ここは資料館なので内部が撮影禁止。富屋食堂は、鳥浜トメさんという女性が営んでいた食堂で、太平洋戦争末期の知覧に特攻基地が設けられた際、全国から集まった特攻隊員たちがここで食事をし、未来を語り合い、記念写真を撮り、そして出撃命令が出れば静かに笑って、二度とは戻ってこられぬ運命を胸に去って行った所なのだ。

 現在はトメさんの娘さんである赤羽礼子さんと、お孫さんの鳥浜明久さんが語り部を務めていらっしゃる。私達が訪れた日は、鳥浜明久さんが十五分ほどの解説を行ってくださった。
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 特攻平和会館。ここに特攻隊員の遺書や遺品の数々が収蔵されている。
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 会館の中に入ってみると、十代後半から二十代前半くらいの、まだまだ幼さの残る顔が写真パネルとなって何百枚もずらりと並ぶ。その全てが戦局打開の為、敵艦に体当たり攻撃をし、散っていった特効隊員たちの遺影となっているのだ。名前と出身県と年齢しか記されていないそのパネルに、時折、詳しい住所を書いた付箋が貼ってある。その隊員の遺族か、かつての知人が調査の手がかりとして貼っていったものなのだろうか。じっと見つめていると、小さなその付箋が喪章のように思えてくる。
 史料によると山口県でも二十名の特攻隊員が、ここ知覧から空へ飛び立ち、還らぬ人となっているようだ。
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 特攻平和会館では一時間の見学時間が取られていたけれども、資料の数が多すぎて全てを見て回ることは不可能であった。帰りに一番詳細な研究で、隊員の遺書が最大点数で掲載されている資料集『魂魄の記録』を購入。頒布価格は二千円。入会するかどうかは未定だが「特攻 入会のしおり」も頂いてきた。
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 午前中、みっちりと知覧における戦争史を勉強した私達ツアー一行は、西郷公園にやって来た。巨大な西郷さんが屹立する西郷公園には、かるかん工場が併設されていて、かるかんの製造を見学できるはずだった。しかし、「うまい、うまい」とかるかんの試食ばかりしていた山田家は、工場見学を忘れてしまい、結局、かるかんがどんな風に作られるのかは解からずじまいなのであった…。

 この西郷公園を後にして、いよいよツアー一行は山口県に向かって帰路につく。往路は一番最初に乗車し、復路は一番最後に降車するのが山田家の宿命である。帰りも十時間ほどかけて、日付が一月四日になる直前になんとか帰宅できたのであった。
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 今回は一泊二日ということで、二点の着物を用意。
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 着物は、呉服屋に勤めていた時に自社の展示会で購入したもの。若い人向けの、表地が正絹で胴裏・八掛がポリエステルという、比較的安価なお仕立て上がり品。正絹に化繊の裏地を付けたりするのは、あまり好きではないのだが、仕立て替える時に改めて正絹裏地を付け、取り去った化繊の裏地は洗える着物を作るときにでも再利用したらいいかーと思い、買ってしまったのでした。
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 レトロな柄も好き。帯は、同じく呉服屋時代にベテランさんから譲り受けたもの。
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 二日目はこんなん着てました。
 亀甲紋の着物は、別のベテランさんが譲ってくれたもの。着物を着ていると、色んな年配の方から着物が回ってくるようになる。あたかもお金のある所にお金が集まるように。猫好きの人の所に猫が集まるように。帯は自分で購入した新作で、博多帯の間道(かんとう)柄。
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 玉兎(ギョクト)にちなんでウサギ柄。ハッ!! 今気付いたけど、亀甲紋とウサギの帯で「ウサギとカメ」になっとりますな!
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 今回の取り合わせ。自力で頑張って購入したものや、知人の箪笥に眠っていたものを活用し組み合わせながら着物生活をエンジョイしているギョクトでした。


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